学習指導要領 / 教育の情報化

Opinion GIGAスクール構想を次のステップへ 社会の変化に合わせ、変わり続ける学校へ

1人1台端末の本格的な運用開始から3年目となり、GIGAスクール構想の第2期に向けた議論も始まっています。GIGAスクール構想を次のステップに進めるために必要なこととは―。これからのICT活用のあり方や学校教育のめざす方向性について平井 聡一郎 氏にお話しいただきました。

平井 聡一郎
合同会社未来教育デザイン 代表社員

茨城県の公立小・中学校で教諭・教頭、校長として勤務。その間、総和町・古河市・茨城県教育委員会を経て、株式会社情報通信総合研究所の特別研究員。2022年より現職。文部科学省 ICT活用教育アドバイザー。総務省 地域情報化アドバイザー。経済産業省産業構造審議会 臨時委員。

「80年働く」これからの子どもたちに必要な力とは

GIGAスクール構想によって、全国の小中学校に1人1台のタブレット端末が整備され、運用が進んでいます。そのなかで、さまざまな課題も出てきました。ここでは学校現場の未来を見据えた上で「今何をすべきか」ということを考えていきたいと思います。

そして現在、教育改革を進めようとしていますが、そもそもなぜ改革が必要なのでしょうか。それらを考えるためにまずは、これからの社会がどうなるのかという未来予想図についてお伝えします。

今の子どもたちが社会で活躍する2040年ごろは、「Society 5.0」といわれる超スマート社会、つまり予測のつきにくい世界です。グローバル化や人口減少もさらに進むといわれています。特に「人生100年時代」という言葉に注目してみましょう。現在の中学3年生の世代は、クラスの半分が107歳まで生きるといわれています。こうした世界のなかでまず考えなければならないのが、仕事です。

子どもたちは、現行の65歳で定年退職する働き方を変えなければならないでしょう。生涯現役だとしたら、65歳で引退した後、40年以上も働かなければなりません。今の子どもたちは最低でも60年、長い人は80年働くことになるのです。学校で学んだ知識はどこまで使えるのでしょうか。やはり学び直しは欠かせないと思います。

つまりこれからの子どもたちは、80年働くことを念頭に置きながら、常に自分自身をアップデートする力を身に付け、人生を歩んでいくことが必要になります。子どもたちがそういった力を身に付けるために、学校教育の現場はどのような環境を提供できるのか、考えなければなりません。

「問題発見力」を身に付けさせる授業へ

経済産業省は2022年に「未来人材ビジョン」を公表し、社会で働くために必要な能力などを示しました図1。企業は、2015年までは「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」という真面目にコツコツ働ける人材を求めていました。しかし、2050年に向けて最も求めている力が「問題発見力」です。問題を解決するのではなく、そもそも何が問題なのかを見極める力が求められているのは注目すべきことです。そのほかにも、「的確な予測」や、新たなモノ、サービス、方法等を作り出す「革新性」などが上位になっています。これらの力は従来の知識伝達型の授業では、身に付けることは難しいでしょう。

図1 仕事で求められる能力の変化について
[出典]経済産業省「未来人材ビジョン」
(https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531001/20220531001-1.pdf)

ですから、現在の学習指導要領は「主体的・対話的で深い学び」というアクティブラーニングの視点での授業改革に取り組み、探究型の学習に取り組むことを示しています。つまり授業を変える必要があるのです。そのためにGIGAスクール構想によって、個別最適な学びを支えるツールとして1人1台端末を日本中等しく整えたわけです。

スポーツの世界ならば競技のルールが変われば、そのルールに合わせた戦い方を考えます。学校も社会で求められるスキルが変わったのならば、それを身に付けられる授業を考えなければなりません。

冒頭に、これからは予測のつきにくい世界になるとお伝えしました。社会は大きく変化していきます。例えば、2022年に対話型AIの「ChatGPT」が登場しました。これから「ChatGPT」はますます進化していくでしょう。日々進化していくツールに対応していくために学校はどうすべきなのか、あらためて考えるべきところに私たちは立っています。やはり、今の学校は変わらなければならないと思います。

本当の不易とは「教育は社会の変化に合わせて変わり続ける」こと

教育の世界では、よく「不易」と「流行」という言葉が使われますが、この言葉の解釈について考えてみましょう。

長年行われてきた教師が分かりやすく教える授業こそ、良い授業であり、不易だと思われる方がいるかもしれません。しかし、そういった形の授業は実は数十年ほどの歴史しかありません。高度経済成長期、教室にたくさんの子どもがいたころに効果的、効率的に教えるための工夫から生まれた考えだったのです。

では、それ以前はどういった教育があったのでしょうか。例えば子どもの個性を尊重し自律と共生を学ぶ「イエナプラン」や、1人ひとりに個別化した教育を行う「ドルトンプラン」、子どもが自ら、学習の目標設定や計画策定、実行、評価を行う「プロジェクト・メソッド」などが挙げられます。今、注目されているこれらの教育手法は、100年以上前から提唱されているものなのです。

これまで教え込む授業をやってきたから、それが良いものだと考えることは、私は「見せかけの不易」だと思います。教育は社会の変化に合わせて変わり続ける。これこそが本当の「不易」なのです。

コロナ禍での変化を元に戻すか否か

社会の変化として、新型コロナウイルス感染症も挙げられます。コロナ禍で行動が制限されるなかで、1人1台端末が整備され、学校現場は大きく揺さぶられました。多くの教師が「学びとは何か」「学校とは何か」と問い直し、マスクの着用をはじめ、行事の制限、1人1台端末の活用など、たくさんの工夫をしてきました。

