学習指導要領/教育の情報化

「学びのイノベーション事業」実証研究の成果と課題)

教育の情報化が目指すもの

文部科学省の考える「教育の情報化」は、平成23年に策定した「教育の情報化ビジョン」の考え方が底流にあります。「情報教育」「教科指導における情報通信技術の活用」「校務の情報化」の3つの側面を通じて、教育の質を向上させることにねらいがあります。

2つ目の「教科指導における情報通信技術の活用」については、平成23年から25年にかけて、総務省と連携した「学びのイノベーション事業」として小学校10校、中学校8校、特別支援学校2校の計20校を実証校として、ICTを活用した指導方法の開発や学習者用デジタル教科書・教材を開発し、それらを活用しながら、どのように授業に役立てられるのかということの検討、その効果検証等が行われました。

4月11日に「学びのイノベーション事業 実証研究報告書」として3年間の実証事業の成果を公表しています。小・中学校、特別支援学校における取り組み、ICTを活用した指導方法の開発、学習者用デジタル教科書・教材の開発、ICTを活用した教育の効果測定、ICT活用の留意事項などを紹介しています。

学びのイノベーション事業実証研究校の取組

小・中学校の実証校では「画像や動画を活用した分かりやすい授業により、興味・関心を高め学習意欲が向上」「児童生徒の学習の習熟度に応じたデジタル教材を活用し、知識・理解の定着」「協働学習を含めた発表、話し合いを通じた思考力・表現力の向上」などの取り組みが多く行われました。

実証研究の趣旨は、従来の授業とICTのコラボレーションにあります。例えば、観察実習や体験的な学習は非常に重要ですが、これらの活動とどのようにICTを効果的に組み合わせられるのか。また対面でのコミュニケーション活動にICTをどのように組み合わせられるのか、ということが検証されました。決して、始めから終わりまでICTを使って授業をするということではありません。

このことは、当然、教員の指導力向上の取り組みも重要になります。多くの実証校では、授業研究会などによる情報共有や、配置されたICT支援員との連携が積極的に図られていました。授業の組み立て方を、学校の中で先生同士が話し合い、深く何度も議論しながら、お互いに評価し合いながら改善していく。そのような活動が継続的に行われていました。

特別支援学校における取組

特別支援学校2校では、個々の生徒の障害の状態や特性に応じたICT活用に焦点が当てられました。また、入院中の子供は、どうしても学びの機会が制約されてしまいます。本校と病院内の分教室とテレビ会議システムで接続することによる協働学習なども行われました。

また、「学びのイノベーション事業」の取り組みとは別に、発達障害のある子供たちに、どのようにICTを活用して指導すればよいのかを特別支援学級編、通級指導編、通常の学級編の3つに分け、それぞれハンドブックを作成しています。特別支援教育の分野でも積極的にICT活用を進めていただきたいと思います。

ICTを活用した指導方法の開発

指導方法の開発に当たっては、まず各実証校からの報告をもとに、学習場面を10種類に類型化しました(図1)。一斉学習、個別学習、協働学習のそれぞれのシーンに分類しています。

図1

45分の授業の中で、どの場面でどのようにICTを使うのか、あるいはどのような目的意識の中で子供たちに使わせるのか。これらが極めて重要です。

報告書では、類型化した学習場面を、具体的に授業に組み入れ実践、授業の導入からまとめまでの展開例を21事例掲載しています。

学習者用デジタル教科書・教材の開発

学習者用デジタル教科書・教材の開発については、小学校3学年から中学校3学年まで、国語、社会、算数(数学)、理科、外国語活動(外国語)において、一部の単元をモデル的に開発し、実証校で実践しました。実践を踏まえつつ、これからの学習者用デジタル教科書・教材に求められる機能を整理しました。

具体的には、多様な情報端末から利用できることや、児童生徒の学習の過程や成果等を蓄積し、活用できること、管理運用システム等、学びに有効なシステムが連携した学習環境の構築が必要であることが整理されました。

今後、さまざまな学校でタブレット端末が導入されるとき、OSもさまざまに変わります。しかし、OSごとに教材が作りこまれ、OSによって利用できない教材があれば、その効果は減殺されてしまいます。どのようなOS、情報端末でも利用可能な教材であることが必要です。実証校で得られた知見、経験から学習者用デジタル教科書・教材等の標準化の作業が進められています。

ICTを活用した教育の効果

ICTの活用効果も測定しました。意識調査の結果、約8割の教員から授業について肯定的な評価を得られました(図2)。また、児童生徒からも約8割の肯定的な評価を得られました。特に重視したいのは、3年間の実証事業を通じて肯定評価が持続した点です。この評価は、児童生徒のICT機器に対する興味・関心による一時的なものではなく、ICTを活用した新しい授業に対するものだといえます。

図2

「学力」については、標準学力検査(CRT)の結果を、平成23年度から24年度の経年で原則同一の児童生徒を対象に調査しました。結果、小学校では低い評定の出現率の全国比が減少し、中あるいは高い評定に移動する傾向が見られました。中学校では、もともと高い評定の生徒が多い学校では、さらに高い評定の生徒の出現率の全国比が増加。低い評定の生徒が多い学校は、小学校と同様に低い評定の出現率の全国比が減少しました。学力にも少しずつ反映される傾向が見られると我々は理解しています。

