学習指導要領 / 教育の情報化

講演レポート 1人1台端末 これからの授業づくり「日常的な活用」を積み重ね、
「効果的な活用」をめざす

中川 一史

放送大学 教授

「たまに」から「常時」へ、「共有」から「占有」へ
大きく変わるICT活用

文部科学省の「GIGAスクール構想の実現」によって、2020年度中に全国の小・中学校に児童生徒1人1台端末が整備される予定です。この構想によって、「たまに」から「常時」1人1台端末へ、さらに「共有」から「占有」する端末へと一気に環境が変わります。これまでの学習環境ががらりと変わってしまうわけです。「たまに」「共有」という古い感覚を切り替えて、児童生徒1人ひとりが端末を「占有」して、「常」に手元にあることの「良さ」に目を向けて、これからの授業、学校教育を考える必要があります。

ICT環境は鉛筆やノート等の文房具と同様に、
教育現場において不可欠

GIGAスクール構想を受け、2020年6月に追補版が出された「教育の情報化に関する手引き」では「・・・・・・これからの学びにとっては,ICTはマストアイテムであり,ICT環境は鉛筆やノート等の文房具と同様に教育現場において不可欠なものとなっていることを強く認識し,その整備を推進していくとともに,学校における教育の情報化を推進していくことは極めて重要である。」と記されています。

この記述に「ICTが鉛筆やノートと同様」という言葉があるのですが、私は、この言葉を重く受け止めています。それは「ノートや鉛筆のように」という記述は、つまり「子どもが『端末を使いたい』と思ったときに、彼らが端末をすっと取り出して、ちょっとだけ使う」そのような使い方をしていこうという意味だからです。これまでの「たまに」「共有」で、教師の指示のもとで一斉に使っていた状況とは大きく異なるわけです。

今回の1人1台環境は、多額の税金が投入されて実現しています。この環境を生かして、「子どもがノートや鉛筆のように1人1台端末を使って学ぶ姿」を本当に実現できるかどうか。これから私たち教師1人ひとりの取り組みが、問われるのだろうと思います。

ICT活用はy=x2
「日常的な活用」の継続が「効果的な活用」につながる

「ICT活用」というと、これまで私たちは「ICTが入ると、どこでどのように効果的な活用ができるのか」「それは紙とどのように違うのか」といった議論をずっと重ねてきました。特定の教科や場面における「効果的な活用」をめざすことは変わらず大切なことなのですが、私は日常的に活用することも大切だと考えています。例えば、これまで4年間、1人1台端末活用に取り組んできた北海道教育大学附属函館中学校では、授業はもちろん授業以外の時間でも「思考のツール」として生徒たちが自分の手足のように、日常的に使っています。

それから、私は「ICT活用はy=x²である」とよく表現するのですが、y=x²の相乗曲線は原点からスタートしてからしばらくは「0」の少し上を推移します。ICT活用も同様で、最初はなかなか効果的に活用できません。この期間が結構長いので、先生方は「ICTなんて全然使えないじゃないか」と感じて、活用を止めてしまう。けれども、この期間で諦めず、ICTを日常的に活用し続けると、やがて子どものスキルが伸びてくるのです。そうすると、相乗曲線のように、あるとき効果的に活用できる場面が爆発的に増える。これから1人1台端末活用をスタートさせる先生方は、「効果的な活用」をめざしつつも、いずれ「爆発的な伸び」がやってくると信じて、「日常的な活用」を続けてほしいと思います。

最終的には子ども自身が自分にとって
最適なツールを選ぶ力を身に付けさせてほしい

「個別最適化」が実現するまでには、いくつもの段階がある

図1個別最適化のバリエーション

今、「個別最適化」とよく言われますが、例えばICT機器が道具の一つとして「個別最適化」されるまでには、図1のような複数のバリエーションというか段階があると思います。

