INTERVIEW 学習者支援ツールの必要性とは 「見取り」と「支援」の充実で、子ども主体の学びへ
2025年度に入り、GIGAスクール構想第2期が本格的にスタートしました。これまでの1人1台端末をはじめとするICT活用の現状を踏まえて、これからの学びや教師の指導性の在り方について、放送大学の中川 一史 教授にお話を伺いました。(2025年4月取材)

中川 一史
放送大学 教授
2025年度は「新たな学びのスタイルを模索する」段階へ
2024年12月中央教育審議会に対して諮問※が行われました。この内容は次期学習指導要領に反映される可能性が高いため、非常に注目が集まっているわけですが、主な審議事項の中に「興味・関心や能力・特性に応じて子供が学びを自己調整し、教材や方法を選択できる指導計画や学習環境デザインの重要性、デジタル学習基盤を前提とした新たな時代にふさわしい学びや教師の指導性」の在り方という内容が含まれています。
- 中央教育審議会 6文科初第1855号(2024)初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)
特に、子どもたち自身が学びを「自己調整」するという点は、今後の大きな方針の一つになるだろうと感じており、「子ども主体の学び」や「個別最適な学び」「自由進度学習」といった昨今注目されているキーワードとも、一致した方向性だと捉えています。
もう一つのポイントになるのが「デジタル学習基盤」という言葉です。すでに、ICTは私たちの生活全般の基盤となっています。そのため、学校においてもデジタル学習基盤を前提として、学びや指導の在り方を検討することが示されています。
は端末活用ステップを整理したものですが、ステップ1は「とにかく使ってみる」という段階で、すでに経験済みのステップです。現在は多くの学校がステップ2の「効果的な活用を追究する」という段階にあり、これは1人1台端末整備以前から取り組まれてきて、現在も継続しているステップだといえます。
しかし、ICT活用はここで終わりではありません。次にステップ3の「新たな学びのスタイルを模索する」という段階に入っていきます。これが「デジタル学習基盤」に相応するステップだといえます。つまり、ステップ2までは、ICTは「あった方がいいもの」という位置づけですが、ステップ3に入れば、ICTは学びにとって「なくてはならないもの(基盤)」となっていると考えられるということです。

ICT活用をさらにステップアップさせるには、ブレイクスルーが必要
一方、ステップ3ではICT利用頻度はやや下がり「使い続ける」から「使うかもしれない」という状態になると考えています。ステップ2までは、ICTを使い続けるなかで教師も子どもたちも習熟していくことが求められる段階なので、利用頻度は右肩上がりに高まる傾向にあります。しかし、われわれ大人も、メモを取る際にPCやタブレット端末を使う場合もあれば、手帳に書き込むときもあるように、どのツールを用いるかは自身の特性や目的・場面に応じて選択します。つまりICTの習熟が進むほど、どのツールを用いるかはその都度異なるのが自然であり、その結果、全体的な利用頻度はやや低下するということです。
さらに
で注目していただきたいのが、各ステップの境界線です。ステップ1と2の境は点線で表していますが、ステップ2と3の境は太い実線で表しています。これは、ステップ1から2へは自然に進めますが、ステップ2から3に発展するにはブレイクスルーが必要になることを表現しています。
そのブレイクスルーのヒントとなるのが、ICT活用効果の現れ方を表現した
です。当初はなかなか効果が目に見えない状態(赤枠部分)が続いても、時間の経過と共に一気に顕在化(青枠部分)し、まさに目を見張るような変化を迎えます。現在、全国の学校の多くは赤枠部分を抜けて、青枠部分に向かう段階にあるといえます。各地でGIGA第2期に向けた環境整備が進められていますが、今ここで、子どもたちの学習環境を変えてしまうのは得策ではありません。さらに使い続けることで、ブレイクスルーするときだと、私は考えます。
そうなれば、教師を介さず子どもたち同士で教え合ったり、「このようにICTを使いたい」「このツールよりも、こちらを使いたい」といった声が挙がるようになり、自らの判断でICTを文房具の一つとして活用しながら「新たな学びのスタイルを模索する」段階へと入っていきます。
2025年度はまさに、ステップ2から3に入るタイミングだと捉えており、その後は、ステップ2と3を行き来しながら、場面に応じてそれぞれの活用の在り方を変えていくようになるのではないでしょうか。
子ども主体の学びが「デジタル放任授業」になっていないか
また、ステップ2から3へ発展するには「デジタル一斉授業」を脱することが重要です。これまでの、ある意味で教師の名人芸によって絶妙に差配されてきた授業スタイルから、子どもたち自身が考え、自ら差配して進める授業に転換していかねばなりません。それがステップ3へと発展するための鍵となります。当然、端末活用も教師の指示に従って一斉に取り出し、一斉にしまうといったスタイルではなくなります。

