教育情報化最前線

道徳×ICT研究授業 愛知県安城市立安城南部小学校 発問の工夫とICTの活用で道徳的価値の本質を考える授業に

愛知県安城市立安城南部小学校は、令和3年度から令和5年度にかけて愛知県道徳教育研究会の委嘱を受け、道徳教育の研究に取り組まれています。これまで3年間の研究で、道徳科の授業づくりはもちろん、ICT活用の在り方も飛躍的な変化を遂げられています。同校の道徳教育について助言や授業づくりに協力された岐阜聖徳学園大学の山田 貞二 准教授を聞き手に、杉浦 和明 校長、中村 一代 教諭、畔木 歩 教諭と3年間の研究の歩みを振り返っていただきました。(2023年11月 取材)

杉浦 和明校長

愛知県安城市立安城南部小学校

中村 一代教諭

愛知県安城市立安城南部小学校 研究主任

畔木 歩教諭

愛知県安城市立安城南部小学校 研究副主任

聞き手

山田 貞二准教授

岐阜聖徳学園大学 教育学部

道徳教育を学校教育の中心に

貴校は、令和3年度に道徳教育の研究指定を受けられましたが、当時はどのように受け止められましたか?

道徳教育は学校教育の中心的な位置づけなので、道徳教育や道徳科の授業を軸に、学校行事などともリンクさせながら進めたいと考えました。

何より子どもたちが協働して学ぶための基盤を作ることが大事です。そのためにも、学級経営を大切にして研究を進めようということから始めました。

研究主題は、本校がめざす子どもの姿と新しい道徳という観点で考えました。十文字学園女子大学教授の浅見 哲也先生の著作を参考にして『自己を見つめ、他者とともによりよい生き方を求める児童の育成』とし、副題を『~主体的に学び、仲間と議論し、納得解を生み出す授業をめざして~』としました。

「考え、議論する道徳」へ

研究構想を立てる際、校長先生から教員にどのようなお話をされましたか?

発問に対して、子どもたちがどんな考えで意見を述べるのかを大事にしたい。そのためにも、発問を大切にした授業づくりをしようという方向性を話しました。

それを受けて「授業を変えるのは発問だ」という視点で考えました。しかし、当時は「授業を変えなければいけないんだ」と感じ、これまでとは違った道徳科の授業が求められていると、あらためて意識したというのが正直なところです。

これまでの私自身の道徳科の授業を振り返ると、指導書に示された順に進めながら、気持ちを追うことをメインにした授業でした。どこか予定調和的なところがあり、発問も「分かりきったこと」を聞くことが多く、子どもたちも面白くなかったと思います。今回、せっかく研究の機会をいただいたのですから、ただ気持ちを聞くことを軸としたものではなく、子どもたちがより深く考えられる授業に取り組みたいと考えました。

「考え、議論する道徳」へとシフトしたいということですね。

そのとおりです。そこで、考えを深める発問、掘り下げる発問という意味を込めて「真の問い」というキーワードを掲げ、それを研究していこうと決めました。しかし、どんな投げかけなら「真の問い」となるのか。1年目では明確な答えが見つけられませんでした。

自我関与を軸に
「価値理解」「人間理解」「他者理解」の
視点で問いをつくる

発問づくりのポイント「自我関与」

さまざまに思い悩む1年目だったのですね。この状況で、校長先生はどのような手を打たれましたか?

有識者の方に刺激を与えてもらいたいと考え、文部科学省の教科調査官(当時)の浅見先生にご指導をお願いし、1年目にオンラインで授業研究会を開催していただきました。

浅見先生のご指導は転機になりました。特に、発問づくりで何を大切にすべきかがはっきりしました。「価値理解」「人間理解」「他者理解」という「3つの理解」を意識して取り組んできたものの、人間理解の視点、分かっていてもなかなか実現できない、人間の弱い部分に共感して考えさせる視点が不十分だったのです。その気づきが、大きなヒントになりました。

畔木先生は、2年目となる令和4年度に赴任されたということですが、赴任時は、どのように感じられましたか?