初めは「あなたには、これがいいんじゃないかな?」と①「教師が判断する」ことが多いでしょう。そのうち、子どもが「こっちがいいかな」と言うようになるので、そこに教師が寄り添って②「子どもと判断する」。そして最終的には、最適な方法を③「子どもが判断する」という段階を踏んでいきます。

しかし、子どもが自分で選ぶとなると、「その選択が最適かどうかは分からない」という場合があります。その際は、④の段階として、教師が「こっちがいいんじゃない?」ともう一度「子どもと判断する」場面があっても良いと思います。④では、②のときと比べて、子どもたちが慣れているので「先生はそう言うけれど、僕はやっぱりこっちを使いたいな」と言う子どもが出てくると思います。

このように実際にはさまざまな場面で検討していって、いよいよ⑤の段階「子どもが判断する」となります。②③④⑤を行ったり来たりして、最終的には子ども自身が自分にとって最適なツールを選ぶ力を身に付けてほしいと思います。

プログラミング教育の本質は、
「実際」の様子をイメージしながら試行錯誤すること

図2想定から実際までのプロセス

プログラミング教育についてもお話ししたいと思います。ある中学校の技術・家庭科におけるプログラミングの授業の事例なのですが、その中学校の地域は、昨年度大きな災害に遭い、子どもたちにとって災害対策は非常に身近な問題でした。そうした背景から先生は、「豪雨災害を想定して、障害物などがある中でロボットをプログラムして動かし、対象の物体を持って帰ってくる」という学習課題を設定しました。対象の物体を持ち上げるだけではなく、さらに障害物を迂回して移動する必要があり、非常に高度なプログラミングの学習課題になりました。しかし、実際の災害でも起こりうる状況に対して、子どもたちは奮起し、何度もプログラムを変更しながら、うまくいくまで試行錯誤を重ねていました。

なぜこの事例をご紹介したかというと、今、小学校ではプログラミング教育が必修化されていますが、「想定」したことに対して、何かをプログラムして、「ちょっと動作すれば、それで良い」ということになっていないだろうかという懸念があるからです。私は、図2のように、「動作」したその先にある「実際」をイメージして、何度も試行錯誤を重ねることが重要だと思っています。例えばこの実践では、プログラムしたロボットが物体を運ぶ途中、障害物を避ける際に物体を落としてしまうということが何度も発生します。これが人命救助の場面ならば、そのようなミスが許されるはずはありません。そうした「実際」の様子をイメージして取り組むことで、プログラムの大変さだけではなく、災害復旧作業の大変さにも目を向けることができました。現実の、「実際」の様子を想定して、試行錯誤してプログラムを考えること。それがプログラミング教育の本質だと思います。今後、1人1台端末の環境を使って、小・中学校の授業のさまざまな場面でそのようなプログラミング教育が繰り広げられることを期待しています。

学習者用デジタル教科書は、
児童生徒が「書いて」「共有できる」教科書へ

デジタル教科書については、2019年4月1日から学校教育法の一部を改正する法律が制度化されています。しかし、制度化されたデジタル教科書とは、既存の指導者用デジタル教科書ではなく、児童生徒端末1台1台に入る「学習者用デジタル教科書」です。

「学習者用デジタル教科書」には、紙の教科書に対応した「紙面と同じ画面」と端末上で確認しやすい「ビューア」の部分。さらに動画資料やドリルなども一緒に提供されています。

今後は、「デジタル教科書」と「デジタル教材」が一体化されたものを、子どもたちが手元の端末で使うようになります。これまでの紙の教科書は「読む」教科書だったのですが、デジタル教科書は「書く教科書」「共有する教科書」へと役割が非常に拡張しています。そして、この先「スタディ・ログ」といわれる教育データの情報分析が絡むことで、デジタル教科書はかなり拡張して使えるようになると思います。「デジタルならではの良さ」をさらに生かせます。

