学習指導要領/教育の情報化

学校における働き方改革の論点と課題

はじめに

2019年1月に、文部科学省が「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)を策定し、いよいよ学校においても本格的に働き方改革がスタートします。そこで、このガイドラインを私たちがどう理解すればいいかということや、具体的に働き方改革を進めていくに当たっての留意点と課題についてお話しします。

私は中央教育審議会の副会長と、学校における働き方改革特別部会長を務めていましたが、1月末でそれらの役職を退任しました。今日は、これまで立場上なかなか言えなかった私の個人的な意見、考えも交えてお話ししたいと思います。

時間外勤務の上限規制や、使用者に客観的で適切な方法での勤務時間管理を義務づけることなどを盛り込んだ「働き方改革推進法」が、2018年6月に国会で可決・成立し、2019年4月から法律が施行されています。それに伴って、文部科学省は2019年1月25日にガイドラインを策定しました。これから自治体、教育委員会、そして学校においてさまざまな取り組みが始まります。国も、時間外勤務の抑制をめざしてさまざまな制度的措置を具体化するために、2019年から2020年にかけて関係法令の改正等を進めることになっています。

今日は、まず、中教審答申「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」(2019年1月15日)で何が論じられているかというポイントを押さえ、その上で、文部科学省が具体的な長時間勤務の抑制に向けて策定したガイドラインの内容の要点を説明しつつ、検討したいと思います。

そして、それらに関する問題点や今後の課題については、新聞などのマスコミや教育関係者、研究者、現場の教職員といった方々から寄せられているさまざまな批判や疑問の声に、可能な限りお応えする形でお話ししてみたいと考えています。

中教審答申の要点(ポイント)

今回の答申の重要なポイントは、次の4点に集約できると思います。

1点目は、文部科学省が初めて、公立学校教員の勤務時間の上限を定めたことです。ガイドラインにはさらに、勤務時間管理の在り方や留意点なども盛り込まれています。労働基準法や労働安全衛生法施行規則の改正を踏まえて、学校においても民間企業と同じように、時間外勤務の上限を月45時間、年間360時間と明記し、勤務時間を客観的かつ適切な方法で管理することを、服務監督者に強く求めています。

2点目は、慣習的に行われてきた業務を含め、学校や教員が担うべき業務を大胆に見直し、明確化・適正化を図ると提言したことです。時間外勤務をガイドラインの上限以下に削減するために、業務の明確化・適正化はまず率先して取り組むべき課題であるとしています。

3点目は、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の運用に関わり、一部見直しを図ったことです。勤務時間を「在校等時間」という外形で把握し、その「在校等時間」を対象にガイドラインの上限以下に削減することを求めています。これまで超勤4項目以外の業務については、どんなに時間外勤務を行っても教員の自発的な行為として扱われてきました。超勤4項目以外の業務の時間外勤務は、それが校務分掌に関わる業務であっても、校長の職務命令ではないという理由からです。

長時間勤務の問題を考えるとき、さすがにこの状況をこのまま放置することはできませんでした。そこで、今回、超勤4項目以外の業務の時間外勤務や、土曜日、日曜日の業務も含めて「在校等時間」として把握し、勤務時間を管理するよう見直されました。その意義と問題点については、後ほど詳しく述べます。

最後に4点目は、1年単位変形労働時間制の導入を自治体の判断でできるようにするため、2021年4月実施をめどに、2020年度中に法制度改正をすると決めたことです。

2016年教員勤務実態調査から見えてくる課題

小学校 中学校
業務内容 1日
(分)
1か月
(1日×20)
1日
(分)
1か月
(1日×20)
増えた
本来的な業務
授業
授業準備
成績処理
学習指導
27
8
0
7
9時間
2時間40分
0
2時間20分
15
15
13
4
5時間
5時間
4時間20分
1時間20分
14時間 15時間40分
増えた
周辺的な業務
学年・学級経営
学校経営
事務
行政・団体対応
部活動
10
7
6
2
3時間20分
2時間20分
2時間
40分
11



