生成AIを“教師のパートナー”に セキュアな環境で進む業務の効率化と高度化
文部科学省は、令和6年度「次世代の校務デジタル化推進実証事業」に続き、令和7年度には「セキュアな環境における生成AIの校務利用の実証研究事業」を実施し、2年間にわたり、生成AIの校務活用に関する実証事業を進めてきました。本実証事業には、埼玉県新座市教育委員会及び兵庫県宝塚市教育委員会が2年間にわたり参加し、委託事業者であるSky株式会社とともに取り組みました。その成果として、個人情報等重要性の高い情報を安全に扱うための「セキュアな環境」を構築し、ダッシュボードを活用したデータの可視化や、保護者対応のロールプレーイングなど、実践的な活用事例が数多く生まれました。文部科学省初等中等教育局の菅野 祐太 氏、伊藤 遼吾 氏に、2 年間にわたる実証事業の振り返りと、次世代の校務デジタル化について伺いました。
菅野 祐太
文部科学省 初等中等教育局
参事官(デジタル学習基盤担当)付
参事官補佐
伊藤 遼吾
文部科学省 初等中等教育局
参事官(デジタル学習基盤担当)付
校務データ連携企画係長
子どもの重要性の高い情報を取り込めるセキュアな環境で、生成AIの利活用を実証
伊藤氏
学校の働き方改革や教育活動の高度化には、校務における生成AIの利活用が有用であると考えています。校務DXを通じた業務の効率化や質の向上など教職員の働き方改革を進める上では、生成AIの校務での活用の推進が急務である一方で、教育現場においては個人情報保護や情報セキュリティの観点から成績情報などの重要性の高い情報を入力することができない「約款による外部サービス」としての利用が主であり、個別契約によるセキュアな環境での実践例がないなどの課題がありました。
このような背景から、個人情報や重要な情報が自治体や学校の外に漏れないよう対策した環境において、校務での生成AIを活用する実証研究を行い、学校や教育委員会での活用時における留意点を含めた実践例を創出するために、令和6年度に「次世代の校務デジタル化推進実証事業」をスタートさせました。
1年目の実証地域として4自治体(埼玉県新座市・兵庫県宝塚市、沖縄県石垣市・愛知県岩倉市)、2年目の実証地として3自治体(埼玉県新座市・兵庫県宝塚市、佐賀県嬉野市)、計5つの自治体において教育委員会と学校が事業者と連携して、新たな環境を構築し、学校や教育委員会でのAI活用時の留意点を含めた実践例の創出をめざしました。
今回はこの5自治体のうち、2年間にわたりご参加いただいた埼玉県新座市教育委員会、兵庫県宝塚市教育委員会(委託事業者:Sky株式会社)の取り組みについてお話しします。
まず、「セキュアな環境」とは適切なセキュリティ対策の下で個人情報等重要性の高い情報を取り扱える生成AIの利用環境を指し、これが整えば、教員が蓄積した見取りなどの重要情報を基に、生成AIから回答を引き出すことが可能となります。
1年目となる令和6年度は、まずこのセキュアな環境を構築した上で、教員がそれぞれに校務における生成AI活用の可能性を検証しました。
教員が望む情報を可視化する生成AIダッシュボードを開発
伊藤氏
令和7年度は「セキュアな環境における生成AIの校務利用の実証研究事業」として、1年目で浮き彫りになった課題の解決を図るとともに、新たに生成AIを組み込んだダッシュボードの活用についても検証を進めました。
ダッシュボードは、複数のデータを集約し、グラフなどで視覚的に情報を捉えられるツールです。従来のダッシュボードは、システムの設計時に「どの情報を抽出し、どのような形式で可視化するか」を、厳密に定義する必要がありました。
一方、生成AIと連携したダッシュボードであれば、データレイクに成績情報などを蓄積しておけば、教員が「こういう情報を見せてほしい」と指示することで、生成AIが適宜データを抽出し、自動で画面上に可視化してくれます。
つまり、あらかじめ決められたシステムの仕様に縛られず、必要な情報を生成AIとの対話で引き出せる仕組みです。今回はグラフの自動化までは実現できなかったものの、可視化されたグラフに対して生成AIと壁打ちをしながら、傾向の分析を行うことまでは可能となりました。2年目の実証では、このダッシュボードが校務の効率化にどのように貢献できるかを検証することに重点を置きました。
研修での教員間の意見交流が不安を払拭し、活用率が向上
伊藤氏
こうして取り組んだ2年間の実証を振り返ると、1年目は試行的な期間として、さまざまな課題が見えてきました。中でも特に顕著だったのが、データの収集方法や質の担保という課題です。
学校では「今日集めたデータをすぐに使いたい」という即時性が求められます。そのため、手書きの資料や子どもたちの見取りのメモといったさまざまな形式のデータを、教員自らデータレイクに直接格納しました。しかし、そうしたデータは形式が統一されていないため、AIを介して、精度の高い回答を引き出すことは困難でした。