「増強」から「変換」へ
1人1台の実現でICT活用の質が変わる

今から10年ぐらい前に「SAMRモデル」というものが示されました図3。これはICT活用の段階を表しています。

先ほどの「デジタル教科書」の活用を例に考えると、第一段階「代替」は、紙の教科書の本文を、デジタル教科書の画面で読むといったことです。これは置き換えであり、紙の教科書でもできることです。

第二段階「拡張」は、本文に書き込んで挿絵を拡大したり、保存したり、ランダムなドリル問題を解いたりすることです。これは今、多くの学校で行われている「ICT活用の効果的な活用」の段階です。

では、その上にある第三段階「変容」は何かというと、例えば自分なりに本文を編集して、考えをまとめるという段階です。ただし、全員が同じことをやるのではなく、自分なりに考えをまとめ、説明するツールとして使っています。

さらにその上の第四段階「再定義」になると、もう「紙の教科書」を使うか「デジタル教科書」を使うかという、手段の選択さえも子どもが個々に決めているという段階です。

例えば、第二段階くらいまでは教師から一つのファイルを課題として配付して、それに入力させると、確認や評価をするときに楽なのですが、第三段階くらいになると1人ひとりまとめ方が千差万別になってきます。このようになってしまうと、教師が全体を把握することは困難になります。今までの授業と同じ感覚で、「子どもたちを100%把握しよう」と思って実践に臨むと、まったく手に負えなくなってしまうと思います。これからの教師は、画面一覧を見ながら、「1人ひとりが自分の考えをまとめているんだな」という感覚で臨んでほしいと思います。

図3SAMRモデル
Ruben R. Puentedura(2010)SAMR and TPCK:Intro to Advanced Practice
http://hippasus.com/resources/sweden2010/SAMR_TPCK_IntroToAdvancedPractice.pdf(2020.06.28取得)

子どもが「学習の道具」のとして主体的に活用するために

われわれ大人は、研修中に主体的にメモを取ったり、ときにはスマートフォンやタブレット端末のカメラでスライドを撮影したりして学びを記録しています。では、これから1人1台端末になったとき、子どもたちが授業でそのような行為をすることを、先生方はどのように考えますか。大学生であれば良いのでしょうか。では、高校生、中学生、小学生はどうでしょうか。

実は、SAMRモデル図3では、第二段階の「拡張」と第三段階の「変容」の間に点線が引かれています。点線の下2つは「教師の指示内での主体性の発揮」、上2つは「教師の指示範囲を超えての主体性の発揮」を意味しています。私は、この点線を「2.5段階の壁」と言っているのですが、1人1台端末を「学習の道具」として主体的に使う姿を実現するためには、子どもたちにこの壁を越えさせる必要があります。2.5段階の壁を超えるために、学校で具体的にどのように指導をすればよいのか。小、中、高等学校での指導の在り方を具体的に考える時期が迫ってきていると思います。

例えば、図4は、中学3年の理科の授業の様子です。「金星の満ち欠け」の事象について、隣のグループに説明する場面です。図のAの生徒は、タブレット端末を使って説明しています。Bの生徒は教科書を指さして説明しています。Cの生徒は器具を使っています。Dの生徒は紙を示して説明しています。この写真はすべて同じ授業の同じ場面です。より分かりやすく説明するときに、自分たちにとって適切なツールを判断して、使っているのです。このような状態が、私たちがめざすべき姿の一つだと思います。

もちろん最初は、「タブレット端末を出しましょう」と言って、「みんな一斉」に取り組むのも良いと思います。ただそれは、自転車に補助輪を付けながら走っているような状態です。1人1台端末を使いこなしたその先では、いずれは補助輪を外し、子どもたちが自分の力で走れるように力をつける必要があります。

繰り返しにはなりますが、児童生徒が主体的にツールを選択し、活用する姿を見据えて、これからどのような指導をしていくべきなのか。指導の在り方について、各地域、学校で具体に考えていただきたいと思います。

図4生徒が適切なツールの選択をする

(北海道教育大学附属函館中学校 令和2年度 遠隔教育フォーラム 講演より / 2020年9月掲載)