研究会・セミナー

パネルディスカッション:「わかった・できた・のびた」と実感できる授業づくり

登壇された先生方の発言主旨をまとめました。

普通教室のICT環境は「授業のインフラに過ぎない」

堀田 龍也 玉川大学教職大学院教授 (コーディネータ)

平成21年度に約4,000億円規模の予算を投じた「スクール・ニューディール計画」によって、国は、普通教室のICT環境の整備を図った。その結果、大型テレビやプロジェクタ、電子黒板などの整備が進んだ。しかし、地方自治体によっては、ICT機器の整備に大きな格差が生じている。

確かに、ICT機器はインフラに過ぎない。授業をするのは教師であり、学ぶのは児童である。したがって授業、学習指導の充実が重要であることには変わりはない。しかし、新学習指導要領の完全実施により、学習内容が大幅に増加し授業時数がタイトになっている。さらに、思考力、判断力、表現力の育成の前提として、子どもたちに基礎的な知識、技能をしっかりと習得させることが求められており、これらの学習活動には、普通教室のICT環境は欠かせない。

ICT環境が整備されていない自治体は、今後大きな問題になることが予想され、整備されたとしても、新学習指導要領下において、従来の学習指導の方法が多少なりとも変化しないと整備された意味がない。今、ICT活用をどのように取り組んでいくのかを考え直す時期にきている。

導入から普及、定着を速やかに進めるために

野中 陽一 横浜国立大学准教授

授業でのICT活用が学力向上に効果がある、少なくとも関連があることは明らかになっている。しかしながら、2010年度の全国学力・学習状況調査の学校質問紙の結果を見ると、週一回くらい国語、算数で使っている先生の割合は全国で7%しかいない。児童のコンピュータ活用、普通教室でのインターネット活用にいたっては2%以下となっている。また、OECD生徒の学習到達度調査(PISA2009)「デジタル読解力調査」では、国語、算数、理科の各授業で一週間の内、コンピュータを使っている生徒の割合は1%台である。

このような状況を打破し、導入から普及、定着を速やかに進めるためにすべきことは、以下の3点と考える。

  1. すべての普通教室に多くの教員が活用をイメージできる機器を導入し、手間なく日常的に活用できるように設置すること。
  2. これまでの授業スタイルを踏襲し、授業の設計や実践において、負担とならない活用を継続的に行うこと。
  3. 教員がお互いにICT活用の場面を参観したり、紹介し合ったりする校内研修の機会を設け、ICT機器の設置や活用の工夫を共有すること。
ICTはあくまで道具、最後は教師の指導力

岸田 隆博 丹波市教育委員会教育部長

丹波市の教職員は、授業研究に熱心に取り組み、校内研修も非常に活発である。ICT環境の整備も全国よりも早く手掛けており、研究指定校では、プロジェクタが教室に常設してあり、普段から使いやすい環境も整備。また、授業にICTを活用して指導できる教員は80%を超えるなど、非常に高い数値になっている。

しかし、毎年4月に実施される全国学力・学習状況調査では、「算数が好き」「国語が好き」と答えた児童の割合が全国平均よりも低い結果である。この原因について、ICT活用の視点から見ると、大きく教材を提示したら子どもが飛びつくので、それで子どもが分かった気になっているのではないか。ICT活用そのものが児童生徒の学力向上につながるという誤解があるのではないかなど、さまざまな要因が考えられる。

ICTはあくまで道具。子どもたちの興味関心等はサポートしてくれるが、最後は教師の指導力にかかっている。質の高い教育を展開するには、すべての教員がさりげなくいつでもICTが活用できるような資質を備える必要がある。子どもたちの学びを保障し、学びを連続させるために、我々教員は自己研鑽につとめ、ICT活用指導力をさらに高めていく必要がある。

習得をより確かにする活用題、適応題の開発を

加藤 明 兵庫教育大学大学院教授

「主体的に学習に取り組む態度」は、観点別学習別評価でいうと「関心・意欲・態度」に対応する大きな目標であり、これから日本の教育を支えるような大きな目標といえる。

「関心・意欲・態度」は指導が難しい。そこで、授業の導入部分でICTを利用すると、子どもが前のめりになっていく効果がある。これは大事なことであり、学習する目的が子どもの内にあるとないのでは、成果が違ってくる。しかし、「関心・意欲・態度」は、導入時の高まりだけではない。単元がどんどん展開するにつれて、ますますおもしろくなってこなければならない。学習が終わってからも続けたい、深めたいというように、「関心・意欲・態度」が末広がりにならなければならない。

しかし、尻すぼみの授業展開にならないためには、問題に手ごたえが必要である。解くことによって、学ぶ楽しさを感じられることが大切である。既習事項をより確かにするような活用題、適応題や、答えが一つではないような内容を取り入れ、そのような問題を提示するのにICTはとても効果的である。共有財産としてそのような教材を増やしていくことを一緒に考えていきたい。

ICT活用は、現在の実践に根着して

木原 俊行 大阪教育大学教授

思考、判断、表現の力を子どもたちの中に高めていくことが、活用型授業のねらいとなる。端的に言えば、教科書+α、あるいは教科書にかわって、子どもたちが考えたり判断したりするための材料や道具や環境を提供くれるものが、ICTであると考える。

6年理科の公開授業では、月の満ち欠けを子どもたちにしっかりと考えさせ、そのプロセスを納得させるために、指導者がお手製の道具を作り、その様子をICTを使って提示していた。どうすれば子どもたちの科学的な思考が充実するか―教材開発の一つの可能性をICTが高めてくれた例だ。

実践者に考えていただきたいのは、今の授業の引き出しを増やして、子どもたちの学びの幅を広げるために、どのようなICT活用から始めるのか、優先順位の高いものから取り組んでいくことである。実物投影機で子どもたちの注意を十分喚起することができるなら、さらに違ったICT活用にトライしていくことが望まれよう。

結局、ICT活用は個々の教師の現在の実践に根差し、それぞれの学校の組織としての授業力、学校力、そこを出発点にするしかない。

(2011年12月掲載)