授業でのICT活用

【ICT活用研究】ICTを活用した授業改善を、校内研究でどのように進めるか 全教員で取り組む、ICTを活用した思考力・判断力・表現力の育成 相模原市立緑が丘中学校

佐藤 幸江 前金沢星稜大学教授文部科学省では、新学習指導要領で定められた教育課程により実現される「次世代の学校」では「教師の授業力の向上とICTのベストミックスにより、学校や学級の中での多様性のメリットを生かして、個々の子供の理解度に応じた丁寧な教育や課題解決力の育成が実現される」としています。相模原市は、新学習指導要領の全面実施に向けて、また次世代の学校の実現をめざして、さまざまに取り組みを進めていると伺いました。その取り組みにICTはどのように絡み、どのような成果が表れているのか先生方のお話から明らかにしたいと思います。

渡邊 茂一/本杉 新之介/森本 直美

思考力・判断力・表現力の育成の視点でタブレット端末活用を整理

この6月、全国の学校でICT環境の整備を促すため、国と地方に「学校教育情報化推進計画」の策定を義務付けた「学校教育の情報化の推進に関する法律」が施行されましたが、相模原市では、早くから教育情報化の取り組みを行っていると伺いました。それに関してお聞かせください。

当市は、平成23年度にすでに「学校の情報化推進計画」を策定しており、その計画に基づいてこれまでICT環境整備を進めてきました。

平成26年度から28年度までの中期「学校の情報化推進計画」では、施策「新たな学びを創造する情報教育推進事業〜ICTさがみはらスタイル〜」において、緑が丘中学校をはじめとした市内の実証研究校にタブレット端末を導入しました。この実証研究では新学習指導要領でいわれているICTを活用した授業改善や、「何ができるようになるか」という、いわゆる資質・能力の育成について検証を進めました。検証では、ICT活用に一定の効果があることを明らかにできたのですが、当時から当市のICT環境整備は全国に後れを取っている状況でした。環境が整わない中でしたが、「現状の整備の状況の中でも、学びにおける機器の役割をよく見極めて最大限にICTの効果を発揮した学びを推進していこう」という考えに立ち、その後の研究や活用推進を進めていきました。

ICTの効果的な活用研究というと、どうしても「どう使うか」がメインの研究になってしまいがちですが、そこを資質・能力に目を向けて研究を進められたというのが相模原市の特徴ですね。

緑が丘中学校をはじめとした市内の実証研究校の先生方には、難しい課題をお願いしたかと思います。その後、平成28年度から29年度の2年間では、教育センターの教育研究員とともに、ICTを効果的に活用した深い学びを達成する授業づくりの要件について、特に思考力、判断力、表現力等の育成に注目した研究に取り組みました。そのとき、教育研究員として研究に協力してくれたのが、緑が丘中学校の本杉先生でした。

この研究では、当初ICTの活用方法ごとに育まれる資質・能力を整理していたのですが、うまく整理することができず、とても苦い思いをしました。

具体的にはどのようなことでしょうか。

思考力・判断力・表現力を育成におけるICT活用の要件を明らかにすることをめざして、私や本杉先生は「ICTの使い方ごとに、どのような力を身につけられるのか」を整理していました。けれども、その方法ではうまく整理できず、壁にぶつかってしまいました。そのような中で、ある先生が「思考力・判断力・表現力に注目して整理してはどうか」と、元横浜国立大学の中村 祐治先生らの資料を教えてくれたのです。その資料では、思考力・判断力・表現力をさらに細かなにレベルに分解して捉えていました。例えば、たくさんある情報を1つにまとめるときの思考の方法と、1つのキーワードから発想をどんどん広げていくときの思考の方法は異なるといったことです。その考えに立ち、「考える種類」によってタブレット端末の使い方は異なると仮定して整理したところ、【図1】のような表が整理できました。早速、この表を使ってタブレット端末を活用した授業事例を整理したところ、タブレット端末の活用に適した事例と、逆に使わなくてもよいと思われる事例を明確に切り分けられました。授業を構想するとき、「どのようにICTを活用するか」を授業づくりの入口にしてしまうと、授業がうまくいかなくなるといわれますが、まさにこのことが原因ではないかと私たちは考えました。

そして、この研究成果をもとに「どのような姿(資質・能力)を育てるか」を入口とした、タブレット端末の活用研究を本杉先生が在籍する緑が丘中学校にお願いすることにしました。

