学習指導要領/教育の情報化

新学習指導要領と教育の情報化

これからの教育を考える上で重要な社会の変化

中央教育審議会が、平成28年12月21日の第109回総会で取りまとめた答申では、「人工知能の急速な進化が、人間の職業を奪うのではないか」「今学校で教えていることは時代が変化したら通用しなくなるのではないか」といった不安の声があり、それを裏づける未来予測が発表されていることに言及されています。例えば、「子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く」※1「今後10年〜20年程度で、半数近くの仕事が自動化される可能性が高い」※2といった海外有識者の見解も注釈として引用されています。

実際にこうした時代がやって来るかどうかは分かりません。しかし、情報化やグローバル化が進むなかで、急速に環境が変化していくことは間違いないと言えるでしょう。

一方で、人口の観点から未来の社会を考えてみると、アジアやアフリカ9か国などを中心に、世界の人口は2100年に112億人に達すると予測されています。逆に、日本はすでに人口のピークを過ぎて人口減少期に入っており、2050年には高齢化率(65歳以上の割合)が4割に達することが確実視されています。

また、技術的な視点で未来像を見ると、今後IoTがもたらす経済価値は日本経済の4個分に相当するという試算もあり、技術革新がますます加速していくことは間違いありません。世界中で扱われるデータの量は2年ごとに倍増し、それを支えるハードウェアの性能も指数関数的に進化すると見られています。このように、良い意味でも悪い意味でも、環境が大きく変わる時代において、日本はどんな未来を選択するのか。現在は、その分かれ道に立っています。

いずれにせよ、これからの子どもたちは「第4次産業革命」と呼ばれる産業構造や就業構造が劇的に変わっていく時代を生きていくことになります。ですから「どういった教育をすれば、この激動の時代にも対応できる力が育まれるのか」ということが、これからの教育を考える上での大きな視点となります。

日本の国際競争力とIT人材の不足

現在の世界的な大企業を見ると、その上位はIT企業やITを駆使してビジネスを展開する企業が大半を占めていて、以前とは様変わりしています。このことからも世界的にIT人材が不足している状況が続いており、日本国内でも大幅に足りていません。

当然、初等中等教育では義務教育段階で職業人養成に取り組むわけではありませんので、まずはどのような職業に就くとしても必要となる基礎的な力をしっかり付けることが主眼です。【図1】は、日本がめざす「Society5.0(ソサエティ5.0)」と呼ばれる新たな社会の中で、初等中等教育の段階から情報活用能力の育成に取り組むことで裾野が広がれば、専門人材も育成でき、トップレベルの人材の育成にもつながるという、人材育成推進の方向性をまとめた資料です。文部科学省としては、小学校でのプログラミングをはじめ、初等中等教育の段階からしっかりと情報モラルを含む情報活用能力の育成に取り組むことで、生産性革命に貢献していきたいと考えています。

【図1】 Society5.0に向けた人材育成の推進

日本の教育の強い点・気がかりな点

2015年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の結果によると、日本は読解力に課題はあるものの成績は世界トップクラスにあります。同じく2015年の国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)における成績でもトップクラスです。なお、大人を対象とした2013年の国際成人力調査(PIAAC)でも参加国トップという結果を出しています。

一方で、気がかりな点としては読解力が挙げられます。PISA 2015では、複数の画面から情報を取り出して、表と文章の矛盾点を説明する問題がありました。この問題で、情報が正確に読み取れていないために、矛盾点が説明できていないといった誤答が多数見られました。読解力は、情報活用能力の基礎となる力です。また、PISA 2009で行われた「デジタル読解力調査」では、国語の授業におけるコンピュータの使用状況は参加国中の最下位。ほとんど使われていないのが実情です。同様に数学や理科でも最下位です。

このデジタル読解力調査は、15歳児が持つ知識技能を、実生活の場面でどれだけ活用できるかを見るものです。この調査の結果には「コンピュータを利用しているか」によって、はっきりとした差が出ています。【図2】 やはり、こうした力は「使わないと身に付かない」ということです。実際に、インターネットを利用する際は、スマートフォンなどで閲覧しているなど、いくつかの調査の結果から、日本の子どもたちはコンピュータを使っていないという傾向を読み取ることができます。

このように、さまざまな国際調査で良い成績を残している反面、デジタル読解力調査などでもわかるように、コンピュータを使っていないと差が生じる力があることについて、課題があるということをお知りおきください。

