学習指導要領/教育の情報化

1人1台端末と授業支援システムを授業改善に生かす

「GIGAスクール構想」の下、検討が進む児童生徒1人1台端末の整備。幼児教育から初等中等教育まで、幅広く全国のICTを活用した授業を研究、指導されている 堀田 博史 園田学園女子大学教授にお話を伺いました。

新学習指導要領と情報活用能力

新学習指導要領がめざす「主体的・対話的で深い学びの実現」に向けた授業改善。そして「GIGAスクール構想」などで強調される1人ひとりに応じた個別最適化された学びの実現は、タブレット端末をはじめとした学習者用コンピュータ(以下、学習者用端末)が得意とする部分です。

また新学習指導要領では「情報活用能力」が学習の基盤となる資質・能力として明記されました。これにより、児童生徒の情報活用能力を育成することの重要性があらためて示されるとともに、教員はそれらを確実に指導することが役割の一つであることが明確になったといえます。

文部科学省では、情報活用能力を整理して【図1】のように示しています。その内容は、知識的なものからスキル的なものまで幅広くあり、小学1年から中学3年までの9年間の積み重ねが欠かせないものであることが分かります。

今、児童生徒1人1台の学習者用端末を整備することに関心が向きがちですが、ICT機器などを新学習指導要領のめざす「主体的・対話的で深い学び」の実現、つまり授業改善に生かすことが目的であることをあらためて全教員で共通認識を持って取り組んでほしいと思います。

【図1】 情報活用能力の分類(出典:文部科学省「教育の情報化に関する手引き)

「個人 / 共有フォルダ」のデータを
学習者用端末で自由に引き出し、問題解決に生かす。

問題発見、解決に1人1台端末や「個人 / 共有フォルダ」が有効

新学習指導要領では、言語能力、情報活用能力、そして「問題発見、解決能力」が学習の基盤となる資質・能力と示されています。問題を発見して解決する力を育む上で、ICT、つまり1人1台の学習者用端末は有用なツールになります。

具体的には、単元の導入や展開時に学習者用端末で写真を撮影したり、自分の考えを『SKYMENU Class』の[発表ノート]にまとめ、授業支援システムで友だちの考えを共有したりするといった学習活動が頻繁に行われるようになります。そして、クラウド上、もしくは学校のサーバ上に「個人フォルダ」や「共有フォルダ」と呼ばれるような、児童生徒1人ひとりのユーザIDに紐づいたデータ保存領域に蓄積されていくようになります【図2】。そして児童生徒は、教員から単元の終わりに単元を貫く学習課題、いわゆるパフォーマンス的な課題を提示されると、「個人フォルダ」や「共有フォルダ」に蓄積されたさまざまなデータを手繰りながら、自ら問題を解決していく。そういった授業がこれから増えていくと思います。

もちろん従来の一斉指導の授業も大切です。一斉指導の授業に加えて、単元の終わりあたりに獲得した知識、技能を活用して何かの課題を見つけて解決するという活動を取り入れる。そこにICTが有効に活用できるということです。

従って、教員や児童生徒がプロジェクタに画面を投影して分かりやすく説明したり、授業支援システムを使って児童生徒の意見を瞬時に共有したりするといったICT活用は、もはや当たり前のものになります。そういった活用を超えて、児童生徒が1人1台端末から自由に「個人フォルダ」や「共有フォルダ」にアクセスして情報を引き出し、授業や学校外でも主体的に学習に望めるような授業設計やICT環境が求められるようになります。むしろ、1人1台端末を持った児童生徒にとっては、そのような授業展開やICT活用がなければより満足度の高い学びにならないですし、個別に最適化された学びにはつながらないと思います。

【図2】1人1台端末の環境が実現すると、児童生徒が「個人フォルダ」に蓄積されたデータを利用して学習することが当たり前になる

授業支援システムがあることで、
学習者用端末を活用する授業をイメージしやすくなる。

1人1台端末活用導入期こそ、学習活動システムの整備を

「GIGAスクール構想」を受けて、ビジネスで利用するようなツールを学校現場で活用するといった整備計画を聞くようになりました。

確かに、これまでとまったく異なる新たなテクノロジーを授業に取り入れることで授業改善を図るというのも一つの手法だと思います。

一方で、児童生徒に紙の教材やプリントを配付したり、逆に回収したりするといった、これまでの授業の取り組みを拡張する形で開発されてきた「授業支援システム」を使って授業改善を進めてきた学校は、全国に多くあります。大阪市の小、中学校では[発表ノート]や授業支援の仕組みを使った授業実践が積み重ねられており、これまでに一定の授業研究や授業改善の成果を上げてきました。一気に児童生徒1人1台の学習者用端末を整備し、すべての学校、教員でその活用を進めようというこのタイミングでこそ、授業支援システムは必要だと思います。そうすることで、より多くの先生が学習者用端末を活用する授業をイメージしやすくなると思います。各自治体で予算の都合はありますが、選定の際には、先生方の意見に耳を傾けて、先生方が授業を設計しやすい環境を整えられることを願っています。

1人1台端末の活用が授業改善につながっているか

「個別最適化された学習」といったキーワードを受けて、「1人1台の学習者用端末を個別、協働、一斉の中で使う」という話から「1人1台端末の学習者用端末で個別にドリルソフトに取り組む」といった話を伺う機会が多くなってきました。具体的には、AI(人工知能)を搭載したドリルソフトを授業のまとめや単元の終わりで活用するというものです。

復習や知識の定着を測るために、全員で取り組んだり、ビックデータから1人ひとりのつまずきを分析したりして、最適な課題を与えてくれるドリルソフトを活用するのは、単元や教科によっては有効な手立てになり得ると思います。

