授業でのICT活用

【教育情報化最前線】子どもの「自ら学ぶ力」を育てたい 栃木県矢板市

栃木県矢板市は、2018年度に全教職員に1人1台タブレット端末を配付し、市内小中学校全12校のコンピュータ教室のコンピュータをタブレット端末に置き換えて整備されました。

全教室に常設されている大型提示装置や体育館、グラウンドを含めた全施設、教室で使用できる無線LAN環境を活用した授業改善に取り組まれています。同市の取り組みについて、矢板市教育委員会 教育長 村上 雅之 様、矢板市総合政策部 総合政策課 副参事 電算統計班長 石川 民男 様、矢板市教育委員会事務局 教育部 教育総務課 副主幹兼指導主事 森本 聡 様にお話を伺いました。

「自ら学ぶ力」を育む上で最も重要なのは、私たち教員1人ひとりの授業改善です

学校、家庭で子どもが「自ら学ぶ力」を育む

矢板市教育委員会 教育長 村上 雅之 様

矢板市は、栃木県北東部に位置する人口約32,000人の小さな市です。市内には12校の小、中学校があり、2,276名の児童生徒が通っています。

学校教育においては、「子どものよさを伸ばし、ふるさとを愛する心と自ら学ぶ力を育てる教育の実践」を指標に定め、「自ら学ぶ力」の育成に注力しています。施策を具体的に挙げると、市費で「非常勤教育職員」を40名採用しています。これらの方々には、チームティーチングや少人数指導、習熟度別指導などの個に応じた指導の充実や、個別の学習支援を目的として各校に開設した「さんさんルーム」の対応、理科支援員や特別支援教育の充実を図ってもらっています。外国語教育においても、ALTを市内小中学校に8名配置しており、全国的に見ても手厚い支援を実現しています。

学校の中だけでなく、家庭でも学習に取り組むことが大切です。市の支援で土曜、日曜に公民館を手配し、「ともなり学習教室」と称した小、中学生を対象とした学習講座を開講しています。地域の学習塾の先生や大学生に協力してもらい、ボランティアで指導してもらっています。

それから教育委員会主催で、市内の児童生徒を対象に優れた家庭学習のノートを表彰する「家庭学習ノートコンテスト」を開催しています。家庭における自主的な学習を、全市的な取り組みを通じて習慣化するねらいがあります。このような取り組みを一つずつ積み重ねることで、自ら学ぶ力が高まり、やがて市全体の学力の向上につながると考えています。

教員の多忙化で、授業研究や教材準備の時間が不足

児童生徒の「自ら学ぶ力」を育む上で最も重要なのは、私たち教員1人ひとりの授業改善です。これまでの授業の感想から、学ぶ喜びを味わえていない児童生徒や、黒板に書かれていることをノートに書き写し、教えられたことをただ暗記すればいいという「受け身」の姿勢で授業に臨んでいる児童生徒が少なくないことがわかっています。

また、情報を調べてまとめるような学習展開において「情報源が教科書や資料集などに限られている」「黒板に意見や考えを書いて発表するという従来の授業手法から変われておらず、児童生徒が自分の考えを表明する機会を十分に確保できていない」といった課題も見受けられます。

とはいえ、こうした授業の諸課題の背景に「教員の多忙化」があるのは間違いありません。先生方は日々の忙しさから、教材研究や教材準備のための時間を十分に確保できない状態にあります。準備の不足によって、自信を持って教壇に立てない。そしてやむを得ず、教科書に頼って、教科書どおりの展開で授業を進めている、という先生は少なくないと思います。

教職員1人1台、児童生徒用タブレット端末各学校1クラス分を導入

私どもはICTが、このような状況を打開する有効な手段の一つであると捉え、2018年度に全小中学校を対象に大規模なICT環境整備に踏み切りました。教職員用、児童生徒用のタブレット端末、大型提示装置(大型電子黒板を含む)や授業支援システム、さらには全校全教室・施設の無線LAN環境の構築を進め、授業でICTを有効に活用できる環境を整えました。

実際にタブレット端末を活用した授業を参観すると、児童生徒が自ら情報を調べ学ぶような学習活動において、教科書や資料集に加えて、インターネット検索なども活用して主体的に情報を収集する姿や、1人ひとりの考えを共有する場面で、ノートやワークシートをカメラで撮影して、手早く大型提示装置に投影して共有する姿が広がってきています。

効率的でわかりやすく考えを共有できる環境があることで、「自分の考えを表現したい」という意欲が高まり、より主体的に学習に取り組むことができる。それが自ら学ぶ力の育成につながると考えています。