【図2】自宅でのコンピュータ利用から見たデジタル読解力

デジタル読解力などコンピュータを使っていないと
育まれない力については課題も

子どもたちの「自己肯定感」と先生方の「自己効力感」

また、日本の高校生の72.5%が「自分はダメな人間だと思うことがある」と答えています。前述のように国際調査では優秀な結果が出ているにもかかわらず、「人並みの能力がある」とか「勉強は得意な方だ」との回答は少なく、自己肯定感が低い傾向にあります。【図3】

【図3】高校生の“自己肯定感”国際比較

これには、日本人らしい謙遜が含まれていて、控えめに答えてしまっているという見方もできますが、自身がコンピュータをあまり使っていないことや、英語もテストでは点数が高いけれど実際に話せたり、聞き取れたりした経験が少ない、といったことを自己認識し、「情報化・グローバル化が加速していく時代に、自分は大丈夫なんだろうか」と、ある意味ものすごく冷静に分析して答えているという部分もあるのではないか、だとするとそれはそれでやはり優秀な高校生なんだなと思います。しかし、自己肯定感が低いままで良いはずがありませんので、こうした点が改善されるような教育改革を進めていかなければいけないと考えています。

少し視点を変えて、子どもたちを教える先生方の「自己効力感」について考えたいと思います。「自己効力感」は聞き慣れない言葉かもしれませんが、2013年のOECD国際教員指導環境調査(TALIS)で調査した内容です。先生自身が「自分が関わることによって、子どもが変われたと感じているか」というものです。これはまさに、先生方が一番やりがいを感じる部分です。しかし、日本の先生方は参加国の平均と比べても、非常に自己効力感が低いという結果になっています。【図4】

【図4】 教員の“自己効力感”国際比較

やはり、先生として、自分が関わることによって子どもたちがより良くなっていけば、やりがいを感じるはずです。しかし、その実感が持てていない現状についても改善されるような教育改革を進めていかなければなりません。

子どもも大人も、成績は世界トップクラスです。先生方の資質・能力も間違いなく世界トップです。これは、私自身が教員政策の仕事に長年取り組んできて実感し、確信していることです。それにもかかわらず、子どもの「自己肯定感」も先生の「自己効力感」も低いのはなぜか。これからの教育改革の動向を考える上で、とても大事な視点だと思っております。

知識や情報、テクノロジーを活用する能力

少し前、OECDにおける「キーコンピテンシー」というものが発表され、中教審の資料としても公表されました。そのなかで、子どもたちが知識や技能を身に付けるだけではなく、「知識や情報を活用する能力」が非常に大事であり、知識や情報はなければいけませんが、さらに重要なのはそれを活用する力だと位置付けています。また、「テクノロジーを活用する能力」も同じく重要とされ、ICT機器などは、使いこなさなければ役に立ちません。新しい使い方を含め、テクノロジーが持つ可能性をいかに有効活用して、学習を含め自分の生活にどう役に立てるのかということに気付くことも大事とされています。さらに、言語的スキルや数学的スキルなどを効果的に活用する能力も大事とされており、これらの能力を基礎的リテラシーとして位置付けられています。

他にも、「21世紀型スキル」でも「情報リテラシー」や「ICTリテラシー」を基礎的リテラシーとして位置付けるなど、諸外国では、それらを柱に据えた教育改革を進めています。

学習指導要領の改訂

こうしたさまざまな背景のなかで、学習指導要領が改訂されました。【図5】に示したのが、育成すべき資質・能力です。これを柱として、初等中等教育から高等教育までつなげて、幼稚園から大学まで学校間の接続改革を含め、一貫した考え方で改革に取り組むこととなっています。

【図5】育成すべき資質・能力の三つの柱

「何を学ぶか」に焦点を当てると、「学習指導要領の方向性」の資料には「高校教育については、些末な事実的知識の暗記が大学入学者選抜で問われることが課題になっており、そうした点を克服するため、重要用語の整理等を含めた高大接続改革等を進める」という注釈があります。これは、高等学校学習指導要領の中でも「用語の意味を単純に数多く理解させることに重点を置くのではなく(中略)重要用語を中心に、その用語に関わる概念を、思考力を発揮しながら理解させるよう指導すること」と示されているように、単にたくさんの知識を丸暗記するだけではいけないということです。こういった視点はとても大切で、「知識をどう活用するか」に時間を割くことにつながっていくと考えています。

これらを踏まえて「主体的・対話的で深い学び」について考えたいと思います。「主体的な学び」を実現するために、ICTの活用が効果的なことは、これまでもさまざまな資料などを通じて説明してきました。