タブレット端末活用授業を3つの難易度に分け、3年計画で推進

本杉先生や森本先生が勤務されている緑が丘中学校では、すべての先生がタブレット端末を活用して授業に取り組まれたと聞いています。これまでどのように研究を進められたのでしょうか。

本校は、平成26年度の「ICTさがみはらスタイル」のころから、研究校としてタブレット端末などのICTを活用した授業研究に取り組んできました。

私は平成28年度に、先ほど渡邊指導主事が紹介した「ICTを効果的に活用した深い学びを達成する授業づくりの要件について、特に思考力、判断力、表現力等の育成に注目した研究」に教育研究員として関わり、その研究成果を基盤にして平成29年から3年計画で校内研究を進めてきました。研究のテーマは、「自ら考え、学び、そして喜びを得られる授業〜ICT機器を活用しながら、皆で考えを深められる授業へ〜」としました。

3年計画でどのように研究やICTの活用推進を図られたのでしょうか。

先生方のICT活用スキルはさまざまです。1年目からタブレット端末を使いこなして研究に取り組める方もいますが、なかなかタブレット端末に手が伸びない先生もいます。それでも校内研究として取り組むわけですから、「みんなでやりたい」という思いがありました。

そこで「ICTさがみはらスタイル」において教育センターがまとめた「今日からできる!タブレットPC活用事例集〜めざそう!ICTさがみはらスタイル〜」に記されている3つの難易度をもとに、1歩ずつ全員で活用を進めることにしました。事例集の難易度は、教員がタブレット端末を活用する授業を「難易度1」。子どもにタブレット端末を使わせる授業を「難易度2」。さらにそのタブレット端末をネットワークでつなげて取り組む授業を「難易度3」としています。1年目は全員が「難易度1」の活用をできるように、2年目は「難易度2」を、3年目は「難易度3」を……と目標を定めて進めました。

校内研究の1年目は、タブレット端末を「難易度1」で活用した教員が50%、「難易度2」は40%、「難易度3」は10%でした。そして異動で教員の入れ替えがあるにもかかわらず、2年目は、「難易度2」が100%、さらに「難易度3」にまで到達した教員が30%となり、飛躍することができました。今年は、3年目の目標である「難易度3」の100%の達成をめざしつつ、研究のテーマである思考力・判断力・表現力の育成に迫りたいと考えています。

「みんなでやろう」という声掛けだけでは、なかなか活用は広がらないですよね。具体的にどのように取り組まれたのでしょうか。

必ず1人1回授業を公開し、A4用紙1枚のレポートを提出するというノルマを設定しました。ノルマの設定によって、1年目から積極的にタブレット端末の使い方を知ろうとする姿が生まれました。もちろん、タブレット端末やあわせて導入された学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』の操作研修などもしっかり行っています。

1年目の研修では、まず先生方に興味を持ってもらうことが大切だと考え、例えば部活動では、[カメラ]機能で動画を撮影すれば、[コマ送り再生]で簡単に見返すことができるとか、[追っかけ再生]を使えば、何分後かに遅延させて再生できるといったことを紹介し、「便利さ」をお伝えするようにしました。

今年は研究の3年目ですから、夏季研修において「考える」には種類があることや、「考える」種類によってICTの使い方が異なることを渡邊指導主事から先生方にあらためて落とし込んでもらいました。

研修だけでなく、授業研究も盛んです。本校では、校務分掌ごとにチームを組織しており、チームメンバーが研究授業を行うときは、必ずそのチームのメンバーが授業を参観します。そしてその日のうちにチームで反省会を開き、授業の振り返りを行っています。このほかにも、チーム代表の先生が年3回研究授業を行うこと、すべての先生が1年に1回必ず研究授業をするというルールもあります。

素晴らしい取り組みですね。中学校でこれだけ授業研究に取り組まれている学校はそうそうないと思います。渡邊指導主事は、緑が丘中学校のこれまでの研究の歩みをどのように評価されていますか。

緑が丘中学校は、大きく次の2点において優れていると思います。1点目は、「めざす姿の共有」です。本杉先生は、研究当初から3年間の研究でめざす姿を先生方に示されていました。目標を全員で共有することで、一体となって校内研究を進められました。

