情報教育

Interview 小学校段階で求められるキーボード入力スキルの習得 1人1台の環境が整ったコンピュータ教室の価値を見直す(中川 斉史 徳島県三好市立下名小学校教頭)

中川 斉史 徳島県三好市立下名小学校教頭スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、児童生徒がコンピュータに触れる機会が減少。キーボード入力のスキルも低下しています。一方で、学校へのタブレット端末の導入数はますます増えています。

これからの学校に本当に必要なICT環境とは何か。平成22~25年度の総務省「フューチャースクール推進事業」・文部科学省「学びのイノベーション事業」の実証校において研究推進リーダーを務められ、全国の「教育の情報化」を支援されている中川 斉史 徳島県三好市立下名小学校教頭にお話を伺いました。

児童生徒のキーボード入力スキルの低下を懸念

コンピュータでレポートを作成できない大学生

文部科学省が平成26年度に実施した「情報活用能力調査」では、キーボードによる文字入力が「小学5年生で1分間あたり5.9文字」という結果が明らかになりました。これ自体が憂慮すべき実態なのですが、特に注目すべき点は、キーボード入力が「できる子」と「できない子」の差が非常に大きいことです。つまり、全員が平均的に5.9文字を入力できるわけではないということです。

このようなキーボード入力スキルの差が生まれた一因として、情報の検索や閲覧に便利なスマートフォンやタブレット端末が普及し、コンピュータを所持していない家庭が増加したことがあると言われています。今後、家庭のコンピュータの有無によって、子どものスキルにますます差が広がることが懸念されます。

そして、コンピュータでレポートや論文を作成できない大学生が増えていることが問題になりつつあります。コンピュータに文字を入力することで自分の考えを表現するという、基本的なスキルが身に付いていないため、大学生が本来は高等教育で到達すべきレベルに到達できなくなっているというのであれば、非常に大きな問題だと思います。これは、高等学校を卒業して仕事に就く子どもがいることを考えれば、さらに深刻な問題だと言えます。

タブレット端末活用で、創作的な活動が減少

このようななか、学校へのタブレット端末の導入が進んでいます。タブレット端末によって、小学校では児童が写真を撮影したり、それらを元にグループで話し合ったり発表したりするといった活動が取り組みやすくなりました。

ICTを活用できる環境が整ってきたことはとてもよいことですが、一方でこれまでコンピュータ教室で行われていたような、児童生徒1人ひとりがデスクトップPCのしっかりしたキーボードを使ってテキストなどを入力しながら発表資料を制作するといった、創作的な活動に取り組む機会が減少しているように思います。

その結果、児童生徒がコンピュータに触れる時間が減り、キーボード入力のスキルをはじめとするコンピュータの基本的な操作スキルが定着しにくい状況が生まれています。小学校ではタブレット端末を使い、中学校からコンピュータを活用すればよいといった意見も聞きますが、中学校の技術・家庭科の中で情報を扱う時間は限られていますし、そもそも高等学校の教科「情報」では、キーボード入力スキルなどのICT活用における基本的なスキルの習得は指導内容に含まれていません。

キーボード入力は「習慣」です。私は、習得しやすい小学校段階で指導して身に付けさせておくべきものだと考えています。今、社会で必要なスキルを子どもたちに身に付けさせられていないのは、日本の大人の責任だと思います。

キーボードは、思考を速やかにコンピュータに伝達できる

キーボードは、単に文字をコンピュータに入力するためのデバイスではありません。人間が思考して表現するための道具だと思います。頭で考えたことを、指を通じてダイレクトに文字として表現できるので、手書きよりもはるかに多くの文章を短時間で書けます。「フリック入力」「音声入力」など、コンピュータに文字を入力する方法が開発されていますが、キーボードと同等のレベルでコンピュータに人間の思考を伝達して表現できるインタフェースはまだ実在していません。

また、ワープロや文書作成ソフトウェアが普及して以降、私たちは言葉や文章を入れ替えたり、つなぎ直したりして、より論理的に文章を考えられるようになりました。こういった思考法は、キーボードのようなデバイスでなければできないと思います。スマートフォンに搭載されたことで「音声入力」が身近になってきていますが、私たちの日常会話は多くの場合、文章として成立していなかったり、論理的な内容にはなっていなかったりします。従って「音声入力」の技術がさらに発達しても、レポートや報告書など論理的な文章を作成するために、キーボードで編集することはなくならないと思います。

しかし、このようなキーボード入力のメリットは、タッチタイピング(キーボードを目視しないでタイピングすること)のスキルが身に付いていることが前提です。例えば、ピアノやリコーダーの演奏を想像するとわかりやすいと思います。楽器の初心者が、楽譜を読み、鍵盤の位置を1つひとつ確認しながら弾いている段階では「演奏している」とは言えません。練習を重ねることで、楽譜を読み取ると同時にすばやく指先が動き、自然に鍵盤を打てるようになり、音と音がつながるようになります。こうなって初めて「演奏している」「表現している」というレベルになります。キーボードで思考を表現するのも同じことだと思います。

