授業でのICT活用

学びを広げるICT~新宿区がめざす教育の情報化

新宿区では、平成29年10月に教育用タブレット端末を2,600台整備。さらにスライドレール式の電子黒板機能付き超短焦点プロジェクタや無線LAN アクセスポイント、無線画面転送装置などを全教室に整備し、どの学校のどの教室でも、児童生徒1人1台のタブレット端末を活用できる環境を整えました。40台のタブレット端末が安定して稼働する無線LAN環境の構築にこだわり、2年間の検証を踏まえて機器を選定するなど、慎重に整備に取り組まれています。
同区の教育の情報化の取り組みについて、新宿区教育委員会事務局教育支援課の三谷 純子指導主事、倉坪 耕作 主任、小林 篤史 主任に伺いました。

片山 豊実 課長、田中 範明 主幹

平成23年までに
「誰もがいつでも簡単に使用できるICT環境」を実現

当区は、小学校29校、中学校10校、特別支援学校1校、計40校の学校があり、約780名の教職員が在籍。約11,700名の児童生徒が学んでいます。私どもが所属する教育支援課では業務の1つとして区立学校のICT環境整備とその活用推進を担っています。

平成21年度からの3年間で全校全教室を対象に「校務用ネットワーク」「教育用ネットワーク」「新宿版教室のICT化」の3つの整備を行いました。「教育用ネットワーク」の整備により、全教室に無線LANアクセスポイント(以下、無線AP)が設置され、校内のあらゆるところでネットワークに接続できるインフラが整えられました。

そして最も特徴的だったのが「新宿版教室のICT化」の整備です。「誰もがいつでも簡単に使用できるICT環境の実現」をコンセプトに、全校全教室に超短焦点プロジェクタ、無線LAN対応のノートPC、実物投影機、配線したまま機器を収納できるIT教卓を設置。さらに、すべての教室の黒板をスクリーン兼用のホワイトボードに置き換えるといった当時としては画期的な整備も実施しました。これらの整備によって、教室の教育用ノートPCの電源を入れるだけで、準備時間ゼロでICTを活用した授業が行えるようになりました。

95%以上の教員が、1日1回以上ICTを活用

機器の旧式化や保守の終了、教員中心のICT活用が課題に

当区ではICT活用はすでに当たり前の姿になっています。実際に平成27年度の調査では、「95%以上の教員が1日1回以上授業でICTを使っている」という結果となっており、教員のICT活用は定着しました。

その一方で、課題もありました。1つは、平成21年度からの整備のため、機器の旧式化による性能の不足やメーカーによる運用保守の終了が迫っていたということ。

もう1つは、ICT活用の中心が教員に限られ、児童生徒のICT活用にはなかなか広がらなかったということです。後者については、学習指導要領改訂により「主体的・対話的で深い学び」の実現や、教員だけでなく児童生徒がICTを活用して協働的に学ぶことが求められていることから、教員も児童生徒もICTを活用して学べる環境の構築が必要でした。

「学びを広げる」をコンセプトに、学校のICT環境を再構築

新たな整備のコンセプトは「学びを広げる」としました。これはICTを活用できる場所や時間に制約があった従来のICT環境を見直すことで、教員の授業づくりの幅を広げること。さらには、学校のさまざまな場所で児童生徒がICTを使える環境をつくることで、彼らの学びを広げることを意図しています。

このコンセプトを実現するための整備として「教育用タブレット端末の導入」「1人1台のタブレット端末を活用できる無線LAN環境の整備」「新しい『新宿版教室のICT化』」を検討し、平成29年度の夏に実施しました。

まず、各教室やコンピュータ教室に設置されていた教育用ノートPCを【図1】の基準に基づいて整備しました。新しい端末はキーボードを着脱でき、持ち運びが容易なWindows OSのタブレット端末にしました。台数は合計で2,600台に上り、これらすべてに学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』を導入しています。

そして、すべての教室で最大40台のタブレット端末を同時に活用できる環境が必要なため、無線LAN環境の再構築を行いました。詳しくは後述しますが、今回整備した無線AP932台は2年をかけて検証し、選定しました。

【図1】教育用パソコン機器設置基準

【図1】教育用パソコン機器設置基準

無線画面転送装置で、教卓周りの配線ゼロを実現

新しい『新宿版教室のICT化』

新しい『新宿版教室のICT化』では、まずスライドレール式の電子黒板機能付き超短焦点プロジェクタを新たに設置しました。これで投影位置の調整が可能になり、教科特性に応じた板書を実現できるようになりました。ホワイトボードの下にはプロジェクタの電源ON / OFFや音量などを操作できるスイッチャーを設置。リモコンよりも素早く直感的に操作できるという教員の要望を受け、設置しました。

無線LANを介してタブレット端末の画面をプロジェクタで投影できる無線画面転送装置も新たに設置しました(SKY-AP-302AN)。

これによって、プロジェクタとタブレット端末を有線接続する必要がなくなり、さらに実物投影機をUSB給電で動く機種を採用することで、“教卓周りの配線ゼロ”を実現しました。教員の動きやすさを重視し、タブレット端末の機動性を生かせる環境にこだわりました。