もう1点は、「研究の見通し」です。教育研究員の研究成果があったことで「思考力・判断力・表現力の育成」を研究の柱にしている限り、教材提示が中心となる「難易度1」では、先生方の実践が難しくなることは予測できました。

実際、子どもにタブレット端末を使わせる授業、つまり「難易度2」の授業には自然に移行していきました。そして「子どもに使わせたけれど、思考力・判断力・表現力がなかなか育たない。どうしたらいいのだろう」と、次の壁にぶつかり、そこで教育研究員の研究成果へとつなげられました。

「考えるには、いろんな種類がある」という点に、いずれすべての先生方が行き着くだろうという見通しがあったわけですね。

はい。そして、子どもたちから生まれた多様な考えは、学級全体で共有しなければ意味がありません。ネットワークを通じて教員、児童生徒がつながる「難易度3」の授業にも自然に移行するだろうとも考えていました。

研究の見通しを持つことは、とても大事なことです。「タブレット端末を使いましょう」と、ただ渡すだけではなくて、先生たちが取り組みやすい「難易度1」の授業からじっくりと進められたのも良かったのではないでしょうか。

子どもが意欲的に取り組む姿が、タブレット端末活用を後押し

森本先生は、最初は「タブレット端末なんて使わない」という考えだったと伺いました。どのようにして考え方が変わったのかをお聞かせください。

タブレット端末を活用する以前は、子どもたちの動きの様子を見て私が説明したり、子ども同士で見合わせて相互に評価させたりしていました。「先生、見て!」「今の見ていてくれた?」という声が多く、1人ひとりを細やかに見取れないと常々感じていました。

初めてタブレット端末を活用したのは、1年目の走り幅跳びの授業でした。最初はタブレット端末を使わずに研究授業を取り組んでいたのですが、本杉先生が授業中にタブレット端末を持ってきて、子どもの様子を[カメラ]機能で撮影して、その場で確認する様子を見せてくれたのです。早速授業に取り入れたところ「私はこんな動きをしているんだ!」「次はここに気をつけて頑張ろう!」と子どもたちが意欲的に取り組む姿を見て、手応えを感じました。

子どもたちの変化を見て「授業が変わりそう」っていう手応えを得られたということですね。

使った授業と使わなかった授業を比べると、子どもの意欲が違います。細かいところまで探究するというか、お手本と比べて今の状態を分析しようとする姿が見られます。

本杉先生、研究授業のときにタブレット端末を持って授業に入っていくというのはすごいですね。タイミングをねらっていたのですか?

「森本先生に使ってもらいたい」という一心で、わざわざ校舎までタブレット端末を取りに行きました。1年目だったので担当として「せっかく市で導入してもらったのだから、とにかく使ってもらわなければならない」という考えで頭がいっぱいでした。

ところで、3年目でめざす資質・能力(思考力・判断力・表現力)の育成に向かうときに、体育は教科としての取り組みにくさがありませんか。

あります。体育は、一つの単元が数時間しかありません。タブレット端末を持たせて話し合う活動を多くしてしまうと、体を動かして練習する時間が減ってしまいます。自分の状態を客観的に見せて、気づかせられるというメリットはあるのですが、ずっと活用するには向かないというのが体育の教員で話し合った結論です。とはいえ、使えるポイントは非常に多くあると思います。

「考える」というのは、いわゆる資質・能力の3つの柱「思考力・判断力・表現力」のことになりますが、すべての観点をバランスよく育てようと思ったら、例えば、技能を習熟する時間をとることは必要です。そして、「ここは思考力を育てる場面だ」と思ったら、そのときにタブレット端末を使えば良いと思います。例えば、技能の習熟の場面で「自分の問題を発見するため」に一度使い、トレーニングを何時間かしたら、その成果を「振り返る」ため、もしくは「自分の姿を分析するため」にもう一度タブレット端末で撮影するといった活用が良いと思います。

タブレット端末をノートや鉛筆、ホワイトボードと同じように教材教具の一つとして考えるならば、ねらった資質・能力を育てる場面に最適な学習の方法の一つとしてうまく当てはめればよいと思います。タブレット端末や学習活動ソフトウェアは、今までの教材教具ではできなかったことが実現できるツールですから、うまく当てはめて、より深い学びにつなげてほしいと思います。

(2019年9月取材/2020年1月掲載)