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モラルジレンマを活用した著作権教育の実践
稲垣 俊介(東京都立江北高等学校 教諭)
著作権教育は情報モラル教育の一つとして実施されている。情報モラル教育は二つの側面があり、一つは情報安全教育、もう一つはモラル教育である。今回発表するモラルジレンマを活用した著作権教育は後者である。情報社会の急速な変化により著作権の考え方は変化を続けており、法改正が追いつかないという現状がある。そのため、一人一人のモラルの向上こそ著作権教育に求められている。その教育実践と考察である。
【1】はじめに
高等学校学習指導要領解説情報編では、普通教科「情報」の学習において情報モラルを「社会で適正な活動を行うための基となる考え方と態度」と捉えている。その情報モラルを高めるための教育の一つに著作権教育が含まれる。
著作権教育は小学校からはじまり、中学、高校、大学等、さらに企業等でも実施されている。しかし、メディア等で報道されているように、モラルの意識の低さから起こる生徒や社会人による問題行動は後を絶たない。
情報社会は急速な変化をしている。よって、著作権の考え方も変化を続け、追うように法改正もされる。知識を身につけさせるだけではその変化にはついていけない。よって、基礎的な知識の上に、一人一人のモラルの向上を目指した著作権教育を実施することで、どういった局面であってもモラルを意識した行動ができると考えている。
調査(三宅2008)によると、「~してはいけない」という対処的なルールを学習する教育では、低次の道徳性の教育にとどまってしまうという。つまり、「やってはいけない」と、教員がいくら伝えたところで、それはわかっているけれどやってしまう、という行動が出てしまうのである。
よって、知識の習得を目指した教育ではなく、状況によって自身で思考し判断ができる生徒の育成が求められる。つまり社会や、他者への影響までを思考し、判断をすることができるようになることが、高次の道徳的判断ができると言える。その力を育成するために、生徒に著作権にかかわるモラルジレンマの体験を通して、自身の道徳的判断とは何かを考える契機とした。
【2】授業実践
2.1 本授業について
本授業は高校1年の情報Aの2学期の授業で、単元は「知的財産権とネットワーク利用の心構え」である。全15時間中の8時間目である。著作権を含む知的財産権の基礎知識をまとめる授業は終わっている。また班ごとの「レポート」、「プレゼンテーション」、「ポスター」を作成途中であり、それらの発表が今後の時程である。本時で思考を重ねることで、作成の質をさらに高める契機とするのがこの授業のねらいの一つである。
2.2 本時の展開
表1が本授業の展開の概要である。
表1 本授業の展開
導入 |
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展開 |
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まとめ① |
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まとめ② |
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【3】授業の振返り
生徒が授業中に考えたことや判断したことは授業の最初に配布した「学習活動の記録シート」に記録させた。他の人の考えを青、自分の考えを黒、教員の説明を青、黒、赤以外で記録させた。他の生徒や教員の説明を聞いて自身の思考がどのように展開しているのかを可視化させる目的がある。また、それでもあまり書くことができなかった生徒には提出後に、支援の手だてを赤で記述して、次回の授業の最初に示した。
【4】生徒の著作権に対する考え方の変容
4.1 自由記述アンケートから
著作権に対する考え方のアンケートを自由記述式で前時の授業で行っている。アンケート項目は以下の2点である。一つ目は「現在の社会に発生している著作権の侵害についてあなたはどのように考えますか」、二つ目は「現在の社会に発生している著作権の侵害を踏まえ、あなたはどのように行動すべきであると考えますか」というものである。生徒は、侵害に対しては、取り締まるべきであり、法を明確にすることできちんと守ることができるという意見が多く、法があいまいであることの指摘も多かった。授業後の「学習活動の記録シート」では、侵害は許されるものではないが、完全に取り締まることは難しいし、それだけでは駄目だ、という記述や、各々がモラルを持つことが重要であるという記述が多くなった。ただ法を守ればいい、という考えから情報社会の一員としての自身のあり方について述べることができるようになっており、当事者としての意見を持つようになった生徒が多くいた。
4.2 経験度、意識アンケートから
前時の授業で「事前に経験度を測るためのアンケート」全12問を実施した。アンケート項目は紙面の都合上全部を載せることはできないが、例えば、「友達に借りたCDやDVDを自分用にコピーしたことがある」、「Webページ等に、誰が写っているか特定できる写真を、本人の了解なしに掲載したことがある」、「感想文や作文を書くとき、Webページに書かれている文章や友達の文章を利用したことがある」などの項目とした。それぞれに、「A したことがある」、「B (しようと思えばできたが)したことがない」、「C そのような行為を経験したことがない」で答えさせた。一切そういったことはしていないという生徒もいるが、多くの生徒はこれらの経験があるという結果が出た。そして、このアンケートの最後の2つの項目は、第11問「改正著作権法が平成22年1月1日から施行され、著作権を侵害した配信だと知りながら、権利者に無断で音楽や映像のダウンロードをすることは、個人的に楽しむ目的であっても違法となったことを知っていましたか。」(「はい」、「いいえ」で回答)、第12問「前問の法改正を知り(今回知ったことも含む)あなたの考えはどのように変わりましたか」(「特に変化なく違法ダウンロードをする(している)」、「違法ダウンロードをする回数を減らす(減らした)」、「一切ダウンロードしない(しなくなった)」、「もともと違法ダウンロードなどしたことがない」で回答)の結果は、それぞれ図1、図2に示した通りとなっており、法改正後も違法ダウンロードを続ける生徒もいる。
授業後には「著作権の意識アンケート」を実施した。項目は授業前のアンケートに近いが、質問の仕方や文言を変えてある。例えば「他人のものと自分のものとの区別をしっかりつけなければならないと思うか」、「改正された著作権(違法ダウンロード禁止)を守ろうと思うか」などの項目であるが、生徒は「そう思う」や「少しそう思う」を選ぶ生徒が多くなっている。
【5】考察と成果
アンケートの結果から、著作権を守るとともに、情報社会の一員として今後の著作権がどうあるべきと考えることができたと、多くの生徒が記述していた。確かに、この1時間だけですべての生徒の行動の変容があることはない。しかし、この授業以降にある班での発表内容を見直す契機となり、生徒一人一人の思考が深まり、著作権に関する考え方について深めることができたと考えられる。
参考文献
- (1)文部科学省 学習指導要領解説情報編(平成22年)
- (2)東京都教育委員会 平成24年教育研究員研究報告書 情報(平成24年)
- (3)三宅元子 日本教育工学会 日本教育工学会論文誌 高校生における著作権に関する行動・意識・知識の経時的変化,32(1),pp.99-107(平成20年)
※第7回全国高等学校情報教育研究会 全国大会 (埼玉大会)要項から転載
(2015年3月掲載)