ローマ字指導のカリキュラムを開発

日本の学校では、児童生徒がリコーダーや鍵盤ハーモニカの演奏ができるように、スキルの習得に多くの時間を割いています。諸外国では、キーボード入力のスキルもそれらと同様に習得すべき必須のスキルとして位置づけられていると聞きます。今、日本ではどの時間でどのように指導するのかが曖昧で、各校の指導状況もバラバラです。1時間丸ごとキーボードの練習を行うといった思い切った指導をされているケースは少ないと思います。

そこで、これまでのフューチャースクール推進校での指導経験などを元に、独自のローマ字指導カリキュラムの開発を進めています。授業の冒頭などを使って短時間で指導できる内容をめざしています。

入力の速さではなく、間違いを修正できるスキルも重要

中川 斉史 徳島県三好市立下名小学校教頭これまでキーボード入力の練習は、3年生のローマ字学習に併せて行われていました。ローマ字とともに、キーボード入力の基本となるホームポジションを教え、タイピング入力の練習ソフトウェアで繰り返し練習するという指導が中心でした。そのような練習も必要ですが、実際に児童生徒がコンピュータを使って文章を入力したり、何かを製作したりする際はそれだけのスキルでは足りません。

例えば、「矢印キーの使い方」「Shiftキーの使い方」「BackspaceとDeleteの違い」などといった基本中の基本を押さえる必要があります。このような、これまで意識して指導されていなかった内容を整理して、児童の発達段階に併せて48のスモールステップに分けてカリキュラムを編成しています。1つのステップは2~3分で取り組めるようになっており、集中的に指導する場合でも8時間で終えられます。

また、先生方が指導しやすいように、ステップごとに児童の練習用のワークシートファイルと指導者用のプレゼン資料も作成しています。ワークシートファイルは一度にすべて与えるのではなく、授業支援ソフトウェアなどを使って必要なワークシートを都度配付して、進捗をコントロールするとよいと思います。

これらのカリキュラムや教材は、次のURLで公開しています。(http://r3.txt-nifty.com)

多くのタイピング入力の練習ソフトウェアでは、文字の漢字変換や早く正確に文字を入力することが重視されています。しかし、児童生徒が創作的な活動を行うときには、早く入力できることよりも「間違えたときに、どのように操作して修正したらよいのか」を知っていることが重要です。必要なスキルを習得させ、コンピュータに文字を入力することに抵抗を感じさせないことが大事だと考えています。

大きな画面とキーボードを備えた
コンピュータが1人1台分そろっているPC教室は
学校に欠かせない環境

児童生徒1人1台の環境で作業できるPC教室は必要

これからの学校のICT環境を考えると、画面の大きくてしっかりとしたキーボードを備えたコンピュータが、1人1台分そろっているコンピュータ教室が、現時点では欠かせない環境だと思います。

普通教室では、情報の閲覧を目的とした活用が多いので、タブレット端末などがグループに1台や2人に1台程度使える環境があれば十分だと思います。学習者が1人1台の端末を使う場面の多くは、何かを制作するような場合ですから、そうした作業はコンピュータ教室で行えばいいと思います。本校の児童も、何かを制作するような場面ではタブレット端末より、コンピュータ教室のノートPCを真っ先に選びます。このことからも、画面の大きさが、作業する児童生徒にとって重要な要素であることがわかります。

そして、タブレット端末はノートPCと比べて、安定した運用が難しい機械だと言えます。通信は無線LANを利用するので、しっかりとした環境の構築が必須となります。また、シャットダウンせずにスリープ状態で運用することが多く、電源管理という観点で各端末のバッテリ状況にも気を配りながら使う必要もあります。こうしたメリット・デメリットを十分に考えた上で、整備計画を練っていただきたいと思います。

PC教室、タブレット端末の役割を見つめ直す

今、全国各地の自治体でICT環境整備の計画が進んでいます。整備の形が多様になっていて、スタンダードと呼べるような整備形態がなくなっているように思います。そうしたなかで、次期学習指導要領の改訂にむけて義務教育段階でのプログラミング教育のあり方について議論がなされ、さらには高大接続改革の検討も進んでいます。大学入試希望者選抜試験などでは、コンピュータを用いた試験の導入が検討されています。児童生徒の日常生活からコンピュータが離れているなか、学校にはこれまで以上に、キーボード入力スキルやコンピュータの基本的な活用方法を身に付けさせることが求められています。

コンピュータ教室をタブレット端末に置き換えて整備するといった話も聞きますが、コンピュータ教室とタブレット端末それぞれの価値を見つめ直し、ICTを適切に使い分けながら、子どもたちに必要な力を身に付けてさせたいと思います。

(2016年8月掲載)