INTERVIEW
NEXT GIGAへ─ ICT活用進展のカギは何か
学習者主体の授業を支える
信頼関係の構築と学習集団の形成を
GIGAスクール構想による児童生徒1人1台端末整備から4年目を迎えました。各自治体で、さらなる活用の進展に向けた取り組みやGIGAスクール構想第2期整備に向けた検討が進んでいます。ICT活用のさらなる進展に向けて、学校、教育委員会で取り組むべきこととは何か。岩﨑 有朋 札幌国際大学 教授にお話を伺いました。(2024年8月取材)
岩﨑 有朋
札幌国際大学 教授
鳥取県の公立中学校教諭、鳥取県教育センター GIGAスクール推進課 係長などを経て、2023年より現職。文部科学省 学校DX戦略アドバイザー。
ICTで活躍する若手、ICTを使いこなすベテラン
GIGAスクール構想がスタートするタイミングで、鳥取県教育センターの係長となり、1人1台端末の整備に携わりました。県内すべての小・中学生へ端末整備を実現できる二度とないチャンスだと感じるとともに、子どもたちのために1人1台端末の活用をしっかりと前に進めていこうという強い思いを抱いていました。
一方で、この頃は新型コロナウイルス感染症の影響が大きい時期でした。教員方が、子どもを守りながら教育活動を続けていくことに苦労されるなかで、端末活用を進めていく難しさも感じていました。
こうした時期を乗り越え、GIGAスクール構想も4年目を迎えました。現在感じていることは、若手の教員の力が芽吹いてきているということです。ICT活用を切り口に、多くの若手の教員が学校で活躍しています。そして、思い切ってICT活用に挑戦し、学校の誰よりも上手にICTを活用されるベテランの教員もいらっしゃいます。これまでの経験値を基に、一度コツをつかめば、ベテランほどすごいものはありません。若手が台頭し、ベテランの教員もチャレンジを続ける。こうした良い兆しがさまざまな学校で見えてきています。
活用が進展する学校は、管理職が旗振り役に
現在の課題としては、端末を積極的に活用している学校・地域とそうではないところで二極化が進んでいることです。活用が広がっている学校の特長として、校長先生が「とにかく使おう」「少しでもいいから子どもたち全員が授業で端末を使うタイミングをつくろう」など、旗振りをしていることが挙げられます。
そうした管理職の方は、セミナーや研修などに参加し、「これからの時代はどうなっていくのか」「子どもたちが世界とつながる入口として、なぜ端末が必要なのか」といったことを積極的に学ばれています。
子どもたちはこれから、想像できないような世界の中で生きていくことになります。例えば、私にとってAIはSF映画の中のものでしたが、今やプロンプトを入れるだけで、曲を作ったり、絵を描いたりできます。AIに対する捉え方についても、学びと組み合わせて子どもの力をつけていこうという教員と、「当てにならないもの」と捉えてしまう教員とでは、差が開いてしまいます。管理職も教員もアンテナを高く張って、学び続けていかなければなりません。
「高い同僚性」「伴走」。活用が進む学校は経営が巧み
ICTの活用が広がる学校では、職員室での情報交換や雑談が日常的に行われ、管理職の方が同僚性を高める学校経営を行っています。端末活用を進めていくためには、学校全体で学び合ったり、協力し合ったりという学校文化は欠かせません。そうした文化があるからこそ、ICT活用が得意な教員が献身的な動きをすると、それに応えるように学校全体が「一緒に頑張ろう」という雰囲気になって、活用が広がっていくのだと思います。
また、そういった学校では、校内で思うように活用が進まないとき、ICT支援員などの外部人材を頼っています。支援員にすべてを委ねるのではなく、あくまでも困ったときに助けてもらう伴走者という立ち位置で、上手に力を借りています。学校全体で、与えられた資源を最大限に活用していこうという意識を持つことも、活用推進において大切なことです。
時代とともに管理職の責任は大きくなり、学校経営は難しくなってきているなかではありますが、管理職の皆さんには「子どもたちのために」と信念を持って、しっかり旗振り役を担っていただきたいと思っています。
学習者主体の授業には、子どもと教員との信頼関係が重要
活用が進む学校の特長を見れば、ICT活用の推進における諸課題は、ICTそのものとは異なるところにあると気づきます。授業のICT活用についても同様のことが言えると思います。
1人1台端末を活用した授業では、子どもたち1人ひとりが主体的に学びを進めていくことになります。例えば、授業中に子どもたちから「グループ学習に集中するために別の教室に行きたい」と言われたとき、教員方は「いいよ」と即答できるでしょうか。もし「関係のないWebサイトや動画を見るのではないか」などと心配に思って、子どもに委ねられないのであれば、それは子どもたちと十分に信頼関係が構築できていないということです。
私は、これからの1人1台端末を活用した学びにおいて大切なのは、子どもと教員との信頼関係だと思っています。それは子どもと信頼関係を築く力。学級経営や授業運営といわれるような学習集団を形成する力といっていいかもしれません。もちろん、子どもたちが自ら学びたくなるような学習課題を設定できる教材研究の力なども必要でしょう。
従って、決してICTが得意であることや、ICTの使い方に詳しいということは重要ではありません。そもそも、もしICTの操作が分からなければ、詳しい子どもに教えてもらえばいいのです。教えてもらった後に、「上手な説明だったね」と声を掛ければ子どもの満足度も高まります。そのような教員の振る舞いを見れば、授業観を「教える」ことから、「子どもに委ねる」ことにシフトできているかどうかも見えてきます。
「これは絶対に譲れない」という線引きをして、
言葉にして明確に伝えることで信頼関係が構築される。
