学習指導要領 / 教育の情報化

「学習科学」の視点から見る「主体的・対話的で深い学び」の実現 学習指導要領の求める「資質・能力」から
ICT活用をデザインする

益川 弘如

聖心女子大学教授

静岡大学大学院教育学研究科准教授等を経て現職。専門は学習科学、認知科学、教育工学。国立教育政策研究所のフェローや文部科学省令和2年度「ICT活用教育アドバイザー」を務める。

Withコロナにおける学びは、新学習指導要領の求める「資質・能力」を育んでいるか

新型コロナウイルス感染症禍における学校の長期休業。多くの学校では、ドリル問題や「教科書の○ページまでを読んで、勉強してください」といった指示をお便りに記して各家庭に配付されていました。ある程度ICT 環境が整っている学校では、例えばタブレット端末でAIドリルに取り組ませたり、県や市町村の教育委員会が主体となって作成した授業動画を視聴させたりして学習させていました。初めて直面する事態、限られた環境や条件のなか、それぞれの学校ででき得る限りの対応をされていたと思います。

しかし、Withコロナといわれるようなこの困難な状況は、これからも続くことが予想されています。そうしたなかで今、私が気になっているのは、今年の4月から小学校より順次全面実施された新学習指導要領への対応です。新しい学習指導要領が求める「資質・能力」を育むための学びを子どもたちに保障する。そのために「主体的・対話的で深い学び」の実現にむけた授業改善を進める。その視点でこれまでの取り組みを振り返ってみたときに、有意義な学習活動になっていたのか。そしてこれから導入が本格化する「GIGAスクール構想」による児童生徒1人1台の新しい学習環境を、どのように活用すればより有意義な学習を実現できるのか。学習科学の視点からお話しします。

長期の臨時休業、分散登校の取り組みから見る、2タイプの学校

全国の学校における長期の臨時休業や分散登校への対応を見ると、大きく次の2つのタイプに分けられると思います。

タイプ1は、教室をはじめ、子どもたちが学ぶ環境のなかで、できる範囲で授業を行ったり、家庭学習へ課題を出したりした学校。

タイプ2は、限られた学習環境のなかでも、どのようにしたら新学習指導要領のめざす「資質・能力」を育むための学習機会を提供できるかを考え、学習環境を工夫して新たな授業方法を模索して、取り組んだ学校です。

2つのタイプの学校対応はどう違ったのか

まず、分散登校では新型コロナウイルス感染症の拡大を予防するため、教室内の子どもの机を一定の距離を空けて座らせなければなりませんでした。

タイプ1の学校は、子どもが顔と顔を突き合わせないことを強く意識するあまり、「対話的な学習活動をしてはいけない」といった雰囲気になっていました。その結果、先生が丁寧に解説して、子どもはじっと机に座って板書をノートに書き写すという授業が展開されました。

また臨時休業中は、10分、15分の動画を子どもに見させて、それに対応したプリント課題に取り組ませて定着を図るといった取り組みが中心でした。

一方、タイプ2の学校では、分散登校においても対話する方法を考え、工夫して授業を展開していました。例えば、ICT 環境が充実していないある学校では、学習課題に対してまずは個で考えを持ち、自分の考えを付箋に書き出させました。そしてその付箋を離れて座っている友だちに渡して、回し読みして意見を交流していました。

タブレット端末などのICT環境が整っていたある学校では、複数の児童生徒が協働で作業ができるアプリケーションを使って、物理的な距離は離れていても画面上でグループの 友だちと意見交流させていました。さらにICT活用が進んでいる学校では、Web 会議システムとヘッドセットを用意して、複数の小グループで話し合える環境をつくり、家庭で学習している学級の半分の子どもと遠隔で話し合うという取り組みも行われていました。

