学習指導要領 / 教育の情報化

ICTの活用で一変する新時代の教育

今、日本では教育改革の目玉と言われる「GIGAスクール構想」が進行中です。この構想は全国の小学校・中学校の児童・生徒に「1人一台」のコンピュータ端末を持たせ、子どもの個々の資質・能力をより確実に育成できるようにICT(情報通信技術)環境を整備するというもの。これまで積み重ねてきた日本の教育実践と最先端のICTをミックスして教師と児童・生徒の力を最大限に引き出すことを目的としています。
全国の学校で実施されるICT環境を活用した教育について、1980年代からいち早く教育工学や情報教育の研究に携わり、一般社団法人日本教育情報化振興会会長をはじめ、コンピュータ利用教育の各種委員なども歴任してきた富山大学名誉教授の山西潤一先生にお話を伺いました。

山西 潤一

一般社団法人日本教育情報化振興会 会長 / 上越教育大学 監事 / 富山大学 名誉教授

1980年大阪大学大学院修了(工博)後、富山大学で教育工学を教育・研究。学部長、理事・副学長、日本教育工学会会長、日本教育工学協会会長などを歴任。2016年富山大学を定年退職後、富山大学名誉教授として、ICT教育、プログラミング教育など教育の情報化の普及啓発活動に取り組む。2020年から現職。

ICTを活用してどのような教育を目指すのか

――ICTを活用して目指している教育とはどのようなものでしょうか。

端的に言うのなら、児童・生徒が1人一台のコンピュータ端末を持つことが日常になる。PCが真に児童・生徒の学習の道具となったということです。多くの企業や組織にあって、皆がコンピュータを使って仕事をしている時代ですが、学校だけがそうなっていませんでした。今でこそ、教員には校務用のPCが配付されていますが、当時は、児童・生徒にとっては、PCは何か特別な教具という意識が強かったと思います。

児童・生徒が1人一台の端末を持つことで、授業の方法にも変化が生じるでしょう。例えば、ノートと黒板を用いた従来のアナログな授業では、教員が子どもたちのノートをチェックするため机間巡視をします。良い意見や指導上役立つ解法などを見つけては、大型提示装置に映し、指導していました。今後はその必要がなくなります。子どもたちの端末と黒板代わりの大きなスクリーンをデジタルでつなげば、誰のノートでも瞬時に表示できるのです。端末はデジタルなノートだと考えればいいのです。

ICTを活用した授業で目指すのは、「教科の学びの深化」と「情報活用能力」の向上の2点です。この2点は切り離して考えるものではなく、児童・生徒がこのデジタルなノートを日常使いするなかで、教科の学びを深めていくとともに、自然と情報活用能力が向上するということになります。ノートの使い方で悩む教員はいないでしょう。大事なことは教師の授業づくりと指導技術です。中学校の技術家庭科での情報の授業や高校の必修科目としての情報の授業のように、情報の科学的理解を深めるというのではなく、PCを道具として日常使いするなかで、情報活用の実践力を身につけるのです。

教育におけるICTの活用は、2000年ぐらいから進められてきたものです。高度情報通信ネットワーク社会形成基本法のもと、世界最先端のIT・科学技術立国を目指し、高度情報通信ネットワークを整備し、国民全てがその恩恵を享受できるようにするという高度情報化ビジョンが掲げられました。全ての学校がインターネットに接続し、その活用で学習や教育の質的改善を図っていこうとするものでした。先進諸外国は皆その方向でICT学習環境の整備を進めましたが、日本では、なかなか整備が進まず、コンピュータ室での活用やプロジェクタや実物提示装置を使った教員の指導ツールとしての活用が主で、1人一台端末を日常使いするまでには至らなかったのです。

GIGAスクール構想の実現で、1人一台端末は「令和の学びのスタンダード」とされ、ようやく、PCは特別な道具ではなく、ノートのように誰もが当たり前に使う時代になったのです。

