授業でのICT活用

ICTを正しく使う力は「人間力」

鳥取市教育委員会は、平成26年度より未来のとっとり教育創造事業「子どもの主体的な学びを創るICT活用事業」に取り組まれ、市内小中学校2校を研究校に指定。タブレット端末をはじめ、教科指導におけるICT活用を研究されています。木下 法広 教育長に鳥取市における教育の情報化の現状や、タブレット端末などの新しいICTを活用した教育の取り組みを伺いました。(2015年8月取材)

全小中学校へタブレット端末・無線LAN環境整備を
段階的に進める

未来のとっとり教育創造事業「子どもの主体的な学びを創るICT活用事業」

当市は、学習者用のコンピュータ教室の整備に加えて、平成18年度には教員1人1台の校務用コンピュータの整備を完了するなど、早くからICT環境の整備と活用を推進してきました。

平成25年度からは、小中学校のコンピュータ教室のコンピュータをタブレット端末に置き換えて順次整備中。あわせて平成26年度からの2年計画で、未来のとっとり教育創造事業「子どもの主体的な学びを創るICT活用事業」をスタートさせました。

本事業では、中ノ郷中学校と若葉台小学校の2校を研究指定校に定めています。特に、中ノ郷中学校は「子どもたちが主体的に学ぶ授業」の実現にむけて、タブレット端末をはじめ、デジタル教科書や授業支援ソフトウェアなどを活用してどのような授業が実現できるのか。どのような環境が必要なのかを実証する役割を担っています。(関連記事はこちら

今後は、平成27年度8月までに、小学校7校、中学校8校に計480台のタブレット端末整備を完了する予定です。さらに、平成31年度までに小中学校全61校のコンピュータ教室をタブレット端末に入れ替えるとともに無線LAN環境の整備が済んでいない小学校については、今後、整備する計画を立てており、最終的にはおよそ1,800台のタブレット端末を整備する予定になっています。

研修や活用支援もICT環境づくりの一環として取り組む

現在でも、コンピュータ教室の学習者用コンピュータに加えて、持ち運びできるノートPCなども整備し、普通教室での視覚教材の提示などでICTを積極的に活用してきました。また、市の整備計画とは別に、学校予算を使ってタブレット端末を独自に購入している学校もあり、先生方のICT活用に対する意識は非常に高いと思います。

ICTニュース整備後の教員研修や活用支援にも力を入れており、教育委員会の職員1名を「ICT推進員」に雇用しています。ICT推進員は、市内61校を巡回訪問しながら学校のWebサイトの運営や授業でのICT活用を支援するほか、特長的なICT活用を行っている先生を直接取材して「ICTニュース」を定期的に発行。市で整備しているICT機器やソフトウェアを取り上げ、先生方にわかりやすいよう写真やお話を織り込みながら発信しています。これらの地道な取り組みを継続することで、ICTの活用推進に努めています。

こうした取り組みのなか、昨年度からタブレット端末を活用した授業研究に取り組んでいる中ノ郷中学校の生徒からも「何度も書いたり消したりしながら考えられるので、とても考えやすい」といった意見が挙がっています。また、複数の子どもたちの考えを共有して学び合う場面でも、うまく活用されていると聞いています。

「個で考える」と「複数で学び合う」ことの
往復がスムーズに行える

個に対応して、手当していくための仕組みとしてのICT

タブレット端末を活用した授業では、子どもたちが試行錯誤する様子を、先生が自分の端末でも確認できるので、個に対応していくために非常に有効だと感じています。子どもたちの中には、すぐに答えを出す子もいれば、ゆっくり答えにたどり着く子もいます。その思考の過程を先生が自分の端末を通して見られるようになることで、どのように考え、どこでつまずいているのかを的確に把握して、「その子」にあった指導をしていくことができれば、学力向上にも効果があると思います。子どもたちの思考の変化を把握し、手助けする仕組みとして、ICTを活用していくことが大切だと考えています。

