「令和の日本型学校教育」で求められる
ファシリテーターとしての教員の在り方
「令和の日本型学校教育」では2020年代を通じて実現すべき教育の姿として、「個別最適な学び」が示されました。「個別最適な学び」は、指導の個別化と学習の個性化、そして学習履歴(スタディ・ログ)がその留意点と考えます。ここで求められているのは「学習者本位」の発想であり、その実現にはテクノロジー(ICTを含む)の活用が不可欠となります。さらに学習者本位の視点を重視しながら新学習指導要領の着実な実施に取り組むためには、どうしても教員の在り方そのものに対しての問い直しを、意識して進める必要があるように思います。
以下に、筆者が関わった東大阪市立日新高等学校のGIGAスクール構想に向けた公開授業(2021年11月5日実施)までの実践の中から見出した「学習者本位」の留意点について述べます。またその過程で通奏低音として検討したファシリテーターとしての教員の在り方についても考えます。
今田 晃一
大阪樟蔭女子大学 教授
一回限りの一斉一律授業からの脱却
2020年度からGIGAスクール構想の取組みを始めた東大阪市立日新高等学校(日比野功校長)では、全校で「定期テスト用最重要動画(約5分)」の作成と配信を実践しました。教員もちょうどGoogle Workspace for Educationの機能に慣れるための時期であり、できることを教え合い高め合っていく最初の一歩としての意義は大きかったようです。動画のスタイルは、教室での録画、ZoomやPowerPointの録画機能など様々ですが、繰り返し視聴を前提にすることで先生方は説明力や授業構成力の向上が実感できたとのことで、生徒たちにも大変好評でした。
ただ最も大きな成果は、当たり前のように一回限りの一斉一律授業ですべてを理解することを求めていた従来の授業に対しての先生方の反省です。いかにこれまでの授業が教員側の都合で行われていたかを考え直すきっかけになったと。一度の授業でわからなかった生徒、不登校、欠席者に対して、ほとんど何のサポートもできていなかったことへの猛省を促しました。このもどかしさは教員共通の悩みでしたが、GIGAスクール構想の環境整備によってその課題が少しずつ実現可能となってきたのです。大学ではすでに欠席者用の動画配信(オンデマンド型)が一般的なものとなってきており、時間的・空間的な制約を超えた授業動画配信は、学修者本位の第一歩として大切な取組みです。また多様な学生への配慮方法も日々検討、改善されています。
教えるより振り返らせることをより大切にする
学習履歴(スタディ・ログ)の活用
中高等学校では、各教科の先生がそれぞれ生徒の膨大な情報(毎時間のふりかえりシートや提出物等)をもっています。ただ、これらの学習指導上、生徒指導上の有益な個々の生徒情報がまだまだ有意義に連携、活用されていないのが現状です。これらをデータの「消化不足」といいます。気になる生徒の全教科の提出物やふりかえりシートがボタン一つで収集できればどれだけ素晴らしいことでしょうか。そしてこのような機能も、テクノロジーの発展によって徐々に可能となってきています。各種ある学習支援システムの進化も、今後大いに期待できますが、今できることから準備したいものです。またこの学習履歴の活用は、教員だけでなく学習者自身にとっても学びを振り返る情報として重要です。
同校物理科の公開授業では、実験に入る前に生徒自身がこれまで立ててきた実験の仮説を振り返るという場を設定しました。仮説はR80の形式(開発者:中島博司先生、元茨城県立並木中等教育学校校長)で書かれており、2段落・接続詞を踏襲しており、このふりかえりシートそのものが論理的な文章の練習にもなっています。実験に臨むまでのストーリーが生徒の中で着実に積み上がり、それを一覧できることがポイントです
。また今回のように今までのふりかえりシートを一覧で検討する場合は、手書きのものよりワープロで作成された文章の方が生徒には良いようです。
この授業は、ある程度答えが決まっている物理の授業ですが、正解に誘導するのではなく教員は伴走者のように学習者に寄り添いながら授業が進められている点が、授業後の協議会でも評価されました。そのためのふりかえりシートの活用が絶妙で、そのセンスが生徒たちの信頼を得ていました。ファシリテーターの定義は色々ありますが、教えるより振り返らせることをより大切にする、という点でも提案性のある授業でした。
あらゆる場面を、「その子の成長の機会にしたい」
という姿勢や志が重要
ファシリテーターとしての教員の在り方
以上のように公開授業に向けて同校校長の日比野功先生のリーダーシップによって、学習者本位の授業改善が進められてきました。ただ、公開授業では、Google Workspace for Education、Chromebookの活用方法を披露することだけが目的ではありません。GIGAスクール構想を通して、今後求められる教員の在り方、ファシリテーターとしての教員とは、について議論を始めることがより上位の大きな目的のひとつです。
学習指導要領は、約10年に1回の割合で改訂され、その際、広く経済界や産業界からの意見も取り入れながら作業は進められます。学習指導要領は、主に教える内容(今回は方法も含む)が記載されていますが、その着実な実施には教員の在り方もその都度アップデートすることが求められている、というのが日比野校長の持論です。「新しい学習指導要領の趣旨をないがしろにするということは、社会を敵にまわしているようなものなので、うまくいくはずがない」と過激です。筆者も校長室を訪問するたびに、ファシリテーターとしての教員の在り方について先生方と議論を重ねてきました。同校の先生方との協議や雑談を通して、現時点におけるファシリテーターとしての教員の在り方をまとめたものを下図に示します