コンピュータは、子どもたちの主体的な学びを引き出す道具です。アップル社を創業したスティーブ・ジョブズの言葉に「Bicycle for the mind(知の自転車)」というものがあります。この言葉は、「人間は自転車さえあれば自分の力でどこへまででも行ける。それと同様に、コンピュータは自分の能力を拡張し、様々な表現を可能にする。知を広げる自転車のようなものである」といった意味です。そんなコンピュータを1人一台持つことで、児童・生徒は、様々な表現や創造性あふれる活動をするようになるでしょう。それができる道具ですし、そのような活動の場を与えることが重要です。

情報活用の実践力を育てるために、「調べて」「まとめて」「伝える」と言う活動が多くの教科の学習で行われます。インターネットを活用すれば様々な情報が手に入る時代です。必要な情報を検索し収集する力も1人一台端末で、いつでも活用できるからこそつくものでしょう。また端末はノートとしての機能のみならず、カメラやビデオの機能もあります。観察結果を写真に撮ったりビデオに撮ったりすることも可能となるのです。とにかく様々な形で情報を得ることが可能になります。

次は、得られた情報を、グループで共有しまとめる作業です。クラウドを活用した協働作業はそれをいとも簡単に可能にします。

最後は、伝える、発信です。教室でもプレゼンテーションはもとより、インターネットを使った配信なども容易になってきました。学校で学んだことを家庭で振り返る、家庭で調べたことを学校の授業で活かすなど、学校と家庭とをつないだシームレスな学習もこれからは増えるでしょう。家庭でのICT活用がゲームばかりという状態ではなく、家庭でも学習の道具として端末が活かされることになるでしょう。

とにかく、1人一台の端末といつでもどこでも使える高速大容量のネットワーク、クラウド環境を日常使いするなかで、デジタル社会に不可欠な情報活用の実践力がついていくのです。

小学校を手始めに2020年度からスタートした新学習指導要領では、中学校や高等学校においても、アクティブ・ラーニングがキー・コンセプトとしてあげられています。これからの時代に必要な資質・能力として、主体的に学び続ける態度や協働作業能力、問題発見・解決能力などが挙げられていますが、その学びをつくる道具として1人一台端末は不可欠です。

ICTを活用する際のポイントは?

教育効果を高め、学力の向上を図るにはICTをどう活用すればいいのか悩んでおられる教員も多いと聞きます。難しく考えないで欲しいと思います。教室に黒板があるように、児童・生徒がいつもノートや教科書を持つように、端末を黒板や教科書、ノートと考えて指導すればいいだけです。ICTは道具です。ICTで学力が上がるのではなく、教師の指導技術で児童・生徒の興味関心が高まるし、学力の向上が図られるのです。まずは、アナログなノートをデジタルなノートに置き換えてみよう、でいいのです。先にも述べましたが、児童・生徒にとって端末はデジタルなノートなのです。

次に、このデジタルなノートを使い、拡大したり、共有したり、協働編集したりしてみることです。指導場面で、教科書や資料などを大きく映せば、児童・生徒の視線が集中し、興味関心が高まるし、考えを深めるための発問などもやりやすくなるでしょう。一斉指導で大きく映す効果は、デジタルな機能で容易に実現できるからこそ得られるものです。

協働学習では、ノートに書かれたそれぞれの考えを、共有・編集し、より良いものに作り上げていく。クラウドの活用です。これらの活動はどの教科でも、従来から一般的に行われていることです。ICTはそれを支える道具なだけです。考えの共有や協働編集へのサポートとして端末を活用するだけでも十分だと思いますが、インターネットを活用した調べ学習、世界の今を知ることができる地球儀、翻訳ソフト、国内外とのテレビ会議システムなど、授業づくりに役立つ有意なコンテンツがインターネット上には溢れています。これらを活用すれば、従来にない新たな授業を創造することも可能です。

よく、「ICTで子どもの学力は上がりますか?」という質問をいただくのですが、ICTが子どもの学力をアップさせるわけではありません。ICTはあくまで道具です。学力を上げるのは教員の指導力です。子どもたちが興味関心を持ち、主体的に調べて、学ぶという活動を通して、結果的に学力が上がるのです。

