OPINION
NEXT GIGAへ─ 学習者中心の学びを実現するために
探究的な学びでICTを生かし、
子どもの「自己効力感」を育む
NEXT GIGAに向けて、そして学習者中心の学びを実現するために、インフラとなった新しい学習環境をどのように生かしていくのか。そもそも学習者中心の学びを実現する授業デザインとはどのようなものなのか。さらには、私たち教師に必要な心構えとは…これからの授業づくりや学びの在り方についてお話しします。

小林 祐紀
放送大学 准教授
自律的学習と自己効力感の育成に課題
令和5年に文部科学省・国立教育政策研究所が公表した「OECD生徒の学習到達度調査PISA2022のポイント」によると、我が国の「学校でのICTリソースの利用しやすさ」指標は5位です。調査対象は29か国ですので、大変優秀な成績であると思います。ところが、今求められている学習者中心の学び、言い換えると探究的な学びにおいて、「ICTを用いた探究型の教育の頻度」指標は順位が一気に下がってしまい、29位であることが報告されています。
さらに、探究的な学びを続けていくと自律した学習者として、自分の学びに責任を持って進めることができるようになるのですが、「自律学習と自己効力感」指標ではさらに順位を下げ、この設問の調査対象の37か国の中で34位でした。
子どもと「共有する」、環境を「整える」
国立教育政策研究所から「学習指導要領を理解するためのヒント」という資料が公開されています。授業改善に向けた授業者の視点として、深い学びについて6つのポイントが書かれていますが、私は、今求められる探究的な学びを踏まえると、
のように少し加筆する必要性を感じます。
(https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/r02/r020603-01.pdf)
例えば「資質・能力を焦点化する(つけたい力を明確にする)」の部分では、先生だけがそれを認識しているのではなくて、子どもたちに開示すること、つまり「共有する」ことが大切です。そして、単元や各授業の目標を把握し、ねらいを達成した子どもの姿を具体化し、共有しながら授業を進めていくのです。
また個別最適な学びにおいては、子どもたち自身が「この授業ではどこに向かって進めばいいのか」を分かっていなければ、進めようがありません。従って、教材の価値を把握し、子どもたちが自律して学べるように学習環境を整えることも、教師の重要な役目です。さらに、一つの単元を何時間くらいかけて進めていくのかという学習計画を、子どもたちと共有する。また目標の達成状況を評価して、多様な子どもたちがいる中で本当に支援が必要な子どもたちに注力していくことが必要となるでしょう。
ICT「も」活用して探究的に学ぶ
ここまでを踏まえて、菅野 貴文 茨城県那珂市立第一中学校 教諭(実践時:茨城県那珂市立木崎小学校 教諭)の6年社会の授業をご紹介します。この授業では、冒頭で「今日、自分はどんなことを学ぶのか」「どうやって学ぶのか」を子ども一人ひとりが宣言します。これは、自分の学びに責任を持つことにもつながっています。子どもたちは、それぞれの学びを自己選択・自己決定してスタートさせるので、参観者はしばらく観察をしなければ、授業で一体何をやっているのかが見えてきません。
学び方やまとめ方に多様性が認められており、全員に共通して求められるのは、「自分の学びに対して真摯に向き合う」ということです。教師は、子どもが学びに向き合えるように学習環境を整備したり、あるいは適切な言葉掛けをしたりして学びを促していきます。
近年、個別最適な学びがクローズアップされていますが、この言葉が「指導の個別化」「学習の個性化」という2つの用語から成り立っていることは、もうすでにご存じだと思います。菅野教諭の授業で特に大事にされているのは、学習の個性化です。学びを進めるなかで、一人ひとりが見ている教科書や資料集のページも違えば、まとめ方も違う。端末で「NHK for School」を視聴する子もいれば、端末を使ってまとめる子も今後出てくることでしょう。子どもたちはICT「も」使いながら、さまざまな教育資源や経験を踏まえて探究していくのです。
協働のメンバーが流動的に入れ替わる
