学習指導要領 / 教育の情報化

NEXT GIGAフォーラム2024パネルディスカッション NEXT GIGAに必要なビジョンとは 次のステップに向けて教育委員会が考えるべきポイント

コーディネータ
平井 聡一郎 合同会社未来教育デザイン 代表社員
パネリスト
本間 紘 山形県鶴岡市教育委員会 学校教育課 指導主事
山本 和人 大阪府大東市教育委員会 学校教育政策部ICT教育戦略課 参事

はじめに
デジタル化を切り口に「学校DX」の実現をめざす

平井 聡一郎

合同会社未来教育デザイン 代表社員

AIの登場など世の中が急激に変化

1人1台端末が整備された後、「まず使う」「とにかく使う」という段階がありました。私は、現在もその段階で止まっている学校があるのではないかということを心配しています。なぜなら、本来めざしているのは「学校DX」を通した学びの改革であり、教育委員会は、NEXT GIGAに向けて学校DXについて考えていかなければなりません。

さて、このような変化の背景には、社会構造の変化があります。一昨年にOpenAIから 「ChatGPT」がリリースされて以来、先生方も、保護者の方も、自分たちのこれまでの経験や知識が通用しなくなってきています。そうしたなかで、教育委員会の指導主事、そして校長先生方は「これからの学校はどうあるべきか」について考え、学校を牽引していかなければなりません。

DXとは業務そのものを抜本的に改革すること

学校DXは、アナログでやっていたことを単に デジタル化するだけではありません。デジタル化 という切り口で、業務そのものを抜本的に変革 (トランスフォーメーション)することが目的です。

変化の激しい社会に、的確に対応していくことは避けて通れない課題です。現在、実際に学びのかたちが変わってきています。ですから、学校の組織そのものも学びの変化に対応して変わる必要があります。当然、学校の機器環境も学びの変化に合わせて変革します。これが学びのトランスフォーメーションであり、デジタル化はそのための一つの切り口と考えた方が良いでしょう。

そして、授業そのものを変えるとともに、校務のDXも必要です。先生方はこれまで日常的に校務の中でコンピュータを使ってきました。そこにクラウドサービスが導入され、「便利だな」と実感したものを授業でも活用しています。子どもたちはこの逆です。授業で使っていたツールが授業以外でも使えると感じ、活用の幅を広げていくのです。

こうしたことを支えるためには、機器や環境を整備する必要があります。大阪府大東市教育委員会の山本 和人 参事に整備や環境面の工夫について。そして、山形県鶴岡市教育委員会の本間 絋 指導主事からは、学びのかたちを変えるための工夫や取り組みについて報告してもらいます。

事例
ターゲットを絞った研修と教員同士のつながりの強化で
活用の二極化を改善する

本間 紘

山形県鶴岡市教育委員会 学校教育課 指導主事

研修で1人1台端末の意義を伝える

本市は、人口約10万人、小中学校は合わせて37校という規模です。1人1台端末の整備に伴い、端末の導入前と導入後の2回、すべての学校を回って研修を行いました。子どもと先生のすべての端末のセットアップが完了する前に、準備ができた端末から先生方に貸与し、まずは端末の活用が「楽しそう」「面白そう」と感じてもらえる雰囲気づくりから始めました。1回目の研修では端末導入の意義や端末でできることなどをお伝えし、端末導入後の2回目の研修は活用編として実施しました。併せて保護者の方々に対しても、親子行事やPTA研修などの場で、「なぜICTが必要なのか」などをお話ししました。

ICT推進係を立ち上げ役割分担

本市では、私たち指導主事が研修をはじめ、ICTの活用促進に注力できる体制を整えようと、主に端末の管理運用面を担う「ICT推進係」を立ち上げることで、役割分担をしました。導入1年目は「まずやってみる」ことを目標に、日常的な活用をめざして、まずはアナログでやってきたことをICTに置き換えることからスタートしました。

子どもたちに端末を使用する際のルールは示しますが、強く規制をしすぎないことを方針とし、とにかく先生方や子どもたちが端末を使いやすい状況をつくることを心掛けていました。1人1台端末の導入から2年、3年とたつにつれ、これからの時代に必要な資質・能力を身に付けさせるために、ICTの活用が有効だと多くの先生方が実感するようになったと感じています。そして、とにかく使ってみるというところから、だんだんと効果的な活用を意識するようになりました。

先生が子どもに指示を出すのではなく、子ども同士でつながる学びへ、知識伝達型に終始するような授業から脱却しようとしています。そして、思考力・判断力・表現力を高めるための効果的な活用、個別最適な学びや協働的な学びの実現が、ICT活用によって実現しつつあることを感じています。図1

