教育情報化最前線

教育長インタビュー栃木県矢板市 1人1台端末の活用で「自ら学ぶ力」を高める 子どもの未来を切り拓く「矢板市GIGAスクール構想」の実現

栃木県矢板市は、2018年度に全教職員に1人1台タブレット端末を配付し、市立小中学校全12校のコンピュータ教室の端末をタブレット端末に置き換える整備を実施されました。2020年9月には「GIGAスクール構想」により、児童生徒1人1台端末の整備を実現。新たな教育環境での実践を早速展開されています。「GIGAスクール構想」における、矢板市のねらいや取り組みについてお話を伺いました。

村上 雅之

栃木県矢板市教育委員会 教育長

2018年度に教職員用タブレット端末を導入。児童生徒1人1台端末へ

矢板市は、栃木県の北東部に位置する人口約3万人の小さな市です。市の北部には高原山があり、豊かな自然があります。のどかな環境のなかで育つ子どもたちに、今回、国の「GIGAスクール構想」によって1人1台のタブレット端末の導入が実現しました。

当市は、「GIGAスクール構想」の以前から教育の情報化に注力しており、教員の創意工夫による授業改善を目的に、2018年度までに教職員1人1台端末とコンピュータ教室の学習者用端末40台をタブレット端末で整備していました。

さらに市内の有志の教員と教育委員会、情報政策を担当する電算統計班が連携して「タブレット端末活用研究会」を立ち上げて、導入する機器やソフトウェアの検討や活用方法の研究、普及活動を進めてきました。そうした努力の甲斐があって、2019年ごろには教員用タブレット端末は、多くの教員にとって「毎日の授業で使う道具」になり、教科書とタブレット端末を教室に持っていくのは当たり前の日常になりました。

教員の活用の進展に伴い、先生方から「コンピュータ教室の端末だけでは数が足りない」「子どもたちにもっと情報を集めさせたり、考えを共有させたりしたい」という要望も出るようになりました。積極的な声を聴き、児童生徒用端末の整備がさらなる授業の変化、改善につながるものと確信しました。そうして、2022年度を目標に児童生徒1人1台端末の実現を構想していたところ、2019年12月に国による「GIGAスクール構想」が発表されました。想定よりも早く、かつ補助金を得て児童生徒1人1台端末整備が実現できるという千載一遇の好機ですから、すぐに児童生徒用の端末やソフトウェアの選定、ネットワーク整備の準備に着手しました。関係者の協力を得たスピード感のある対応により、栃木県下では最も早く2020年9月に児童生徒1人1台端末の整備を完了。コロナ禍のなか、いち早く矢板市の子どもたちにChromebookを届けることができました。

全家庭にリーフレットを配付。矢板市のめざす教育のビジョンを共有

児童生徒1人1台端末は、先の長期臨時休校時の対策としてだけでなく、今後の学校教育のさらなる充実や家庭教育、遠隔教育と連携した有効活用が期待されています。ですから、教職員だけでなく児童生徒の保護者、各家庭に対しても、広く当市のめざす「GIGAスクール構想」の姿やビジョンを共有すべきだと考えました。そこで「矢板市GIGAスクール構想の実現」というリーフレットを作成し、2020年7月に児童生徒の全家庭に配付しました図1

このリーフレットでは、多くの方に分かりやすいよう、「未来社会を切り拓くための資質・能力」という言葉を掲げて、新学習指導要領のめざす「資質・能力」の育成を表現しました。図の中心には「学校教育」を据えました。新学習指導要領の示す「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」といった「資質・能力」を育むのは、学校の役割です。私たち教員が日々の授業でICT機器を最大限に有効活用して育むこと、これが基本だと思います。そして、学校教育のなかで育まれた「資質・能力」を、「家庭教育」「遠隔教育」と連携して高めていく。これらの連携によって「自ら学ぶ力」が高まっていくと考えています。

図1リーフレット「矢板市GIGAスクール構想の実現」
リーフレット「矢板市GIGAスクール構想の実現」

今回、当市の児童生徒の1人1台端末からは「デジタル学校図書館」に接続できるようにしています。図書館に行かなくても、家にいながらさまざまな本を読むことができます。当市としては、子どもたちが自ら学べる環境をできる限り用意するので、距離や時間の制約を超えて、世界とつながり、自分たちの未来を切り拓いてほしいと思っています。

将来的には日本全国の大学、研究機関等の学術情報基盤として活用されている学術情報ネットワーク「SINET」にも接続する計画です。子どもたちが最先端のさまざまな情報や人とつながり、学びを広げられるようにしたいと考えています。

それから1人1台端末では、クラウドで提供される学習活動に使用できるシステムを導入しました。学校だけではなく各家庭などで子どもたちが「使いたい」と思ったときに使える仕組みです。自分の考えをまとめ、表現するために積極的に使ってほしいと思います。

伸びよう、成長しようとする彼らは
私たち教員の想像やコントロールを
軽々と超えていってしまうでしょう。

児童生徒を「ここまで」と、抑え込もうとしていなかったか

子どもは、小さいながらに大人顔負けの能力を持っています。小・中学生でも、特定の分野においては教員より高い資質・能力を持っている子はたくさんいます。しかし、これは過去の教壇に立っていた私自身の反省でもありますが、これまでの学校教育は、そうした児童生徒を「ここまで」と抑え込もうとする傾向があったと思います。

けれども、これから児童生徒1人1台端末の環境になれば、伸びよう、成長しようとする彼らを学校や教員が抑え込もうとすることは、もうできなくなると思います。きっと彼らは、私たち教員の想像やコントロールを軽々と超えていってしまうでしょう。

ですので、これからの教員には、彼らをサポートしたり、うまくコーディネートをしたりして導く力がより求められると考えます。一方的に教え込んだり、子どもを一律にそろえようとしたりする授業や教育の在り方から早々に脱却し、私たち教員が変わらなければなりません。古い考えのままでは、学校教育が成り立たなくなってしまうのではないかという危機感を持っています。

日々の実践を積み重ねたその先に、素晴らしい未来が開けている

私は「大人」と「子ども」に、それほど大きな能力の違いはないと思っています。大人というのは、能力の上に「経験」をまとい、「大人」というカタチをつくっているにすぎません。「経験」が良い方向に働くことはたくさんありますし、逆に「経験」が邪魔をして失敗することもたくさんあると思います。「経験」という先入観をもたない子どもたちには、ぜひさまざまな挑戦をして、自分の力を磨いていってほしいと思います。

そして先生方にはぜひ、多様な可能性を持つ子どもたちが「矢板市で教育を受けられて良かった」と思えるような授業づくりをこれからもお願いしたいと思います。もちろん先生方にも「矢板市で教員をやっていて良かった」と思っていただけるよう、教育委員会としても支援をしていきたいと考えています。

教職員用端末、そして新たに整備された児童生徒1人1台端末は、今後さらに大きな役割を果たしてくれると期待しています。なかにはICTが不得意で、これからの授業に不安を感じている先生もいらっしゃると思います。それでも一歩一歩、日々の実践を積み重ねていけば、きっと1年経ったころには、先生方、子どもたちにとって素晴らしい未来が開けていると私は信じています。まずは大きな変化を迎えるこの一年を一塊になって乗り切り、矢板市の教育を一歩前へ進めたいと考えています。

(2020年12月取材 / 2021年3月掲載)