7
3時間40分



2時間20分
8時間20分 6時間
(表) 2006年と2016年の教員勤務実態調査から見た増えた業務の勤務時間 <平日:学内勤務>

今回の答申に対しては、非常に多くの批判や疑問が挙がっていますが、そのうちの一つは、次のような批判です。

今回、教職員の大幅増員に触れられていない。国は、教育委員会や学校現場に、業務の見直しや軽減を強く求めることで、時間外勤務を削減しようとしている。

しかし、それでは勤務時間は削減できないし、家庭への持ち帰り業務を増やすだけだ。やはり、国の学校における働き方改革の本丸、中心的な課題は教員の大幅増員、定数の大幅改善ではないか。

私個人もそのような声を受け止めてきましたし、教職員の定数改善や大幅増員を図りたいという思いは、おそらく文部科学省が一番強かったのではないかと思います。それにもかかわらず、今回働き方改革の中心的な方策として、教職員の大幅増員や定数改善を打ち出すことができなかった理由は後ほどお話しします。

2006年と2016年の教員勤務実態調査の比較検討のなかで、授業やその準備、成績処理、学習指導等の本来的な業務にかかる時間が大きく増えている事実が明らかになりました。つまり、この10年間で教員の勤務時間が延びた理由は、決して会議など周辺的・境界的な業務が大幅に増えたためではありません。

この10年間で増えた業務の6〜7割が、授業やその準備、成績処理、学習指導等の本来的な業務であると、データで明確に裏づけられています(表)。

このような勤務実態調査の結果を直視すれば、先ほどの批判にもあるとおり、正論としては周辺的・境界的な業務をほかの専門スタッフや支援スタッフに担ってもらいつつ、教員の大幅増員を進め、増大している本来的な業務の負担や授業持ち時数の軽減などを図ることが、本来であれば一番望ましい姿です。そしてそれは、私たち教育関係者が最も期待していることでもあります。

勤務実態のデータを蓄積し、
確実に必要とする教職員の増員をめざすスタンスを取っています。

学校・教員が担う業務の明確化・適正化に向けた方策と課題

問題は、教員の大幅な増員や定数改善という方策は、膨大な追加的財源が必要になるため、政治的なハードルが非常に高いことです。国、自治体の財政事情が厳しい状況に加え、少子化で今後急速な児童生徒数の減少が見込まれるなか、残念ながら政府や財務省は逆に、教職員定数の削減という方向にかじを切っているというのが現実です。

さらに近年、政府が最重要課題として位置づけている子育てや教育分野で、幼児教育や高等教育の「無償化」政策が優先されています。ご存知のとおり、政府は2019年10月に消費税率を8%から10%にアップすることを予定しており、そこから得られる財源約6兆円のうち1兆5,000億円を幼児教育と高等教育の「無償化」に充てることも決定しています。

実は当初の予定では、財務省は消費税率2%アップで得られる財源の一部を社会保障費に充てた上で、残りの大部分を国債償還の財源にする方針であったといわれています。ところが、官邸がその方針を覆したわけです。財務省から見れば、消費税率2%アップで得られる財源の使途を官邸主導で変更され、さらに、幼児教育と高等教育に優先的に財源を配分されたことになります。そのような背景があって、教育分野の新しい諸施策に追加財源を支出することに関して、財務省が非常に強い抵抗を示したといわれています。従って、文部科学省は働き方改革を含めたほかの教育施策に要する新たな財源を、財務省に要求することが極めて困難な状況になったと判断したということになります。加えて財務省は、教員の多忙化は、部活動をはじめとする本来的な業務以外の、多くの周辺的・境界的な業務を学校教員が抱え込みすぎていることが原因であり、教員の大幅増員を要求する前に、まずは業務の明確化・適正化による業務量の軽減・削減を進めるのが筋ではないか、という姿勢を示しています。