図1

課題は活用の二極化

一方で、課題もあります。その一つが学校、学年、先生によって、活用が二極化していることです。やはり、ICTの活用が得意ではない先生もいらっしゃるのが現状です。そうした先生方に「こういう使い方があるので、ぜひ使ってください!」と伝えても、すぐには行動に移してもらえません。

「学びの本質とは?」と考えていただき、学力観を変えていく必要があると思います。実際に、先生方に「どんな子どもたちを育てたいですか?」「何のために授業をするのですか?」と、学びの本質について問うと「自律」や「主体的な学び」といったキーワードが出てきます。さらに「では、それを具現化するためにはどうしたらよいですか?」と聞くと、必然的にICTの必要性に気がつかれます。私はこうしたアプローチが有効だと感じています。

ニーズを絞った研修を実施

ICTの活用推進には、ニーズを絞って研修を行うことが重要だと思います。これまで、私たちは悉皆の研修を多く実施してきました。端末を導入した1年目は、すべての学校に同じ内容をお知らせする必要がありました。しかし、現在は「ICTでどんな授業ができるのか知りたい」「機械を扱うのが苦手」など、先生によってさまざまな困り事があります。ニーズに合わせ、ある程度ターゲットを絞って研修を用意することが必要です。

「知らない」と「やりたくない」はとても近いところにある感情だと感じています。そういった先生方に対しては、授業を見て、知っていただくことを第一に考えています。最近気づいたのは、私たちが講師をして、活用事例を紹介するより、市内の先生方に講師になっていただく方がたくさんの参加者が集まるということです。あるベテランの小学校の先生が講師を務めた研修には、驚くほど多くの人が集まりました。

ICTに慣れてきた先生や意欲のある先生向けには『SKYMENU Cloud』の[気づきメモ]機能がリリースされた後、すぐに研修を行いました。また、ほかの自治体から赴任された先生や新任の先生向けには、『SKYMENU Cloud』の基本的な操作方法の研修をしたり、管理職向けには働き方改革を促すような内容の研修をしたりして、ターゲットを絞って実施しています。

ICT推進の核となる先生方に
横のつながりをつくってもらい、
活用を広げていきたい

本間 紘
(山形県鶴岡市教育委員会 学校教育課 指導主事)

先生同士の横展開への期待

先生方が参加しやすいように、研修の時間は短く45分に設定し、オンラインで受講することもできるようにしています。ICT研修の後によく見られるのが、会場に集まった先生たちがその場に残って、悩み相談を行う姿です。「こういうときどうすればいいですか?」と尋ねたり、「今度先生の授業を見に行かせて」と声を掛けたり、先生同士で連絡先を交換したりしています。私はそういった姿を見て、大変うれしく思うとともに、先生同士で活用の横展開ができることを期待しています。

OJTで活用を広げる

ICTの活用に消極的な先生から「マニュアルをください」と言われることがあります。1人1台端末の導入当初は、画面のスクリーンショットに操作の説明などを入れたものを作っていましたが、労力の割に効果がないというのが正直なところです。やはりさまざまなコマンドをクリックすることで、「こんな機能があるんだ」と発見し、自分自身で体得してもらうのが一番有効だと感じています。

ですから現在は、例えば『SKYMENU Cloud』の[発表ノート]を受け渡し形式で保存して、資料や教材を先生同士で共有できることを伝え、あとはOJTで学校内に広げてもらうといった方法を採っています。クラウドサービスはアップデートされるので、こちらでマニュアルを作ってもすぐに使えなくなってしまうということもあります。

学力観を変える新しい授業へ挑戦

現在、ICTを日常的に活用することができていると思います。今後は「学びの本質に向かう活用」をより一層進めていきたいと考えています。やはり、まだまだ重い腰が上がらない先生方もいらっしゃるので、継続的なエンパワーメントが必要です。

一方で、自走し始めている先生方もいらっしゃるので、学力観を変える新しい授業へ挑戦していただき、それを横展開していきたいです。また、これからもっと「子どもたちに委ねる」ことに取り組んでいきたいとも思っています。例えば話し合いの場面で、先生から思考ツールを使うように指導するのではなく、子どもたち自身のタイミングで自ら選べるようになるとよいと思っています。

事例発表を受けて

先生同士の横展開については、各学校1名の代表者が参加するリーダー研修よりも、自主的に研修に集まって、自然なかたちでICTのリーダーが育っていくというイメージですか。

そうです。各学校のICT主任がICTのリーダーというわけではないと思います。ICT主任ではなくても、トップランナーの先生はたくさんいます。研修を悉皆にしてしまうと、そういった先生が参加できなくなってしまう可能性があります。今後も各学校のICT推進の核になる人たちに横のつながりをつくってもらい、活用を広げていきたいです。

校務分掌によるリーダー・主任ではなく、自然発生に育つ仕組みを作っているということですね。先ほど、ベテランの先生が講師を務めるとたくさんの人が集まったと話されていました。授業力のある先生こそ、私はICTを活用すると鬼に金棒だと思っているのですが、どうお考えですか?