この1年間を振り返ると、多くの学校でそうした取り組みが積極的に行われるようになってきた一方で、さまざまな課題も見えてきました。私が訪問した学校でも「紙のワークシートと端末で、ツールを選ばせている」「一人で考える子もいれば、グループで考えている子どもたちもいる」といった話をよく伺いました。しかし、それが単なる「デジタル放任授業」
になっていないかを、よくよく見極めなければならないと感じています。子どもたちが自己調整しながら学びを進めている様子は、一見すると皆がバラバラなことをしていて、教師のコントロールが利いていない状態のようにも見えます。一方で教師は、思い思いに活動している子どもたちを的確に見取り、タイミングを見計らって耳を傾け、声を掛けなければなりません。そのため、従来型の授業以上に教師の「見取る力」が問われます。私が公開授業などに参加したときは、いつも教師の動きに着目しています。
教師の「見取る力」が問われるからこそ、ICTが必要に

優れた先生は、机間指導しながら、子どもの特性や性格、人間関係なども踏まえてクラス全体を見渡しています。その上で、手元の端末に学習用端末の画面を一覧表示させ、個々の活動状況を把握しています。
これは何も特別なことではありません。これまでの一斉授業でも、教師はクラス全体を見渡しながら発言順を調整したり、性格を考慮して問いかけ方を変えたりしてきたはずです。子どもたちのことをよく知る教師が、広い視野で一人ひとりを見取ることに変わりはありません。ただ、それぞれが異なった活動をしている状態でも、個々の状況を的確に把握するためにICTを活用することが必要になるのです。
しかし、子どもたちの画面をただ眺めているだけでは、適切な見取りはできません。「個別最適な学び」なのですから、教師は一人ひとりの学びがきちんと「個別最適な学びになっているか」を、つぶさに見取らなければなりません。子どもたちの性格や特性、これまでの経緯、そのときの表情などを踏まえ、画面を見たときに「あれ、大丈夫かな?」というほんの少しの違和感に気づけるかどうかが大切です。それがAIとは違う、生身の教師に求められている役割なのだと思います。
私は常々「見ている」のと「見えている」のには、大きな違いがあると話してきました。それをはき違えてしまうと「個別最適な学び」や「自由進度学習」は、ただ表面をなぞっただけの形式的なものになりかねないからです。
他者参照はとても大切だが、バランスや順番を間違えてはいけない
また「他者参照」という言葉もよく耳にするようになり、指導案にもよく登場しています。学びのなかで他者の考えに触れる、それ自体はとても大切なことです。しかし、「猫も杓子も」といった状態で、とにかく他者参照をさせればいいという風潮には注意が必要だと感じています。例えば、課題に対する自分の考えが十分に煮詰まっていないうちに「友達の意見を参考にして」と言われても、ただ振り回されて終わってしまうこともあります。
教師は、自己の考えを深める場面と、他者の知恵を借りながらさらに深めていく場面とのバランスや順番を考えなくてはいけません。それは前述の「見取る力」と同様に、教師に求められる大切な力の一つだと思います。「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実」という言葉が表すとおり、この2つのいずれか一方だけでは学びは成立しないのです。「一体的に充実」することが重要なポイントであり、それらをどのように一体化するのかに教師の力量が表れるのだと思います。
とはいえ、子どもたちが自らツールや学習形態を選ぶようになり、思い思いに活動に取り組むようになれば、教師は本当に大変です。すべてをつまびらかに見取ることは不可能だといえるでしょう。
だからこそ大切なのは「学びが、どこに向かっているのか」を見極めることです。そうすれば視点が定まり、子どもたちが何をしようとしていて、何ができていないのかといったことが見えてきます。そして、適切なタイミングで他者参照を促すこともできるはずです。逆にその視点が曖昧なままでは、何を見て、どう声を掛ければよいのかが分からなくなり、結果として「デジタル放任授業」となってしまうのだと思います。