――まだまだICT活用のポイントがありそうですね。

はい。興味深いデータが、OECDの学習到達度評価(PISA2018)「ICT活用調査」に見られます。

「家庭でコンピュータを使って宿題をする」という生徒は、OECD平均22.2%なのに日本は3.0%、勉強のためにインターネットを調べるでは、OECD平均23.0%に対して日本は6.0%しかありません。あまりの格差に驚かされます。他方、「家庭において、ネットでチャットをする」では、OECD平均67.3%に対して日本は87.4%、「一人用ゲームで遊ぶ」では、OECD平均26.7%に対して日本は47.7%など、日本はOECDの平均をはるかに上回っているのです。

要は、日本では、コンピュータは、家庭にあっては勉強の道具ではなく遊びの道具でしかないのです。先にも述べましたが、1人一台が日常になる今こそ、コロナ禍であろうとなかろうと学校と家庭がシームレスに繋がる学習活動ができるのです。

また、GIGAスクール構想の中で個別最適化という言葉が出てきますが、インターネット上には学校での学習内容はもとより、より発展的な学習コンテンツがたくさんあります。興味関心があれば、どんどん学びを深める環境が整っているのです。GIGAスクール構想を機に、自ら主体的に学習に取り組む態度を育てたいものです。

運用面・管理面の課題

多くの学校では、情報教育主務者を中心に、先生方自身で運用されていくものと想定されます。ただ、学校によっては1000台以上の端末を管理するようなケースもあって、とても先生の手に負える状況ではないかと思います。そこで、従来、4校に1人程度の割合でICT支援員の派遣が提言されてきましたが、現実には予算もあってまだまだ導入が進んでいません。

教員の負担軽減のためにも、今まで以上に、ICT支援員の増加・活用が求められるでしょう。ICTに関する知識や経験を持つ有意な地域人材の活用も考えられます。高齢社会の進展やワークシェアリングが進む社会にあって、時間に余裕のある地域人材の生きがいづくりとして、学校支援人材の活躍の場が広がるかもしれません。今後は、ビジネスモデルになる可能性もあるでしょう。

さらに、子ども自身に自分のコンピュータという意識を持たせ、運用・管理のリテラシーまで身につけさせてしまうことも考えられます。先進諸外国では、初等教育の早い段階で、情報モラル教育のみならず、ネットリテラシーや情報セキュリティを教育し、情報社会を生きる知恵を体験的に学ばせている国々もあります。

基本的な知識・技術の習得から
高次な資質・能力を育成する教育へ

繰り返しになりますが、今後は「ランドセルにコンピュータが入っているのが当たり前」という時代になります。GIGAスクール構想の中に、個別最適化という言葉が出てきます。もともとコンピュータを教育に活用しようという考えの中に、個に応じた学習という考えがありました。

一斉授業では、一人ひとりの理解度や知識に応じた個別指導はとてもできません。どうしても、平均的なレベルに合わせての教育にならざるを得ず、時間を持て余す子どもや、逆に理解が厳しい子どももいます。

ここにコンピュータを持ち込み、個々の理解度に合わせた学習指導システムやチュータリングシステムを備えたCAI(コンピュータ支援教育)が随分多く開発されたのです。当時に比べ、コンピュータやインターネットなどの情報通信技術は格段に進歩し、だれでもいつでも手軽に安価に活用できる時代です。基礎・基本に関わる学習は、教師の指導とともに、これからはe-LearningやYouTubeの活用で、いくらでも学習できるようになるでしょう。重要なことは、自ら学ぼうという意欲を持った児童・生徒をどう育てるかだと思います。

新しい学習指導要領でも学習の基盤となる資質・能力として、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力を育成することが求められています。個々の教科での基礎・基本的な学習はもとより、これからは教科の枠を超えた教科横断的な問題解決学習が求められるのです。

アクティブ・ラーニングに言われる「主体的・対話的で深い学び」も同様です。いきなり問題解決学習と言われてもうまくいきません。教科の基礎を押さえた上で、より高次な資質・能力として問題解決能力があるのです。基本であれ、高次であれ、それぞれの学びや活動の道具として、子どもたちが、この「知の自転車」を乗りこなす時代を期待したいと思います。