タイプ2の学校は、新学習指導要領の求める「資質・能力」の育成をめざしている

もちろんタイプ2でお話ししたようなICTを駆使している学校も、最初からうまくICTを使えていたわけではありません。オンライン学習をスタートしたときは、動画配信による先生からの一方向の情報配信でした。けれども、動画を見た子どもが家庭で取り組んだプリントを回収して確認しても、子どもたちが「どのように学んだのか」が見えなかったのです。そこで先生方は、Web会議システムを使って、リアルタイムの学習をしてはどうかとオンライン学習に挑戦。挑戦してみたけれど、チャットで返ってくる子どもの反応は、結局、「先生」対「子ども」であり、「子ども」と「子ども」の意見交流が実現できない。それなら次は、Web 会議システムを使った小グループの話し合いをしてはどうだろうか……と一歩一歩工夫して取り組みを進めていったのです。

このタイプ2の学校に共通するのは「主体的・対話的で深い学び」の実現や新学習指導要領の求める「資質・能力」を育成するという目標が根底にあるということです。この目標の実現のために必要なことを考え、工夫して取り組んでいました。

今後、GIGAスクール構想による整備が進むと、学校間のICT 環境の差は小さくなりますが、Withコロナといわれるこの状況が続くなかでタイプ1とタイプ2の学校で育まれる子どもの「資質・能力」の差はさらに大きくなると思います。

今一度、新学習指導要領の求める「資質・能力」を育成、そしてそのために必要な「主体的・対話的で深い学び」の実現にむけた授業改善について考え、1人1台の端末を「教育目標を達成するための道具」として活用いただきたいと思います。

▲ オンラインでの授業づくりを考える教員研修会の様子(2020 年5月21日実施・渋谷区立笹塚中学校)

1人ひとりの子どもの興味・関心や必要感に根ざした
「個別最適化された学び」を。

「個別最適化された学び」とは

GIGAスクール構想では、「個別最適化された学び」という言葉が使われています。この「個別最適化」という言葉が、AIドリル教材などと結びつき、「個別最適化とは、1人ひとりの学習ペースに合わせて学ぶこと」というイメージが先行してしまっているように思います。

では、私たちがめざすべき「個別最適化された学び」とは、どのようなものなのでしょうか。私は、「多様性のある1人ひとりの子どもの興味・関心や必要感に根ざした学び」を実現することだと捉えています。

子ども1人ひとりから生まれた疑問や考えを大切にすること

まず授業において、教師から出された「問い」に対して、子どもの考え方は1人ひとり異なります。そうしたときにまわりの友だちと意見交流をすると「でも自分はこうだと思う」とか「僕はここまでわかったけど、次はここをもっと知りたい」と新しい考えや疑問が1人ひとりに生まれてきます。このとき、私たち教師は一律の学習内容を落とし込んで、「全員を揃えよう」としてしまいがちです。

けれども、ここでは単元でめざすべきゴールをある程度定めながらも、子どもたち1人ひとりから生まれた疑問や考えを大切にしてほしいのです。先生は「じゃあ、家でインターネット検索を使って、さらに調べてみたらどうか」とか「調べたことを、明日みんなに伝えてみよう」とか1人ひとりが実現したいことを支援していってほしいのです。先生方がアプローチを少し変えるだけで、1人ひとりの子どもの興味・関心や必要感に根ざした「個別最適化された学び」につながります。

AI(人工知能)に判断や評価を委ねるのではなく、
教師が判断、評価するためのIA(知能増幅器)として、ICTを生かしてほしい。

AI(人工知能)よりも、IA(知能増幅器)の視点でICTを生かす

AIについてもう少しお話すると、私は学習指導要領の求める「資質・能力」の育成や「主体的・対話的で深い学び」の実現を考えれば、「AI(Artificial Intelligence 人工知能)」のような、コンピュータが判断、評価して、次の学びを示すようなものではなく、むしろ「IA(Intelligence Amplifier 知能増幅器)」、つまり、人の力を増幅する装置という視点で見るべきだと考えています。

例えば、「AIドリル教材」は、子どもの不得意なところをAI が分析し、不得意を解消するような問題を出題してくれます。子どもは提示される問題を次々解いていくだけで理解が深まりますから、とても効果的な習得ツールです。けれども、「AIが適切な問題を考えて出題してくれる」こと自体は、私たちがめざすべき「個別最適化された学び」にはつながらないと考えます。それは「次に何を学ぶのか」という「学びを選択する権利」を、「子ども」ではなく「AI」が握ってしまっているからです。「AIが薦める問題を解く」という学び方は、実は「主体性」のない「受動的」な学び方であり、1人ひとりの子どもの興味・関心や必要感に根ざした「個別最適化された学び」とはつながらないと思います。

