学習指導要領/教育の情報化

教員に負担なく、教科の一斉指導で生かすポイント 豊田充崇(和歌山大学教育学部教授)

豊田 充崇(和歌山大学教育学部 教授)
和歌山県美里町立中学校教諭を経て、現在和歌山大学教育学部附属教育実践総合センター教授。専門領域は、教育工学、情報教育、教育方法や教師教育など。ICTの効果的な活用を中心に、2005年から「児童生徒1人1台体制」での授業研究や情報モラルの育成などに取り組まれている。現在、フューチャースクール推進事業校の担当委員や情報活用能力調査(文科省)に関する協力者会議等をつとめる。

「学習効果」よりも「負担感」

次のビジョンである「児童生徒1人1台」の情報端末の環境は今後どうなるのか。フューチャースクールの実証実験校等の成果から「児童生徒1人1台」の情報端末整備の検討を進めている自治体も出てきています。すべての児童生徒に1人1台の整備は届かなくとも、学校に40台の情報端末を整備し、使いたいときに普通教室で利用できるような環境は確実に到来すると予想しています。

しかし、これまでに参観・共同研究してきた1人1台体制の授業は、従来の授業と比較して準備・指導面での負荷がかなり大きいといえます。特に、機器トラブルや学習規律の堅持に教員は負担感があり、学習効果が高く、且つ普及・日常化に至る事例は極めて少ない状況です。

1人1台の情報端末は学力向上に寄与するのか?

2005年から約7年間にわたり情報端末を活用した教科指導の実践研究に取り組んできました。子どもたちにさまざまな教科学習用の習熟度別ドリルソフトや学習ソフトが用意されている情報端末を1人1台配付した実践研究では、一定の学力向上の効果は見られたものの、定着する知識に偏りが生じ、総合的には学力が低下する結果となりました。これは、子どもたちが情報端末で自分の興味関心に応じて自由に習熟度別ドリルソフトや学習ソフトに取り組んでしまい、授業に集中できなくなった結果でした。

つまり、情報端末の利用が従来の一斉指導における学習規律を乱し、授業者が統制を取ることをより困難にしていたのです。これらのことから、情報端末は自由進度学習、習熟度別指導、家庭学習など、個別学習での活用で一定の効果が見込まれるものの、通常の「一斉授業」における活用効果は薄いと考えています。

もちろん個別学習であっても、学習意欲の保持のために、対面で褒める・励ますための声かけも必要ですし、例えば漢字学習では、実際に紙に書かせて確かめるなどの指導を組み合わせなければ期待した効果は得られません。情報端末の画面上だけで子どもの学びが完結することはないでしょう。

ただ、単純にペーパーテストでの得点・成績を伸ばすことだけを考えるならば、情報端末の活用よりも、まずは従来型スタイルの授業での提示資料・掲示物・授業展開の工夫、個別指導の徹底など、それ以前に改善するべきところをまず埋めていく必要があるといえるでしょう。情報端末への期待の主軸はそこではないと思います。

思考を促す動画クリップの活用

「映像クリップ」を活用した授業のモデル図では、「一斉授業」ではどのように情報端末を利用できるのか。情報端末での映像教材の活用がポイントと考えています。動画クリップに「思考を促す工夫」をすることで、教員が一斉指導の中で負担を感じることなく、子どもが好奇心を持ち、家庭で自ら考え、学び、学校を「自分の考えを相互評価や工夫・改善、練り上げる場」にできると考えています。

和歌山県のある学校では、情報端末と動画クリップを利用して、子どもたちが「思考」し「課題意識を持った調べ活動」ができるような学習活動を、家庭との「協同学習」で取り組みました。

授業は6年社会の近代の歴史の単元。予め教員が児童生徒1人1台の情報端末に複数の歴史に関する動画クリップを保存しておき、「何の映像なのかを考えてみよう」と子どもたちに考えさせました。動画クリップは思考を促すために、あえて音声やキャプションは一切含まれていないものにしました。子どもたちに、正体不明の動画について既存の知識や資料集、インターネット検索で調べさせ、授業内では答え合わせを行わず、そのまま宿題として情報端末とともに自宅に持ち帰らせました。そして、家でじっくりと考え、両親や祖父母にその動画について聞き取り調査を行うことを宿題にしました。翌日の授業では、その結果を学級、グループ全体で話し合いましたが、子どもたちは早く調べたことを発表したくてたまらない様子で、活発な意見交換が行われました。

