教育長インタビュー 学校にはもっと余力が必要 今こそ価値観を変え、教育DXの推進を
2024年4月から徳島県教育委員会 教育長に就任された中川 斉史
先生は、これまで小学校の教員、管理職として情報教育や教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に尽力されてきました。教育情報化や教育DXの展望について伺いました。(2024年5月取材)
※DX:デジタルトランスフォーメーションの略称で、デジタル化でサービスや業務、組織を変革することを意味し、例えば教育データに基づく教育内容の重点化と教育リソースの配分の最適化などを指す。

中川 斉史 徳島県教育委員会 教育長
徳島県内公立小学校の教諭、校長を経て2024年4月より現職。教育情報化コーディネータ1級、総務省地域情報化アドバイザー、文部科学省学校DX戦略アドバイザーなども務める。
教員に寄り添い、思い切った働き方改革を進める
これまで長年にわたり、小学校を中心に義務教育に関わってきました。これからは県の教育長として、小学校だけでなく中学校、高等学校という全体の流れを見通した教育のビジョンや施策を打ち出していくことの重要性を感じています。
例えば、クラウド上に自分の学びを蓄積できれば、いつの時代でも、何年たっても過去の学びを思い出すことができます。先日、私のSNSを見ていると12、3年前に投稿した記事が出てきて、過去の自分が考えていたことを思い返すことができました。その投稿では、働き方改革について「学校にはもっと余力が必要だ」と書いていました。この思いは今も変わっていません。約10年前から変わらない自分の問題意識を再確認するとともに、まだまだ働き方改革という点では、学校は変わっていないということにも気づかされました。確かに教員の在校等時間をチェックするといったことはできるようにはなりましたが、根本的な部分は変わっていないと思います。小さな改善の積み重ねだけでは、あまり大きな効果につながっていないと思います。そこで、県の教育長として、教育委員会がもっと現場の教員に寄り添い、思い切って省けるものは省いていかなければならないと思いを強くしています。
教員本来の仕事に集中できる環境に
私は働き方改革を行うことで、教員という職業を選んでくれた人が安心して働ける環境を整えていきたいと思っています。私が教員時代に最も充実していた時間は「明日は子どもたちにどんな授業をしようか」と考え、教材研究をしているときでした。きっと多くの教員がそうだと思います。しかし、さまざまな業務によってその時間が圧縮されているのが現状です。
教材研究は、教員の自己研鑽の時間でもあり、授業力向上にもつながる大事な時間です。教員の皆さんが安心して、充実した働き方ができるように、こうした時間をできるだけ多く確保してあげたいという思いを持っています。
そして働き方改革によって、教員に余力を生むことは子どもたちにとっても大切なことです。教員が子どもたちのために使う時間が増え、少しの変化にも気がつきやすくなるからです。教材研究だけでなく、子どもたちをしっかり見るという教員本来の仕事に集中できる環境も整えていきたいと思います。
現在取り組んでいることの一つとして、教育委員会から学校へのさまざまな調査依頼の整理、調整があります。学校現場にいた頃、教育委員会の異なる課から、同じ時期に複数の調査依頼文書が届くことがありました。大切な調査であることは分かっていますが、時期をずらせないものかと感じていました。
また、子どもの数が少ない学校なら、すぐにでも対応できるだろうと思われがちです。しかし小規模校では教職員の数も少なく、一人の教員がいくつもの役割を担っているため、複数の調査に対応することが難しい場合もあるのです。
ですから、教育長に就任してからは各課の連携を強化し、調査依頼の文書を出す時期の調整や学校の先生方がスムーズに回答できるよう、調査文書のファイル形式を統一するといったことを進めています。
DXは単なるデジタル化ではなく、
「価値観を変える」こと