私も同じように感じています。授業力があるものの、これまでICTを使ってこなかった先生が、ICTを使って子どもの目がキラキラするような授業をすると、それを見た多くの先生方は勇気をもらえるんです。「私にもできそう」と思ってもらえるのだと思います。

先を見据えて走る人も活用を広げていく人も、両方大事ですよね。

では、今後学びを変えていくために、どのような方向性を持っていますか?

学校教育目標には、これから先を生きる子どもたちに必要なことが書いてあります。その具現化のためには、ICTの活用が有効で、学力観のアップデートが必要です。そういったことを押しつけがましくなく、後押ししていきたいです。

教育委員会として、とても大事なことですね。

私はICTの活用を広げる上で、校長先生の役割も重要になってくると思います。

そうですね。やはり新しい授業を面白がってくれる校長先生の下では、ICTの活用は広がっていくことを私も感じています。

ぜひ頑張っている先生に光を当てて、市全体を変えていってほしいと思います。

事例
情報の「共有」と「可視化」、
環境改善で教員の時間創出をめざす

山本 和人

大阪府大東市教育委員会 学校教育政策部ICT教育戦略課 参事

充実したICT環境を整備

大東市は、大阪市の東隣に位置し、大阪市中心部に30分ほどでアクセスできる利便性がありながら、自然も多い地域です。人口約12万人、小中学校が計20校という規模です。

本市のICT環境についてご紹介します。1人1台端末としてWindows端末を整備し、国負担の4万5,000円に市が7,500円を上乗せしています。さらに、各学校平均50台程度の予備機も整備。日常的に持ち帰りを行うことを当初から想定していたため、自宅用と学校の保管庫用に1人当たり2つのACアダプタを用意しました。教員用のタブレット端末については、GIGAスクール構想の1年前にWindows端末を整備しました。2023年度150台ほどのバッテリ交換を行い、来年度もさらに100台程度のバッテリ交換を行いたいと思っています。

2023年度、児童生徒の端末の故障台数は約600件と、1割に満たない程度でした。ほとんどの学校で毎日の持ち帰りをしていることを考えると、想定よりも少なかったと感じています。これは先生方が日常的に子どもたちに丁寧に指導していること、保護者の方にご協力いただいていることが大きいと考えています。

デジタル教科書を問題なく利用できるネットワーク環境

ネットワークについてですが、校務用と学習用に2つの回線を整備しています。大東市では、校務用の回線は実測値で100Mbpsを割り込むことが日常的にありますが、学習用の回線は、実測値で300~700Mbps程度あり、デジタル教科書も問題なく利用できている状況です。校務データは、データセンターにあるサーバで、現在は児童生徒の成績情報や保健システムなどを管理しています。クラウド上で運用しているものは、学校のホームページや認証のシステム、マルウェアの対策ソフトウェアなどです。これら以外にも、『SKYMENU Cloud』やMicrosoft 365、採点支援システムなどのクラウドサービスを利用しています。

大東市は現在、ICT教育戦略課課長を含め5名の体制で、活用を推進しています。ICT活用の状況として、すべての学校で保護者からの朝の欠席連絡がデジタル化されたことで、まったく使わないという先生は減ったと思います。活用促進に向けて各学校で、主体的にミニ研修を実施してくれていたり、ファイル共有ツールを利用して教育委員会から情報提供を行ったりしています。

可視化で教職員が“気づく”状況をつくり、
気づきを共有しながら改善を進めたい

山本 和人
(大阪府大東市教育委員会 学校教育政策部ICT教育戦略課 参事)

活用促進へ「共有」と「可視化」に重点

昨年度重点を置いたのが「共有」と「可視化」です。「共有」については、例えば「Microsoft Teams」の活用です。学校では、日常的に校務分掌などでチームを作り、日常的に情報共有をしています。毎日「Microsoft Teams」をチェックすることが、教職員の中で定着してきています。

「可視化」については、図2のグラフで説明します。この図は子どもたちのデジタルドリルの活用に関するグラフです。縦軸が解答数、横軸は活用した時間帯を示しています。授業時間帯に多くの取り組みが行われており、21時~22時にも多くの活用があることが分かります。先生方はこのグラフを見て、さらに取組量を増やすことを意識されているようでした。ですが、教育委員会で気にかかったのは青い枠の部分、深夜の時間帯に取り組んでいることでした。これは生活リズムを見直す必要があると思います。こうしたことはタブレット端末を家庭に持ち帰り、子どもたちがデジタルドリルに取り組んだ結果が可視化されているからこそ、分かったことです。教職員と共に改善につなげていかなければならないと考えています。

