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セミナーレポート タブレット端末活用セミナー

これからの授業、これからの教室を考える

中川一史先生これからの授業、これからの教室を、タブレット端末の環境と実践を踏まえて考えていく上で、図1のように、「ひと」「もの」「こと」の3つの話があると思います。

タブレット端末、ICT環境、予算、運用などの「もの」、教師、教師集団、外部人材、ICT支援員などの「ひと」、それから実践研究、研修、普及すること、家庭への持ち帰りなどの「こと」。

今回、タブレット端末の活用環境、活用期間、そして立場が違う3名の先生方にご登壇いただきました。

これからの授業、これからの教室を考える坂先生は、大阪市教育センターの総括指導主事でいらっしゃいます。大阪市では、モデル校に複数学級分のタブレット端末が整備されており、導入されて間もない状況です。村井先生は、大学の研究者として、児童1人1台のタブレット端末が整備されているフューチャースクール校、石川県内灘町立大根布小学校に3年間かかわられました。岩﨑先生は、公立中学校に勤められています。1クラス分のタブレット端末を利用して、約1年間実践されています。3名の先生方にそれぞれのお立場でお話しいただきます。

まずは、今、大阪市のタブレット端末整備事業がさまざまなところでニュースになっています。坂先生、大阪市はどのように事業に取り組み、また取り組もうとしていますか。

子どもたちに世界最先端のICT環境を

平成27年 市内全校にタブレット端末導入をめざす

坂惠津子先生大阪市の事業は、まだ始まったばかりです。昨年度、大阪市市長の「子どもたちに世界最先端のICT環境の中で勉強させたい」という一言が本事業のきっかけでした。そこから補正予算を取り、昨年9月から事業をスタートさせました。韓国やシンガポールの教室のように電子黒板や無線LANを整えて、児童生徒が1人1台のタブレット端末を持って学ぶ教育の実現をめざしています。

大阪市は小学校が299校、中学校が130校あり、約172,500人の児童生徒がいます。1人ひとりにタブレット端末を整備すると、仮に、タブレット端末が1台5万円だったとしても約86億円近い莫大な経費がかかります。

そこで、我々はまず平成27年度全校展開を目標に定め、平成24年度の9月から2年半で実証研究を行うことにしました。そして、その成果から必要なタブレット端末や無線LAN環境、コンテンツ、人的支援、カリキュラムなどを検証し、「大阪市スタンダードモデル」をまとめ、全校展開につなげたいと考えています。

「大阪市スタンダードモデル」作成昨年度は、モデル校の決定とモデル校へのICT環境の整備、先生方への研修を実施しました。モデル校は、市内の小中学校から募り、校長先生のリーダーシップや教職員全員の共通理解のもと、推進体制や確かな計画があることなどにより選定しました。その結果、昨年9月に小学校4校、中学校2校、施設一体型の小中一貫校1校、全部で7校のモデル校を指定しました。

10月からモデル校の教員を対象に研修会を開始し、昨年度だけでのべ22回研修会を実施しました。モデル校へのICT環境の整備は、2月までに完了しており、平成27年の全校展開をめざし、急ピッチで事業を進めています。

Windows 8端末とiPadをモデル校7校に整備

各モデル校には、無線LAN環境、電子黒板機能付きのプロジェクタを整備しました。小学校は3年生以上の普通教室、中学校は1年生から3年生までの普通教室に設置しています。電子黒板やタブレット端末で使えるコンテンツも整備しています。

整備したタブレット端末はWindows 8端末とiPadの2種類です。Windows 8端末とiPadを使う学校を分けて検証します。それぞれ長所と短所があるので、どちらがより授業で使いやすいかを見極めていきたいと思います。また、授業をより円滑に進めることをねらい、先生のタブレット端末と子どもたちのタブレット端末を繋ぐ授業支援ソフトウェア『SKYMENU Class』を導入しました。

人的支援(各校に1人配置)モデル校には、「1人1台で使う」「グループで使う」「家庭に持って帰って使う」「校外学習に使う」などのテーマを1校1校に与えて検証を進めています。それぞれのモデル校には大学の先生方に「コーディネータ」としてかかわっていただき、年間6回以上、各校で指導してもらっています。

また、各校には常駐の「ICT支援員」を1人配置しています。さらに、退職された校長先生や教員の方など、授業づくりに経験の深い方を「授業づくり指導員」として各校に1名ずつ配置し、ICT支援員と先生をつないでもらう役割を担っていただいています。

目的は子どもたちの学びを変えること

子どもたちが考え、学び合う授業をめざして

この事業の目的は、「子どもたちの学びを変えること」です。知識の習得だけでなくて、活用する力を身につけさせること。そのためには先生の授業を変えなければならないと考えています。

電子黒板やタブレット端末をこれまでの授業スタイルの中に持ち込むだけでは、これらの機器の良さを十分に活用することは難しいと思います。「一斉授業型」から「子どもたちが考え、学び合う授業」へ転換したい。タブレット端末を学校に入れることで、先生方の授業づくりが変わるきっかけにしたいと考えています。