「分かりきったことを聞くだけの授業はつまらない」という意識は強く感じましたし、「もっと子どもたちの思いを聞こう」という熱意も感じました。ただ当時は、ICTの活用はほとんどなかったと思います。

実は1人1台端末が配備されたばかりで、校長先生から「今回の研究では、必ずICTを活用する」との方針が示されていました。しかし「必要ではないけれど、使わなきゃいけないから一応使う」という状態だったのは確かです。1年目は、主にノート代わりに[発表ノート]に書くという使い方が多かったのですが、「それならノートでいいよね」という声も多くあり、誤解を恐れずに言うなら「道徳にICTはいらないのでは」とまで思っていました。

私が「道徳でICTを使うんですよね?」と聞いても、どこか消極的な雰囲気がありました。そんな中、次の大きな転機となったのは山田先生に来校いただき、模擬授業と講話をしてくださったことでした。

校長先生から山田先生に来校いただくと伺い、先生の著作を拝読したとき、「まさに求めていたものだ!」と直感したことを覚えています。

授業づくりや雰囲気のつくり方はもちろん、「ICTを“目的としない”活用」が印象的でした。その具体例が示されて、どの教員にも「こうなりたい!」という気持ちが生まれた瞬間でした。

多面的と多角的を分けて問いをつくり、
道徳的価値の本質を考えさせる

多面的と多角的に分けて発問する

私の模擬授業の後、皆さんもICTを活用されるようになりましたか?

すぐ次の授業で使いたくなりました。そして実際に使ってみると、面倒だと思って使うのと、使いたいと思って使うのでは、こんなにも違うのかと身にしみました。

また、研究主題でもある「仲間と議論」「納得解を生み出す」という点では、多面的と多角的に分けて発問をつくるというお話が、まさに目からうろこでした。多面的・多角的が違うことは知っていましたが、実際は一緒に考えるのが普通だと思っていました。しかし、それを分けて考えると、発問づくりにこれほど大きな影響があるのかと驚きました。

文部科学省は、多面的と多角的は一緒でいいとしているので、それでも構いません。ただ道徳では、子どもたちの多角的な考えを引き出すための発問、また立場や視点を変えて考えるための多面的な発問というように、分けて考えることも多いですね。

▲ 山田准教授による模擬授業や講話

発問とICTを組み合わせ、効果的に

浅見先生のおっしゃる自我関与を軸とした3つの理解に加え、もう一つ多面的・多角的を分けて発問するというアイテム(視点)を手に入れて、授業はどのように変わりましたか?

大きく変化しました。発問にさまざまな工夫がされるようになっただけではなく、役割演技についても変わったと思います。どの授業を見ても、先生がよく考えて取り組んでいることが見て取れました。

発問をどう工夫しようか、ICTをどう使おうかといったことを話し合う場面はとても増えました。例えば[ポジショニング]です。私たちは導入時に1回だけ使う授業がほとんどでした。しかし、山田先生は役割演技とICTを組み合わせて何度も活用され、子どもたちの考えの変容を可視化されていました。その中で、子どもたちの思いが深まったり、揺れ動いたりしていることが、はっきりと見て取れました。ですから私たちも、どの場面でどんな発問と絡めて[ポジショニング]を使えば効果的なのかを、日頃から話し合うようになりました。

▲ 教材研究会で発問の工夫やICT活用を議論

「揺さぶる発問」で人間理解へ

[ポジショニング]を活用する際の問いも変わりました。例えば4年生の教材に、転校した友達から絵葉書が届いたのですが、その絵葉書が料金不足で届いてしまい、主人公が不足分を払うことになったという教材があります。図1はその教材を読んだ後に「料金不足だったことを友達に伝えますか?」と質問して、[ポジショニング]を行った結果です。

