学習指導要領 / 教育の情報化

新しい情報科の実施とこれからの教育

文部科学省の教科調査官として高等学校の新学習指導要領の改訂に携わり、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」教員研修用教材をまとめるなど、長年にわたり情報教育の施策に携わってこられた鹿野 利春 京都精華大学 教授に、2022年度よりスタートする「新しい情報科」の解説と「これからの教育」についての考察をご寄稿いただきました。

鹿野 利春

京都精華大学メディア表現学部 教授

はじめに

私事になるが、2021年3月に国立教育政策研究所 / 文部科学省を退官して、4月に京都精華大学メディア表現学部教授に就任した。2022年4月から「情報Ⅰ」が始まるという段階で驚かれた方もいるかもしれないが、本稿は新しい情報科とこれからの教育について、準備すべきことと私の期待をお伝えするものである。

情報科と入試

これからのタイムテーブルを図1に示す。これは、「情報」入試が実施され、多くの大学で入試科目として採用されるという想定で作成したものである。

図1これからのタイムテーブル(現時点で想定されるもの)

2021年は、「情報Ⅰ」の実施前年であるから、1年間の授業を俯瞰して教科書を選定するとともに、授業に必要な備品や消耗品の購入計画を立てる必要がある。その際、どのような授業を想定すればよいかは悩むところであろう。

「情報」の入試が実施されるかどうか分からないという段階では、実施されるものとして準備を進めることが生徒の利益にかなったものになるのではないだろうか。後から対応するより、先を見越して準備しておく方が合理的である。生徒や保護者から見ると、その対応がしっかりできているかどうかが、学校選びの一つの視点となる可能性もある。

その際、1年で「情報Ⅰ」を実施すると受験までに時間が空くために不利であるといった考え方をよく耳にする。私は、学校全体のカリキュラムを考えたときに、「情報Ⅰ」で身に付けた資質・能力を他教科や「総合的な探究」等で生かしていくということで、2年生で「情報Ⅰ」の資質・能力をさらに伸ばしていくことが可能ではないかと考えている。

例えば、「問題の発見・解決」は、まさに「総合的な探究」等の中心にあるもので、「データの扱い」は、「総合的な探究」等を客観的事実に沿ったものにしていくことに効果を発揮する。「情報デザイン」は、全体の概要を見通しよくするとともに、論理的な構成もすっきりさせることに役立つだろう。また、成果発表の形は、ポスターやプレゼンテーションだけではない。アプリケーションやWebサービスなどを用いたインタラクティブな表現もこれからの世の中には必要である。

さらに、「情報Ⅱ」を学ぶことによって、より詳細な分析や、コンテンツの作成、情報システムの作成が可能になる。これらは、「情報Ⅰ」の学習内容を深めるとともに、「総合的な探究」や他教科の学びにも良い効果を発揮するだろう。「情報Ⅱ」は大学入試センターの扱う入試の内容には入っていないが、大学が個別に出題する試験に含まれる可能性は十分にある。

今教えている科目を「情報Ⅰ」につなぐ

「情報Ⅰ」を教えるためには、現在の「社会と情報」および「情報の科学」と「情報Ⅰ」の内容の違いに着目するとよい。次にその違いを示す。

「情報Ⅰ」は、「社会と情報」および「情報の科学」の流れを基本的には引き継ぐ科目である。「情報Ⅰ」を教えるためには、現在教えている科目の内容を深めることが一番の準備になる。図2は、そのことを示したものである。

図2「情報Ⅰ」で何が変わったか

現在「社会と情報」を教えている方は、コンピュータの仕組みについての知識を、「情報の科学」を教えている方は、コミュニケーションについての知識を補うようにするとよい。その上で、「情報Ⅰ」で新しい内容を多く含む「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」について研修していただくとよいだろう。「情報Ⅰ」の構造は、図3のように「問題の発見・解決」を目標に、これら3つのツールを使いこなすようなイメージである。