「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」に「一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで、子供自身が学習が最適となるよう調整する」という表現が出てきます。「機会を提供する」の主語は、私たち教師であり大人です。しかしその先は子ども自身が、学習が最適となるように調整するのです。従って、本時のような機会が何度も与えられることで、調整する力が次第に身につきます。これからの時代を生き抜くために必要と考えられる力を子どもたちにつけようというのが、今回の学習指導要領の大きな趣旨です。
従って、この授業において、教師が指示をして始まる協働学習はありません。誰彼ともなく「先生、そろそろいいですか?」という合図を目で送り、先生は「どうぞ」と小さく返すだけです。すると「ちょっと良い? 僕の話を聞いてくれる?」と子どもが声を掛け合い、協働の学びが自然に始まっていくのです。
そのため協働のメンバーは流動的で、入れ替わりがあります。こういったときは仲の良い子が集まって話す姿が想像できますよね。この学級も最初はそうだったといいます。しかし、春先の耕しを経て、授業を参観した冬頃には自律した学習者に育ってきたのだそうです。時間はかかりますが、私たちがめざすべき授業、子どもたち、学習者とは、このような姿だと思います。
[気づきメモ]で質の高い振り返りと教師のフィードバックを
授業の終盤では、汎用のクラウドベースのアプリを使って学習を振り返っていました。一人ひとりが責任を持って進めてきた今日の学びがどうだったのか、つまり授業冒頭で自ら宣言したことに対する振り返りを書き、次にもっとよく学ぶにはどうすればよいのかを入力し、クラスで共有するのです。
振り返りは、子どもたちが見通しをもって粘り強く取り組み、次につなげる上でとても重要です。ただ感想を書かせるだけではなく、社会科の内容、そして学びの方法、この2つをきちんと記述してありました。菅野教諭は振り返りの書き方についても繰り返し指導されてきたのです。質の高い振り返りを実現するためには、教師は内容を把握して、適切なフィードバックをしなければなりません。フィードバックをするときに、『SKYMENU Cloud』などの学習支援ツール上でデータが集まってくると、実に対応しやすく、把握しやすい。インフラ化した学習支援ツールを十分に活用することがこれからの授業の前提となります。
とはいえ、例えばチャットツールのような便利だけど、子どもたちに使い方を任せることがとても難しいツールもあります。多くの自治体や学校では使用に制限がかかっているのではないでしょうか。
しかし、例えば茨城県土浦市立土浦第五中学校の清水 匠 主幹教諭が利用されている『SKYMENU Cloud』の[気づきメモ]は、とても有用なツールです
。教師は、子どもたちの個々の気づきを見られますし、ツールの中でグループを組めば、子どもたち同士で気づきを共有できます。さらに[気づきメモ]から得た情報を[発表ノート]にコピーして、発表資料や学習の振り返りに使うことができます。このようなツール間のシームレスなつながりが、教育向けに特化したサービスならではの良さです。もちろん無償のツールであってもできることはあります。けれども、プラスアルファのことに取り組みたい、より多くの学年で取り組ませたいと考えたときには、一定程度の配慮が行き届いた教育向けのサービスが有用です。
振り返りに関してさらにいえば、生涯にわたり目標に向かって学び続けるためには、自分の学び方の特性を理解し、自身の特性に応じたスキルを高めたり、さらに学び方を広げたりする必要があります。このような「自ら学習を調整する力」は近年、大変注目されており、学びに向かう力の中核に位置づけられています。
私たち教師が子どもたちの「主体的に学習に取り組む態度」を評価しようと思えば、子どもが自己調整を行いながら、粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現しようとしたりしているかを捉える必要があります。このことは観察だけでは難しく、振り返り等の活動を通じて何かしら書かせてみることが重要でしょう。だからこそ、先ほどお話ししたようにICTを有効に活用して、継続的に振り返りを行って記述内容を蓄積し、適切なフィードバックを行い、子どもたちの様子を適切に見取ることが重要なのです。
