授業でのICT活用

ICTを活用した「大府市の授業」の構築

愛知県大府市は、平成27年に小学校3年以上の児童生徒2人に1台の割合となる、3,583台のタブレット端末をはじめ、大型提示装置やデジタル教科書などのICT関連機を一斉に整備しました。充実したICT環境の下、「主体的・協働的に学ぶ子どもの育成~ICT機器を活用した『大府市の授業』の構築~」を研究主題に定め、市全体で授業づくりに取り組んでいます。大府市教育委員会 鈴木 達見 指導主事と大府市ICT教育推進委員を務められる大府市立東山小学校 有賀 美智留 教諭、大府市立大府中学校 滝川 初成 教諭にお話を伺いました。

鈴木 達見 指導主事/有賀 美智留 教諭/滝川 初成 教諭

使いたいときに、すぐに使える環境を整備する

愛知県の西部に位置する大府市は、名古屋市に隣接する人口約92,000人の都市です。市内には小学校9校、中学校4校の計13校の学校があり、約8,300人の児童生徒が在籍しています。

当市の東山小学校は、平成22年度より総務省が実施した「フューチャースクール推進事業」(平成24年度から文部科学省による「学びのイノベーション事業」)の実証校の指定を受けて、4年間にわたりタブレット端末をはじめとするICTを利活用した協働学習の実証研究に取り組みました。

4年間の実証事業から得られた知見を踏まえ、平成26年頃から市内の小中学校にタブレット端末や大型提示装置といったICTの整備計画を検討し始めました。整備にあたり、できる限り現場の先生方の意見を伺うという方針から、特に使い方に関わる部分として、どんなソフトウェアが必要になるか、デジタル教科書などのコンテンツはどの程度そろえるべきかといった要望を伺いました。

ICT機器を整備する場合、例えば大型提示装置であれば、各フロアに1台や学校に数台ずつといったように、小規模の整備から段階的に進めていくのが一般的なのかもしれません。しかしそうした整備形態では、ICTを活用したいと思うたびに保管している場所から機器を移動させるなど、何らかの準備が必要になるため、結果として活用は進まないという意見が多く寄せられました。それは、学校の先生方だけではなく、私ども教育委員会も4年間の実証事業を通じてはっきりと感じていた部分でしたので、整備を推進するのであれば「使いたいときに、すぐに使える環境を整備する」という方針で計画を詰めていきました。

もちろん、それだけのICT機器やソフトウェアを一斉に整備するには非常に大きな予算が必要になるため、すぐに整備が進んだわけではありません。教育委員会としては、できる限り早い段階で新たな学びの環境を整えたいと考えていたところ、当時の市長より「フューチャースクール推進事業の実証研究で活用した環境は、フューチャー(未来)に求められる姿ではなく、今すぐに整えるべき学びの環境だ」と後押ししてもらうことができ、市長部局の協力も得て、ICT環境整備が一気に前進しました。

その結果、平成27年度から28年度にかけて3年生以上の児童生徒2人に1台となる3,583台のタブレット端末および学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』をはじめとする各種ソフトウェアを導入することができました。また、全教室に大型提示装置と実物投影機を、併せてほぼ全教科のデジタル教科書も整備することになりました。この整備の完了から約1年半が経過した現在では、どの学級でも毎日何かの場面でICTが活用されており、学校になくてはならないものになっていることを実感しています。

「自力学習」「協働学習」「発表」の場面でICTを効果的に活用

当市では、児童生徒が学校教育のなかで他者との相互作用により、自らの能力を伸ばし、深め広げていくことをねらい、めざす児童生徒像を「自己の考えをもち、他者と意見を交わし合いながら、問題解決に向けて主体的に取り組むことができる児童・生徒」と定めています。この姿に迫るために、アクティブラーニングの視点に立った授業づくり、授業改善を推進する「『大府市の授業』の構築」に取り組んでいます。【図1】のように研究構想を立て、授業づくりの手だての一つとして、単元の学習や授業の学習活動の中に「自力学習」「協働学習」「発表」「考えの再構築」「振り返り」を明確に位置づけて構成することを掲げています。

タブレット端末などのICTは、これらの学習展開と適合しやすく、適切な場面で使えれば大きな効果を得られる道具だと考えています。

例えば、自力学習の場面では、タブレット端末のデジタルワークシート上で何度もやり直すことが容易にできるため、学びを深めることに役立ちます。また協働学習の場面では、デジタルワークシートに書き込まれた考えや取り組みの結果を共有しやすいので、児童生徒が班で一つに集約したり、逆に自分の情報を展開したりするといったことが手早く行えます。さらに発表の場面では、教員が紹介したい児童生徒の作品を大型提示装置に大きく映し出したり、並べて表示して比較したりすることもできます。