結果、この授業を受けた子どもたちは例年以上に近代の歴史への興味が強くなり、自主的に他のクリップを参照して学習したり、他教科の学習活動にも発展しました。この実践は、情報端末の活用が教員の負担にならず、そして指導の主導権はあくまで教員が握るという、教科の一斉指導の中で効果的に情報端末を活用した一例だと考えています。

情報端末は文房具の一つに

このような事例から今後、情報端末は、現在、図工・音楽・書道のための絵具セット、楽器類、毛筆セット等を各自購入して持参するのと同様に、文具という感覚で導入されるべきと考えています。すでに高等学校では、2、3万円の電子辞書を購入して授業で活用する生徒が多くなってきています。アジアの先進地域では、「文具としてのコンピュータ持参」が必須となっているところもあります。

家庭から文具として持参するといった体制がうまくいけば、家庭の教育力を授業で生かし、保護者を巻き込んでの情報モラル教育にもつながる可能性もあります。情報端末の効果的な学習利用は学校で、情報モラル指導は家庭内でといった、役割分担もより明確にできるようになるのではないでしょうか。

情報化に対応した教員養成が急務

「教育の情報化」が遅れているという懸念が表出していますが、その責任の一旦は、教員養成課程にもあるはずです。現行の教員養成カリキュラムでは、「情報化に対応できる教員の育成」は不可能だと思います。教科指導にツールとしてICT(電子黒板を含めて)をどのように活用するのかといった教職系科目や、児童生徒の「情報活用能力」(情報モラルの育成を含む)を授業実践レベルで実現できるような学習機会がありません。ましてや、今後の児童生徒1人1台体制のような授業に対応できるような教員を養成するということはまず考えられません。

和歌山大学に設けられた、学生たちの各種ICT機器を活用した教科指導の実践力量を向上させるための教室それどころか、現状の教員養成では、学生自らが受けてきた授業を再生産するのが精一杯の状況です。その後、教育現場に一度出てしまえば、ICTの効果的な活用場面やそのための授業設計等にじっくりと割ける余力はありません。

そういった点で、教員養成段階でこそ、若い力で情報機器の活用スキルを向上させ、情報化に対応した授業実践力を習得しておくことが必要だと思います。和歌山大学教育学部附属教育実践総合センターでは、デジタル教科書をはじめ、各種のICT機器を活用した教科指導の実践的力量を向上させるために「普通教室におけるICT活用環境」を学内に再現しています。各種ICT機器の活用スキルの向上だけでなく、教材設計からデジタル教材の活用方法までを実践的に学ばせ、情報化に対応した教員の養成をめざしています。

教育に特化したSNSで情報モラル指導を

「きっずコミュねっと」の画面児童1人1台体制が進むと、それに対応した情報モラル指導が必要になると考えています。教育に特化し、子どもたちが情報端末を起動したら、すぐにアクセスできる「ポータルサイト」が必要になると考え、SNSサイト「きっずコミュねっと」を研究開発し、2011年から5校の研究協力校と運用を始めています。

子どもたちは閉じられた安全なネットワークの中で実際のSNSサイトのように写真や実名を載せてコミュニケーションを取り、知らない人とのかかわり方を実践的に学ぶ場として利用されています。この場では、「このコメントは相手に伝わるのだろうか」と自分のたちのコメント1つひとつが情報モラル指導の性質を持ちます。画面の先には、他校の子どもがいるので、行き違いやトラブルが発生することもありますが、それらも指導の機会と捉えて先生方とともに実践を進めています。

子どもたちが安全かつ学習目的を持ち、インターネット上で協同的に学べる場をめざし、今後も研究に取り組んでいきます。

(2012年8月掲載)