以上のような政府内の政治力学や諸事情もあって、文部科学省は働き方改革の優先的な取り組み課題として、業務の明確化・適正化による業務量削減を先行させることになりました。そしてそれと並行して、勤務時間を客観的で適切な方法で管理し、勤務実態のデータを蓄積しながら教育政策のPDCAサイクルを循環させることで、確実に必要とする教職員の増員をめざすスタンスを取っています。

このような取り組みを前進させる動きもすでに出始めています。2019年4月17日に、文部科学大臣から中教審に対して「新しい時代の初等中等教育の在り方について」の諮問がなされました。2020年からスタートする新しい学習指導要領の実施と、学校における働き方改革という2つの重要課題を矛盾なく一緒に進めていくために、教育の質的な向上と教員の働き方改革の間にある、さまざまな隘路を解決していくこと‐そのための初等中等教育の基本的なグランドデザインを描くことが、諮問の趣旨であり、中心的な課題であると受け止めています。

新聞やテレビでは「小学校高学年の教科担任制の拡充」だけが大きく取り上げられているようですが、今回の諮問内容は決してそれだけではありません。確かに教科担任制の拡充はそれ自体も非常に大切なテーマではありますが、1年半かけて議論してきた働き方改革について積み残してきた課題を、そうした今後の初等中等教育のグランドデザインを描くなかで改善していくという趣旨が、今回の諮問内容に含まれていると思っています。

今後1年半ほどをかけて、新たに中教審の下に設置される「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」において、新しい時代のグランドデザインを描くなかで、そうした諸課題が審議されていくことになりますので、その審議の行方を注視していきたいと思います。

教員の長時間勤務の法制的要因

文部科学省が策定したガイドラインについても、マスコミや研究者、学校現場からさまざまな批判が出ています。要約すると次のような批判や疑問です。

超勤4項目以外の業務の時間外勤務について「在校等時間」という外形で把握して、勤務時間管理の対象にしたことは、確かに一歩前進である。

しかし、さまざまな取り組みを行っても在校等時間があまり減らず、法定労働時間の7時間45分や、ガイドラインが上限としている月45時間、年間360時間を超えても、時間外勤務手当の支給や振替休暇でそれを代償できるといった措置がまったく伴っていない。

結局、これまでの「ただ働き」の仕組みが、そのまま継続するのではないか。超勤4項目以外の業務を在校等時間として勤務時間管理をするメリットがよく理解できない。

まず確認しておきたいことは、給特法における勤務時間管理の本来的な趣旨です。実は、給特法における勤務時間管理の本来的な趣旨は、時間外勤務を命じないこと、また命じる場合でも超勤4項目の業務に限定し「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに」限られています。ですから、給特法の本来的な趣旨に即した運用が学校現場で行われていれば、膨大な長時間勤務は生じないはずでした。しかし残念ながら、給特法が本来的な趣旨としていた勤務時間管理の考え方が、実態から非常に大きく乖離してしまったことで、実際には膨大な時間外勤務が生じることになりました。

問題の1つ目は、超勤4項目について時間外勤務の上限規制がなかったこと。2つ目はすでに述べたように、超勤4項目以外の業務の時間外勤務は職務命令ではないため、あくまで教員が自発的に行った時間外勤務と見なされ、その抑制に取り組んでこなかったこと。最近ではむしろ、超勤4項目以外の業務量が非常に増えているため、教員の長時間勤務が深刻化してしまいました。3つ目は、教職調整額の問題です。

民間やほかの公務員は、時間外勤務をした場合、割増賃金つまり時間外勤務手当が支給されます。それが、時間外勤務を抑制する誘因にもなっているわけですが、しかし、ご存知のとおり、教員には時間外勤務手当はなく教職調整額が一律支給されています。この教職調整額は、教員が時間外勤務を重ねれば増額するという仕組みではありません。ですから、この教職調整額の下では管理監督者・服務監督者は、時間外勤務を抑制するような勤務時間管理を行う意識や行動を、起こすこともなかったのです。これらが給特法制下の問題点であると考えます。

※学校とICTフォーラム(東京会場)特別講演より
(2019年8月掲載)