学習指導要領/教育の情報化

「問い」を見直し、「前向き」授業をつくる

「後向き」授業が原因でICTが有効に機能しない

今の学校教育の問題の一つは、教え方が「後向き」であることにあります。それが原因となって、授業にICTを取り入れても有効に機能していない事例が多く見られます。

教え方が「後向き」の授業では、学習目標を定め、それに対して「学習者のどこが欠けているか」という見方で授業が計画されます【図1】。そのため、到達すべきゴールはここだから、第6時までにここまで子どもの頭に入れておかなければならない。だから第5時がここで、第4時がここで・・・と後ろから前に逆算して授業で何をするかを考えます。そして、うまくいっていなければ、手取り足取り指導したり、教え合わせたり、教師が最後に解説して定着させ、全員が同じルートをめざしていく。子どもたちの定着度を把握するために途中で小テストを行いながら進めていきます。

タブレット端末導入パターン

このような「後向き」授業が必要なときもあります。しかし、「後向き」授業ばかり続けていると「先生が設定したゴールに、誰が最初に駆け込めるか」ということで優劣が決まってしまうため、本来学びとはそれだけではないはずなのに、子どもの中で不自然な序列がついてしまいます。さらに、「これができればいい」という先生の期待(ゴール)が到達目標になってしまい、ゴールを超えて自分で考えなくなってしまいます。そして、次第に子どもが疲れていってしまう。このような「後向き」授業にICTを取り入れることについて、豊福(2015)は次のように非常に的確な指摘をしています【図2】。

タブレット端末導入パターン

もっと学習者を中心にして、本当にICTをじっくり使いながら、学習者がそれぞれ考える。そんな授業にしていければ良いのではないか。それを違う言葉で「前向き」授業と呼んでいます。

先生と子どもが一緒に授業をつくる、「前向き」授業

では、「前向き」授業とは一体何か。「前向き」授業も、「後向き」授業と同様にゴールを設定します。ゴールを設定するのですが、前に進みながら、子どもの理解が毎回の授業でどこまで深まったかを見ていきながら、次の授業はどこに向かっていけばよいのかを先生も一緒に考えて授業をデザインしていく。そんなタイプの授業を指します【図3】。

タブレット端末導入パターン

都度ゴールを見直して、「ちょっとここでわかっていないみたいだから、少しペースを緩めてみよう」とか、「もうちょっと挑戦的な課題がいけるのだったら、もう少し上を見てみよう」と考えて、ゴールを前向きに設定しながら、前へ前へと進んでくわけです。

しかし、授業時間には限りがあります。ICTを活用してアクティブ・ラーニングといっても、授業をそれほど簡単に変えられるものではないのかもしれません。そこで、授業を少し変えるだけで授業の雰囲気も変わるという事例をご紹介します。

電子黒板が単なる答え合わせのツールに

ある中学校で、理科第二分野「地球と宇宙」の単元でグループ1台のタブレット端末と電子黒板を使った実践がありました。

まず、先生は生徒たちがグループ活動に慣れていないことから、「黄道12星座のうち『四季ごとに真夜中の南の空』および『太陽と同方向』にある星座を答える」という課題を示し、生徒たちに実験器具を渡して、4人組で話し合わせました。そしてその結果をタブレット端末に書き込み、電子黒板に送信。電子黒板で全グループの結果を共有するという目的で活用されました。これは最初、非常に盛り上がったのですが、生徒たちが実験して、「4月の真夜中南の空におとめ座」などと電子黒板に答えをどんどん送信していくと、様子が変わりました。電子黒板のシステムが、ほかの班の画面を次々に更新して見せる仕様になっていたため、電子黒板に答えが映っていることに生徒が気付いたのです。遅れて考えていた生徒たちは、自ら考えることをやめてしまい、電子黒板に表示されている答えを写して送信。課題に対する興味をどんどん失ってしまいました。

この授業では、生徒がグループ活動に取り組みやすいように、先生があえて課題を分割し、「穴埋め型」の問いかけにレベルを落としていました。それが裏目に出て、電子黒板が単なる答え合わせのツールになっていたのです。生徒にとっては、答えが合えば終わりになるので、次の授業につながるような疑問も出にくくなります。先生も、生徒たちが大事なことを本当に理解できているか把握できず、次の授業につながらなくなってしまいました。

動的なツールとして、タブレット端末の特徴を生かす

問いを見直すことで、授業が変わる

別の授業で、この先生は問いを見直して実践されました。生徒によって答えが異なるように「自分たちの星座は誕生月に見えるのか」という問いに変更しました。そして、星座がいつどこにあるのかを送信することだけを約束にして、答え方を自由にしました。これによって、子どもたちから多様な答えが出てくるようになり、電子黒板に一つとして同じ表現の答えは出ませんでした。

「前向き」授業にゴールがないわけではありません。本時で教えたいことは「黄道12星座は誕生月には太陽のそばにある」と決まっていました。先生が問いを見直したことで、ゴールまでの到達の仕方、アプローチが生徒の自由に任され、生徒が自ら進んでいく必要が生まれました。さらに、出てくる答えが多様になったことで、生徒自身で考えてまとめる必要がありました。これは、「情報活用能力」などで今まさに問題になっているところで、さまざまな情報をまとめて自分で答えを出す、そんな授業につながっていたと思います。

