ICT活用教育のヒント

解説茨城県那珂市立芳野小学校 黒羽 諒 教諭の実践から学ぶ 1人1台端末活用は、スタートが肝心。 教師は、自分の想い・願いを確認し、
具体的なゴール設定を

小林 祐紀
茨城大学 准教授

1はじめに

黒羽教諭の報告内容は、今年度中に、あるいは遅くとも来年度はじめには、日本各地の小学校において、高い確度で起こりうる事例そのものといえる。文部科学省は「文房具のように」という漠然とした言い方ではあるものの、児童生徒1人1台の教育用コンピュータ(以下、黒羽教諭のレポートに合わせてタブレット端末とする)を教師のコントロールの下で使用させることではなく、児童生徒の自由意志の下で使用することを前提としている。筆者も最終的には子どもたちが自由に使えるようになることが重要と考えている。

したがって、今後早急に求められることは、これまでのように教師の指示通りにタブレット端末を時々、活用するのではなく、子どもたちが「文房具のように」日常的に活用することへの教師の覚悟であり、その際に起こりうる様々な出来事を想定しておくことであろう。また、「日常的」という言葉が意味することは、授業時間における活用の頻度を上げることだけに留まらない。黒羽教諭のレポートにあるように、緩やかなルールの下に、朝学習や休み時間などの授業時間外における活用を含めてこそ日常的といえる。この授業外での活用を通じて、操作スキルが定着したり、活用アイデアが広がったり、そしてトラブルが起こったりしていく。

このレポートの内容は、まさに一般的な教室での日常の一コマであり、学校現場に多くの示唆を与えてくれる。「こういうことが起こりうるのか」「自分ならこのように指導する、対応する」など、自分事としてぜひ読み深めて欲しい。以下、実践レポートの内容に沿って、黒羽教諭の取組の意味を確認してみたい。

1人1台の状況では、児童自身が活動の担い手となる。
これまでの授業スタイルは変わっていく。

2黒羽教諭の取組から

具体的な児童の姿でゴールを設定する

黒羽教諭は1人1台タブレット端末の活用に際して、「教師の意図を超えた活用を行える児童の育成」という明確な目標を立てている。さらに、目標が達成された具体的な姿として、タブレット端末は多様な表現方法の一つであるとし、「子どもが必要に応じて自分で判断して活用できること」としている。

このように、1人1台整備された状況では、児童自身が活用の担い手となり、当然のことながら多くの教師にとって、これまでの授業スタイルは変わっていく。タブレット端末というツールをどのように使って欲しいのか、学習指導要領の理念をふまえ、教師は自らの想い・願いを確認し、具体的なゴールを設定することが肝要である。さらに、ゴールをイメージして、子どもの姿として一文で記述してみるとよい。何事もそうであるが、ゴールが明確になれば、種々の取組がぶれることはなく、「ゴールの姿を達成するためには・・・」という思考が働き、自ずと日々の取組内容が決まってくるであろう。

基本ルールの設定と使用時間の確保

子どもたちとタブレット端末との出会いの場において、黒羽教諭は基本的なルール(約束事)のみを確認している。高価なICT機器の使用にあたっては、あれこれ細かくルールや使い方を指導したくなるが、あれもこれもではなく、最低限これだけはという程度に留めておくのが賢明であろう。これは低学年だからというわけではない。また、「・・・しない」「・・・してはいけない」という否定形ではない表現も重要である。緩やかな(基本的な)ルールに留めることで子どもたちの活用に対する思いが低減することはなかったと推測される。

そして、子どもたちがタブレット端末に自主的に触れられる時間を確保したという点もポイントである。このような自由に一定時間触れられる環境の中で、子どもたちのタブレット端末に対する新規性は薄れ、さらに様々な使い方が子どもから子どもへ伝えられていく。

使い勝手を良くする環境づくり

ICTに関する環境整備については、教育委員会に任せる案件と思われがちである。もちろんタブレット端末、保管庫、ネットワークなどのハード環境の整備はその通りである。しかしながら、整備された環境を学級の実態や教師1人1人の活用パターンに合わせて使い勝手を良くする工夫は、担任教師や情報教育担当者だからこそできることだと考える。

黒羽教諭もタブレット端末を常に手提げ袋に入れておくように指示している。そうすることで、使う度に保管庫から取り出す、保管庫に片付けるという時間のロスを防ぐことができる。また、私たち大人も経験上分かっていることであるが、すぐに使える状態で手元にあると、ちょっと使ってみようかなという気持ちになる。

