学習指導要領/教育の情報化

再考「情報教育」 情報活用能力調査の結果を踏まえた現実的な実践の提案

脈々と引き継がれてきた「情報活用能力」の概念

「情報活用能力」という言葉は、昭和60年代の臨時教育審議会で定義され、その後、基本的な趣旨を変えることなく引き継がれてきました。平成18年の「初等中等教育の情報教育に係る学習活動の具体的展開について(文部科学省)」では、「情報活用能力の3観点8要素」として再定義され、平成27年には「21世紀を生き抜く児童生徒の情報活用能力育成のために(文部科学省)」において概念図で表されました(図1)。

図1 21世紀を生き抜く児童生徒の情報活用能力のために

この図を俯瞰すると、「情報活用の実践力」という問題解決的な能力が主軸に据えられ、それを支える形で左右を固めているのが「情報の科学的な理解」と「情報社会に参画する態度」です。図が示すように、データの構造や通信の仕組みなどを科学的に理解し、著作権の問題や適切な情報発信の仕方など、情報社会に参画する態度が身についていなければ「情報活用の実践力」は生かせません。非常に考えられた概念図だと思います。

そして、図の中心には「課題や目的」が前提としてあり、その課題解決や目的達成のために「適切な情報手段」を選び、その情報手段を用いて「必要な情報の主体的な収集・判断・表現・処理・創造」を行える力が示されています。そして、そこで作り出される情報や作品、そして発表活動は、「受け手の状況などを踏まえた発信・伝達」であることが求められています。

しかしこのような情報活用能力の定義は、教育現場で正しく広まっておらず、「コンピュータやインターネットを巧みに操作できる力」と誤解されているのが実情です。

この「適切な情報手段」とは、コンピュータやインターネットなどのICTを手段として限定していません。場合によっては紙媒体が有効・適切であることも考えられるわけです。あくまでICTがほかの情報手段よりも、情報の収集、判断・処理、表現・創造したりする上で、優れているから利用するのであり、ICTの利用を前提条件や必須としているわけではありません。

情報活用能力の育成は、全国学テB問題向上につながる

平成26年度、日本国内の小学校5年生と中学校2年生を対象に実施された「情報活用能力調査」(文部科学省)では、コンピュータテスティングを利用し、架空の検索エンジンを利用してWebサイトから必要な情報を読み取ったり、情報の分類などを行ったりする問題や、プレゼンテーションスライドの作成、SNSでのコメントなど多様な出題がなされました。

これらの問題のうち、いくつかは、「全国学力・学習状況調査のB問題と類似している」と指摘されています。そもそも全国学力・学習状況調査は、B問題を「活用力を問う問題」として位置付けており、そこには問題解決的な能力や表現・伝達といった趣旨が盛り込まれています。

従って、「情報活用能力の育成」が全国学力・学習状況調査のB問題で問われる「活用力」向上の一助となるといえます。(図1)の「情報活用の実践力」をあらためてとらえた上で、B問題を参照すると、目指す能力の接点が見て取れるはずです。全国学力・学習状況調査を調査・分析し、学習指導の改善・充実に向けての提案をまとめた国立教育政策研究所の冊子「全国学力・学習状況調査の4年間の調査結果から今後の取組が期待される内容のまとめ」にも、情報活用能力の重要性が記述されています。

小学5年生のタイピング能力
「10秒に1文字程度しか入力できない」

タイピング能力の低下への懸念

学習課題を解決するための優れた手段としてコンピュータを活用する場合、やはり前提となるのは「タイピング能力」です。紙上に書くよりも早く文字入力できてはじめてその効果が得られるといえます。しかし、「情報活用能力調査結果(平成26年)」によると小学5年生の平均タイピング速度は、わずか分速5.9文字しかなく、平均で10秒に1文字程度しか入力できないという実態が明らかになっています。

これらの背景には、スマートフォンやタブレット端末の個人普及によって、家庭内で親子がコンピュータを共有して使う機会が減少したことや、フリック入力や音声入力などの手軽な文字入力方法が開発されたことで、自然にタイピングをマスターする機会が少なくなっていることが考えられます。また、学校においては「総合的な学習の時間」のカリキュラム変更などで、定期的なコンピュータ教室の利用が減少していると言います。このような背景からも、タイピング速度の低下は顕著であることがうかがえます。