ただ、ドリルソフトを授業時間中にどのように取り入れるべきなのか。例えば朝学習や休み時間、もしくは家庭学習において自主的に取り組ませるべきなのか。その活用方法はまだまだ検討の余地があると考えています。ドリルソフト以外にも、個々にインターネット検索をしたり、個々に資料を作成したりと、1人1台の学習者用端末にはさまざまな活用が考えられます。

学年や教科、単元、スキルの習得度合いによってICT活用の方法はさまざまにあると思いますが、その活用が新学習指導要領の求める「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善につながっているのかどうか。その点を意識して授業設計をしていただきたいと思います。

児童生徒の「必要感」を高める振り返りを

ドリルソフトの活用効果は、児童生徒のモチベーションを維持させられる仕組みが、ドリルソフトにどれだけ備わっているかどうかに大きく左右されると思います。

加えてもう一つ、活用効果を左右する要素があるとすれば、それは児童生徒がドリルソフトの活用に「必要感」を持って、主体的に取り組めているかどうかということです。具体的には、授業の最後で児童生徒が自らの学びを振り返るとき、「今日は目標に対してここまでできた、でもここはできていない」ということを自己評価させるのです。そして、自分に足りない部分を自覚させる。その上でドリルソフトの問題にチャレンジする、もしくはクラウド上で保存されている自分や友だちのデータを見て参考にしたり、教科書を読んで確かめたりするなどいくつかの学習手段の中から「自分が必要だ」と思う方法を選択させて取り組ませるのです。そうすることで、必要感を持って主体的にドリルの問題に取り組むことができます。従って、「私は分かっている」という児童生徒は、「ドリルソフトを使わない」という選択をして、違う方法で学習に取り組んでよいわけです。「ドリルソフトがあるから、問題を指定して全員に解かせればよい」ということではありません。

もちろん、今後さらにAIやビックデータによる分析が発達すれば、AIがより最適な学習方法を判断、提案してくれるようになるかもしれません。そこまで発展すれば、教員をサポートする強力なツールにもなります。けれど、それはもう少し先の未来の話かなと思います。

「アンケート」を振り返りや授業改善に生かす

児童生徒の振り返りについてさらにいえば、ぜひ学習者用端末や授業支援システムを有効に活用してほしいと思います。これまでは授業の終わりに「今日の授業は分かりましたか」「何か質問ありませんか」と児童生徒に手を挙げさせたり、ノートに感想などを書かせたりしていたと思います。けれども、その手が「学習内容を100%理解して挙げているのか」それとも「なんとなく分かっている状態で挙げているのか」は、教員には分かりようがありませんでした。特に中学生ぐらいになると、自分が原因で授業を止めたくないので、言い出せなくなる傾向があります。

そうしたときこそ、授業支援システムなどに搭載されている「アンケート」機能をうまく活用してほしいのです。授業時間、そして授業時間外でも回答できるようにしておくことで個別に正直な反応を返してくれたり、彼らが持っているより発展的な学びにつながる疑問や質問をしてくれたりします。教員側もそういった情報を知ることで、次の時間の導入部分を工夫するといったことができます。

「児童生徒の振り返りを促すため」「授業改善のため」など、アンケートを実施する教員側の意識がとても重要です。時間も空間も超えるICTの良さ、授業支援システムの良さをうまく生かして授業改善につなげてほしいと思います。

クラウドを有効に活用するためのセキュリティ対策や、
ポリシーの設定、運用ルールを検討する必要があります。

院内学級や遠隔・家庭学習への期待、一方でクラウド利用の課題も

1人1台の学習者用端末の活用には、これまでお話ししてきたような授業改善の取り組みに限らず、院内学級や不登校の児童や休校時における遠隔・家庭学習の支援などさまざまな可能性があります。1人1台の端末や動画コンテンツなどがあることで、今までのアナログの教材以上に積極的に学習に臨めるという側面は確かにあると思います。

こうした期待とともに、家庭をはじめ学校外で児童生徒が1人1台の端末を使って、自由にインターネットなどを利用できるようになるとさまざまな問題も発生します。例えば、クラウド上に児童生徒が自由に写真を保存できるようになると、撮影した写真や動画のデータが自動的にクラウド上のフォルダに保存されるような設定であれば、その画像がインターネット上で拡散されるといった事態が起こり得ます。また教育上、不適切な写真やデータが第三者によって保存されるという可能性もあります。運用を開始する前に、しっかりとフォルダの権限を確認、設定をしておかなければなりません。

ほかにも、宿題や振り返りのために児童生徒が授業の様子を動画撮影するといったことが起こり得ます。「授業の様子を撮影して、家で見て何が悪いのか」とも思えますが、その映像を発端としてさまざまな問題が発生する可能性もあるということを私たちは認識しておくべきです。

各教育委員会では、「GIGAスクール構想」に向けた整備検討で多忙を極める状況だと思いますが、このような諸課題を想定しつつ、クラウドを有効に活用するためのセキュリティ対策や、ポリシーの設定、運用ルールを検討する必要があります。もし、この部分が不確かなまま運用、活用がスタートしてしまうと、さまざまな事案が発生するたびに「あれは禁止」「これは禁止」と制限を増やしていくこととなり、その結果、教員も児童生徒も使いにくい1人1台端末になってしまいます。まだまだ私たちに見えていない課題は多くあります。全国には早くから1人1台の学習者用端末を活用して家庭学習での活用を進めている好事例がありますから、中学校区での小・中の連携に加えて、高等学校とも情報を交換して、授業改善につながるICT活用、環境整備を進めてほしいと思います。

(2020年6月掲載)