学びの意味を言葉で伝え、辛抱強く待つこと
子どもに委ねる、学習者主体の学びに向けて、先ほども申し上げた「子どもとの信頼関係」は重要なものです。信頼関係を築くためには、教員は一瞬一瞬子どもに試されていると思って授業をする必要があります。
中学校教員のとき、話し合いの授業の中で、私の問いかけに対して、生徒が誰一人発言しないことがありました。このとき生徒たちには、いろいろな意見があって良いこと、人の意見を笑う行為は絶対に許さないこと、これは社会に出るためのトレーニングであることを伝えました。そして、発言するまで2時間でも、3時間でも待ち続けると言い、結局その日は生徒の発言を待って、1時間の授業を終えました。
待ち続けるというのは、私たち教員にとって大変苦しいことです。しかし答えが返ってこないから、時間がないからといって、ここで教員が根負けするわけにはいかないのです。もし私がまとめを板書してしまったら、もし私が説明してしまったら、そこで生徒たちは「別に発言しなくてもいいのか」と感じて、次の授業も、その次の授業も「教員が教えてくれることを待つ」姿勢のままでしょう。「待つ」と言ったからには、子どもが答えるまで信念を持って待つ、辛抱する。「これは絶対に譲れない」という線引きをして、明確に言葉にして伝えることで、子どもとの間に信頼関係が構築される。そして、学びに対する主体的な姿勢が育まれるのだと考えています。
1学期は時間をかけて、主体的に学ぶ学習集団づくりを
中学校教員のとき、2学期の終わり頃に学習者主体の授業を公開しました。参観された先生方は、生徒主体でスムーズに展開されている授業の様子をご覧になって驚かれていました。授業づくりについて、たくさんお話ししましたが、特に強調してお伝えしたのは「すぐには実現できるものではない」ということです。
生徒たちが主体的に学ぶためには、学習集団としての成熟が欠かせません。そのためには生徒たちが学習を進めるための細かな段取りを理解し、教員と生徒たちの間に共通認識が作られている必要があります。私はその共通認識を構築するために、1学期を費やしています。
どのように構築しているかというと、授業の中に行う学習活動一つひとつに対して「意味づけ」をして伝えています。具体的には、動画コンテンツを視聴させる際は、この視聴によって何を考えてほしいのか。視聴中に気づきをメモすることで、どのようなスキルを身につけてほしいのか。そして、将来、それがどのように役立つのかといったことです。ほかにも、「学習支援ツールを使って共有して」「グループになって」という指示を出す際も、それによりどのような力を身につけてほしいのかを伝えています。
時間はかかりますが、段取りが生徒たちの頭に入って成熟してくると、教員の一つの指示で体的に動けるようになります。例えば「動画を見てまとめよう」という指示を出せば、生徒は必要に応じてメモを取りながら動画を視聴して、まとめる。そして、動画の画面キャプチャを貼りつけるなどして、そのまとめの根拠を示す、といったことができるようになります。これは、1学期の間に「その根拠は?」と教員に突っ込まれるという経験を繰り返しているからこそできることです。公開授業で見られた学習者主体の姿の裏には、このような積み重ねがあります。
1学期にしっかり時間をかけて指導することで、多少スケジュールが遅れるかもしれませんが、問題はありません。2学期の後半になるとペースが上がって、年間予定に追いつき、3学期には余裕が生まれます。
共同調達のコストメリットを生かし、
「育てたい子どもの姿」に迫る整備を考えてほしい。
めざす子どもの姿から、授業や環境整備を考えたい
現在GIGAスクール構想第2期整備に向けて、1人1台端末の整備が検討されている時期です。今まで端末活用が軌道に乗らなかったり、遅れていたりしていた自治体はこの第2期整備を、活用を広げるための良いチャンスだと捉えてほしいと思います。
大事なのは、「どんな子どもを育てたいのか」を考えることです。めざす子どもの姿を明確にし、その実現に必要な取り組みについて考えれば、どのように端末が活用できるか、どんな端末が必要か見えてくるでしょう。共同調達のコストメリットを生かすことで、育てたい子どもの姿に迫るために、どのような整備を実現できるのかを考えてほしいと思います。
例えばGIGAスクール構想第2期整備では、基本パッケージにタッチペンが標準搭載されます。では子どもの「書く活動」を考えた際に、そのペンの性能で十分な学習活動が展開できるのでしょうか。これは学習用ソフトウェアについても同様です。教員方は、日々もっと授業を良くしたいという思いを持っています。『SKYMENU Cloud』のような学習活動ソフトウェアなども整えることで、より授業が効率化できたり、子どもに分かりやすく伝えたり、協働的な学習を充実させたりできるのではないでしょうか。
めざす子どもの姿を考えることは整備に限らず、日々の授業においても大切なことです。近年、複線型や自由進度などといったキーワードが注目されています。それらに挑戦して授業改善を試みることは大切なことだと思います。ですが、トレンドの学習手法を取り入れること自体を目的化しないことが大切です。「それをすることで子どもの何が育つのか」「子どもの未来にどのように役立つのか」という視点で考えてほしいと思います。
私は学校現場にいた頃、「わが子に受けさせたい授業なのか?」「わが子を通わせたい学校なのか?」「この街、地域で子育てをしたいのか?」と自らに問いかけていました
。こうしたことを常に問いかけながら、すべての子どもたちの学びに役立つものを整備するとともに、授業での活用を考えてほしいと思います。この大変革の時代に教育委員会や教員の仕事ができることにやりがいを感じ、信念を持って取り組んでいただきたいと考えています。(2024年10月掲載)