授業でのICT活用

【教育情報化最前線】講演レポート「市で取り組む教育のICT化」瀧口 健太郎 岡山県備前市教育委員会学校教育課指導係長

児童生徒1人1台タブレット端末、フューチャールームを整備

岡山県備前市は、小学校10校、中学校5校の小さな自治体です。平成26年度末頃に市内児童生徒全員にタブレット端末を1人1台配備しました(約2,730台)。タブレット端末のOSはWindowsです。全普通教室と特別教室に無線LAN機器が整備されています。さらに、黒板に投影するプロジェクタ型電子黒板と大型テレビが1台ずつ全普通教室に設置されています。このような環境に加えて、複数の電子黒板や移動が容易な机、椅子を揃え、「主体的・対話的で深い学び」を促進しうる教室環境として「フューチャールーム」を各校に1教室整備しています。

目の前に素晴らしい道具があるのに、活用が進まない

しかし、このような先進的なICT機器が整ったからといって、すぐには活用が進まないのが現実です。当時、市のICT活用推進を阻害した要因を、大きく3つ挙げます。

まず、先生方の「機能理解」や「ICT活用スキル」の不足。次に「トラブルに対する不安」です。特に後者については、授業を、子どもたちと新しい学習内容が出会う、一期一会の大切な時間であることを考えれば、当然のことと思います。

そして、これらに加えて、さらに大きな障壁がありました。それは「ICTがないことへの困り感のなさ」です。日本の教育は、世界でもトップレベルの水準にあります。研究授業などが頻繁に行われ、教員の教育技術が高い。授業の中にわざわざICT機器を持ち込むことの「必要感」が全ての先生方にあるわけではない。

つまり先生方がICTを活用する「目的意識」を持ちにくい中で、「整備されたのだから、ICTを使いましょう」と言われることで「押し付けられ感」を感じ、それが「抵抗感」になっていました。

特に、当市は全校一斉で整備が進み、児童生徒だけでなく、若手からベテランまで、すべて先生にタブレット端末が配られました。突然学校全体が当事者としてICTを活用しなければならない状況に、先生方に強いとまどいが生まれていました。

目の前に素晴らしい道具があるのに、集団の「感情」が障壁となり、なかなか活用が進まない。これは深刻な問題でした。

備前市ICT活用推進協議会を発足

そこで、教育委員会では、さまざまな障壁を取り払い、ICT活用を円滑に進めるために、次のような取り組みを実施しました。

まず、「スーパーバイザー」による指導助言です。放送大学の中川一史教授をはじめ、8名の有識者の方に関わってもらい、学校の「外」からの力で意識改革を進めました。そして、学校の「中」からも意識改革を進めるための存在、身近な活用モデルとして各校に「校内ICTリーダー」を任命しました。

また、ICT環境というのは一回整えたら終わりではなく、場合によっては環境を変更・改善しなければならないことから、「ICTソリューション企業」の方にも協力をお願いしました。教育委員会は、全体が円滑に進行するための潤滑油としての役割を担いました。

そして、この一連のメンバーを「備前市ICT活用推進協議会(以下、協議会)」と称して活動を推進していきました。協議会の主たる機能は、学校での取り組みについての情報共有や市内全体で取り組むべきことについての共通理解を図ることです。

そして、校内ICTリーダーの先生方の資質・能力の向上のため、年間計4回の「リーダー研修」を開催しました。

また、年1回のICT活用にスポットをあてた校内実践研究会を実施し、協議会が指定した外部講師に指導助言を依頼しました。市内の先生方が各校の授業や授業検討会に自由に参加できるようにし、情報の共有化を図りました。

「事例集」作成が、校内ICTリーダーのやりがいに

このような、当市のICT活用推進へ向けた動きの中で最も大きな役割を果たしたのが、「校内ICTリーダー」の先生方です。

ICTリーダーは、学校を代表して協議会、研修会に参加して課題意識や市全体としての方向性を共有し、各校にあっては身近なモデルとして率先してICTを活用した授業を実践するとともに、研修の核となって学校レベルでの活用を推進しました。また、その成果を集約し、全市レベルで共有、実践を蓄積し、校内の活用にフィードバックする、など本当に多くの役割を担ってもらいました。結果として、ICTリーダーの存在が、大きな推進力となったことは間違いありません。