。筆者は、ファシリテーターの在り方については10年以上前から環境問題のワークショップなどにも参加しながら、その手法等について学んできました。ただ、そのような市民活動に参加する人たちは、問題に対する意識が高くそれを表出する技能にも長けています。児童生徒の主体性を引き出すためには、ある程度のリーダーシップは不可欠ですし、その方が生徒たちにも安心感を与えるようです。そこで見出された具体的な教員像が、「中学校の優れた部活動の顧問の先生」という着想自体が興味深いです。知識を伝達するための授業スキルだけでなく、児童生徒と接するあらゆる場面を、「その子の成長の機会にしたい」というように姿勢や志に言及していることが、ベテラン教員らしい発想です。
埼玉県春日部市立武里西小学校
これは筆者のオンラインでの外部講師としての特別授業ですが、授業者(埼玉県春日部市武里西小学校教諭)にとってはGIGAスクール構想環境(1人1台端末、クラウド活用)におけるファシリテーターとしての教員の在り方を模索した提案授業となります。
授業内容は、ネットいじめ防止をテーマとしたものです。タブレット端末へ自身の意見を書き込んだ後、グループで討議します。途中、Mentimeterの機能を駆使し、グラフィックな表示結果を共有するなど、教員研修を意識して様々なスキルなども披露しますが、参観の先生方に最も見てほしい点は、外部講師(筆者)と授業者、そして学習者との関係です。授業者は、学習者と一緒に外部講師の授業を受けているという姿勢です。
もちろん授業者は要所要所で指示を出しますが、外部講師の発問に対するつっこみやつぶやき等は学習者と同じ目線で、思考をゆさぶるように適宜発問を行います。教室の中に授業者と学習者以外の他者がリモートで参加することで、いつもの先生と児童生徒という緊張感がやわらぎます。この独特の雰囲気は、異空間となり、先生と児童生徒は同士のような感じになります。前もって授業の打合せは十分行いますが、外部講師からの発問に関しては事前に知らせず、「先生も一緒に考えてみて下さい」の一言で緊張感は一気に高まります。ネット関連の内容に関する発問では、先生より子どもたちの方が長けている、慣れている場合が多いので、先生も同じ目線で一緒に考えるという必然性はより高まります。
また外部講師の不手際やうまく授業が展開しない場合などは、授業者はみんなで外部講師を応援しよう、授業を高めよう、というようなやさしい気持ちで盛り上げてくれます。日頃の授業では、ファシリテーターとしての教員の在り方はなかなか見えてこないものですが、このようなリモートによる外部講師の特別授業などを通して、先生方は少しずつ自分なりのファシリテーターとしてのスタイルを模索するきっかけになると考えます。
まとめ人生100年時代の学びの作法
以上のように、「令和の日本型学校教育」で求められるファシリテーターとしての教員の在り方について考えてきましたが、そもそもなぜGIGAスクール構想が提案されたのでしょうか。GIGAスクール構想は、「Global and Innovation Gateway for All」の略で、グローバルで革新的な世界への入り口をすべての児童生徒に、というような意味です。そしてその世界というのは、決してバラ色の楽観的なものではなく、競争も国際的で激しく厳しい世界であることは容易に想像がつきます。
AI時代とは、人工知能にできないことを身に付けていかなければならない社会とも言えます。人生100年時代、あらゆる職種で最新の情報を学び続けることが求められる社会が到来します。そのためには、すきま時間にネットで学ぶ、動画で学ぶという自律的な新しい学びのスタイルも身に付ける必要性があり、そのためのGIGAスクール構想であると再認識したいものです。児童生徒が将来、書物だけでなく、ネットで、動画で、一生学び続けるための自身の自律的な学習スタイルを身に付けるための大切な時期に我々は携わっているのだと。
また、GIGAスクール構想においても動画は今まで以上に重要な教育メディアとなり、その量と質の向上にともなって、授業の中で活用される場面も増えていくことでしょう。すると、従来の指導言(説明・発問・指示)の在り方も自ずと変化していくことが求められます。筆者は、指導言の中でも特に「説明」に関する検討がさらに必要になってくると考えます
。発問に比べて説明は、教員が自己流で何となくこなしていたのではないでしょうか。ただ、動画を提示するにしても、どこをどのような視点で視聴すべきかなど、動画視聴の前後も含めて、改めて教員の説明力について吟味することになりそうです。さらに、主体的に学習に取り組む態度を喚起するためには、この授業、この課題に取り組むことで、学習者にはどのような力がついて、将来的にどのような良いことにつながるのかまで、導入の段階できちんと説明することも今まで以上に大切になっていくことでしょう。ここではリーダーとしての教員からの強いメッセージを込めて。
これを機会に、「令和の日本型学校教育」を文字通り、不易と流行の双方より教員の在り方を見直すスタート地点としたいです。ただ、あくまでも学習者本位、児童生徒が主体的に、自律的に学ぶようになるアクティブ・ラーナーを育てることが最上位の目標です。これからテクノロジーがさらに進化して、多くの重要な単元については、全国水準のよくわかる模範的な授業動画が配信される時代が到来することでしょう(EdTech)。その時でさえ、やはり児童生徒の「分からない」という意識を大切にする。そこから問題解決への意欲を喚起し、主体的で自身をコントロールできる「自律型人間」の育成を目指したいです。
よく「転勤は教員にとって最大の研修である」と言われます。環境が変わるなかで、いかに自己否定も含めて教員自身が良い方に変わっていけるか。ICTの進化とともに、これからの自身の教員としてのスタイルも、楽しみながらアップデートできたら素敵ですね。
(2022年2月掲載)