黒羽教諭自身も「日常的な活用を進めるためには、子どもの使いたいと思った時に使える環境が重要」と述べている。自由に使ってみることができる環境づくりは、手提げ袋の活用以外にもまだまだ他にも考えられそうであり、教師たちの知恵の出し合うところといえる。

▲ すぐに使えるように、手提げ袋に端末を入れる
▲ 子どもが使いやすいように充電保管庫の配線も工夫した

トラブルは、指導していなかったために
起きた結果ではなく、
適切なタイミングで指導するきっかけとして捉える。

遊びから始めてみる、無理のない範囲で継続する

子どもたちにとっては、一刻も早く使ってみたいものです。だからこそ子どもたちの意欲が高い内に、黒羽教諭も教科の学習ではない内容(友だちの描いたものを当てようゲーム)で取り組んでいる。さらに、この取組には、今後学習の際に使用するであろう基本的な操作スキル(発表ノートに書く・書いたものを提出する・大型提示装置を使って発表する)の習得も意図されていた。スキルの習得を操作の練習として取り出すことも可能であるが、楽しい一連の活動という文脈に埋め込むことで、子どもたちの操作スキルの習得は早く、そして他の学習の際に、実際に活用できるスキルとして習得されると考えられる。

さらに、教師にも、子どもたちにも「無理がない範囲」で活用を継続すること、その一例として振り返りを記入する取組が示されている。この取組では、文字入力、そして提出するという一連の流れを繰り返し体験することになる。出会いの時期に、集中して取り組むことで、この先、操作の方法について何度も同じことを指導する機会は格段に減少すると考えられる。

児童の困り感、トラブルを捉えて次の展開へ

タブレット端末について、よく使うであろう基本的な操作スキル以外については、授業の必要に応じて教師から指導することが一般的といえる。授業で活用するという必要性は教師にはあるものの、子どもたちにとってはあまり必要性を感じられないことが多いのではないだろうか。もちろん、教師から指導することも必要であるが、黒羽教諭の事例のように、子どもたちから寄せられた困り事(レポートには「発表ノートが増えすぎて困る」)をもとに、フォルダ機能の仕組みやその使用方法を伝えた方が、そのスキルをしっかりと自分のものにしやすいといえる。また、同様の困り事には子どもたちだけで対応できるようになっていくだろう。

このような期を捉えて指導するという黒羽教諭の立場は、トラブルへの対処にも見ることができる。トラブルが起きないように、子どもたちが失敗しないように、私たちは先回りし、さまざまな指導を行ったり、環境を整えたりする。でも、考えてみると学校は失敗から学ぶ場ともいえる。起こりそうなトラブルを想定することは重要であり、想定していなければ、見逃してしまうことも多いであろう。あるいは個別に指導して終わりにすることもあるだろう。レポートに登場する「肖像権」、「写真の拡散」、「人間関係」にまつわる各種トラブルはすべての学級で起こりうる問題ばかりといえる。指導していなかったために起きた結果として捉えるのではなく、適切なタイミングで指導するきっかけとして捉えるという、教師の構えの重要性を示唆していると私は考えている。

3おわりに

今回のレポートから、本当に多くの取組、そして授業者である黒羽教諭の意図を確認することができた。このことは、1人1台のタブレット端末活用の取組は、スタートがとても肝心であることを意味している。また同時に、1人1台のタブレット端末活用を迎えるにあたっての教師の構えが重要であることも示している。

本レポートの最後にもあるように、小学校2年生において約2週間で、日常的に使用できるようになり、機器の操作やトラブルに関する児童からの質問が減少したという事実、さらに友だち同士で教え合って解決しているという事実。子どもの姿で語られる事実は、とても説得力がある。また、本レポートのような具体的な事例は、特殊でどこか遠い世界の事例では無く、私たちが今から準備できる多くのことを示唆してくれる。

例えば、スタートから1ヶ月間は、十分な支援が必要であるとすれば、今から外部人材、保護者ボランティアの確保に動くことも考えられる。またトラブル回避のためではなく、起こりうるトラブルを想定する教員研修の企画をすることも可能であろう。さらに、情報教育の全体計画の見直しに着手したり、情報モラル指導の年間指導計画を見直したりすることも必要になると予想できる。

本レポートからは、まだまだ学ぶべき多くの事柄があるように思えるが、ここから先は、読者の解釈に任せたいと思う。今後のレポートにおいて、どのような子どもの姿が見られるのか。私自身がとてもに楽しみにしている。