1人ひとりの「学習履歴」を使って、教師が判断、評価する

これから整備される1人1台のタブレット端末には、学習活動のなかでどのような対話をしたのか、どのようなことを調べてまとめたのかが記録されています。「学習履歴」といわれるような情報を活用することで、「こんな考えの子がいるなら、こんなに考えが多様なら、こんな組み合わせで話し合わせてみよう」とか、「ここをもっと知りたいという意見があるから、次の時間はちょっと横にそれるけど、この内容を探究させよう」といったことが判断しやすくなります。AI(人工知能)に判断や評価を委ねるような使い方ではなく、教師が判断したり評価したりするためのIA(知能増幅器)として、ICTを生かしてほしいですね。

「資質・能力」の育成に役立つ「道具」を教師が選んで使うこと

GIGA スクール構想で導入される1人台端末は、最低限のアプリケーションで活用することが前提で整備が進んでいます。そうしたときに、アプリケーションから授業を考えるのではなく、私たちがつくりたい授業にアプリケーションが適しているのかどうかを見定めて使うことが大切です。

例えば、OSに付帯するクラウド型グループウェアは効率よく資料を配布したり、課題を回収して管理することを主目的に設計されたシステムです。日本の新学習指導要領が求める「資質・能力」を育成することを目的に設計されたシステムではありません。

ですから、先生方がそういったアプリケーションに搭載されている機能から授業を考えてしまうと、子どもたちが「何かできるようになること」が大切なのに、そこまで学びが行きつかず、知識や技能を習得するだけの学習活動にとどまってしまう恐れがあります。

新学習指導要領の求める「資質・能力」の育成に基づいた、教師の願いや授業のねらいの達成にむけて、どのようなアプリケーションが役立つだろうかと考えて授業をデザインしてほしいと思います。

今後、先生方が1人1台の活用を検討される際は、「1人1台」の授業事例を集めるのではなく、「新学習指導要領に対応した授業で1人1 台」を活用している授業事例を集めて授業研究をすると良いでしょう。

学習科学から見る「主体的・対話的で深い学び」

図1

まず学習科学の視点から「対話」についてお話しすると、皆さんは人と会話をしているときに、これまで思いつかなかったようなアイデアが次々と浮かんできて会話が弾んだ、といった経験をしたことはないでしょうか。

人は、1人で考えて一度「分かったつもり」になってしまうと、もうそれ以上に自分の考えに疑いを持たなくなるという傾向があります。そうしたとき、2人以上で対話して自分の考えを相対化するような機会があると、そこから新たな気づきが生まれます。つまり「分かったつもり」が壊されて、さらに新しい考えが作られます。これが対話による学びの原理です。

この対話の原理から「主体的・対話的で深い学び」の実現を考えると、その学習は図1のように「学習者が自分で答えを作り、学習者同士が考えながら対話して、自分の考えを少しずつ変えていき、学んだことが次の問いを生んで、より深く学んでいく」といった展開になります。

「主体的・対話的で深い学び」を引き起こすために、ICTができること

では、このような学習展開において、1人1台端末やICT は、どのように役立てられるのか。次の3つの点で効果があると思います。

1違う考え方を統合して答えを作る「問い」の共有

まず学習を展開するためには、子どもたちと共通のゴール、つまり「問い」を共有する必要があります。「これはなぜなのだろうか?」という「問い」を共有する上で、ICT で教材を提示したり、動画を見せたりすると効果的です。学校放送番組などは、最初から最後まですべて見せてしまうと「答え」まで見せてしまいますから、「問い」を持たせるところまでで映像をいったん止めるといった工夫が必要です。

2 参加する学習者1人ひとりの考え方の「違い」の可視化

「問い」を共有した上で、1人ひとりがさまざまに考えていくとき、例えば1人1台のタブレット端末や授業支援システムで考えをリアルタイムに見ることができれば、1人ひとりの考え方の違いを可視化できます。