今回導入した『SKYMENU Class』は、これら一つひとつの場面で有効に使えますし、一連の学習活動のすべての場面で活用しても円滑に学習活動が展開できるソフトウェアですから、さまざまな授業で有効に活用できると期待しています。

【図1】研究構想

適切な学習課題を見極め、適切な状況下で与える

【図2】[発表ノート]で作成された国語の教材。オブジェクトを動かして主語と述語のつながりを考えた[発表ノート]など、デジタルワークシートを活用した授業づくりも進めています。

例えば、算数の四角形の面積を求める授業では、[発表ノート]上で図形を動かしたり、線を引いたりして児童が試行錯誤して考えていました。紙のワークシートと違い、失敗しても簡単に消して書き直すことができるので積極的に取り組んでいました。国語の授業では、教員が【図2】のような教材を[発表ノート]で作成し、児童に一斉配付。児童はオブジェクトを操作しながら主語と述語のつながりを考え、グループで話し合って確かめていました。

[発表ノート]に書き込まれ、表現された児童生徒の考えや答えは、大型提示装置に[投影]されたり、[一覧表示]で学級全体に共有されたりする場面が多くなりますから、児童生徒が学習活動に取り組む意欲が高まる傾向があります。

そして、彼らが意欲的に学習に取り組むからこそ、課題設定や教材づくりの大切さを強く感じています。例えば、一部の児童生徒にしか解けない難易度の高い課題を与えると、途中で諦めてしまう児童生徒が出てしまいます。逆に、誰にでも簡単に解ける課題を与えてしまうと、すぐに飽きてしまい、学びが深まらなくなります。

児童生徒の主体的・対話的で深い学びを実現するために、教員がより多くの児童生徒にとって適切な学習課題を見極め、適切な状況下で学習課題を与えることが重要になります。私たちはこのことについて、日本福祉大学の影戸誠教授からいただいた「学習負荷」というキーワードで共有し、「学習負荷」を考えた授業づくり、教材づくりを推進しています。

朱書き前後の作品の写真を比較し、「考える書写の授業」に 

【図3】朱書き前と朱書き後の両方を、見比べることで「考えながら書く」ことができた

その一方で、「まず授業づくりありき」の視点に立ち、授業をより効果的・効率的に行うためにICTを活用したいと考えています。

例えば、講演会などでよく紹介しているのが、書写の授業での[カメラ]機能の活用です。児童が書いた作品に朱書きする際、先に朱書きする前の写真を撮影しておきます。さらに朱書きしたものも撮影して、2枚の写真を児童の[個人フォルダ]に保存します【図3】。

次時の最初に、児童に前時に自分が書いた作品(朱書き前)を見せて「どこを、どのようにすれば、もっと良くなるだろう」と考えさせます。その後で、朱書きされた写真を見ることで、自分が感じたポイントと先生が朱書きした場所が合っているかどうかを確かめることができます。

従来の書写の授業のように、児童の目の前で朱書きの様子を見せたとしても、ただ結果を眺めているだけで、深く考えられていない場合も少なくありません。自分で書いたものと朱書きされたものを順に見比べることで、児童たちは「考えながら文字を書く」ことができていました。

授業以外の場面でも活用されている『SKYMENU Class』

【図4】歯磨きなど授業中以外の場面でも、時間を意識させる取り組みに[タイマー]を活用このように、さまざまな活用が進んでいますが、実は、よく使われているのが[タイマー]機能です。非常にシンプルな機能ですが、多くの先生方が効果の大きさを感じていて1日の中で何度も活用されています。

『SKYMENU Class』の[タイマー]は、大型提示装置に残り時間や経過時間を大きく表示できるので、児童生徒が時間を明確に意識しながら取り組めることが大きなポイントです。一般的に、時間を決めて活動に取り組ませるときは、キッチンタイマーやストップウォッチなどを使うことが多いかと思いますが、それでは児童生徒に残り時間が見えません。しかし、大きく表示されている時間を見ながら意識することで、児童は自分の取り組みの見通しを立てて、自分の行動をコントロールすることができるようになっていきます。この[タイマー]は、授業以外でもさまざまな場面で活用されていて、【図4】は時間を決めて歯磨きをしているところです。