その一方で、校内ICTリーダーの先生方に負担が一極集中してしまったり、ICT活用に対する校内の温度差から孤独を感じたりしてしまう先生もいました。

このような状況を見て、教育委員会では、リーダーの先生方に「やりがい」や「明確なゴール」が必要であると考えました。

そこで、そのゴールとして、市内の先生に役立つ「備前市ICT活用事例集(以下、事例集)」を作るという目標を設定しました。これには、それぞれの活動を章立てと連動させることで、個々の活動を全体の中で意味付けるという意図がありました。

また、事例集の制作にあたっては、個人ではなくグループで協力して取り組めるように工夫し、リーダーが孤立しないよう配慮しました。

こうした活動を経て、当初、市教委からの指示や学校からの要望を伝えるための場所に近かった協議会が、やがてごく自然に自治的なワークショップ形式の運営に変わっていきました。

こうして完成した事例集は、当市のWebページ(http://www.city.bizen.okayama.jp/data/open/cnt/3/4410/1/ICT_jirei_kenkyu.pdf)からダウンロードできますので、是非ご覧ください。

悩み、迷うという「人間のみずみずしい感性」を受け入れ、寄り添う

新しいテクノロジーが教育に大きな変化をもたらし始めています。私たち教員はその中で新たな価値を創造しなければなりません。

新たな価値の誕生は、ときに今ある価値の陳腐化を伴う事があるため、そこに、人は本能的に抵抗感を感じるものです。そしてそれは、慎重に未来を見極めるという意味で当然の姿勢です。

新しいものとどのように関わっていくべきか。有史以来、私たち人間は常に迷い、悩んできました。

人がモノやコトとの関わり方を考えるとき、私たちの意思決定の基準となるのは価値です。そして、その価値を生み出しているのは人間の「感性」に他なりません。

今、AIの対義語として「人間のみずみずしい感性」という言葉をよく耳にします。

ICTという新しい技術に対して、先生方が人間ならではのみずみずしい感性を働かせて初めて、「教育」という歴史ある営みの中にあるICTの価値といものが創造されるのではないでしょうか。

そうしたことを考えると、ICT活用を推進する側の姿勢として、「時代が変わったのだから受け入れましょう」というのは適切と言えません。これでは、先生方に「受け入れる」か「拒絶する」という客体としての反応しか生み出さないことは明らかです。

そのような抵抗感を生むだけの進め方、姿勢ではなく「悩んで迷って当然。今はまだそういう段階です」と先生方の悩み、迷いに寄り添い、受け入れながら推進していく姿勢こそ大切なのではないでしょうか。

「主体的・対話的の深い学びの実現」とICT活用を結びつける

では、ICT活用推進に向けた「正しい悩み方」とは何でしょうか。私たちは、それを、答えを常に「学び方の本質」に問い続けることであると考えています。その結果として、教育の質的向上にICT活用を結びつけることだと考えています。

折しも新学習指導要領は、学習内容だけでなく「学び方」に触れた部分において画期的であると言われています。つまり、新学習指導要領がめざす「主体的・対話的の深い学びの実現」とICT活用を結びつけて考えることが、正しい悩み方、考えるべき方向性の1つだと思います。

ICT活用のメリットに着目し、授業づくりに生かす

当市では「修正や再編集の容易さ」「時間と空間の超越」「視覚化、焦点化、共有化」といったICT活用のメリットに着目して授業づくりに生かすことで、「主体的・対話的で深い学び」の実現にむけた授業改善を進めています。例えば算数の授業で、これまで紙で作成していた教材を、『SKYMENU Class』の[発表ノート]で作成。何度でもやり直せるので、考えることに対するハードルが下がり、子どもたちがより主体的に学習課題に取り組めるようなりました。また、1人ひとりの考えを視覚的に共有できるので、友だちの考えをもとに解決する、友だちとの対話を通じて学びを深めるといった取り組みがさまざまな教科で行われています。

今後、ICT環境の充実を図るという自治体、学校はたくさんあると思います。ぜひ当市の取り組みを参考にしていただき、「授業づくりという教育の本質を見つめる日常の繰り返しの中で、私たち教員がみずみずしい感性を働かせていく、そのこと自体が新しい価値を創造する」という認識の上に立ち、活用を広げていただくことを願っています。

(2018年8月取材 / 2018年10月掲載)