導入を検討している機器、ソフトを使って、無線APを検証

今回の整備で最も時間をかけたのが、無線LANにかかる機器の検証、選定です。

当区では、情報システム課が学校の無線LAN環境の整備、管理、運用を担当しています。担当者とは、整備の構想段階から連携しており、「安定した無線LAN環境の構築が、タブレット端末活用の基盤」という共通認識のもと、導入を検討しているICT機器やソフトウェアを使って、より最適な性能を示す無線APを検証、選定することにしました。

検証は、平成26年から2年をかけて、7つの無線APメーカーの協力を得て実施しました。タブレット端末40台と無線画面転送装置、『SKYMENU Class』を検証機器として使用しました。『SKYMENU Class』の[ロック]機能の実行、[教材配付]機能で10MB、50MBのファイルの一斉配付、[画面送信]機能で教員機画面や動画を学習者機画面への一斉送信などを各メーカーの無線APごとに実行しました。最終的に、検証の結果と無線画面転送装置との相性、設置工事の工数などを考慮して選定しました。教室で学ぶ大勢の子どもたちの学びに直接影響することから、慎重に進めました。

導入からわずか半年、小学1年生が1人1台活用も

平成29年9月までに整備、研修が完了し、10月から本格稼働しました。わずか半年ですが、タブレット端末を活用した授業がさまざまな形で広がっています。写真は、児童1人1台で実践した新宿区立四谷小学校・1年生の算数の授業の様子です。教員があらかじめ[発表ノート]で作成した教材を、全学習者機に一斉に配付。子どもたちは教材の図を動かして、自分の考えを表現していました。子どもが、電子黒板で図を動かしながら考えを発表する姿も見られました。

当区の教員はICTに慣れている者が多く、すでにタブレット端末の操作に慣れる段階から、教科のねらいに迫るための効果的な活用を研究する段階へと進んでいます。特に中学校での進展がめざましく、「生徒主体」の授業の実現に向けて、授業研究が盛んに行われています。学習指導要領全面実施に向けた教員の授業改善の取り組みを、新しいICT環境の整備が後押してくれています。

『1人1アカウント』『個人フォルダ』は、
タブレットを共用する整備で欠かせない仕組み

教員、児童生徒1人1アカウントを付与し、個人フォルダを活用

このような授業を基盤の部分で支えているのが、『SKYMENU Class』の[ユーザ情報管理]機能と「個人フォルダ」の仕組みです。当区では平成22年度の最初の教育用ネットワークの整備時から[ユーザ情報管理]機能で、教員、児童生徒1人ひとりにユーザアカウントを発行。コンピュータにログオンするユーザIDに応じて権限や設定が変わるようにしています。そして、各ユーザIDに紐づいてサーバ上に個人フォルダが生成されますから、教員も児童生徒もそこにデータを保存しています。

端末本体にデータが残らないこの仕組みは、タブレット端末を共用する学校にとって欠かせないものです。このような仕組みのおかげで、例えば授業中に不調な学習者機があっても、すぐに予備機に切り替えて授業を再開できたり、学習者機が足りないときに、教員用のタブレット端末を学習者機として利用したりできます。学校ならではの問題に対応した仕組みです。

「個人フォルダ」は、情報セキュリティ対策にも密接に関係しています。USBメモリ等を媒介としたコンピュータウイルスの感染を防止するため、すべてのタブレット端末はUSBメモリなどの使用を禁止しています。この制御は、クライアント運用管理ソフトウェア『SKYSEA Client View』の[デバイス管理]機能で実現しました。こうした制約があると「ICT活用の妨げになる」と思われるかもしれません。けれども、「個人フォルダ」へのデータの保存やデータの取り出しが当たり前の仕組みとして浸透している当区では、大きな問題もなく活用が広がっています。

職員室に無線APを設置。教員間の情報交換で活用が広がる

教員、児童生徒のタブレット端末は充電保管庫で充電・保管しています。教員用のタブレット端末は主に職員室やその付近。児童生徒用のタブレット端末は、コンピュータ教室もしくは職員室前の廊下などに設置しています。職員室では、無線LANで教育用ネットワークを利用できるので、職員室で教材準備をして、そのまま教室に移動して授業を始められます。教員の手の届く範囲にタブレット端末があることで、機器やソフトウェアに触れる機会が増え、教員間の情報交換から新しい授業のアイデアの取組みが生まれたりしています。教員の学びの広がりが、より良い授業へとつながると考えています。

実践事例や教材の共有で、さらなる学びの広がりへ

「学びを広げる」という目標を達成するためには、機器の整備がゴールではなく、教員研修の充実や実践事例の共有を図り、活用の輪を広げることが必要です。昨年度は情報教育推進委員会の中で6事例の授業実践を集めた実践事例集を作成しました。今年度はプログラミング教育の事例づくりにも取り組み、さらに実践の輪を広げていく予定です。

実践事例だけでなく教材共有も進めています。当区ではデータセンターのサーバに全校の指導案や教材ファイルを保存、蓄積しています。これにより「A校の教員が作成した教材や指導案をB校の教員が見たり、取り出して使う」ことができます。今、若手の教員が増えているため、より良い教材や指導案に触れられる環境が今後ますます重要になると考えています。

子どもの学力の向上には、より良い授業が必要です。そのためには、教員、子どもたちにとってより良い環境、つまりICT環境が必要です。「わかる喜び」「できる喜び」をより多くの子どもたちが感じられるような、誰もが使いやすく、より効果的なICT環境づくりにこだわり、さらに学びを広げていきたいと思います。

(2018年3月取材 / 2018年8月掲載)