そのほか、『SKYMENU Class』は学校行事の取り組みでも、児童生徒主体で活用する場面が多く見受けられます。例えば、合唱祭の練習を動画撮影した後、大型提示装置で再生して、みんなで確認し合うような活用の仕方です。また、学習発表会でも模造紙に大きく書き出して発表するのではなく、[発表ノート]を使って発表資料を作成し、大型提示装置に映し出して発表するという取り組みも増えてきました。これらは、児童生徒がタブレット端末をどのように使うのかを自分たちで考えて活用しています。

整備完了から約1年半でこうした活用が広がっているのは、準備をしなくてもすぐにICTが使える環境があるからです。例えば、大型提示装置に接続して各教室に常設しているノートPCにも『SKYMENU Class』を導入しており、教員機1台で使用できる[タイマー]機能や[投影]機能などは、いつでも使えます。そういう意味で、整備計画の時点で目指した「使いたいときに、すぐに使える環境を整備する」という方針が、功を奏したのだと感じています。

学校と教育委員会が連携し、組織的にICT教育推進に取り組む

環境整備に加え、学校の先生方と教育委員会が連携した組織的な取り組みがICT活用を支えています。当市には「大府市ICT教育推進委員会(以下、推進委員会)」という、大府市校長会を主体とした委員会があり、各校から2名の代表者が委員として参加しています。ICT教育計画部、研究・研修推進部、情報モラル教育部、広報・評価活動部の4つの部会で構成されており、教員が主体となって活動しています。

例えば研究・研修推進部では、研究授業を定期的に実施しています。平成29年は2月、6月、10月に、各校2名の推進委員が全員集まり、市内の小中学校で研究授業を実施しました。推進委員には、各学校での研究授業や技能研修をお願いしていますので、ICTを効果的に活用している授業を見て、それを自校に持ち帰ることで市全体のICT教育推進を図っています。

一方、教育委員会には「ICT教育推進小委員会(以下、小委員会)」を設置しており、推進委員会の4部会の部長と委員の代表である滝川先生、有賀先生を交えて年4回の打ち合わせを実施しています。市の方針や施策を共有し、連携を密にして取り組んでいます。小委員会では、各校1名・週2回勤務のICT支援員と、毎月の定例会を開催しており、各学校のICT活用状況や、先生方の困り事などの情報を集めています。そこで浮かび上がった課題については推進委員会で共有し、先生方がより授業をしやすいようにICTの環境や運用を改善したり、今後の整備計画に反映させたりしています。

デジタルワークシートや指導案を集め、市全体で「教材の共有」へ

従来の紙で作られた教材は、ほかで応用しようとすると、もう一度同じだけの労力を掛けて作り直す必要がありましたが、デジタルワークシートは1つの教材ができれば、ほかの場面で使ったり、ほかの人が加工して使ったりすることが簡単に行えます。

今、毎日の授業のなかで先生方の工夫が凝らされた教材がさまざまに開発されています。推進委員会と小委員会ではこの貴重なアイデアやノウハウを集め、蓄積し、より多くの先生と共有できるようにしたいと考えています。まだ検討の段階ですが、先生方がアクセスできるサーバを教育委員会が設置し、教材のデータだけでなく授業の指導案、写真などを共有することを計画しています。実現には多くの先生方の協力が必要ですから、ICT教育推進の組織的な取り組みをさらに加速させていきたいと考えています。

プログラミング教育を通じて、世界にはばたく大府の子を育む

スマートフォンやタブレット端末はすでに児童生徒の生活のなかに浸透していて、手放せないものになっています。授業においても、紙のワークシートを使った話し合い活動を苦手に感じていた児童が、タブレット端末を使うことで上手く説明できたことで自信をもち、生き生きと学習活動に取り組むようになったというケースが多くあります。こうした姿を見ると、ICT活用を始めるのは大変なのですが、やはり注力して取り組まなければならないという思いを強くもちます。

そのようななか、新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」の1つとして「プログラミング教育」が位置づけられました。これはICT教育の新時代をむかえたと考えています。当市においては東山小学校を先行実証校とし、平成30年度から取り組みをスタートします。プログラミング教育は、児童生徒のICTリテラシーを高めるとともに、コンピュータを使った問題解決を図る過程で、児童生徒が主体的に相談したり、教え合ったりして対話的に学ぶ機会が充実するという特長があります。このプログラミング教育の取り組みを通じて「大府市の授業」をさらに深め、当市のめざす「ふるさとを愛し、世界にはばたく大府の子」を育んでいきたいと思います。

(2017年12月取材 / 2018年3月掲載)