子どもたちがタブレット端末を使うことで、今までは百科事典や新聞などさまざまな資料で調べていた情報を一瞬にして時間、場所を超えて入手できます。わからなかったこと、不思議に思ったことを調べたり、自分の考えを深めたりできます。この情報は使ってよい情報なのか、大丈夫なのかとマナーを考える場面も出てきます。

また、タブレット端末上にある教材を、1人ひとりが操作しながら考えたり、自分の考えをタブレット端末に映して、友だちに見せながら「私はこんなふうに考えたんだよ」と説明したりできます。さらに、グループの中で考えることで、さらに自分の考えを深めたり、広めたりできます。

タブレット端末が持つ、無限の可能性に我々は期待しています。

鍵は、教員の授業力

しかし、鍵になるのは先生方の授業力です。タブレット端末の導入で、子どもたちの興味や関心は一瞬高まりますが、それらを教科の関心へと変えていくのは、先生の授業力です。本来、その授業で果たさなければならない目的をきちんと果たせるかどうかは、先生の授業力にかかっています。指導力の向上を、並行して取り組んでいかなければなりません。

これからの2年間、我々は教育センターで、先生方に対しての研修を毎月1回程度で続けていきたいと考えています。また、7校のモデル校の先生方が考えたこと、実践したことを共有していきたい。例えば、各校の情報を大阪市の教育センターのサーバに入れて、共有できる仕組みも作り、先生同士が繋がる仕組みを作ることも大事だと思っています。

タブレット端末で先生同士のコミュニケーションを活性化

坂先生、村井先生、岩﨑先生また、現在、大阪市は教員の大量退職、大量採用により中堅層が少ないという教員の年齢構成になっています。

ICTを学校に導入することで、タブレット端末に慣れている若い先生と、授業づくりの経験豊富な先生とが、タブレット端末を囲んで、うまくコミュニケーションを図り、より良い授業づくりが学校の中で進んでいくという効果にも期待しています。

多くの先生方と、授業づくりなどの情報を共有しながら子どもたちが考え、学び合う教育が進められればよいと思っています。

3年目には、ICT支援員がいなくても授業で使える

ICT支援員に期待する役割

全部の市町村が、大阪市のように「コーディネータ」「ICT支援員」「授業づくり支援員」の3者を揃えることは難しいと思います。この3者のうち、絶対に必要になるのは誰でしょうか。

ICT支援員は絶対に必要です。大阪市では各校に1名を配置していますが、それでも教育センター付の2名の支援員も毎日学校に呼ばれています。各校1名では足りない状況です。初めの頃は、使い方を教えてくれるICT支援員は必要です。

村井万寿夫先生フューチャースクール校である内灘町立大根布小学校では、3年間ICT支援員が学校に常駐していました。1年目はどの授業にも入ることが基本でした。2年目からは、徐々に自分自身で使える教師が増えてきて、3年目にはICT支援員がいなくても授業で使えるようになってきました。

大阪市でICT支援員に期待する、あるいは求める役割は何ですか。

基本的に電子黒板や『SKYMENU Class』の使い方の研修は、教育センターや校内研修でも実施しています。しかし、いざ教室で教員が1人になったときに心細い。わからなくなったときにICT支援員がフォローしてくれることで安心して授業をしてもらえると考えています。

しかし、人件費はとてもコストがかかりますので、全市展開でどのように人を配置していくかには、工夫が必要です。

機器活用のサポート、メンテナンスでの役割ですね。大根布小学校では、3年間ICT支援員がいましたが、ICT支援員の役割は変わってきましたか。

最初は機器操作の支援ですが、徐々にICT支援員と担任の先生がTTで授業を進めていく。つまり、ICT機器の支援に加え、授業も支援するという役割に変わっていました。

これからは1クラス分のタブレット端末がある学校が増えてくると思います。その場合、ICT支援員をどのように考えればよいのでしょうか。

岩﨑有朋先生導入された段階では、機材の整備、タブレット端末の中のデータ整理を担ってくれるだけでずいぶんと負荷が減ります。また、ちょっとしたトラブルが原因で「もう使いたくない」となる場合があります。そこに「大丈夫ですよ」と、さっとフォローしてくれる方が1人いるだけで、ずいぶんと安心して活用できると思います。

もし、ICT支援員を入れられない場合は、校内でICTが得意な方が、同僚をフォローするしかないと思います。私は、ICTが苦手な先生方から助けを求められた場合は、「使いにくい機械が悪い」と、決して「人のせいにしない」ようにしています。先生方に不安が広がらないように心がけています。

情報担当のリーダーの先生の役割が大きくなりますね。大根布小学校には今年、ICT支援員は配置されていますか。

町の予算で4人のICT支援員が配置されます。しかし、内灘町立小学校は5校あるため、兼務になります。

兼務になると、導入当初は呼ばれ通しになって、どうしても回らないという状況が出てくる。その点、大阪市ではどのように考えられていますか。

例えば、大根布小学校のように、ICT支援員の時間割が必要だと考えています。ただ、大阪市の430校が、一斉に活用をスタートしたときに、十分なICT支援員を確保できるのか、それが不安です。

