学習指導要領/教育の情報化

タブレット端末活用セミナー2016 パネルディスカッション ICT環境と授業の質的転換

多様な形態で進むタブレット端末整備

中川一史 放送大学教授【中川氏】文部科学省から示されている「教育のIT化に向けた環境整備4か年計画(平成26年~29年)」の中に、コンピュータ教室40台と併記する形で、設置場所を限定しない可動式コンピュータとあります。本来は、コンピュータとタブレット端末のような可動式コンピュータが両立していくような形で整備されることが望ましいのですが、現在のタブレット端末導入パターンは6つパターンあり、各自治体によって整備内容は異なっています【図1】。

児童生徒が1人1台を常時持つのは、この6パターンの中でも「全校児童生徒分」、「個人所有」の2つだけになります。さらに、この6つのパターンをグループ分けすると、1つ目が主に教師が活用するグループ、2つ目はグループ1台で活用するグループ、そして3つ目が児童生徒1人1台で活用するグループとなります。導入スタイルも、モデル校から先行していくスタイル、全校が段階的に導入するスタイル。それから、最初から1人1台を一度に入れるという全校完全導入スタイルとさまざまです。これは何が良いとか、悪いということではなく、自治体によって推進・普及のさせ方の青写真が違うということです。このようなことを踏まえて、3人のパネリストの先生方にそれぞれの立場から語っていただこうと思います。

まず、文部科学省生涯学習政策局情報教育課情報教育振興室の新津勝二室長には、教育の情報化がどのように進んでいて、今一体何が課題なのかをお話しいただきます。続いて、金沢星稜大学教授の佐藤幸江先生には、「タブレット端末の活用」と「アクティブ・ラーニング」の2つのキーワードで、これからの学習のあり方をお話しいただきます。和歌山大学教授の豊田充崇先生には、これからのICT環境の展望についてお話しいただきます。

タブレット端末導入パターン

10年後、20年後の社会に生きる子どもたちに必要な情報活用能力の育成を

新学習指導要領で求められる教育の情報化とは

【新津氏】昨年8月に示された教育課程企画特別部会の「論点整理」の情報関係の部分で「予測できない未来に対応するためには、社会の変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して、一人一人が自らの可能性を最大限に発揮し、よりよい社会と幸福な人生を自ら創り出していくことが重要である」と明記されています。また、「蓄積された知識を礎としながら、膨大な情報から何が重要かを主体的に判断し、自ら問いを立ててその解決を目指し、他者と協働しながら新たな価値を生み出していくことが求められる」とあります。まさに、このことが、主体的・協働的な学び、アクティブ・ラーニングのことなのではないでしょうか。

そして、特にこれから求められる資質・能力として「急速に情報化が進展する中で、情報や情報手段を主体的に選択し活用していくために必要な情報活用能力(中略)各学校段階を通じて体系的に育んでいくことの重要性が高まっていると考えられる」となっています。さらに「ICTの急速な進化など、高度な技術がますます身近となる社会の中で、そうした技術を理解し使いこなす」とあり、これからは、コンピュータやネットワークの裏側にある仕組みの理解や科学的素養を身に付けることが非常に重要になるということが強調されています。

また、次期学習指導要領の2つのキーワード「カリキュラム・マネジメント」の実現や「アクティブ・ラーニング」の視点に立った授業改善を進めるためには、教職員定数の拡充を図ることはもちろんですが、「ICTも含めた必要なインフラ環境の整備を図ることも重要である」という点も忘れてはなりません。

なお、情報教育の部分では、「プログラミングや情報セキュリティをはじめとする情報モラルなどに関する学習活動の充実を発達段階に応じて図る」とされており、このことが現在の小学校段階からプログラミング教育必修化の動きにつながっています。

「情報の科学」をベースに新たに1つの必履修科目を設置

現行の高等学校における共通教科「情報」については、8割が「社会と情報」を履修し、2割が「情報の科学」を履修しており、バランスが悪い設定となってしまっています。このため、次期改訂に向けては、文系・理系や卒業後の進路を問わず、すべての高校生が「情報の科学的な理解」に裏打ちされた「情報活用能力を身に付けることが必要である」という観点のもと、「情報の科学」をベースにした1つの必履修科目を設けることが検討されています。そして、その履修を前提として発展的な内容を学習する新しい選択科目を設けることも合わせて検討されています。その内容については、現在、情報ワーキンググループで詳細を詰めているところです【図2】。

情報科目の今後の在り方について

なお、高等学校における情報教育の充実に伴い、中学校の技術・家庭科において情報に関する部分の指導内容を充実させることはもちろん、小・中学校の段階から各教科等の教育活動を通じて情報活用能力を育成することも非常に重要で、その検討が各教科等のワーキンググループでも行われています。

しかしながら、情報科免許状の保有状況を調べたところ、高等学校において専任の情報科・担当教員を置いている学校は2割しかありません。5割の学校が理科や数学の先生が兼任して教えています。そして、3割の学校では免許外の教科担任として教えているというのが現状です。すべての高等学校において、現行の「情報の科学」をベースにした情報の必履修科目を教えなければいけない時代がもう目の前に来ています。こうした点から、平成28年3月3日付で、情報教育課長と教職員課長の連名で、情報の免許状保有者の配置の促進という通知を出したところです。