また、先ほどご紹介した「自己効力感」を先生方が実感するためにも、この「主体的な学び」が重要になります。自らが関わり子どもたちの変化を促し、そしてきちんと結果に表れることが大事です。ですから、さまざまな学習活動の場面でICTを活用して情報を提示し興味関心を喚起したり、インターネットから適切な情報を選択して自分の考えを説明・提案したりすることも有効です。

さらに、記録やポートフォリオなどを活用し、自らの学びを振り返ることも非常に効果が高いと言われています。

いずれにせよ、学習指導要領にもすべての教科等の中で適切にICTを活用していくことが示されています。これは教科等の学びとしても大事な視点ですし、子どもの情報活用能力を育成するためにもICTを活用していただきたいと思います。それらの取組を通じて「主体的な学び」が実現できれば、子どもたちの「自己肯定感」は自然と上がるでしょうし、先生方の「自己効力感」の向上にもつながっていくでしょう。

「対話的な学び」について、広島県の小学校では学校図書館とコンピュータ教室を統合してメディアセンター化しており、先哲の考え方としての書籍、インターネット上の情報、子ども同士の話合いなど、さまざまな「対話的な学び」の場が提供できており興味深いと思いました。実は、大学図書館の多くが今、同じように様変わりしてきています。インターネット上の情報や図書館の書籍の情報などに触れられるとともに、学生同士の対話スペースやICT機器を活用できる交流スペースの確保など、さまざまな「対話的な学び」の場を提供しています。

また「深い学び」について考えるときは、ぜひプログラミングを体験する学習活動に取り組んでいる子どもたちの表情に着目していただきたいと思います。プログラミングを楽しみながら自ら課題を見いだし、その解決に向けて、自分の考えを形成したり、目的や場面、状況等に応じて友達と伝え合ったり、考えを伝え合うことを通して集団としての考えを形成したり、そうして得られた感性を働かせることで、思いや考えを基に、豊かに意味や価値を創造していく、こうした「深い学び」の実現イメージが子どもたちの表情を通じて掴めると思います。ぜひお試しください。

22世紀まで生きる今の子どもたちが、将来の予測が難しい社会にもワクワクしながら立ち向かって行くための武器は、日本の強みである教科等の教育力を「主体的・対話的で深い学び」の視点に立って授業改善を行うことでさらに高め、プログラミング教育をはじめとした新しい学びを効果的に組み込むことで得られるものです。

「情報活用能力」が学習指導要領で規定されたのは今回が初めて
育まれない力については課題も

学習指導要領における「情報活用能力」

実は、「情報活用能力」という言葉が学習指導要領に規定されたのは今回が初めてです。昭和61年4月の臨時教育審議会の報告に「情報活用能力」という言葉が使われて以来、もう30年以上になりますが、さまざまな経緯を経て機が熟し、今回の改訂で規定されました。それに関連して、学習指導要領の総則においてICT環境を整備する必要性が規定されました。これも初めてであり、とても重要な意味を持っています。学習指導要領に規定されたからには、その実施に必要となるICT環境整備は必須となります。その点を、財政当局にもしっかりお伝えいただいて、必要なICT環境の整備を実現していただければと思います。

今回の改訂では、小学校でプログラミング教育が必修となります。また、中学校でもプログラミングの内容を充実しましたし、これまでは2割程度の生徒だけがプログラミングに取り組んでいた高等学校でも、今後は全員が取り組むことになります。

また、「情報活用能力」とは、単にコンピュータサイエンス的な技術的、科学的なものだけを指す言葉ではありません。例えば、キーボードでの文字入力といったICTの基本的な操作もその一つです。授業での振り返りを学習履歴として活用するなど、これからは子どもたちが文字入力する場面も増えます。しかし、子どもたちの思考が止まってしまうほど、文字入力ができないということでは困りますので、思考の邪魔をしない程度には、文字入力ができる必要があると思っています。基本操作だけではなく、さまざまな教科の学習の中でICTを活用することで、身に付く情報活用能力もあります。そして、使えば使うほど子どもの操作技能も向上し、場面に応じて活用方法を考える力も育まれると考えています。

一方で、情報モラルや情報セキュリティの重要性も増しています。情報モラルは、今後ますます発展する情報社会で適正な活動を行うための考え方と態度を育成する必要があります。情報セキュリティは、常に「正義が勝たなければならない」分野でもありますので、そういった意味でも情報モラルとともにしっかり身に付けることが大事です。自分の権利を守ると同時に、他人の権利も侵さない姿勢。つまり、犯罪者や加害者にならないことは当然のこととして、被害者にもならないために“だまされない”ことも大事な資質・能力だと言えます。これらも「情報活用能力」に含まれるものです。