3 問いへの答えを作る過程で考えたことの外化履歴とその表示

「問い」への答えを作る過程において、子ども同士で話し合っている間に、自分の考えが変わることがあります。これまではノートやワークシートに書き終わった結果しか残りませんでしたが、1人1台のタブレット端末で子どもたちが取り組んだことは学習履歴として残りますから、学びの振り返りや教師の判断や評価に生かせます。

先生ではなく、子どもが「違いを可視化」する

学校でタブレット端末を活用した授業を参観していると、考えの違いを可視化したり、子どもが問いへの答えを作ったりする場面で、授業支援システムの画面を一覧で表示する機能が活用されているのをよく目にします。そこでは「教師」が考えを並べて提示し、「教師」が考えを比較して解説しています。

しかし「主体的・対話的で深い学び」を実現するためには、「子どもが自ら作った考えを見直し、新しい考えを自ら作る」ことが必要です。ここは「教師」ではなく、「子ども」が画面を比較して考えなければなりません。先生方には「この考えと、あの考えはどこが違うだろうか?」と子どもたちに問いかけてほしいのです。

ICTは、先生の使い方次第で、
子どもが「自分で答えを作り上げる機会」を
簡単に奪い去ってしまう。

「覚えてもらうこと」が授業の目的になっていないか

学びの主権は、教師ではなく、子どもにあります。ICTは、子どもが考えを深めるための「きっかけ」を提供するために使うという考え方が良いと思います。こうしたICTの使い方の違いは、そのまま授業者のねらいの違いでもあります。子どもたちが旧来の「何かを知ることや覚えること」を授業のねらいにしていたならば、グループで話し合わせたりしていても、「○○さんの考え方は、すごくいいね」と先生が暗に答えを示してしまったり、さらにはまとめの場面で、それまで話し合わせていたのに、先生が黒板にまとめ(答え)を書いてしまったりするのです。板書を見た子どもは「これが答えだったんだ」と思い、もう考えることをやめてしまいます。そして「あの話し合いは一体何のためだったのだろうか」と思いながら、板書をノートに書き写す作業をしてしまうのです。こうした経験が繰り返されてしまうと、「最後は先生が答えをまとめてくれるから、それを写せばいい」と考えるようになってしまいます。

「丁寧に教えてしまう授業」を助長しかねない教科書、デジタル教材

教えることを助長する一因に、教科書の存在があります。まだ多くの教科書は、「分かりやすく教える」ための設計になっています。特に、今は若手の先生が多いので、教えやすいように意識して作られており、それが「丁寧に教えてしまう授業」を助長しています。

もちろん話し合い活動を意図した学習内容もあるのですが、そこには都合の良い優等生的な対話の内容が記されている場合が少なくありません。若手の先生がその対話を参考にして授業をしてしまうと、当たり前ですが目の前の子どもは優等生的な発言をしてくれず、結局、考えを伝え合うだけの時間になってしまってしまいます。そして、最後に先生がまとめや解説をする羽目になってしまう。若手の先生方には、教科書に記されている問いを参考にしつつも、ぜひ目の前の子どもたちに合わせた問いかけをお願いしたいと思います。

それから、1人1台の整備に合わせて学習者用デジタル教科書や動画コンテンツなどのリッチな教材が次々と開発されています。これらも先生が丁寧に、分かりやすく教える場面で、とても便利に使えるツールになります。

けれども、その便利さゆえに、先生の使い方次第では、子どもが考えたり、対話したりして、「自分で答えを作り上げる機会」を簡単に奪い去ってしまえる「危うさ」があります。便利だけれども、「怖いツール」でもあることをお伝えしておきたいですね。

大切なことは、「子どもが自分の答えを作り上げること」

「何かを覚える」ための授業ではなく、子どもたちが「自分の答えを作り上げる」授業が必要です。そのためには、自分が考えたことに対して、「ああじゃない、こうじゃない」と話し合っ て、そこから少しずつ考えを変えて、次の問いが生まれて、また新しく知りたいことが生まれていくような学びが必要です。1人1台の環境を、「主体的・対話的で深い学び」の実現のためにうまく生かしていただきたいと思います。

(2020年10月掲載)