図3「情報Ⅰ」の構造

中学校までの学びを知る

実は、ここでツールとして扱っている3つの事項については、図4に示すように生徒は小学校から発達段階に応じて学習を深めている。新学習指導要領において、そのような学習の積み上げが可能になったことによって、「情報Ⅰ」および「情報Ⅱ」の実施が可能になったといえるだろう。「情報Ⅰ」を教えるためには、このような学びの積み上げがあることと、その内容について知る必要がある。その概要を図4に示す。

図4小学校からの学習の積み上げ

情報科は、特に中学校の技術・家庭科技術分野との関連が深いので、中学校で生徒が何を学んでいるかについて、学習指導要領を読んだり、中学校の教科書を調べたりして把握しておく必要がある。可能であれば、中学校と高等学校が連携することで、お互いの授業を見合うような関係を構築することが望ましい。また、小学校で行われているプログラミング教育についても把握しておくと、より良く生徒を理解することができる。

ただし、図4の内容は地域によって差があることも考えられる。高等学校は複数の中学校から生徒が集まってくることが多いので、実際に授業を行う際は、事前にアンケートをするなどして生徒の状況を把握する必要がある。

中学校までに学習する統計を
生徒が適切に活用できるよう指導する必要がある。

「情報Ⅰ」の研修で深めるべきこと

「(1)情報社会の問題解決」では、基本的な問題の発見・解決のサイクルは、従来と変わらない。「情報Ⅰ」では、図5のように要所となるステップで統計を活用した思考・判断・表現を行うことが加わった。このとき、中学校までに身に付けた統計を活用する。

図5問題の発見・解決のサイクル

従って、「情報Ⅰ」を教える際は、中学校までに学習する統計を生徒が問題の発見・解決に際して適切に活用できるよう指導する必要がある。また、変化の激しい時代を生き抜くためには、法規・制度、情報セキュリティ、情報モラルなどについては、現在あるものを理解するだけではなく、その意義を知って適切に対応する力を育てることが必要である。情報技術が果たす役割と影響についても同様であるが、こちらの方は対応を考察し提案する力が求められる。これらを踏まえて、小さいながらも問題の発見・解決のサイクルを体験し、情報や情報技術の必要性を実感することで、(2)以降の項目を学ぶ意欲を養うことも、「(1)情報社会の問題解決」 の目標として大切なことである。

「(2)コミュニケーションと情報デザイン」では、コミュニケーションとメディアを科学的に理解すること、表現、機能、論理といった情報デザインの3つの側面を理解することが大切である。コミュニケーションについては、図6のように「情報Ⅰ」の教員研修用教材に示している。

図6コミュニケーションの説明

コミュニケーションは、送り手と受け手が同じ文脈を持ち、共通の記号体系で情報をやりとりするときにしか成り立たない。しかも、伝達の途中で雑音が入り込むことが多く、これを取り除く方法も工夫する必要がある。このような当たり前のことも、一度整理して理解しておく必要がある。

情報デザインの範囲は、Webページやポスターなどの表現だけでなく、文章構造やアルゴリズムといった論理、インタフェースなどの機能も含まれる。その本質は、情報の抽象化、可視化、構造化であり、突き詰めれば「物事を整理して伝えること」といえるだろう。これは理解しただけでは活用することは難しいので、実際に手を動かしてやってみる必要がある。

「(3)コンピュータとプログラミング」は、中学校の技術・家庭科技術分野との関連が深いので、その内容を把握しておく必要がある。高校では、コンピュータの仕組みや特徴をより深め、コンピュータの内部表現や誤差といったところまで踏み込む。また、アルゴリズムも並べ替えや探索といった、より高度なものを扱うとともに、プログラミングは関数の使用による構造化も扱う。

なお、ネットワークを用いたプログラミングは中学校で学習しているので、この項目では、その応用を扱うことも考えられ、計測・制御についても同様のことがいえる。その際、授業を進める上で必要な備品や消耗品があれば、2021年度中に予算化しておく必要がある。

「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」について、情報通信ネットワークは中学校の技術・家庭科技術分野との関連が深く、データの活用は高等学校の「数学Ⅰ」との連携を学習指導要領に明記している。関連する分野については、あらかじめ理解しておく必要がある。