情報活用能力の育成における「プログラミング教育」

「プログラミング教育」の内容について、これまでさまざまに示されてきたものを集約した「小学校プログラミング教育の手引(第一版)」を公表いたしました。【図6】

【図6】小学校プログラミング教育の手引

このなかでは、「プログラミング的思考」などの小学校のプログラミング教育で育む力について詳しく解説しているほか、プログラミング教育のねらいを実現するためのカリキュラム・マネジメントの重要性やその取組事例などを紹介しています。また、プログラミング教育に関する学習活動を分類し、指導例なども記載しています。

プログラミング的思考の具体例として、手引では小学校5年生の算数で取り組む正多角形の作図の手順を紹介しています。プログラムというと、英文字の命令文をひたすら入力していくイメージを持っている方も少なくないかと思いますが、作業手順をブロック化して、それを組み合わせていくことでも実現できますので、子どもも無理なく取り組めます。

こうした取組のなかで、子どもたちは「どこで間違ったんだろう」と考えます。それを、子どもたち同士で話し合わせて、試行錯誤させながら取り組むことで、プログラミング的思考が育まれるとともに、教科の学びも高まっていきます。このような視点で捉えると、プログラミング教育は決して、プログラミング言語を習得させるためのものではないことがご理解いただけると思います。

プログラミングに関する学習活動には、教科の中で取り組むものと、総合的な学習の時間で取り組むものなど、さまざまな観点で分類できます。各学校の裁量でもっとプログラミングに特化したものにするということも可能です。ぜひ、これから行うプログラミングの取組が、分類のどこに当てはまるのかを確認しながら進めていただければと思います。こうした内容も手引に掲載しており、実践事例もいくつか紹介しています。

これは中教審の答申にも盛り込まれている内容ですが、「プログラミング教育を通じて育成すべき資質・能力」として、「思考力・判断力・表現力等」では「プログラミング的思考を育成すること」とあります。また「学びに向かう力・人間性等」でも、「よりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を涵養すること」といったことが示されています。これは、小学校でのプログラミング教育を踏まえ、中学校の技術以外の各教科等において、生徒の発達の段階や、教科内容の系統性を踏まえたプログラミングを取り入れた学習活動を行うことも効果的であると考えています。実際に東京都の公立中学校で国語科の中で取り組まれている事例も出てきています。

また、こうした学校現場の取組を支える「未来の学びコンソーシアム」を設立しています。昨年末から文部科学省に事務局を移し、まずは小学校の必修化に向けて体制を強化しているところです。これに伴い、ポータルサイトもリニューアルし、実践事例の提供を開始しました。本年(2018年)7月ごろからさまざまな実践事例を登録できるようにしたいと考えており、「小学校プログラミング教育の手引」に沿った事例も順次掲載していく予定ですので、ご参考にしてください。

学習指導要領の総則にICT環境整備が明記

冒頭に申し上げましたように、コンピュータに触れないと身に付かない力がたくさんありますので、先生方には、子どもたちがICTを活用する場面を日常的に作っていただき、そうした力を育む機会を増やしていただければと考えています。

そのために必要となるICT環境整備について、2017年度までは「教育のIT化に向けた環境整備4か年計画」として、単年度1,678億円の地方財政措置が講じられてきました。

このたび、新学習指導要領の実施を踏まえ「2018年度以降の学校におけるICT環境の整備方針」を取りまとめ「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018〜2022年度)」を策定しました。タブレット端末を新たに整備すると、それに伴って充電保管庫や学習活動に必要なソフトウェアなどが必要になるということも議論され、それらの経費についても措置されています。その結果、2018〜2022年度まで単年度1,805億円に拡充したうえで、地方財政措置が講じられることが決定しました。

皆さまもご存じのとおり、こうした地方財政措置が講じられても、それぞれの自治体において議会の承認を得て予算化する必要があります。その必要性については、新学習指導要領の総則に「情報活用能力の育成を図るため、各学校において、コンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を活用するために必要な環境を整え、これらを適切に活用した学習活動の充実を図ること」と明記されており、これらの財政措置を活用してICT環境整備の充実を図り、子どもたちに情報化やグローバル化など急激な社会的変化の中でも、未来の創り手となるために必要な知識や力を確実に備えることのできる学校教育を実現していただければと思います。

タブレット端末活用セミナー2018 (大阪会場および東京会場)特別講演より
(2018年6月掲載)