現在は「脱コロナ」で、さまざまな対応が組織や個人の判断に委ねられています。私が心配しているのは、せっかく学校のあるべき姿を考え、現場で話し合って重ねた工夫が、すべてコロナ禍以前に戻ってしまうことです。変化したものを元に戻そうとする思考を教育研究家の妹尾 昌俊氏は「形状記憶マインド」とおっしゃっていました。果たしてこの変化を形状記憶で元に戻してしまってよいのでしょうか。

置き換えから応用へICT活用の“壁”を越える

それについては、今の学校の立ち位置を確認するとともに、これからの学校教育がめざす姿をしっかりと見据える必要があります。そのために、まずは新学習指導要領に立ち返ってほしいと思います。そしてあらためて「GIGAスクール構想はなぜ始まったのか」と問うことも、これからの学校教育を考える上で大切です。

では現在の立ち位置について、2022年度の全国学力・学習状況調査の質問紙調査の結果から考えてみましょう。1人1台端末を授業で活用している学校は、「ほぼ毎日」「週3回」が約8割(全国平均)でした。端末活用において「まず使う、とにかく使う」という段階は不可欠です。ほとんどの学校はこの段階をクリアしています。

それでは、その次のICT活用の段階について「SAMRモデル」を用いて考えていきます図2。SAMRモデルには、「代替」「拡張」「変容」「再定義」の4つの段階があります。私はそれぞれの段階を英検(実用英語技能検定)に例え、それぞれの段階を1~4級に当てはめてお話ししようと思います。図2では、2級と3級の間に境目が作られています。これは英検と同様に2級から急に難易度が高まるからです。調査結果をSAMRモデルに当てはめて考えてみます。子どもたちが自分で調べる場面でICTを使用している学校は、「ほぼ毎日」「週3回以上」が約6割。これは書籍など何かの「代替」なので、SAMRモデルでいうと4級です。

図2 ICTの活用段階を示した「SAMRモデル」
[出典]Ruben R. Puentedura(2010)SAMR and TPCK:Intro to Advanced Practice
※日本語は平井追記
(http://hippasus.com/resources/sweden2010/SAMR_TPCK_IntroToAdvancedPractice.pdf)

次は自分の考えをまとめ、発表・表現する場面でICTを使用する段階です。自分の考えを表に出すために、授業支援のアプリや「Microsoft PowerPoint」などを活用することがあるでしょう。これは単なる置き換えではないので「拡張」です。ですから3級です。「ほぼ毎日」「週3回以上」使用している学校は4割以下でした。

さらに次のステップにいきます。子ども同士がやりとりする場面でのICT活用について、「ほぼ毎日」「週3回以上」は3割未満、そしてこの段階から「月1回未満」という回答も増加しました。これまでの教師主導の授業は、子どもと教師の学びのラインは縦でした。子どもたち同士のやりとりは横のラインです。これからは、縦と横のラインが交差することで、新しい授業の姿になっていくのではないでしょうか。この「つながる」ということがまさしく「変容」です。ですので、この活用段階は2級です。

質問紙調査から多くの学校が3級で止まっていることが分かりました。これから教育改革を進めていくためには、この3級と2級の壁を乗り越えることが重要です。

学校DX。学校と家庭での学びをリンクさせる

そしてさらにその上の活用段階をみていきましょう。1人1台端末を家庭で利用している学校は、「毎日持ち帰って、毎日利用」「毎日持ち帰って、時々利用」が2割強でした図3。グラフの凸凹が激しいのはつまり、地域差があるということです。これを何とかしなければなりません。

図3
[出典]文部科学省「1人1台端末の利活用促進に向けた取組について(通知)」
(https://www.mext.go.jp/content/20221125-mxt_jogai02-000003278_001.pdf)

私は1人1台の持ち帰りは学校DX(デジタルトランスフォーメーション)につながるものだと考えています。学校でなければできない学びと学校外で取り組んだ方が効果的な学びがあります。例えばレポート作成は家庭の方がじっくり取り組めますし、学習動画の閲覧も家庭ならば理解できるまで何回も見直すことができます。そして、その動画を見てきたことを前提に、学校で子ども同士で話し合うという学びにつなげることも可能です。家庭での学びと学校での学びがリンクして立体的な授業デザインができるのです。これが学校DXの姿の一例ではないかと考え、この段階まで到達してほしいと思っています。

大事なことは「やめる勇気」と
「チャレンジする度胸」です

「こうあるべき」という思考・習慣を見つめ直し、無駄をなくす

「今までやっていたからやる」ではなく一度ゼロにして、あらためてやるべきことを絞っていく。教師の皆さんには、これまでの思考や習慣をフラットにする「Unlearn(アンラーン)」の考え方を取り入れてほしいです。「授業はこうあるべき」「行事はこうあるべき」といった考えを一度なくし、フラットな状態で見つめ直してほしいと思います。

先ほど、コロナ禍での学校の変化をすべて元に戻してよいのでしょうか、と問いました。形状記憶マインドですべてをコロナ禍前に戻すのではなく、「Unlearn」で無駄をなくし、ここまで述べてきた、これからめざすべき学校教育の姿に向けて取り組んでほしいと思っています。

まずはやってみてください。やってみて難しいと思えばやめればいいのです。大事なことは「やめる勇気」と「チャレンジする度胸」です。

(2023年8月掲載)