前年踏襲ではなく、新たな視点に立って見直す
教員の余力を生むための改革に、DXは欠かせない取り組みです。DXとは単なるデジタル化ではなく、「価値観を変える」ということです。このことを教育長に就任後、さまざまな場で強調しています。「アンラーン(Unlearn)」という言葉が注目されているように、教育委員会でも、学校現場でも、前年踏襲ではなく、新たな視点に立って見直すことを進めていきたいと思います。
文書によってファイル形式がバラバラだったのも、前年踏襲で同じファイルを活用していたからです。多くの人がスムーズに回答を入力できる、また効率良くデータ活用できるという視点に立てば、ファイル形式を統一しておく必要があります。ですから今年度より、使用する表計算ソフトウェアや文書作成ソフトウェアを統一して文書を発出するようにしています。さらに、予定を調整する際にはフォームを活用するなど、効率化も図っています。
コロナ禍によって、運動会を午前中だけの実施にしたり、毎日掃除をする必要があるのかと考えたりしたように、思い切った改善をしてほしいと思います。もちろん現在も、リサーチを重視したアジャイル思考で、日常的に改善に取り組んでいます。私は、何かを見直そうとプランを立てるときに、まずはリサーチをしてほしいと思っています。変化の激しい時代に取り残されないためにも、アンテナを高く張り、学校現場や教育委員会の中だけでなく「外の世界」を知った上で、計画を立てることが大切だと思います。教育委員会はもちろんのこと、ぜひ校長先生方にも、教員が子どもをしっかりと見るという本来の仕事に集中できるように、これまでの当たり前を見直すことに取り組んでほしいと思います。
当たり前を見直すという意味で、教育委員会ではテレワークによる在宅勤務も日常的に取り入れていこうと考えています。コロナ禍の際に環境は整備されていたので、まずは私が率先して取り組んでいきます。こうしたことも日常から行っていなければ、有事の際に業務が止まってしまいます。学校現場でのテレワークは難しいかもしれませんが、コロナ禍への対応のために活用したWeb会議システムを引き続き使用するなどの工夫は必要です。
まずは情報共有から始める
そうはいっても、価値観を変えていくことは難しいことです。ですから、まずは情報共有から始めることを皆さんに伝えています。
例えば学校内で、欠席した子どもの情報が共有されていれば、保護者から電話があったときにスムーズに対応できるだけでなく、情報を知っていることで、適切な行動を取ることにもつながるのです。私は情報共有のめざすべきモデルは病院にあると思っています。病院では、一人の患者に対して、情報を引き継ぎながら担当者が交代して治療を継続しています。一方で学校は、担当者だけが持っているデータが多すぎるのではないかと感じます。
しかし、情報の共有や引き継ぎをしっかり行おうと思っても、マンパワーだけに頼っていては、どこかでヒューマンエラーが起こってしまう可能性があります。そういったリスクを避け、組織的に、スムーズに情報共有を行うには、ダッシュボードなどのツールが有効です。子どもたちの学習履歴など、さまざまな情報を集約し、教員がいつでも、誰でも情報を確認できれば、例えば産休・育休などで教員が指導から離れても、子どもたちの学びが止まることはありません。
こうしたツールを活用して情報を共有することで、一人の教員だけですべてを抱え込む必要がなくなり、教員に余裕が生まれるだけでなく、冒頭にお話しした小・中学校、高等学校の学びにつながりを持たせることも可能です。
ダッシュボードを教員が手元の端末で活用できる環境を整備することが理想ですが、こうしたツールの活用が効果的であることは、まだまだ一部の人にしか理解されていません。子どもたちの学習履歴をどのように集め、そのデータをどこに保管するのかなど、さまざまな課題もあります。しかし、準備をしていくことは重要です。必要な予算を確保するためにも、まずはどこかの学校で実証しながら「こんなことができるんだ」と見せていく必要があると思っています。
「人」がすべきことに、教員が注力できる
取り組みを進めていく
DXで人がすべき部分が鮮明になる
現在は、多くの業界で人手不足の状況であることを耳にします。そのなかで、たくさんの若者に教員という職業に魅力を感じ、選んでもらうためには、やはり、職場の働き方を大きく変えていくことが必要です。ですから今こそ、DXを進めやすい状況にあるといえるのかもしれません。
先ほど、「外の世界を知った上で計画を立てる」ことが大切だと言いました。ファミリーレストランに行けば、ロボットが料理を運んでいる時代です。そういった外の世界の状況を学校に落とし込み、「学校現場ではどういったトランスフォーメーション(変容)ができるのだろう」と考えることで、DXで教員という「人」がすべき部分が鮮明になってきます。
これから教育長として、「人」がすべきことに教員が注力できるような取り組みを進めていきます。そして、教員を志す人に徳島県を選んでもらうためには、そういった取り組みについて広く情報発信していくことも必要です。
子どもたちに「自ら決める」力を
身に付けてほしい

子どもが外の世界を知り、自分の将来を考える
私は、子どもたちに「自ら決める」力を身に付けてほしいと思っています。しかし現状、子どもたちは学校で決められたルールの中で、決められたスケジュールを過ごし、大学生になって初めて、自ら受講する授業を決める経験をします。ですから現在、徳島県の高等学校では、昨年より校則を子どもたち自身で見直す取り組みを行っています。こうした経験により、子どもたちは自ら意思を示せる権利があることに気づくことができます。そして、集団の中でどのように生活を律し、どういう約束をつくるべきかという、いわゆる「主権者」としての生き方を学ぶことにもつながるのです。
子どもたちが「自ら決める」ためには、教員同様に子どもたちも外の世界を知ることが大切です。そのために、これから教育委員会として、普段とは違うことが体験できる機会をつくっていきたいと思います。
例えば先日、ある高校生がタブレット端末を日常的に活用している小学校の授業を見学したことをきっかけに、小学校で情報を教える教員になるという夢を持ち、大学に進学した子がいると聞きました。素晴らしいことだと感じ、高等学校と小・中学校を橋渡しできる取り組みを行っていきたいと強く思うようになりました。
教育長に就任してから、子どもと直接関われる機会がなくなり、寂しさを感じている部分もあります。しかし、これから教育長として、子どもたちが外の世界を知り、自分の将来を考えられるような事業を起こすことはできます。子どもたちが明るい未来や夢を描けるように、さまざまな事業を展開していきたいと考えています。
(2024年8月掲載)