「情報技術パラダイム」と「現在のパラダイム」の授業の割合は、
教師あるいは学校によっても違ってくるでしょう。

「情報技術パラダイム」の授業は2~3割程度、
「現在のパラダイム」は質の高さが重要
さて、ロバート・K・ブランソンが示した「学校教育の過去・現在・未来のモデル」というものがあります
。探究的な学びは「情報技術パラダイム」に該当すると考えられます。端末さえ持ち帰れば、家からでもシームレスに情報にアクセスできますよね。この学習環境を支えているのが、『SKYMENU Cloud』のような多様なクラウドサービスです。
とはいえ、「情報技術パラダイム」の授業を実施するのは、全体の2割から3割だといわれています。やはり基本となる授業は「現在のパラダイム」です。豊かで確かな教材研究を通じて、子どもたちに分かりやすく伝える。自力で解決する時間を設定し、次に協働的な学びの時間を設定する。そして全体の交流へとつなげていくわけです。質の高い「現在のパラダイム」の授業はこれからも大事であり、ここでもデジタル学習基盤としてクラウドを始めとしたICTは十分に活用できます。
大阪府大東市立北条中学校 千代丸 和人 教諭の体育の授業を例にご紹介します。まず、授業の導入では、学習のゴールや学び方、めざす方向性を確認し、子どもたちと共有していきます。教師の指示や発問が明確で、時間の無駄が一切ありません。だからこそ、50分の中でゲームが十分に実施できていました。
ゲームの間は、端末のカメラを使って自分たちのプレーを体育館の上から撮影してくれるメンバーがいます。撮影した動画は[発表ノート]の[グループワーク]機能で瞬時に共有されていました。動画を基にして「ここはもう少しこうした方がいいんじゃないか」とじっくりと考える時間も、十分に確保されています。
ある生徒は、人の動き、ボールの動きを色を変えて矢印で表現し、またある生徒は言葉で表現していました。もちろん、次のゲームでその作戦どおりにできるわけではありませんが、このように試行錯誤を促すことのできるツールがきちんと準備されていることがとても重要です。
授業は多様なグラデーションから成立している
ここまでにご紹介した菅野教諭と千代丸教諭の授業には明確な区分があるわけではありません。一人ひとりの教師によって多様な実践が行われるべきものだと考えます。
例えばある中学校の教師は、毎単元の最後の2~3時間を思いっきり子どもたちに任せるのだそうです。ほかの時間は、基本的には「現在のパラダイム」で進めていく。しかし、1時間だけは「口頭継承パラダイム」で進める場合もあるのだそうです。どうしても教えたいことはあるし、プリント学習にしっかりと取り組ませたいときもある。だからこそ、この割合を非常に意識しているといいます。また、ある小学校の教師は、1学期の2割から3割の単元を思い切って、「情報技術パラダイム」の考え方で実施し、ほかの単元は「現在のパラダイム」の考え方で行っているそうです。
授業は多様なグラデーションから成立しています。多様なグラデーションを意識しながら、これからの社会を生き抜く子どもにとって良い授業とは、どんな授業であるのかを追い求めていく。それがきっと学校現場、教師、自治体に求められていて、その営みこそが学校研究であり、授業研究なんだと思います。
「私たちって、やればできるよね!」
子どもの自己効力感を高める
3~4年前を思い出してみてください。多くの自治体で「この端末、どうしよう?」「とにかく使ってみよう」という時期がきっとあったと思います。それはステップ1です
。今はいよいよステップ2となり、効果的な活用法を見出し始めた先生たちが非常に多く出てきました。
そして学習指導要領がめざす授業の姿が、探究的な、学習者主体の学びであるわけですから、そのためのICTやテクノロジーの活用がステップ3です。私たち教師の役割は個別最適な学びが実現するように学習環境を整える。授業のゴールや学習計画等の授業情報を子どもたちと共有する。このことは全ての教科に共通する授業づくりの方向性です。
社会とのつながりが感じられる課題の解決を通じて、「私たちって、やればできるよね!」という子どもたちの自己効力感を高めていく。それが、ひいては一人ひとりの夢の実現につながっていくのです。
(2024年12月掲載)