タブレット端末の活用で、児童生徒が「主体的」に学ぶ授業へ

新しいものや新しいことには、誰もが手を伸ばしにくいものです。今回整備したタブレット端末をはじめとしたICT機器は、先生方にとって非常に有用なものです。実際に手に取り、使っていただき、その良さを確かめていただきたいと思います。特に、タブレット端末で作成されたデジタル教材は、簡単に加工や編集、共有が可能ですので、教材研究や授業準備の効率化と質的な向上につながります。これは、教員の働き方改革にもつながるものと考えています。

そして、私どもがめざすのは、あくまで授業改善です。教員だけでなく、児童生徒もタブレット端末を使う授業へと授業改善を進めることで、先生の話を聞くという受け身の授業から、児童生徒が主体的に学習課題に取り組み、考え、表現するという授業に変わっていくものと思います。

将来的には、「先生、インターネット上にこんな資料があったのですが、どうでしょうか」と児童生徒自ら見つけた情報や考えから、新たな問いが紡がれ、次の学習課題へと向かっていく。そのような新しい授業がどんどん生まれて、広がることを期待しています。

安定した無線LAN環境の構築を重視
矢板市総合政策部 総合政策課 副参事 電算統計班長 石川 民男 様、矢板市教育委員会事務局 教育部 教育総務課 副主幹兼指導主事 森本 聡 様

タブレット端末整備にあわせ、全校に無線LAN環境を構築

2018年度の整備で、教職員用タブレット端末1人1台、コンピュータ教室のコンピュータをタブレット端末に置き換える形で、児童生徒用タブレット端末を整備しました(1学級分)。加えて、特別支援学級の児童生徒には、1人1台のタブレット端末を実現しました。

これらすべてのタブレット端末に、学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』を導入しており、全教室に設置されている大型提示装置(大型電子黒板を含む)と組み合わせて、情報を共有しながら双方向性のある授業を実現できる環境を整えました。

タブレット端末等の整備に併せて、教職員、児童生徒が安心して授業や校務でICTを活用できるようネットワーク環境も見直しました。学習系ネットワークは、タブレット端末を授業で活用しやすいように、体育館、グラウンドを含めた校内のすべての施設、教室に無線LANアクセスポイントを常設し、無線LANを快適に使用できる環境を整えました【図1】。

【図1】

教職員用タブレットで利便性を保ちつつ、「ネットワーク分離」へ

情報セキュリティ対策として、校務系ネットワークからインターネット接続を分離する「ネットワーク分離」もあわせて進めました。実は、今回の教員用タブレット端末の整備予算は、ネットワーク分離を行うための予算を充てることで実現しています。当初の整備計画では、個人情報や成績情報などの機微な情報を取り扱う校務系ネットワークから、仮想化技術などを用いることで利便性を保ちつつ、インターネット接続を切り離す予定でした。

一方で、2020年より小学校から順次実施される新学習指導要領においては、児童生徒の情報活用能力の育成が求められており、そのためには指導を担う教職員が情報活用能力を身につける必要があります。さらには、先ほど教育長からあったように「授業改善」や「働き方改革」の実現に向けては、ICTが有効であり、教員がいつでもICTを使える環境が重要であるといった意見も挙がり、教職員1人1台のタブレット端末整備を求める声も挙がりました。

【図2】

さらに当時は、総務省の示す「Society5.0の社会」の実現に向けた矢板市の情報化が全庁的な課題になっていました。その議論のなかで、これからの社会の担い手である子どもたちへの対応、つまり学校のICT環境を充実させることが重要であるという認識が共有されたタイミングでもありました。

このような状況を踏まえ、実際にICTを活用して授業や校務を行う学校の先生方の意見を伺いながら、整備内容の検討を進めました。結果、【図2】のように校務用コンピュータをインターネットから分離する代わりに、インターネットに接続する学習系ネットワークに接続する教職員用タブレット端末を、教職員1人ひとりに配付するという方針が固まりました。

「タブレット端末活用調査研究会」を発足。 複数の製品を比較し選定へ

タブレット端末やソフトウェア、無線LANアクセスポイントなど、整備内容を具体化するため、2018年4月に市内小中学校6名の教職員から構成される「タブレット端末活用調査研究会」を発足しました。研究会には、いち早くコンピュータ教室のコンピュータをタブレット端末で整備した矢板小学校と東小学校の先生に加わっていただき、全市への整備展開に向けた機器やソフトウェアの検証、選定に取り組みました。

【写真1】

選定は、複数の製品の仕様を調査したり、実際に操作したりして、機能の違いや使い勝手の良さなどを検討しました。それぞれの製品を使用した公開授業も実施し、具体的にどのような授業を実現できるのか、関係者で検証しました【写真1】。