健康に関する配慮事項については、ICTを活用した授業の前後で、児童生徒の身体の調子に顕著な変化は見られませんでしたが、電子黒板やタブレットPCの画面への光の反射による映り込みや、児童生徒の姿勢の悪化等への対応が必要であることがわかりました。これらの留意事項を整理し、「児童生徒の健康に留意してICTを活用するためのガイドブック」としてまとめ、公表しています。

報告書では、「学びのイノベーション事業」を終えた、今後の課題として、指導事例の改善を含めた中身のさらなる発展や、デジタル教材の充実、あるいは教育環境の整備、学校・家庭・企業を含めた連携体制の構築を進めていく必要性などを挙げています。

今後、各実証校には、全国のICT活用を牽引するリーダーの役割を期待しています。

これから新たに整備し、取り組まれる学校は、ぜひ「学びのイノベーション事業」の指導事例から授業のイメージをつかんでいただきたいと思います。成果を踏まえることで、実証校が必要とした3年という時間を短縮できると思います。新たに取り組まれる学校も、リーダーとしてICT活用を牽引していただきたいと思います。

教育の情報化は、文部科学省だけで進められるものではありません。先生方が授業改善をしながら、それを広く見せていくことが必要です。

実証校20校から広がり、多くの自治体、学校で活用が進み、多くの指摘をいただくことで、教員の指導力向上や、授業改善が行われていく。ICTが授業改善のトリガーになると思っています。

先導的な教育体制構築事業

平成26年度以降、文部科学省としては、総務省と連携し、クラウド等の最先端技術を使いながら先導的な教育体制構築事業(先導的教育システム実証事業)を全国3地域で実施する予定です。

ポイントは、「学校」ではなく「地域」という単位で取り組むことにあります。教室でのICTを活用した授業という概念から、「教室」という物理的に囲まれた世界を取り払う。それは、遠隔授業や、家庭学習を意識したもの、あるいは児童生徒の発達段階を意識した授業の設計でも構いません。「距離・時間を超える」というICTの特徴を取り入れた実証事業を今後3年間実施します。

そのほか、下支えするものとして、デジタル教科書・教材等の標準化や児童生徒の情報活用能力に関する調査についても進めたいと思います。

教育用コンピュータ、電子黒板等の整備の推進

図3環境整備については、地方交付税の措置で単年度1,678億円を平成29年度まで4年間、提供しています(図3)。どのように使うかは各地方自治体の判断になります。自分たちの自治体の中の子供たちのためのICT環境整備にどの程度の投資をしていくか、という目線で考えていただきたいと思います。教育委員会だけでなく首長などの部局を含めて整備検討を進めていただきたいと思います。

また、Microsoft Windows XPのサポートがすでに終了しています。子供たちの貴重な情報を含んだシステムがウイルスに脆弱であれば、何の意味もありません。子供たちの貴重な情報を守るために、更新を早急に進めていただきたいと思います。

さらに「ICTを活用した教育の推進に関する懇談会」を立ち上げました。懇談事項としては、今後の教育におけるICTを活用した教育手法や、教員のICT活用指導力の向上、学校におけるICT環境整備の進め方などがあります。特に教員のICT活用指導力の向上が大きな課題だと思います。ICTをどのように使いこなして授業を作るのか。若い教員、ベテランの教員も含め、どのようにそのノウハウを伝えていくのかが課題です。そして、これはICT活用をテーマにしながら、授業を世代、教科を横断的に考えるということです。そのような学ぶためのシステムを考える必要があります。

教育の情報化の展開にむけた取組

デジタル教科書・教材等の標準化の検討が進んでいますが、教育の情報化を進めるうえで、今後さまざまに開発されるICT機器、ネットワーク、あるいはそれを含めたコンテンツを学校で的確に選べ、組み合わせられる仕組み作りが必要だと考えています。

良いアイデアを持っている企業が、良いコンテンツ、良いネットワーク、良いデバイスを提供し、さらにその中から教育効果にあるものが取捨選択され、選別されていく。そのようなときに、一度導入したら、ほかの製品に乗り換えられないという状況になると、選定に大きなエネルギーが必要になってしまいます。プラットフォームや、セキュリティポリシー、アクセシビリティなど、さまざまな観点で、「最低限備えるべきスタンダード」を考えていく必要があると考えています。

将来的には、認証、課金あるいは校務のシステムとの連動、さらには学習記録の保存などを含めた付加価値的なサービスが生まれてくるでしょう。教員の目線から適切なコンテンツやICT環境を選択できる環境、そのようなサービス市場を作っていくことが求められるのではないでしょうか。懇談会などでの議論を経て、長期的な視点を作りたいと思っています。

※一般社団法人日本教育情報化振興会主催 タブレット端末活用セミナー2014特別講演より
(2014年6月掲載)