そもそも、文字入力ができなければ、ICTを用いた「情報を収集・判断・表現・処理・創造」などができるはずがありません。九九を覚えないまま、方程式を解くようなものです。

ほかの情報手段を選ぶほうが適切だと考えられるのは当然のことだと思います。

また、手書き文字認識や音声入力などの新しい入力デバイスの開発により、児童生徒のタイピング速度の低下をそれほど憂慮する必要がないとも言われています。しかし、いわゆる「パーソナルコンピュータ」が現れてから40年近くキーボード入力に代わる安定した入力デバイスが使用されていない現状からすると、タイピング速度の低下は楽観視できるものではないと懸念を覚えます。

「情報活用能力調査結果」をうけ文部科学省が発行した「21世紀を生き抜く児童生徒の情報活用能力育成のために」の冊子にも、あらためてタイピング指導についての事例が掲載されています。情報活用能力の基礎的なスキルとして、児童生徒にいかにしてタイピングスキルを習得させ、「適切な情報手段」として積極的なICT利用を促していくかを、私たちは考えなければなりません。

タブレット端末の活用 創作的な活動に課題

タイピング能力の低下が懸念される一方で、全国ではタブレット端末の整備が進んでいます。タブレット端末の活用には、「思考力の向上」「協働学習」「アクティブ・ラーニング」など、さまざまに期待がかけられていますが、それらを意識するあまり、身構えてしまっては整備された意味がありません。

児童生徒が調べ学習でインターネット検索を利用する、ペアやグループになり、撮影した写真や自分の考えを伝え合う際に「移動式プロジェクタ」として使う、といった簡単な情報活用で構いません。ちょっとした活用法からはじめ、何度も繰り返して実践することが大事だと思います。

また、コンピュータ教室のコンピュータをデスクトップPCではなくタブレット端末に置き換えて整備する学校、自治体も増えています。しかし、デスクトップPCを単純にタブレット端末に置き換えてしまうと、学習者機のディスプレイ画面は半分以下の大きさになってしまいます。児童生徒は、今までよりも小さな画面で、新聞づくりやプレゼンテーション制作などに取り組まねばならなくなり、教育現場からは、デスクトップPCと比べてこうした創作的な活動が行いにくくなったという声も聴きます。

これまでの情報教育の定番ともいえる実践が行いにくくなることで、児童生徒がコンピュータを活用する機会が失われてしまうことが危惧されます。「何のためにタブレット端末を整備するのか」を、改めて考える時期に来ていると思います。

情報教育の目的を絞り込み、1時限完結の実践を繰り返す

情報活用能力の育成を目指した実践は「調べて・まとめて・伝える」を基本とするため、どうしても大単元の構成が組まれることが多くなります。また、個人の創作的な技能や意欲に大きく左右され、コンピュータ操作スキルの個人差も大きいため、学習成果の統一感が得られず、評価もしづらいことで、敬遠されがちです。

多くの諸外国では、発達段階に応じて習得すべき操作スキルや各種情報の取り扱い(収集・編集・伝達)が定められているため、教員は指導計画を立てやすく、1時間単位で完結する実践を何度も繰り返し行うことで情報活用能力の育成を図っています。

一方、国内ではそういったスタンダードがなく、ほぼ学級担任や各教科担当者の裁量に委ねられています。また、段階的な指導や大単元での指導を意識するあまり、繰り返しによる情報活用能力の育成が図られていません。

次に紹介する3つの事例のように「1時限で完結し且つその目的や評価ポイントを絞り込んだ実践」を行なうことが普及のポイントになると考えています。

写真にもっとも適したキャプションを話し合う事例① 「組写真カード作り」

2枚の写真を撮影し、それぞれの写真の特徴がわかるようにキャプションを付ける実践です。アップとルーズの写真を撮影し、「見せ方」の違いを考えさせることがポイントです。これは目的とした写真を撮影し、その写真がどのようなことを伝えているのかを示すという、ごく基本的な活動です。最初は、印刷して紙の上に書き込んでも構いませんし、すべてコンピュータやタブレット端末で作業しても構いません。