ツールを限定することで、子どもたちの選択肢を狭めていないか
個別最適な学びや自己調整をするというのであれば、学習に用いるツールも子どもたち自身が選択できる環境を用意すべきだと思います。そういう意味でツールの選択肢は多くあった方がよいと思います。ICTのツールは、実際に使ってみて「なるほど、この場面ではこの機能が役立つんだね」「これまではこちらを使っていたけど、こちらの方が便利だね」と気づくことが多いものです。ステップ3をめざせば、子どもたちの方から「このツールが使いたい」という意見が出てくるようになるはずです。それを、初めから「使えるのは、このツールだけです」と限定してしまうことは、選択肢を狭めてしまう恐れがあると感じています。
文部科学省が2025年1月に公表した「令和7年度以降の学校におけるICT環境の整備方針」では、「学習基盤としてのICT環境整備において、最低限必要とされ、かつ、優先的に整備すべきICT機器等の設置の考え方及び機能の考え方」を整理しています。この中で、子どもたちが活用するソフトウェアについては、いわゆる「学習用ツール(OSメーカーが標準的に提供する教科横断的に活用できるソフトウェア)」とは別に、「学習者支援ツール等(各教科等の学習活動に共通で利用可能なツールや児童生徒の学校生活を支援するツール)」についても言及されており、「技術革新の状況も踏まえつつ、一人一人の児童生徒が、それぞれの様々な状況に応じ、誰一人取り残されずに、多様な他者と協働した学びを可能としていく観点を考慮し整備する必要がある」との考え方が示されています。
学習者支援ツールで子どもたちが創意工夫して学ぶ経験を
整備方針の「多様な他者と協働した学びを可能としていく観点を考慮し整備する」という点と、冒頭に紹介した諮問にある「教材や方法を選択できる学習環境デザインの重要性」という点を踏まえ、私も共同研究に参画している『SKYMENU Cloud』の機能を例に、「学習者支援ツール」を活用するメリットをあらためて確認したいと思います。
気づきメモ
気づきを「いったんメモ」してから、思考を深める習慣を身につける
どの学校種においても多くの場面で活用されているのは、ワークシートや思考ツールだと思います。これらの活用は非常に有効ですが、あらかじめ教師が用意した枠組みに基づいた活動になってしまうことは否めません。日常生活や仕事などでは、まずは枠などがない状態で要点や気づいたことをメモに残し、それらを整理するために思考ツールなどを活用するのが普通です。
特に私は、学習活動のなかで「いったんメモ」を残す習慣を身につけることが重要だと考えています。文字情報はもちろん、画像や動画、Webページの切り抜きなども、この後の活動で使うかどうかを考えずに、気づきがあればすべて「いったんメモ」として残しておく。そうした感覚を養うことが大切です。
その上で、メモした気づきを友達と共有できる(横展開=他者参照)。また、振り返りの場面でも時間をさかのぼって気づきを確認できる(縦展開=時系列)。この縦横の広がりが、個人の思考を深めること、あるいは深める前段階の場面で役立ちます。学習活動のなかで、こうした習慣が身につけば、普段の思考の仕方も自然と変わっていきます。
ポジショニング
自分の立ち位置を示すだけではなく、思考の変容過程も可視化する
[ポジショニング]は合意形成やディスカッションの場面で、思考を可視化できるツールです。こちらも、集団の中の自分の立ち位置が可視化される(横)ことに加えて、議論などを踏まえてマーカを移動させると軌跡が残って、後から変容の過程を確認できる(縦)という2つの側面があります。
このとき、横の展開を重視するか、縦の変容を重視するかも、授業場面や教師、子どもによって違ってくると思います。そういう意味で、一見非常にシンプルな機能ですが、いろいろな使い方のバリエーションが生まれている機能です。

