授業でのICT活用

教職課程におけるタブレット端末活用の試み 武庫川女子大学文学部教育学科 佐々木 春美 武庫川女子大学准教授 神原 一之 武庫川女子大学准教授

武庫川女子大学文学部教育学科では、情報化がめざましい学校のICT環境に対応して、電子黒板や教材提示装置、タブレット端末などを大学の模擬教室に導入。教職課程のカリキュラムのなかにICTを活用した模擬授業を位置づけるなど、学内でも先行的な取り組みを推進されています。算数・数学科の佐々木 春美 准教授、神原 一之 准教授にお話を伺いました。

学生がより実践的に学べる環境を整備

本学は、小学校教員の採用数(のべ人数)が全国の女子大学の中で1位、教員・保育士の就職率も全国トップクラス(朝日新聞出版発行「2018年版大学ランキング」より)にあります。教職課程を持つ大学としては、関西では老舗の大学です。教員養成を担う文学部教育学科には教員をめざす学生が1,026名在籍し、日々勉学に励んでいます。

本学科の学生が学ぶ「学校教育館」は、平成27年度に開設された新しい校舎です。校舎には、小学校の普通教室を模した模擬教室をはじめ、理科室、家庭科室、音楽室、図工室など実際の学校に即した最先端の教室があり、学生がより実践的に学べる環境が整っています。

また近年の学校のICT環境整備の進展に対応して、さまざまなICT機器も導入しています。例えば教育学科算数科で利用する普通教室の模擬教室には、電子黒板や実物投影機、プロジェクタ、スクリーン、授業用のコンピュータ、DVDプレーヤーなどが設置されています。将来、学生たちが教壇に立ったときに、戸惑うことなく授業を行えるように配慮しています。

約9割の学生が「ICTを活用した授業が必要」と回答

少し前になりますが、平成26年度に本学学生を対象にICT活用に関してアンケート調査を実施しました。アンケートでは、ICTを活用した授業を受けた経験の有無やICT活用指導力について質問しました。

その結果、約9割の学生が「デジタル教科書や電子黒板を利用した授業」を受けた経験が「ない」と回答。「映像を利用した授業」を受けた経験については、約4割の学生が「ある」と回答したものの、その実態は「テレビで学校放送番組を視聴した」というもので、ICTを活用した授業の経験が少ないことがわかりました。

「ICTを活用した授業が必要か」という質問には、約9割の学生が肯定的な回答をしており、ICTに有効性を感じていることがわかりました。ただし「ICTを活用した授業を学校現場で行えるか」という質問に対しては、「自信がある」という回答は2割ほどしかありませんでした。最近の学生はICTに詳しく、得意だと思われがちですが、実際はそうとは言えないことがわかりました。

これはスマートフォンなどの普及により、学生が“コンピュータ”に触れる機会が減少し、ICTリテラシーが十分に身についていない状況にあることや、大学教育でExcelやWordといったソフトウェアの操作スキル習得は行っているものの、「授業でICTを活用して指導するスキル」を習得する機会がないことが影響していると推察しています。

本学では教職課程のICT環境整備を進めようとしていますが、学生たちのICT活用経験やリテラシーについては不足している状況があります。このような状況に対応し、教育学科ではより質の高い小学校教員を育成することをめざし、平成28年度より指導者用デジタル教科書やタブレット端末10台、学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』を先行的に導入。教職課程のカリキュラムのなかで学生の授業力やICT活用指導力の向上を図っています。

学生の間にたくさん触れて、
慣れておくことで将来教壇に立ったときに
ICT活用に積極的になれます

『SKYMENU Class』は、私たちがイメージする授業に必要

ICTを使うことで子どもたちの思考が促進されたり、言語活動が活発になったりしなければ、ICTを授業で使う意味はないと考えています。今回導入した『SKYMENU Class』には、協働の場面で利用できる機能が整っており、[グループワーク]や[画面合体]の機能は、個の考えを持ち寄って協働作業し、そこから再び個の作業に戻ったとしても共有した人の考えが手元のタブレット端末に残る仕組みを備えています。このような機能が、私たちのイメージする授業に必要だと感じました。

またタブレット端末や『SKYMENU Class』には、これまでの授業時間で余分だった時間を削ぎ落とし、より効率的な授業を展開できる可能性を秘めていると思います。例えば、これまではグループで話し合った結果を模造紙にまとめたり、わざわざ学習者が黒板まで出てきて書き写したりしていましたが、学習者機の画面 や[カメラ]で撮影したノートなどを電子黒板にさっと投影して、授業時間を効率よく使えるようになると期待しています。