図1 考えの揺れ動きを可視化する[ポジショニング]機能
転校した友達から絵葉書が届いたが、料金不足で主人公が不足分を負担した、という教材を読み、「料金不足だったことを友達に伝えますか?」と質問し[ポジショニング]を行った。[ポジショニング]画面の70%ほど「伝える」に寄っている緑のマーカに焦点を当て、「100%伝える」にならない、「残り30%の部分の気持ち」を問う。すると児童は「伝えることの難しさ」に目が向き、迷いが表出され、考えが深まる。

ここで教員は伝える側に70%くらい寄っている緑のマーカを指して「100%伝えるではないんだね」と焦点を当てます。さらに伝えると言い切れない残りの30%を指しながら「どうして伝えないという気持ちがあるの?そこを教えて」と投げかけます。すると児童は100%とは言い切れない残りの30%の気持ち、つまり「伝えることの難しさ」に目を向けます。このように問いを工夫することで、児童の迷いを表出させ、考えを効果的に揺さぶることができるようになりました。

浅見先生がおっしゃる「人間理解」が、そこに表れるのですね。どうすれば短期間のうちにそのように使えるようになるのでしょうか?ぜひ、コツを教えてください。

まず、教員の「使いたい」という気持ちが高まったことが大きいです。そして、道徳の本質を意識してICTを使えば、子どもたちの話し合いの中身がより深くなるという手応えを感じました。さらに、ほかの先生の授業を見て「そんな活用法もあるのか」と気づき、自分もやってみるというサイクルが生まれました。

教員の機運が高まっているところで、浅見先生に来校いただきました。また違ったかたちの授業を拝見して、それを考えながら取り入れていく過程で、本校独自のスタイルが形成されると考えました。

そして浅見先生と山田先生の授業研究会を受けて、校内で有志による教材研究会をスタートさせました。そこでさまざまな議論がされ、研究の柱がかたちづくられていきました。

最終的には図2のように、問題場面を考える際の「中心発問」から、立場や視点を変える「深化発問」、さらに道徳的価値の本質を考える「真の問い」と、発問を整理しました。

「中心発問」「深化発問」「真の問い」  3つの視点で発問を整理
図2 「中心発問」「深化発問」「真の問い」 3つの視点で発問を整理
令和5年度 安城南部小学校 道徳教育研究構想より一部抜粋

役割演技も増やしました。実際に教員同士で模擬授業を行い「この発問をすれば、子どもたちはどう考えるか」といったことや、[ポジショニング]はどのタイミングで使うのが効果的かといった話し合いを重ね、多様な視点で考えるようになりました。

思いを可視化し意図的指名に生かす

いよいよ最終年度の令和5年度ですが、すでに自分たちで取り組みを深化させていく段階になったのでしょうか?

そうですね。しかし、教員の転任もありますので、新しく赴任してきた教員にどのように伝えるのかも考えなくてはいけませんでした。やはり、実際に見てもらうことが一番だと考え、5月に役割演技もICT活用も取り入れた授業を見てもらいました。

『SKYMENU Cloud』の使い方で意識している点を教えてください。

私が意識しているのは「人間理解」の部分です。子どもたちは[ポジショニング]で自分の考えを示すときに、必ず自分の思いはどうなのかを考えます。その上で、その思いを揺さぶる発問をすることで「人は分かっていても、できないことがある」という弱さなどを意識させ、ねらいに迫るよう工夫しています。

さらりと「揺さぶる発問」とおっしゃいましたが、そこが大切なポイントですね。

[ポジショニング]を使い慣れてきたころ、子どもたちから「ほかの子の考えを見る時間がほしい」という声が上がりました。そのため最近は、子どもたちに「どの意見が聞きたい?」と尋ね、指名させるようにしています。それが「なぜこの子はこっちに配置したんだろう」と、子ども同士で意識を高めることになっています。

お互いに意見を吸収し、つないでいくという授業に変化したのですね。[発表ノート]の使い方でも変化はありましたか?