一方で、事業者が時間をかけてデータを整えれば、AIの回答の精度は高まりますが、それでは現場が求める即時性には応えられません。こうした「即時性」と「データの質」のトレードオフという課題が、浮き彫りになりました。
菅野氏
そして、データの質の担保といった技術的な課題に加えて、教員の活用が進まなかったことも1年目の課題の一つでした。その背景には、今挙げられた「データが整わず、精度の高い回答が得られない」という不満に加えて、「そもそも何に使えるのか」「どうやって使うのかわからない」といった現場の不安があったように思います。
こうした現場の不安を解消し、利活用を推進するため、令和7年度は、初年度の蓄積を踏まえた研修を実施するなどのアプローチが行われました。その好事例の一つとして、新座市立野火止小学校の取り組みが挙げられます。
新座市での全体研修を実施した際、同校の教頭から「個別研修を実施したい」という相談が、新座市教育委員会とSky株式会社に寄せられました。これを受け、同社は学校の現状をヒアリングした上で同校の現状に即した研修プログラムを作成し、対面でのワークショップ形式による研修を実施しました。
研修では、教員間での活発な意見交流が行われ、想定を上回る多様な活用アイデアが次々と創出・共有されました。
この研修を契機として、同校では「AIに聞いてみよう」という前向きな組織文化が形成され、翌週から利用率が大幅に向上するとともに、その後の継続的な活用に直結しました。
こうした事例を通じて、生成AIの定着には、単にシステムを導入するだけでなく、現場の不安を解消する研修などにより、学校全体で活用を進める組織的な文化の醸成が不可欠であるとあらためて認識しました。
セキュアな環境だから可能な、保護者対応AIロールプレーイング
菅野氏
研修の実施に加えて、現場のニーズに寄り添った機能も追加されました。中でも印象的だったのが、保護者対応のロールプレーイングができる機能です。
セキュアな環境を活かして機微な情報を扱い、生成AIが対話スキル向上をサポートする
事業者がこの機能を初めて紹介した際、教員の反応が非常に良かったことが印象的でした。そこには、「保護者とより良い関係性を築くための対話のスキルを高めたい」という現場の悩みが垣間見えたように思います。
教員が高い関心を寄せていたことは、実際の利用データにも顕著に表れており、授業準備といった一般的な用途に加えて、この「保護者対応」機能の利用頻度は高い水準にありました。現場の課題を捉えた機能として、われわれにとっても示唆に富むものでした。
AIと対話し、傾向分析や指導方針が得られるダッシュボード
伊藤氏
2年目の実証におけるもう一つの成果が、ダッシュボードの検証です。
ダッシュボードの役割として、データを一元化して可視化することで、子どもたちの「つまずき」をいち早く察知し、問題の深刻化を防ぐことが挙げられます。
従来のダッシュボードにも、教員に注意を促すアラート機能はありましたが、どのような状態になったらアラートを出すかという「しきい値」を、数値で厳密に設定する必要があり、その基準設定が困難であったと想像されます。
一方、生成AIを活用した今回のダッシュボードでは、テストの点数といった「数値の上下」だけでなく、教員が日々記録する見取りのメモなどの「文章のニュアンス」も踏まえた助言や提案を、生成AIが提示できるようになりました。
これにより、あらかじめ画一的なしきい値を設定しなくても、これまで機械的に見落とされがちだった注意すべきサインをAIが捉え、教員へ気づきを促すことができるようになりました。
菅野氏
今回Sky株式会社が開発したダッ シュボードは、教員自身が必要な情報を選択し、 AIと対話できる仕様となっています。
子どもの成績情報をレーダーチャートで表示するだけでなく、生成AIが指導方針を提案する
例えば、「算数と理科の成績を並べてみたら、何か傾向が見えるだろうか」という教員自身が持つ問いに対し、見たい科目を選択すると、レーダーチャートの項目が連動して増減し、それに対する生成AIの見解や指導方針も併せて提示されます。この自由度の高さは、AIを活用したシステムならではの利点だと言えます。
AIが自動的に答えを出してくれるからと受け身になるのではなく、教員が自ら問いを持って主体的にAIへ働きかけながら子どもの実態に迫っていく。教員自身が対話を通じて思考を深められるダッシュボードの在り方は、本実証において非常に興味深い点でした。
セキュアな環境と、それを活かした取り組みを「横展開」していく
伊藤氏
