学習指導要領/教育の情報化

学校における働き方改革の論点と課題

ガイドラインの要点と論点

実は働き方改革特別部会でも、給特法の見直しについてさまざまな議論がありました。私個人は給特法の廃止論者です。中教審の特別部会でも、給特法と教職調整額を廃止して、36協定に基づく時間外勤務の在り方を検討すべきである、時間外勤務手当を導入すべきだという意見が何人かの委員から出されました。ほかにも、給特法を維持しながら超勤4項目以外に職務命令ができる業務を増やして、教職調整額を増額するべきだという案もありました。

このようにさまざまな見直し案がありましたが、どの案を採用するにせよおよそ1兆円から1兆数千億円の追加財源が必要になるという試算もあり、そのため残念ながら、今回の答申で給特法や教職調整額の見直しを行うことを断念せざるを得ませんでした。こうした状況で、追加財源を要せずして、どう時間外勤務を効果的に抑制していくかが検討されました。さまざまな議論を経て、厳しい制約条件の下で、今回のガイドラインが提言されたというのが、ことの経緯です。

そのため、このガイドラインは現行の給特法と教職調整額を維持したままの上限規制の指針であるため、給特法にまったく手をつけず温存させたという批判が当然あります。事実そのことによって、ガイドラインが勤務時間管理の対象にしている「在校等時間」は、労働法上の「勤務時間」、つまり使用者の指揮命令下で行った勤務時間とは異なる考え方になっています。従って先ほども述べたように、在校等時間が法定勤務時間7時間45分や、ガイドラインの上限時間を超えたとしても、金銭的な措置や振替休暇等の措置で代償されるものではありません。このことから「ガイドラインでは在校等時間を対象に勤務時間の管理を客観的・適切に行うとしているが、給特法の『ただ働き』の仕組みをそのまま温存させるもので、二重基準になっている」という批判があるのです。実際そのような指摘や批判は、私もそのとおりだと思います。

ガイドラインの意義

ガイドラインが有する問題点を理解しつつも、今回、文部科学省が策定したガイドラインには次のような意義やメリットがあると、私は考えています。

1つ目は、これまで超勤4項目以外の業務の時間外勤務を教員の自発的な行為として扱ってきた問題を改善するために、超勤4項目以外の業務の時間外勤務も在校等時間として勤務時間管理の対象にしたことです。この意義は非常に大きいと考えます。

確かに、教職調整額が増えたり振替休暇が取れるといった措置はなく、いわゆる「ただ働き」の実態がこれまでと変わらないという指摘はそのとおりです。ただやはり、在校等時間としてきちんと勤務時間管理をして、公的なデータを残すということは、これまで公務災害がなかなか認定されなかったというような事態の、一つの大きな歯止めになるだろうと考えます。

2つ目に、これが一番大きな成果だと思いますが、これまで教員の自発的な行為として隠されてきた時間外勤務が客観的なデータとして可視化されることで、今後の教育政策のPDCAサイクルに活用でき、教職員定数の改善や授業持ち時数の軽減等の本質的な取り組みにつながっていくことが期待できます。この点も、非常に大きな意義があると思います。

そしてもう一つ忘れてはならないことがあります。ガイドラインでも強調していることですが、さまざまな取り組みにもかかわらず、在校等時間が減らなかったり、逆に増えるような場合には、教育委員会や校長はその背景や構造を分析し明らかにすることで、次の改善方策を策定したり、改善に向けてさらに取り組みを強めることが要請されています。つまり、教育委員会や学校は、在校等時間を削減する行政上の責任を負うことになります。

ガイドラインの内容は確かにさまざまな弱点がありますが、上記で述べたような意義やメリットもあります。おそらく、現場において在校等時間の適切な把握と管理、そしてそれを施策やPDCAサイクルに乗せて活用していくことの延長線上に、今後、教職員定数の改善や教職調整額の増額、振替休暇等の代償措置といった新しい制度を検討する下地が整えられ、それらを現実化していく可能性が見えてくると、私自身は考えています。

教育委員会や学校は、在校等時間を削減する
行政上の責任を負うことになります。

ガイドラインの法的拘束性

勤務時間の上限については、もう一つ次のような指摘があります。

ガイドラインには法的な拘束性がないので、形骸化するのではないか。

これについては、文部科学省がガイドラインの実効性を担保するために、給特法にガイドラインの法的な位置づけを明記する方向に動いています。またガイドラインを参考に、自治体や教育委員会としての方針等を策定することを義務づける規定も、給特法に盛り込むことになっています。

さらにガイドラインでは、上限の目安時間を超えた場合には、事後的に教育委員会が検証を行うことも求めています。このように、確かにガイドライン自体は法的な拘束性を持っていませんが、給特法などの中で実質的に法的な拘束性・実効性を担保するような手直しが、今後2019年度中に行われると想定されます。

