情報教育

教科「情報」実践報告

1人1台iPadの全員必携

情報コミュニケーション科実践報告

永野 直(千葉県立袖ヶ浦高等学校 教諭)

永野直

【要旨】

千葉県立袖ヶ浦高校情報コミュニケーション科では、入学時にiPadの購入を義務化している。情報科目だけでなく、あらゆる科目,あらゆる場所でICTを活用し、コミュニケーションを豊かにして学ぶことを目指して日々の授業を行っている。これまでに行ってきた授業実践例、導入までの経緯やこれまでの課題点などについて記す。

【1】本校の概要

本校は昭和51年、千葉県中央部東京湾岸に工業地帯が並ぶ袖ケ浦市に開校し、創立36年目を迎えた中堅校である。学級数23(平成23年度)、生徒931名の70%以上が部活動に加入し、運動部、文化部ともに優秀な成績を収めている。

県立高等学校再編計画に基づき、平成23年度から普通科に加え、情報に関する学科が設置されることとなった。

【2】情報コミュニケーション科

2.1 学科の目的

近年電子書籍やスマートフォン、タブレット型コンピュータの登場など、情報技術に関する状況はめざましい発展と変化を遂げた。また日本のみならず世界的に「コミュニケーション能力」と「ICTを用いた問題解決能力」が重要視されている。これらをふまえ、「グローバル社会の要請に対応した、21世紀にふさわしい学力」を身につけ、情報社会で主体的に活躍していける人材を育てたいと考え、学科名を「情報コミュニケーション科」とした。専門教科「情報」科目だけでなく、普通教科・科目、特別活動等、学習活動全般においてICTの適切な活用とコミュニケーションの充実を念頭に置き、「10年先の未来型学習の実現」をキャッチフレーズとして日々授業を行っている。

2.2 環境の整備

情報社会を生きていく生徒に必要な観点として、以下を考慮した。

  • ICTを使った学習活動を特別なものとせず、日々の授業において日常的に行うこと。
  • 情報社会の利点だけでなく、問題点や課題点を日々の生活の中から体感し、積極的な態度で対策を考えること。
  • 変化するハードウェア、ネット上のサービスなど、常に先端の技術に触れることで情報社会に生きる感覚を身につけること。

これらの実現のために以下の学習環境の実現に向けて準備を行った。

ア タブレット型多機能端末の全員必携

普通教室においても豊富なマルチメディア教材や最新の情報を授業で積極的に活用するため、マルチメディアとインターネットに特化した端末を生徒各自に購入してもらい、授業で利用することとした。ノートパソコンや各種携帯型の端末を比較検討した結果、起動の速さ、携帯性や画面サイズ、豊富な専用アプリケーションとその信頼性などから、現時点でアップル社のiPadが最適であると判断した。生徒各自の端末によるインターネットの利用については、校内の無線LAN環境を準備することで、通信料は不要となる。

イ 無線LANネットワークの構築

授業でiPadを活用するため、無線LANアクセスポイントを校内の複数箇所に設置した。アクセスポイントにはiPad以外のゲーム機やコンピュータなどを無断で接続されないよう、厳重なセキュリティ設定を施している。また、インターネット上の有害情報についても、フィルタリングで閲覧できないようにしている。

1年間かけて順次アクセスポイントを増加させ、現在では情報コミュニケーション科の普通教室、特別教室棟の全域で無線ネットワークが使用可能であり、ユビキタス環境に近いものとなっている。

ウ 電子黒板

普通教室に50インチプラズマ型電子黒板、実習室に87インチ投影型電子黒板を導入した。普通教室に設置することで、教員のマルチメディアによる教材提示の機会が増えるだけでなく、生徒によるプレゼンテーション発表やディスカッション、iPad画面のワイヤレスでの画面投影などにも活用している。

【3】生徒の変化

生徒たちは様々な教科、ホームルーム、部活動などでiPadを利用しており、現在では彼らにとってなくてはならないツールとなっている。一人一台iPadを利用してきた生徒たちを見てきて、以下のような変化が起きていると考える。