「わかった気にさせてしまう」という落とし穴に注意が必要

そして、「個で考える」という取り組みを十分に行った上で、「ペアで考える」「班で考える」という活動に展開するときにも、タブレット端末であれば自分の考えを直感的に表現でき、お互いに見せ合いながら意見交流できます。

ただ、気を付なければいけないのは、単に画面を見せ合うだけでは、「わかりやすい」とは言えません。それはただ「見やすくなった」だけかもしれないのです。タブレット端末は非常に優れた道具ですが、優れているからこそ「わかった気にさせてしまう」という落とし穴があることも、十分に考えなくてはいけません。

どのようにすれば子どもと子どもの思考を絡ませながら深められるのかに焦点を当てて、取り組ませる必要があります。アナログの場合なら、手間が掛かり簡単にはやり直せないので、必然的に子どもたちも、伝えるためによく考えて表現しようとします。道具が発達するほど、「どうやって学ばせるのか」という本質的な部分に手間暇を掛けて学ばせていく必要があるのではないでしょうか。そのなかで、「個でしっかり考える」ことと「複数で学び合う」ことを、スムーズに往復させることができるICTの利点が生きてくるのだと思います。

これまで以上に授業構成力の向上が求められる

苦労して教えるからこそ物事の本質にまで思いや考えが及ぶ

木下法広(鳥取市教育委員会教育長)指導者である先生は、常に「教育の原点」を忘れてはいけません。どんなに道具が発達しても、使う意味を腹入りせず、使うことだけに集中しているのでは意味がないでしょう。教育というものは、手間暇掛けて子どもたちに学ばせていくことが大事です。苦労して教えるからこそ、教える中身やその基本はもとより、ものごとの本質にまで思いや考えが及び、子どもたちにしっかりと伝わっていくものです。私たちは様々な学びを通して、子どもたちに人間として大切なことを、知識や考え方は当然として、人やものに心を寄せる気持ちなどを教えていかなければならないのです。

そう思いながらICTとの関係で授業を考えるとき、改めて「授業」というものが問われます。ICTを授業に導入するには、それは本当に使いこなせるものでなくてはならないし、そうであるためには、かつての先輩方が経験したことのないツールを今用いるわけですから、しっかりとした教材分析や子どもたちの見取りを大前提としながらも、新たなツールの効果的な活用を研究してかかることが大切です。そういう意味では新たな授業構成力が問われるため、使用をためらうことも考えられますが、その時こそ「障子を開けてみよ」です。今後登場してくる様々な授業実践を参考にしつつ、試行錯誤しながら実践を蓄積していけば、その過程で本人も気づかないうちに高い授業構成力が身に付いていると思います。

社会のICT化が進むほど、重要度が増していく「人間力」

ともあれ、私たちは常に「人間」というものをベースにしながら、子どもたちを導いていくことが大事です。教育に限らず、「人間」を忘れた営みは道を誤ることになります。ましてや、教育という社会が「人間」不在に陥るというようなことがあってはなりません。

社会が変化していくなかで、ICTが社会の土台に位置していくことは間違いないと思います。しかし、だからといってそれに振り回され、自分を忘れてしまうようではいけません。今日の社会で危惧される一例に、子どもたちが勉強そっちのけで、深夜までメールの返信に時間を奪われている実態がありますし、相手の顔も声も確認せずに文字だけでコミュニケーションをとろうとしている現実があります。時代のツールは、子どもたちから、人としてのあるべき姿、つまりは「人間」を見失わせつつあるとは言い過ぎでしょうか。相手を思いやったり、礼儀正しく接したり、善悪を堂々と述べたりすることは、子どもたちはもとより、現代の大人にとっても誠に大切なことであるはずです。

どんなに世の中が便利になっても、手間暇を掛けなければ本当の姿にならないものがあるということを決して忘れてはなりません。時代の進展は、膨大な知識や情報をはじめとした文化を土台にした人々の生活によって成り立っています。だからこそ、ICTを正しく理解し、正しく使える力が必要になってきます。これからの社会、情報モラルも含めたICTを正しく使う「人間力」がますます大切になっていくのだと感じています。

(2015年10月掲載)