指導者が事前に用意した「学校紹介ポスター」のフォーマット事例② 「ポスター作り」

この実践では、ポスターの基本の4大要素(タイトル・キャッチコピー・メイン画像+サブ画像・関連情報)をおさえます。例えば学校紹介ポスターであれば、基本フォーマットは指導者側が事前に用意しておき、使用する写真も事前に撮影し、選定した10枚程度から選ばせるなど「お膳立て」をしておきます。授業中はキャッチコピーの入力とレイアウト作業のみを児童生徒に作業させます。あくまで目的は、ポスターとしての要素を理解することと、受け手を意識したインパクトのあるキャッチコピーや見やすいレイアウトを考えることにあります。

共同新聞作りの制作例事例③ 「共同新聞作り」

1つの記事を書くことから開始し、まずは「タイトルと記事内容、関連した1枚の写真とそのキャプション」を作成します。それをいったん保存して、クラス内で共有。そして、他者の記事と自分の記事をジョイントしていき、3つ程度の記事を結合することで、1枚の新聞(紙面)を作る作業を行います。これは、デジタル化の利点を生かしたものであり、他者のデータを丁寧に扱うということで協働性も発揮できる事例です。

これらの事例はいずれも、さまざまな場面で応用できるものであり、ICTが得意とする写真を用いた作業と情報教育における評価のポイントを絞り込んでいます。例えば、ポスター作りの評価ポイントは「基本の4大要素」がきっちりと埋め込まれているか、キャッチコピーのオリジナリティやインパクト、受け手を意識したレイアウトなどを評価の視点としています。これらの事例は、一定の統一感を持って評価を設定することが可能であり、他者からの評価を受け入れて改善することも容易に行えます。ここでもデジタル化の利点が発揮できます。

また、発展性も得やすく、事例①の「写真+キャプション」のカードを複数枚作成すれば、プレゼンテーションスライドの構成を立てられますし、事例②のポスターが1枚作成できれば、文章を加えてリーフレットやパンフレットにも発展させられます。

情報活用能力の育成といっても身構える必要はなく、このような事例の「積み重ね」から、発展的に考えることが望ましいと考えています。ただし、「作品を仕上げること」を学習の目的として設定してはいけません。それでは操作手順を覚えるだけになってしまい、ソフトウェア(各種アプリ)の使い方を学ぶことが主軸になってしまいます。あくまで、情報活用能力の育成を主眼にとらえ、必要な情報が集められて表現されているか、伝える相手を意識して編集されているかといったポイントを評価する必要があります。

本当に「適切な情報手段」なのか検証する

情報教育として忘れてはいけない大事なことは、児童生徒が課題を解決するために適切な情報手段(メディア)を自ら考え、選択できることです。もちろん児童生徒が最初からその判断ができるわけではありません。3つの事例のように、全員が同じ情報手段を利用することから始まるのだと思います。

ただ、そのようなときに、ほかの情報手段を用いた場合と比較したり、それぞれの情報手段の特性・利点を考える場面を設けたりして、「適切な情報手段」であったかを検証するようなことは情報活用能力の育成において、極めて重要なことです。 

30年の歴史を持つ「情報教育」を再考する

「21世紀型スキル」「思考スキル」「アクティブ・ラーニング」など、新しい言葉が話題になるなか「情報教育」はそれらの陰に隠れ、存在感を失ってしまっているようにも思えます。

しかし、それらの新しい言葉の概念と情報活用能力の定義には、重なる部分が多くあり、まさに30年を経ても通用する万能な定義であることがわかります。教育現場の喫緊のニーズとして求められている「情報モラル」においても、定義上は情報活用能力の1つである「情報社会に参画する態度」としてすでに情報教育の創成期から存在していたことはほとんど知られていないと思います。

情報活用能力は、各教科に分散してその理念を脈々と受け継がれています。ここで取り上げた事例を見ても「意識せずに指導してきた」という場合もあると思います。

タブレット端末1人1台体制などが叫ばれているなか、今こそ、正しく情報活用能力を理解し、各教科に分散して、埋め込まれている情報活用能力の育成の場面を生かしていただきたいと思います。こうした視点が30年の歴史を持つ情報教育を再考するきっかけとなることを願っています。

(2015年10月掲載)