図2デジタルドリルの活用に関するグラフ ※縦軸が解答数、横軸がドリルを活用した時間帯を示す

デジタルドリルに取り組んだ結果を可視化することは、OSの標準機能だけでは実現できないので、追加で機能整備をする必要があります。大東市ではこうした可視化を行って、教職員が“気づく”状況をつくること、そして気づいたことを共有し、保護者の方の協力を得ながら改善を進めたいと考えています。

優先課題は教職員の時間の創出

現在の優先課題の一つは、教職員の時間を創出することです。まだできていないことも多いですが、いくつかの取り組みについてご紹介します。デジタル化に相反することに思えますが、職員室で利用していたプリンタを買い換えました。これまでは200枚の印刷に2時間かかる性能だったため、全校に1分で100枚程度印刷できる性能の複合機を導入しました。この複合機を用いて、紙のテストの採点支援システムを稼働しました。現在、特に中学校で採点にかかる負担が半減して「助かる」という声が届き始めたところです。また、デジタルドリルの導入による採点時間の削減、保護者向けの連絡も可能な範囲で電子化しており、印刷物を準備する時間の削減につなげています。

校長先生、教頭先生には、ICTのメリットを理解してもらうために、デュアルモニター環境にしました。2024年度は教職員の自宅から学校の教員用の端末にリモートアクセスできる仕組みも試験導入する予定です。

教職員向けのスマートフォンの整備を検討

今後についてですが、教職員が校内で利用するため、普通教室分の台数のスマートフォンの予算要求をしようと考えています。予算がとおるかは分かりませんが、スマートフォンにより、教職員の情報共有の向上を図ろうと考えています。そして、全教員のデュアルモニター環境も用意したいです。

大東市では、NEXT GIGAでの児童生徒の端末更新と教職員の端末更新がほぼ同時期になります。その際にゼロトラストの環境を構築していく考えです。顔認証やEDRの整備とともに、児童生徒が9年間の学びを蓄積できるクラウド環境を整えていきます。ただ、すべてを新たに整備するのではなく、できる限り現在使っているものの設定を変更したり、利用範囲を広げたりしながら進めていきます。子どもたちと教職員の役に立ち、使いやすいものにしようと、腐心しているところです。ぜひ、大東市だけでなく、全国の関係者の皆さまとも協力し合いながら進めていきたいと考えています。表1

表1課題となっている教員の時間創出に向けた対策

事例発表を受けて

「こうあったらいいな」という環境を実現されていますね。それを実現できているのは、きちんと先を見通したイメージを持っているからだと思います。充電器を2つ用意したのも、持ち帰りをしたら絶対必要になるからです。ビジョンが明確であるからこそ、それに必要な予算化がされたんです。NEXT GIGAでの端末更新においても、どういう環境をつくるかという、きちんとしたビジョンを持っていることが必要だと思います。それにしても国の負担分に加えて、よく市独自の予算として1台当たり7,500円を上乗せできましたね。

大変でした。思い切ったことをやるときは、思い切ったスクラップを行って予算を見直しています。例えば、今考えているものでいうと、Webコンテンツのフィルタリングをやめるという選択です。驚かれますが、Microsoft 365のフィルタリング機能などを使う選択肢もあると思います。教育委員会としての業務負担は増えますが、まずは私たちが汗をかいていこうと思っています。もちろん財政課には、リスクも含めて説明をしています。

今までの“当たり前”を今一度見直すって大事なことですね。でもこれは、山本さんだからできることではないですか?

そう言われることが多いですが、私が赴任してから、課の中に初任の行政職員が入ってきても対応できる手引きマニュアルを作成しています。ナレッジの共有は徹底して課の中で行っています。

環境整備も、学びについても
ほかの自治体の事例を見て、
良いところをまねすればいい

平井 聡一郎
(合同会社未来教育デザイン 代表社員)

継続できる仕組みづくりをしていくことは大事ですね。私は、教育委員会で分からなければ、プロに頼めばよいと思います。専門職の人を雇ったり、アウトソーシングしてコンサルティングしてもらったりと外の力を頼りながら、良いものを整備していくことが大事だと思います。

私は、環境整備でも、学びについても、ほかの自治体の事例を見て、良いところをまねすればいいと思っています。先生同士でネットワークを作って、お互いの良いとこ取りをすべきです。みんなでいい環境をつくり、いい教育を作り上げていくことに向け、まずはNEXT GIGAがひかえています。ぜひ、皆さんと一緒に学校DXを実現していきたいです。そして、学びを変え、学校を変え、子どもたちの未来を変えていきたいと思っています。

(2024年7月掲載)