そのほかガイドラインでは、従来公立学校に関する調査や監督の機能が不十分であると批判されてきた人事委員会などの役割についても触れられています。都道府県・政令市においては、地方公務員の労働基準監督機関である人事委員会と教育委員会が密に連携し、監督体制を整えることを求めています。人事委員会がない市区町村については、監督機関である市町村長が教育委員会と密に連携すること。つまり、首長(部局)と教育委員会が働き方改革等々についての方針を共有し、首長の求めに応じて教育委員会が必要な報告をするということを求めています。こうした点についても、注目していただきたいです。

最後に、ガイドラインに対して寄せられている「罰則規定がないから形骸化するのでは」という指摘についてですが、これは、残念ながら文部科学省の独断で決められることではありません。地方公務員の勤務時間の上限規制ガイドラインに罰則規定を設けるかどうかについては、地方公務員を所管する総務省の権限に属する案件です。総務省が今後どのような方策を検討していくか、動向を注視したいと思います。

「ただ働き」の時間をできる限り減らしていくという意味合いが、
1年単位の変形労働時間制にあるのです。

1年単位変形労働時間制の導入と課題

時間外勤務に対してどのような措置を図るかということについては、これまでも述べたとおり、金銭的な措置と振替休暇を与えるという2つの方策があります。私個人としては、今の教員の病気休職や精神疾患率の高さなど、深刻な健康被害を考えると、教員の時間外勤務については、金銭的な措置よりも休暇を確実に取得させる方策が妥当だろうと考えます。ただ、残念ながら今の日本には時間外勤務に対して振替休暇を取得させる仕組みがありません。その現行制度の枠の中で、何とか工夫して時間外勤務を少しでも振替休暇として代償させるような仕組みはないかと考えたのが、1年単位の変形労働時間制導入の趣旨です。

ご存知のとおり、今でも地方公務員には1か月単位の変形労働時間制が認められています。実際公立学校においても、例えば修学旅行や学校行事が行われる繁忙期に1か月単位の変形労働時間制を採用して、きちんと振替休暇を取ってもらおうとしている自治体も非常に多くあります。ただ、教員の1年間の勤務態様を考えた場合、1か月単位の変形労働時間制は対象期間が短すぎたり、柔軟性に難点があります。もう少し長いスパンで、勤務時間を柔軟に設定して振替休暇をしっかり取得できるような制度の可能性を探ってみたいという考えから、1年単位の変形労働時間制の導入の検討を、中教審の答申で提言しています。

確かに多くの批判にあるとおり、1年単位の変形労働時間制の導入は、自動的に、教員の時間外勤務の削減や、確実な休暇取得を保障するものではありません。繁忙期にどうしても時間外勤務が長くなってしまったとき、夏などの長期休業期間を含めた閑散期に、振替休暇をしっかり取得できるようにするための方策です。ですから、あくまで学校や教員の業務量を大幅に減らすことと、夏などの長期休業期間における部活動や研修等の業務を大胆に減らしていくことが前提です。

そして、私が強調したいのは、実は1年単位の変形労働時間制の導入は、時間外勤務を「ただ働き」として放置させないという意味が含まれていることです。国のガイドラインや教育委員会の方針にのっとって、教員の業務軽減に取り組んでも、時間外勤務は残ってしまうと思われます。その残った在校等時間は、何も手をつけなければ、単なる「ただ働き」の時間として放置されるだけです。そこで、同じ時間外勤務をするならば、その一部を正規の勤務時間として法定勤務時間の中に組み込むことで、法定勤務時間は長くなっても、その分、夏などの長期休業期間にまとめて振替休暇として取得できるようにする。そうすることで、「ただ働き」の時間をできる限り減らしていくという意味合いが、1年単位の変形労働時間制にあるのです。

これは本来、時間外勤務が教職調整額の増額につながるとか、きちんと振替休暇が取れるといった仕組みがあれば必要のない方策かもしれません。しかし、今の制度の中で、何とか現状を一歩でも前に進めたい、良くしたいという趣旨であることも、ご理解いただければと思います。

おわりに

最後になりますが、学校における働き方改革にとって、ICTの活用は非常に大切です。中教審の答申でも、教員の勤務時間管理だけではなく、学校の基本情報管理や授業準備、学習評価、成績処理、保健管理など、さまざまな分野でICTの活用を進めることで、業務の効率化等を図っていくことを推奨しています。

ただ現状は、自治体や教育委員会によってICT環境の整備状況に差があります。ぜひ、ICTの活用に熟知した皆さんのような方々が、優れた実践事例などを広げながら、関係機関や関係者にICT活用の可能性をお伝えください。そうして全国の教育委員会や学校で、ICT環境の整備が大きく進むことを強く期待しています。そうした期待を込めつつ、私の話を終わらせていただきます。

※学校とICTフォーラム(東京会場)特別講演より
(2019年8月掲載)