人には本当に予算が付きにくい。例えば、徐々に引いていくような絵をどのように描くのかが、これから重要になってきますね。

1人では乗り越えられない課題を設定する

ICT、タブレット端末は、まず教科教育があって、教科指導の中でどう使われるかが大事だと思っています。授業をする際の留意点、ポイントは何でしょうか。

他者の考えとすり合わせ、班の最適解を求める

目標設定のポイント私は「発達の最近接領域」をいつも考えています。1人でできることを、みんなにさせても意味がありません。みんなでやるから、誰かの力添えがあるから、乗り越えられるような難易度の課題が必要です。それを踏まえた上での授業のフレームは、自分の考えと他者の考えを合わせて、班の最適解を求めること。そして、ICTがあると、授業のこの部分が加速できるな、早く共有できるなと考えた上で、その後で初めてタブレット端末や電子黒板で共有しようか、と考えています。「機器ありき」でやると、見た目は良くても、授業の中身が伴わなくなってしまうと思います。

タブレットがきっかけになって授業が変わる

坂先生のお話を伺いながら、タブレット端末を入れることをきっかけにしつつ、結局、「協働的な授業づくり」をもう一度考えてほしいというねらいを感じたのですが、いかがですか。

教科の目標がきっちりと授業の中で達成されなければなりません。タブレット端末を使って「楽しかったね」で終わったのでは、ダメだと思います。1時間のコマで見るのではなくて、単元で達成しなければならなかったことが最後に本当に全部達成されているのか、その間に利用したICT機器が本当に効果的な場面で使われていたのかという視点で授業をみることが大切です。

「ここは紙と鉛筆を使えばよい」という場面で無理に活用していたのではないかなどを先生方が正しく評価できるようにすることが必要です。

タブレット端末を使うとき、先生方は恐らく今までよりも教科書をじっくり読まれると思っています。何をここで達成しなければならないのか、考えさせるときにどんな教材を入れたらよいか、そういうことを考えることで授業研究が進みます。私はタブレット端末がきっかけになって授業が変わると思っています。

効果があったかどうか、その検証は、どのように進めればよいですか。

例えば、授業を「導入」「展開」「まとめ」と3つの大きなくくりで捉えるのではなく、図5のように、7つの分節で捉えてみてはどうでしょうか。そして、それぞれの分節において、子どもの意識を図のような意識に近づけられているのかどうかを確認することで、活用効果を図れると思います。

学習分節における子どもの意識とICT活用の意図

また、これまで先生方は、ICTがなくても子どもの興味を高めたり、意欲を持続させたりしていました。そこに、タブレット端末や電子黒板が入ることで「より良くなる」ことを、みんなで予想したり、見据えたり、実際に授業でやってみて、その効果を教師がお互いに共有していかなければならないと思います。

授業の感覚からすると、図5の真ん中の「子どもの意識」はとても大事だと思います。「子どもの意識」を、どのように捉えて共有していくのかが課題ですね。

数的な変化を示し、予算獲得をめざす

大阪市のようなスタイルで導入していく場合、予算獲得を内部的にどのように説得していくのか。非常に大変なことだと思います。担当者の立場から予算獲得に向けたアドバイスはありますか。

教育委員会としては、評価のテストや、アンケートも取り、数的にどのように変わったのかを示して予算を取りに行きたいと思っています。

予算を取ることは大変厳しいことですが、今、大阪の周辺自治体がこのような事業に関心を持ち、活発に動いてきています。全体的に話題が上がってくることが我々としてはありがたいです。

佐賀県の小・中・高等学校で取り組みが始まったこと、また各都道府県や各自治体で今から始まろうとしていることは、取り組んでいない自治体への1つの殺し文句になると思います。もう1つは、なぜ、佐賀県や大阪市がやっているかということ、その理由を当該部局に説明できれば、自分の自治体もやらなければいけないと考えるようになると思います。

協働学習とは何か、授業づくりの研修を

今年度はそもそも「協働学習とは何か」といった、授業づくりの研修をしたいと考えています。言語活動の充実を図るにはどうすればよいか。それを理解しなければ、タブレット端末は生きません。

大阪市では、各モデル校に年間3回の公開授業をお願いしています。そういった機会でさまざまな人に見ていただき、意見を聞いたり、お互いに授業を見せ合うことも研修の1つと思っています。教育センターとしては、短いスパンで教科ごとに集まったり、校種ごとに集まったりして成果や失敗も含めて、情報交換ができるような場所を意図的に作っていきたいと思っています。

図1の「ひと」「もの」「こと」の円は、学校、地域によって大小があると思います。自分の市、学校がタブレット端末をさらに有効活用し、広げていくためには、この3つの円のどこを手厚くしたらよいのかと、さまざまに戦略があると思います。

今回は、3者3様の立場の先生方から意見をいただきました。自分の学校、地域流の次の一手を考えていただく一助になればと思っております。どうも、ありがとうございました。

図5

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(2013年月8月掲載)