例えば、情報通信ネットワークについては、情報セキュリティを確保した小規模なネットワークを設計する程度が求められ、データの暗号化を含む無線LANの情報セキュリティなどについても理解が必要である。また、データの活用では、「数学Ⅰ」の内容に加えて、実際にデータを扱う際に必要になることとして、尺度水準の違い、整理されていないデータや欠損値の扱い、データの可視化および単回帰などの現象のモデル化と予測などについても扱う。

「情報Ⅱ」の研修で留意すること

「情報Ⅱ」の研修を行う前に、「情報Ⅰ」の内容について理解しておくことが大切である。その上で、「情報Ⅱ」が「情報Ⅰ」より発展している部分について集中して研修を行うようにするとよい。

例えば、プログラミングの対象は情報システムになっている。従って、情報システムを構想・企画し、機能単位に分割し、設計、作成、統合、評価・改善することが必要であり、プロジェクト全体をマネジメントする手法も欠かせない。データについても「数学B」と連携して統計的な推測などを扱うとともに、重回帰分析、分類、クラスタリングなどを通じた可視化、現象のモデル化と予測およびモデルの評価などが入ってくる。また、多様かつ大量のデータを扱うために、データの信頼性に留意するとともに、データを扱うプログラミングにも触れることになっている。さらに機械学習についても、その基礎的な部分について実際に試してみることも内容に含まれている。

なお、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の内容をさらに深めるために、専門教科情報科の各科目を選択できるようにすることや、情報の専門学科を設置することも考えられる。その際は、より高度な教員研修を準備する必要がある。

GIGAスクール構想で実現する学び

図7活用イメージ

GIGAスクール構想で、小中学校は1人1台の情報端末が実現し、高等学校でも同様の整備が進んでいる。図7は情報科における1人1台端末の活用のイメージを示したものである。情報端末は、クラウドを利用するためのものであり、ネットワーク上で展開される意見交換や協働作業が学びの本質である。これは、「総合的な探究」を含むすべての教科・科目等で共通するところではないかと思う。

1人1台の情報端末の整備はスタートであり、このような学びの形をめざして授業改善を継続する必要がある。外部人材等については、文部科学省から「情報関係人材の活用促進に向けた指導モデル及び研修カリキュラムの手引き」を出しているので、情報技能に係る高い専門性を有した外部人材の活用も検討していただきたい。

コンピュータ教室の新しい役割

GIGAスクール構想で生徒1人1台の情報端末が準備された場合、図7に示すような用途で生徒がコンピュータ教室に行く必要はなくなる。コンピュータ教室の設備は1人1台の情報端末の機能や性能を補完し、生徒の発想力や創造性が1人1台の情報端末に制限されないようにするために必要となる。

例えば、多様で大量のデータを扱い可視化する際には、大きな画面で十分な演算能力を持った情報端末が必要であるし、動画の編集には相当程度の性能を持ったコンピュータが必要である。これらは、情報科だけでなく、総合的な探究を含む他教科等の学習においても必要なものであるが、情報科においては、学習指導要領に記載された情報デザインやデータの扱いに関する事項を実施するために不可欠なものである。

教員が学び続けること、その姿を生徒に示すことが、
これからの教員の役割ではないだろうか。

これからの教員の役割

教員の役割は、昔も今も変わらない。それは、生徒の人格の完成をめざすことと、可能性を十全に発揮させることである。図7に示すような活用が現実のものとなった際、教員は、1人ひとりの生徒の能力に応じた教育の個別化と、協働的な学習を通じた人格の陶冶をより高いレベルで実現できる可能性がある。

そのためには、GIGAスクール構想で実現された学びの本質を知ることと、コンピュータ教室の新しい役割を認識し、各教科のカリキュラム・マネジメントを進めるとともに、授業設計に磨きをかける必要がある。このように教員が学び続けること、その姿を生徒に示すことが、これからの教員の役割ではないだろうか。

(2021年8月掲載)