グループワーク
子どもが自分たちの判断でグループを形成して協働できる
『SKYMENU Cloud』の[グループワーク]の特長は、大きく分けて2通りの使い方ができることです。一つは、1枚の発表資料を全員でまとめるとき。同時編集が可能なので、それをディスカッションの根拠にしたり、グループ全体の考えのまとめにしたりといった活用ができます。もう一つは、ページごとに分担して作成できるので、グループ発表のテーマに関する資料を作成するといった場面で、役割分担して協働できます。
また、子どもたちは自分の判断で任意のグループを作って、データや資料を共有したり、資料を作成したりすることも可能なので、子ども主体の学びとも親和性が高いことも特長の一つだといえます。
ライブ公開提出箱
見たいと感じたタイミングで、いつでも他者参照ができる
一度[発表ノート]を提出すれば、その後に編集した内容がリアルタイムに反映される[ライブ公開提出箱]は、子ども主体の学びに取り組むに際に、とても大切な機能だと思います。一人ひとりが自分のペースで活動に取り組んでいるとき、ある子は「友達の考えと自分の考えを比較したい」と思っているかもしれないけれど、別のある子は「今は自分の作業に集中したい」と思っているかもしれません。やはり、子どもが自分に合ったタイミングで、自由に他者参照ができる仕組みがあることが選択肢を広げます。

子どもたちが、各ツールの違いを知っていることが大切
これらの機能はどれも応用性が高く、学年や教科を問わず多くの学習場面で活用されています。しかし、表計算やワープロのような、いわゆる「汎用ツール」ではありません。用途はもう少し狭く、だからこそ使いやすいツールとなっているともいえます。汎用性が高いツールにはそれぞれに優れた点がありますが、用途を限定したことで別の優位点が生まれるのも確かです。そして、子どもたちがそれぞれの違いを知っていることが大切です。ですから、大人がその選択肢を取り上げないでほしいのです。さまざまな選択肢の中から自らツールを選び、それを子どもの柔軟な発想で創意工夫して活用するという経験は、子どもたちが社会に出たときに必ず生きます。

自らの判断でツールを選び、創意工夫しながら活用する経験が、社会に出たときに必ず生きます。
いま一度立ち止まり、教師の新しい振る舞いの姿を考える機会に
今回、子どもが自己調整する力をつけていくには「見取る力」が求められるというお話をしましたが、もう一つ「種まき」も重要だと思っています。例えば、総合的な学習の時間に「お米」について学んだとします。授業中はもちろん、朝礼で話す教師の話題にお米が登場したり、お米に関するニュースを教室に掲示したり、さまざまな方法で種をまくことで教室空間を「お米ワールド」に仕立てる。当然、それに反応する子もいれば、スルーする子もいますが、種まきとはそういうものです。そうやって常日頃から種まきをしていくなかで、芽生えた興味関心に応えていく。それが教師の中で「この子にはこうしよう」「この子の場合はこう」という意識となり、それが「見取る力」「支える姿」になっていくのだと思います。
子ども主体の学びになるということは、決して教師が楽になるという話ではなく、むしろ大変なことが増えるかもしれません。それも踏まえて、教師の新しい振る舞いの姿を、いま一度立ち止まって考えていただければと思います。そして、学校内や地域で共有してもらえればと思います。
(2025年7月掲載)