ここまでお話ししたように、2年間の実証を通じて、一定の組織的な利活用の定着や、具体的な好事例の創出といった成果を得ることができました。その一方で、このセキュアな環境の整備と、その環境を活かした取り組みをいかに「横展開」していくかという点が今後の課題です。
今回の実証では、結果として、1年目に「個人の利用率向上」、2年目は「組織的な定着」とステップを踏んできましたが、AIの活用を一時的な取り組みで終わらせては意味がありません。この「組織的定着」を、一つの自治体や学校という単位から、わが国全体へと波及させていく必要があります。
加えて、校務において重要性の高い情報を扱うために必要なクラウドベースの学校環境を前提に、校務の効率化・高度化に資する適切なセキュリティ対策の下で個人情報等重要性の高い情報を取り扱える生成AIの利用環境「セキュアな環境」を各自治体においてどのようにして整備し、運用していくかということには、当然ながら高いハードルが存在していると認識しています。
菅野氏
そして、横展開や技術的な環境整備といった課題に加えて、より本質的なテーマがあると考えています。それは、生成AIが単に教員の仕事を代替する存在にとどまらず、「教師の専門性を高める助けや支え」になれるかどうか、ということです。
例えば、汎用的な生成AIサービスに、子どもの情報として「児童会活動をしていて、体育の成績が良い」と入力したとします。その子の具体的な見取りの情報がなければ、生成AIは「活発でリーダーシップがある」といった、一般論的な評価しか示せません。
しかし、セキュアな環境において、教員が日頃から蓄積している見取りデータを読み込ませれば、その子の児童会活動での具体的な「取り組み方」、例えば、リーダーを陰で支えるのがうまい、人の話をよく聞くのが得意といったことにまで光を当てた評価が出力されるはずです。つまり、生成AIの回答の質は、教員の見取りに支えられています。
だからこそ、日常から生成AIと対話するなかで、教員自身が新たな気づきを得て、視野を広げていく。そのような「パートナー」としての関係性を築いていけるかどうかが、今後向き合うべきテーマであると考えています。
伊藤氏
2年間の実証で、セキュアな環境下での生成AI活用の確かな好事例を作り、その成果報告会も実施しました。
この実証事業自体は区切りを迎えますが、今回得られた知見は、今後、生成AI活用の目的の一つでもある「働き方改革」などを推進する別の事業を通じて、取り組んでいきたいと考えています。
生成AI活用において最も重要なのは教員の「見取りの質」そのもの
伊藤氏
生成AIの活用には、クラウドサービスを円滑に利用できる環境の整備が不可欠です。その観点から、従来の「閉域網」に縛られた校務環境は、見直しの時期を迎えているのではないかと考えています。
各自治体においては、こうしたクラウド利用を可能にする次世代DX環境の整備と併せて、「セキュアな環境」の構築を、教職員の働き方改革に寄与する重要な要素として、ぜひご検討いただきたいと考えています。
そして、教員の皆さんにお伝えしたいのは、我々がめざしているのは「児童生徒と向き合う時間を充実させること」に尽きるということです。本来であれば子どもたちに向けるべき貴重な時間を、AIで代替できる業務に費やしてしまうのは、非常にもったいないことだと考えています。
これからの時代、AIで代替できる業務は任せつつ、教師の専門性を「補完・拡張」するためにAIを活用していただきたいと考えています。AIを一つの有用なツールとして捉え、ぜひ現場での活用を進めていただきたいと思っています。
菅野氏
現状、我が国におけるAI利用率は高い状況にあるとは言えません。その理由は多岐にわたると思いますが今回の実証研究でも「AIを学ぶ・使いこなすことに時間をかけるより、従来の手法でやった方が早い」というお声も聞きました。そのような中で、私から教員の皆さんへお伝えしたいのは、生成AI活用において最も重要なのは「どういうプロンプトを書くか」といった小手先のテクニックではなく、教員の「日々の見取りの質」そのものであるということです。
セキュアな環境での生成AIは、蓄積されたデータを基に回答を導き出します。つまり、子どもたちをよく観察し、質の高い見取りデータを入力できる「教師力」の高い教員ほど、精度の高い、価値ある回答を引き出すことができる可能性を秘めていると思います。
教師の専門性がAIを高め、AIとの対話が教師の専門性をさらに高めていく。だからこそ、「AIなんて必要ない」と思っていらっしゃる方こそ、実はこの環境を効果的に使いこなせる可能性があると考えています。
ぜひ、これまで培ってきた教師としての専門性を、AIというパートナーと共に、さらに豊かに発揮していっていただきたいと願っています。
(2026年5月取材 / 2026年9月掲載)