最終的に私どもが選んだのは、学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』と、連携する無線画面転送機能付き無線LANアクセスポイント(以下、無線AP)でした。選定した理由はいくつかありますが、次の2点を重視しました。

※「SKY-AP-302AN」
①15分以内で準備できる

整備に向けて、電算統計班が中心となって仕様案を練りました。先生方にヒアリングして得た情報をもとに、学校でのタブレット端末がどのように使われるのかを何度もシミュレートしました。その結果、「授業と授業の間の約15分で、次の授業準備を完了できること」が、授業でICTが使われるための条件になるということが見えてきました。その条件に合うICT機器や授業支援システムを探したところ、『SKYMENU Class』と連携する無線APが私どもの目に留まりました。無線APを各教室に常設すれば、タブレット端末を教室に持ち運ぶだけで授業準備が完了できますし、さらに[投影]ボタンを押すだけで、タブレット端末画面を大型提示装置に投影できます。この環境を整えられれば、ICTが苦手な先生でも、児童生徒の対応をしながらも15分以内で授業の準備を完了できると考えました。

②すべての先生が使いやすい操作性やUI

すべての先生方にタブレット端末を使っていただくためには、使いやすい操作性やわかりやすいユーザーインタフェースも欠かせません。複数の授業支援システムを比較した中で『SKMENU Class』は、操作性やUIにおいて先生方から高い評価を得ていました。特にデスクトップ上に表示される「ツールバー」が使いやすく、[投影][カメラ][マーキング]など授業で必要な機能に絞って搭載されていました【図3】。

【図3】

また、各機能を実行するボタンのサイズがどの製品よりも大きく、イラストと文字で説明されています。「ボタンを見れば、どのような機能なのかがひと目でわかる」と好評でした。

さまざまな製品と組み合わせて使用できる『SKYMENU Class』

こうした準備の手間や操作性の良さに加えて、電算統計班では別の視点で各授業支援システムを見ていました。特に注目したのは、複数のソフトウェアやICT機器を同時に使用した際のプログラムの動きです。今回、タブレット端末活用調査研究会で比較、検討したいくつかの授業支援システムは、他社製のソフトウェアや機器を同時に使用した際、競合するような機能のプログラムを止めようとする動きが見られました。

一方で『SKYMENU Class』には、そのような動きが見られず、さまざまなソフトウェアや教材、機器を組み合わせても安定して使用することができました。

教員のニーズはさまざまですから、制約なく、自由に組み合わせられる『SKYMENU Class』であれば、先生方にとって使い勝手の良い環境を構築できると判断しました。

教職員や児童生徒がタブレット端末を安心して使うためには、安定した無線LAN環境の構築が最も重要

全校全教室に訪問し、無線APの設置場所を精査

そして、私どもが今回整備で最も重視したのが、無線LAN環境の構築です。先進地域への視察やさまざまな導入業者との情報交換から、教職員や児童生徒がタブレット端末を安心して使うためには、安定した無線LAN環境を構築することが最も重要であり、整備の鍵であると認識していました。

けれども、先生方は忙しく、常に校内を動き回ります。さらに狭い範囲にいくつも教室があり、その教室では40台近くのタブレット端末が一斉に使用され、大量の通信を行います。非常に難しい環境、条件であり、もしネットワーク機器の選定や設定を一つでも間違えれば、その途端に求められる性能を発揮できなくなるだろうと考えました。

そこで、すべての学校を対象に、私どもや業者の訪問による事前調査を実施しました。教室の面積や位置関係、無線LANの電波が届くのかどうかなどを1つひとつ確かめ、無線APの設置場所や電波干渉を防ぐためのチャンネルを決定。それらをすべての校舎図面に落とし込んでいきました。事前調査や設計で、できる限りトラブルの原因を取り除くことができたので、運用開始後に発生したトラブルの多くはポートやチャンネルの変更といった細かな調整で解消できました。今では、無線LANに関するトラブルの連絡をいただくことはほとんどなくなりました。

教職員用端末の活用をきっかけに、児童生徒用端末の活用へ

教職員用タブレット端末は、以前整備されていた教育用ノートPCと比べて、10倍以上の稼働時間があることがわかっています。私どもが想定したよりも、非常に速いペースで活用が広がっています。整備当初、「私たちはタブレット端末を使いこなせないと思う。見捨てないでください」と不安そうに話していた先生が、今ではデジタル教科書を使って、当たり前のように授業をしています。

このような教職員用タブレット端末の日常的な活用が進むにつれて、児童生徒用タブレット端末の活用も広がってきています。すでに「1学級分のタブレット端末では足りない。もっと端末の数を増やしてほしい」といった要望もいただいています。今後は、児童生徒用タブレット端末の台数をさらに充実させていきたいと考えています。

(2019年7月取材/2019年10月掲載)