3.1 積極性、主体性の向上

情報コミュニケーション科だけでなく、本校の生徒の特徴として「真面目であるが消極的」な側面がある。情報コミュニケーション科では、授業のたびに発表や感想などを求め、課題も穴埋めなどでなく、一から自分で作り出さなければならないような形式を多く設定している。このような活動を繰り返し行ってきたことにより、授業中の発言や質問、感想などが多く出されるようになったり、主体的に学習しようとする生徒が多くなった。授業の感想は毎時間iPadを用いてSNSを通じて投稿され、宿題や課題はiPadを通じてオンライン上に保存している。このため、課題を自宅から提出したり、クラスメートの進捗状況がお互いに把握したりできる。自分たちの学習活動や考えかたが他者と共有しやすく、積極的に意見を言い合うことが互いにメリットになる、という意識が根付いてきた。

3.2 情報モラル意識の変化

実際の社会的な生活の中では、「個」と「公」的な場での振る舞い方を考えなければならない。現代の情報社会においては、オンライン上での「個」と「公」についても適切に行動する必要がある。つまり、ネット上においても個人の領域、グループの領域、インターネットの公開領域など、ふさわしい使用の仕方や発言の仕方、行動の仕方があるはずである。これらの振る舞い方も日常的にネットワークを活用することで身についてきている。

例えば、クラウド上のオンラインストレージを使い始めたとき、クラスメートの課題レポートの真似をした生徒がいた。しかし、それらの行動はクラスの皆が見ており、教員や友達から指摘され、ふさわしくない行動であると自覚することになる。学習で用いる各自のファイルを、個人領域に隠すではなく、皆が皆を互いに見守りながら共有フォルダを利用しているのである。

著作権などについての意識も変化してきた。公開授業、外部からの見学も多く、彼らは自分たちの学習成果を外部の人々に見られる機会が多い。自分が作成した情報の責任や、引用のルールなど、必然的に考えなければならない状況に置かれている。このことによって、著作権上の問題をどのように解決していけばよいのかについて主体的に考え、行動する生徒が増えてきている。例えば、国語の課題作成の際、自分で準備した画像ではなく、どうしてもネット上に掲載されているイラストを使用したいという生徒がいた。この生徒は、課題の制作にあたって、イラストの作者に直接連絡を取り、自分の課題と使用目的について説明し使用許諾をとったのである。

これまで私を含め、授業で情報モラルについて指導する際、「あれはしてはいけない」、「それは違法行為である」というような指導が多くなってしまい、生徒は消極的になりがちであった。現代においては、すべての知識やリソースを自分の情報だけで完結することは不可能であり、必要な情報を正しく利用するためのスキルは必須となる。情報を活用する際、「他者の資源を利用しなければ、問題は起きない」という消極的な意識でなく、「目的を法律やルールに則って適切に解決する方法」について考え、行動に移す力が必要になるであろう。

【4】まとめ

情報コミュニケーション科はまだ始まったばかりであり、日々が試行錯誤の連続であり、よりよい授業を実施するためにはまだまだ課題も多い。

最も重要、かつ難しいのは、「生徒にとって何が重要であり、何を学ぶべきか」のビジョンを明確にし、それを生徒とともに実現していくことである。情報コミュニケーション科はiPadの使用そのものが注目されがちであるが、iPadは単なる道具であり、使うことそのものに意味があるわけではない。学習の目標、ねらいを実現することが重要なのであり、iPadはその手段として、学習ツールの選択肢の1つに加わっただけである。

ICTを用いた教育は、これまでの学習のあり方を否定するものではない。これまでの学習を補完するような使い方はもちろん、今までとは異なる新しい授業のかたちを実現できる可能性もある。他者とのコミュニケーションを重視し、より豊かで創造的な学びを実現するため、今後も生徒、職員全員で取り組んでいきたいと考えている。

※第5回全国高等学校情報教育研究会(千葉大会)要項から転載
(2013年2月掲載)