2つの新テストでコンピュータを使った試験の実施を検討

大学教育においても、三つのポリシーの一体的な策定と、それを踏まえた大学教育への質的転換、つまり、受け身の教育から能動的な学習へ質的転換を図る教育改革が検討されています。学校教育の入り口から出口まで一貫して社会との関係を重視しようというのが高大接続改革であり、そのために2つの新テストが検討されています。

1つは「高等学校基礎学力テスト(仮称)」です。生徒自身が自ら基礎学力の定着度を把握し、学校も、その結果を踏まえて授業改善に生かす。知識技能を問う問題を中心としつつ、思考力・判断力・表現力を問う問題もバランス良く出すということ。そして、注目すべき点は、コンピュータを使ったテストが検討されているということです。

もう1つは「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」です。こちらも、知識技能に関する判定機能に加え、思考力、判断力、表現力を構成する諸能力を判定する機能を強化するということが検討されています。さらに、教科「情報」について、最終報告では「適切な出題科目を設定し、情報と情報技術を問題の発見と解決に活用する諸能力を評価する」となっているという点に注目していただきたいと思います。

また、問題に取り組むプロセスにも、回答者の判断を要する部分が含まれる問題、記述式問題などの導入や、多様な資料や動画を用いるといった出題が可能となるよう、このテストにおいてもコンピュータを使ったテストの導入が検討されています。

現在、中央教育審議会において学習指導要領改訂の検討がされていますが、過去のスケジュールからすると、平成32年度から小学校が新教育課程となり、続いて平成33年度から中学校、平成34年度からは学年進行で高等学校の新教育課程が始まる予定です。2つの新テストはこのスケジュールを踏まえて検討されており、平成28年度中に実施方針が公表され、平成31年度から「高等学校基礎学力テスト(仮称)」が導入、平成32年度から「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」が導入される予定となっています。つまり、平成28年度の中学校2年生以下は、この新テストの対象になるということは押さえておかなければなりません。

繰り返しになりますが、高等学校は、平成34年度から年次進行で実施となります。すべての高等学校において「情報の科学」をベースにした科目を教えられる教員を研修、または、採用する必要があり、そのための対応は今からでも始めなければなりません。

小学校段階からキーボード入力など基本的なスキルの習得を

平成25年度にコンピュータを使って実施された「情報活用能力調査」の結果では、今の小・中学生は、ともに整理された情報を読み取ることはできても、ウエブページから目的に応じて、特定の情報を見つけ出し、関連付けたり、整理・解釈することに課題があるということがわかっています。また、キーボードを使った1分間あたりの文字の入力数の平均が、小学生は5.9文字、中学生は17.4文字でした。答えはわかっているけども、入力が苦手なために回答できなかったという児童が非常に多かったということです。現行の小学校学習指導要領の総則では「コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作(略)を身に付け」とあるのですが【図3】、昨今のタブレット端末やスマートフォンなどの流行りの影響で、キーボード入力などの基本的な操作スキルを教える時間が非常に少なくなっているのではないかという懸念があります。

小学校学習指導要領(総則・抜粋)

企業の方からは、キーボード入力ができない新入社員が出てきたという話も伺います。子どもたちが将来社会に出たとき、タブレット端末だけでは仕事はできないのではないでしょうか。キーボード入力など最低限の基本的な操作スキルを小学校の段階から、ぜひ教えていただきたいと考えているところです。

なお、ICT環境整備についても、自治体間の格差が広がっているということは非常に大きな課題であります。地方財政措置上、国として条件付けや制限ができない中で、最終的には自治体の判断になってしまうのですが、今回の大きな教育改革を踏まえますと、このタイミングで学校のICT環境整備はもちろん、先生方のICT活用指導力を向上しないといけないのではないでしょうか。10年後、20 年後、変化の激しい社会に生きる子どもたちの情報活用能力を育成するため、今、まさに、そのような重要な時期に来ていることを最後に強調して私の説明を終わります。

動的なツールとして、タブレット端末の特徴を生かす

「正解」を得る学習から、「最適解」を得る学習へ

【佐藤氏】社会の情報化が進み、テクノロジーが進化することで、私たちのライフスタイルや仕事も変化します。それに従って、子どもたちが身に付ける資質や能力を考えなければなりません。

一般的に「21世紀型能力」と言われる力やスキルを育てるために、アクティブ・ラーニングという学習方法があります。学習のゴールとして、今まで教科教育で目指してきた「正解」を得るという学習から、「最適解」を得る、人によっては「納得解」を得る学習だと言われており、その方向に変わっていくだろうと言われています。

つまり、それぞれの認識や思考のズレを感じ合い、そこから主体的・協働的に学習を進めていき、そのなかで自分の認識や思考のズレを修正し、「あの人の考え方、いいな。自分のここと違うんだな。じゃあ、より良い解を求めていこう」とする。