なかでも興味深いのは、「到達後に生徒から多様な疑問が出た」ということです。先生は、「誕生月の星座が誕生月に見ることができないのになぜ黄道12星座になったのか。もしかしたら暦があったのかもしれない」という生徒の疑問を拾い、「じゃあ次は暦の話をしてみましょうか」と次の授業の方向を定めていました。到達後に多様な疑問が出ることは、生徒1人ひとりのわかり方の評価や次の授業のヒントになります。これが形成的な評価になります。

さて、この授業でのICT活用は「電子黒板で考えを共有する」という非常にシンプルなものでしたが、ICTではなく問いが授業の良し悪しを決めること、そして、問いによってICTが授業で生きるかどうかが決まることがよくわかる事例だと思います。

なぜアクティブ・ラーニングは必要なのか

アクティブ・ラーニングとは何か。私の専門である「学習科学」から見ると、簡単に3つにまとめられます。「子どもが自分で答えをつくる」「子ども同士が考えながら対話して、自分の考えを少しずつ変える」「学んだことが次の問いを生む」。

表現は異なりますが、これらは中央教育審議会「論点整理」で示された「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」とつながっています【図4】。

タブレット端末導入パターン

そして、なぜアクティブ・ラーニングが必要なのか。さまざまに言われていますが、その理由の一つに、アクティブ・ラーニングが人本来の学び方に近いことが挙げられます。人は自分で考えて、自分なりの答えを出すほうが自然で得意です。

そして、同じ問いであっても、人が違えば異なる答えを持っています。自分と異なる答えの人が一緒になることで、対話に持ち込めます。対話をすると、なかなか相手が納得してくれないので、人は自分の考えを変えたり、わかるところを取り込んだりします。それによって視野がだんだん広がっていきます。このような過程で形成された知識は消えにくく、長く残る知識になります。

このような学びは、次の4つの条件が整っている環境で起きやすいことがわかっています。

タブレット端末導入パターン
「知識構成型ジグソー法」を取り入れた授業改善

しかし、教室でこのような状況を意図的に作り出すのは簡単ではありません。よくできる子が1人で解決してしまったり、調べたことを発表し合って終わりになってしまったりと、なかなかアクティブ・ラーニングに結びつきません。そこで「知識構成型ジグソー法」という手法があります【図5】。

タブレット端末導入パターン

この手法では、みんなで答えを出したい問いを示して、①まず1人ひとりが自分で考える。②そして、ヒントになりそうな部品(資料)をそれぞれに与え、分担して読む。すると、ほかの人は知らないことを知っている「エキスパート」になります。すると「私にも言いたいことがある」ということが出てくるので、それがコミュニケーションや自立の基礎になります。

③エキスパート活動の後に、別のエキスパートの3人と一緒になって協働し、「私こんなのを読んできたんだけど」と考えを話し合って良くしていく。これがジグソーパズルのピースを集めるようなので、「ジグソー」と呼ばれています。従来のグループ学習では、元気な子1人でがんばってしまい、ほかの子どもがお客さんになる場合がありますが、知識構成型ジグソー法では、少なくとも1人1資料を持ち寄って話し合うので、1人1回は必ず話す機会が生まれます。

④同じ問いを解いても、それぞれが考える答えは少しずつ違うので、次は全体でクロストークをして意見交換しながら、「こんな表現がある」「こんな言い方がある」ということを知り、自分なりの考えを整理していきます。

⑤最後は先生ではなくて、学習者1人ひとりが問いと向き合い、自分なりの答えをまとめて書いていく。まとめをする中で「こんな疑問が見えてきた」という次の授業につながるヒントが生まれてきます。

子どもが「主体的に学ぶ」文脈にICTを取り入れる

では、「知識構成型ジグソー法」でどのようにICTを活用すればよいか。やはり、子どもが「主体的に学ぶ」文脈をつくる場面での活用が大事だと思います。それを踏まえて、次の3つのポイントにまとめられます。

1つ目は、最初の課題の提示です。例えば動画じゃないとわからない内容で強力な力を発揮します。授業がうまくいかない理由の7,8割は課題の設定と共有にあります。課題の共有のところでICTをうまく使っていただきたい。そして2つ目は、主体的に学ぶ中で、子どもが自然にICTを活用し、ICTの良さが生きてくるところでの活用。3つ目は、学びの成果を共有したり、学びのプロセスを捉え直したりするための活用です。

研究を進める中で、この3つのポイントの中でも特に2つ目の子どもが主体的に学ぶ中にICTを取り入れることが効果的であることが見えてきました。具体的には、エキスパート活動のときに子どもたちのタブレット端末に動画教材を用意しておくという使い方などです。ICT活用の方法としては単純ですが、子どもたちは理解できるまで何度も繰り返して動画を視聴していました。

まずは自分が一番得意な教科でアクティブ・ラーニングに取り組む

ICTを使う、使わないに限らず、子どもたちが夢中になって考えられるような問いをつくることは容易ではありません。

問いを考えるにあたって、小学校の先生方には、アクティブ・ラーニングがしやすそうな単元や教科を選ぶのではなくて、自分が一番得意な教科、今の学術動向まで追いかけているような興味のある教科で行うことをお勧めしています。そこで問いの質が大きく左右されるからです。そして、例えば社会であれば、社会が苦手だという先生に考えた問いを出してみて、どのように答えるかをシミュレーションすると良いと思います。エキスパート用の資料も渡して、その資料から子どもがどのようなポイントをつかめるのか、期待する回答が出てくるのかどうかといったことを何度もシミュレーションして見直しながら、授業をつくってほしいと思います。

公益財団法人 学習ソフトウェア情報研究センター主催
「情報教育セミナー2016」(2016.7.25)特別講演より
(2016年8月掲載)