[発表ノート]を意思表示ツールとして使うことが増えてきました。子どもたちの思いが可視化されるので意図的指名ができます。

私は、授業で使う教材をあらかじめ読んで、感じたことを[発表ノート]に書いてもらっています。それを[提出箱]で共有し、授業の最初に互いに読み合って課題をつくるということもしたことがあります。

図3事前読みで感じたことを[気づきメモ]に書き留めさせると本音が出やすい

私は最近、事前読みで[気づきメモ]を使うようになりました図3。[気づきメモ]は、活動の中で気づいたことをメモとして書き留める機能ですが、感じたことをパッと書ける手軽さが特長です。そのおかげで堅くない気楽な文章となり、本音が出やすくなっています。低学年の場合は、顔のスタンプを使って気持ちを表現するという手軽な使い方もできると思います。

低学年から手軽に使える機能はいいですね。

▲ 子どもたちの発言やつぶやきから話し合いが広がり、深まっていく

「道徳科の授業の思い出」が卒業文集に

実に多様な活用をされるようになっていますが、教員の変化の中で、校長先生が最もうれしかったことは何ですか?

職員室などで、相談し合っている姿をよく見かけるようになりました。1人では行き詰まってしまうことも、教材研究会や日常的な会話で課題や考えを共有し、一緒に工夫していこうとする同僚性の高まりを感じています。

教員の意識が変わり、授業が変わると、子どもたちも変わるという好循環ができています。ICTの活用についても、初めは先頭を走ってリードしているつもりだったのですが、いつの間にか追い抜かれています。

子どもたちの変化は、特に顕著です。今、6年生は卒業文集を制作しているのですが、道徳科の授業での学びについて書いている子が何人もいます。修学旅行や自然教室などの思い出ではなく、多くの子が自分の内面の成長について書いているのを見て、道徳科の授業が子どもたちの心を耕していることを実感しました。

児童が課題をつくり、話し合う

今後の課題や展望などがあればお聞きできればと思います。

この3年間、授業改善は大きく進みました。ただ、本時で考える課題については教員が決めていることが多いので、子どもたち自身が課題をつくって話し合うような授業が、毎時のようにできるようになりたいと思います。

私も、主体的という部分がとても大事だと感じています。例えば、教員がねらいとする道徳的価値に迫ろうとし過ぎてしまう部分もあります。ヒントを与えつつも、もっと子どもたちに任せて、その結果として価値にたどり着くのが、道徳科としてはいいのだろうと思っています。

教員が楽しんで道徳科の授業ができようになる。そのために学級経営が基盤となり、同僚性も重要だと話してきました。この先は、子どもたちが教員の代わりとなって話し合いをリードするような授業づくりが理想だと思います。難しいですが、子どもたちの主体性を伸ばしながら、さらなる授業改善に取り組んでいきたいと思います。

皆さんのお話を伺い、実際に授業を見て「できそうだ」と感じられたことが、とても大きな転機になったのだと実感しました。すでに道徳科の授業は要として、しっかり取り組まれていると思います。さらに、これからは他教科とどう関連させるか、地域とどう関連させるかといった点も課題として取り組んでいただければと思います。例えば、ゲストティーチャーを呼ぶといった広がりを持つのも一つです。多くを学ばれた3年間だったと思いますので、さらに発展させられるようにぜひとも頑張ってください。

道徳授業と『SKYMENU Cloud』の活用について山田 貞二 先生が解説された動画をSKYMENU Teacher's Community Siteでご覧いただけます。

「初めてでも大丈夫!
道徳科の本質を大切にしたICT活用」

この講演では、ICTが苦手な人でも分かるように、道徳の本質を大切にし、これまでの実践とICTとをどのようにベストミックスしていくかをお話しさせていただきます。すべては子どもたちのために。

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(サイト内の「講演動画」➡「SKYMENU Cloud 春の特別セミナー」内で公開中)