例えば、高等学校の学習において、政治の大衆化が進んだにも関わらずファシズムが台頭したのはどうしてなのか。資料を基に比較したり検討したり関連付けたりして、結論付けていく。そのような最適解を追究する学習活動が小学校から高等学校、そして大学まで必要になってくると思います。

私は、タブレット端末がこのような学習活動に寄与すると考えています。タブレット端末は、サイズ感が良く、いつでもすぐに、どこでも、場所を変えても使えるという良さがあります。動的なツールとしてのタブレット端末が、紙に勝ると考えられるのは【図4】のような点だと思います。

動的なツールとしてのタブレット

図中にはありませんが、「消す」ことも容易にできるので、今まで自分の考えをノートに書くのをためらっていた子どもたちが、安心して自分の考えをタブレット端末上で表出できるようになってきているのではないかと思います。

タブレット端末と授業支援ソフトで「個別」「一斉」「協働」を行き来する

金属と酸素の化合の割合を求めた中学2年理科の実践では、タブレット端末と授業支援ソフト『SKYMENU Class』の[画面合体]機能を使って生徒が複数の課題に取り組んでいました。

考えをグラフに表す子、記号で表す子と分担しながら実験結果をまとめていき、[画面合体]で1人ひとりの考えを共有。話し合いのなかで、友だちの考えとズレているところを感じながら、「ではどの考えを基にすると一番説得力があるのか」と練り上げていきます。そして、友だちからの情報を基に、あらためて個に戻って考え、考えを再構築するという実践をされていました。生徒たちは、さまざまなズレを感じ、主体的・協働的・対話的な学習を進めていくなかで最適解を求めていました。

まずズレを感じ、その中から学習課題を作っていく、そして思考場面があって、振り返りがある。これからは、この振り返りの活動も大事になってきます。教師が「自分たちが一体何を学んでいたのか」を明示化する場を設定したり、「学びの価値づけ」をしたりすることが重要になります。

今、協働的、課題解決の学びが強調されています。しかし、この学びの前提には、個人内の習得があります。個人内で活用できる力を身に付けていく習得場面では、これまでのように一斉指導的な学習も必要です。個別・一斉・協働をベストミックスし、単元の中でバランス良く行き来させること。そしてタブレット端末を効果的に位置付ける力が、ますます必要になります。

揺るがないコンピュータ教室の「必要性・有用性」

活用目的は「主体的な学びの促進」と「思考の深まり」

【豊田氏】このグラフはタブレット端末1人1台体制の136事例の調査結果です【図5】。 

小学校学習指導要領(総則・抜粋)

タブレット端末の活用形態を見ますと、一斉指導とグループワーク、小集団での検討・発表と全体発表がそれぞれバランス良く散りばめられており、タブレット端末を活用している学校では、こういう授業をスムーズに展開できる学習環境が望まれていることが予想できます。

さらに、タブレット端末を活用している先生方に「どのような意図で使っていますか」と質問したところ、特に意図されていたのは、「主体的な学びの促進」と「思考の深まり」という点。逆に「知識の獲得や定着、集中力の維持」についてはほぼ意識されていないという結果でした。タブレット端末を活用する先生は「主体的な学びの促進」「思考の深まり・広がり」という2つの思いを持っていることがわかってきました。

創作的な活動や情報の比較・検討はコンピュータ教室で

タブレット端末やノートPCなどのツールを自分で選択できる環境が用意されているある学校では、同じ課題が与えられた場合、女子児童はノートPCを、男子児童は画面タッチできる小さいタブレット端末を使う偏向があります。どちらを選んでもよいのに、男女でカチッと分かれます。恐らく男子児童は、単にかっこいいとか、使ってみたいからタブレット端末を選んでいるのでしょうか。逆に女子児童は目的がはっきりしていて、作りやすさや見やすさ、入力のしやすさから冷静に判断してツールを選択していました。

別のある学校でもタブレット端末を導入していますが、画面が小さいため、数人の児童が肩肘張って1台のタブレット端末画面を覗き込んでいました。その授業では、結局作成した課題を印刷して全体イメージを確かめていました。やはり新聞作りなどは、大きな画面で複数のウィンドウを開いて、さまざまな情報を複合的に見ながら進めていくことが、必要だと感じます。

もちろんタブレット端末を囲んで、みんなで議論したり情報を共有したりする場面もあります。しかし、開放的なコンピュータ教室であれば、小さな画面を覗き込むよりも、みんなで、姿勢を正して大きな画面を見たほうがうまくいくこともあります。

このようなそれぞれの端末の特性に気づいた、あるタブレット端末活用の研究校では、さまざまなWebサイトから情報を集め、比較・検討してまとめるような場合には、コンピュータ教室で授業を行うようにしています。

コンピュータが使えない若者の増加は、スマートフォンの普及が一因と言われています。メディアの特性を理解し、適切なツールを選択させる力を育む。そして創作的な活動や複数の情報から比較・検討させることに取り組ませる。社会・企業からの要請に対応するといった観点からも、タブレット端末だけでなく、コンピュータ教室を継続して配備することが大事だと思います。

タブレット端末活用セミナー2016東京会場
「学習指導要領改訂の動向とアクティブ・ラーニング」(2016.4.23)パネルディスカッションより
(2016年8月掲載)