選定に際してはこのような機能面だけでなく、芦屋市など情報交換をしている自治体や、学生の採用数が多い近畿圏の小、中学校で『SKYMENU Class』が比較的多く導入されていることも考慮しました。学生の間にたくさん触れて、慣れておくことで将来教壇に立ったときにICT活用に積極的になれますし、幅広い選択肢、視野で教材研究に臨めると考えています。

模擬授業に必ずICT活用場面を盛り込む

タブレット端末などのICTは、算数科指導法(3年・必修)、教科算数演習(4年・選択)、教育演習(3年・ゼミ)、卒業演習(4年・ゼミ)など、指導方法に係る場面を中心に活用しています。

算数科指導法(3年・必修)では、ICTを活用した授業の現状と課題、メリット・デメリットなどについて理論を学んだ後、デジタル教科書や教材提示装置などの機器に触れさせています。この講義では模擬授業を課題として与えていますが、模擬授業にICTを取り入れるかどうかは任意にしています。

一方で、教科算数演習(4年・選択)では、模擬授業の中に必ずICTを活用する場面を盛り込むことを条件にしています。模擬授業の略案の中には「ICTを使うときの留意点」の項目を設け、必ず記載させています。ICTを活用する意図を明確に持って授業を組み立てるように指導しました。

実施された模擬授業では、タブレット端末上で指導者用デジタル教科書を開き、電子黒板に画面を[投影]してわかりやすく説明する。子ども役の学生が書いたワークシートを教員機の[カメラ]で撮影し、それを電子黒板に投影してすばやく共有する。[タイマー]を電子黒板に提示して活動時間を明確に区切る。教員機からあらかじめ[発表ノート]で作成しておいた教材を一斉配付するなど、さまざまなICT活用に挑戦していました。

ICTの使いどころや授業準備の大切さを実感

学生の多くは電子黒板やタブレット端末を活用した授業を受けた経験がない、もしくは少ないですから、それらの機器への興味関心は非常に高いです。児童生徒の興味関心をひきつけたり、わかりやすく説明したりできそうだと感じ、「私もICTを使って授業をしてみたい」と意欲が高まっている学生が多いと思います。

学生は模擬授業に授業者としてだけでなく学習者としても参加しますから、そのなかで「こんなふうに使えるのか」「あんなこともできるのか」などとイメージを膨らませたり「こんな教材であればICTが有効なのではないか」と考えたりする学生が増えたと思います。

最初は多くの学生が教材提示装置やタブレット端末、電子黒板などのICTのすべてを使って授業を計画したり、模擬授業時間の30分間を丸々ICTでやろうとしたりします。ですが、ほかの人の模擬授業を見たり、授業の練習を重ねたりするなかで、より適したICTを取捨選択し、10分間だけICTを使おうといったことを考える学生が多くなってきました。感覚的にではありますが「ここで使うと効果的だろう」「ここは使わなくてもいいだろう」といったことをつかんできているようです。

講義の感想を見ると、「教材研究の大事さ」を感じている学生も多くいます。これは、ICTやデジタル教材は使う側がよく理解していないと有効に働きませんし、機器トラブルが発生すればうまくいかなくなる場合もありますから、模擬授業中に想定外の問題が発生した場合にどのように対処すればよいのかと考える必要に迫られているためだと見ています。

ICTを使わなかった模擬授業と比べると、学生たちが一層教材研究の必要性を感じるようになりました。それは、ICTを活用した教具の使用には練習時間を必要とするだけでなく、ICTを導入する場面の選択が授業展開に大きな影響を及ぼすからです。

しかし、現実の授業はICT活用の有無に限らず、想定外のことが起こったり、児童から想定外の反応が返ってきたりするものです。そのため、学生に授業準備の大切さを実感を伴って伝えられる良い機会にもなっていると思います。

小学校から大学までに学生たちが受けた授業が、
自分の授業づくりのベースになる

ICTを正しい算数・数学観を基にした授業づくりのきっかけに

私たちが学生たちに期待するのは、あくまで数学的な活動を重視しながら、数学的な見方や考え方を養う授業です。それは先生が一斉指導で一方的に話すといった授業ではなく、子どもたちのアイデア、新しい気づきを引き出し、そしてそれを議論しながらより精錬されたアイデアにしていくという問題解決型の授業です。そして新しい気づきがまたそこから生まれ、次の学びに向かっていくような授業のことです。そのような授業を私たちは学校現場でよく見てきましたし、新しい学習指導要領のめざす「主体的・対話的で深い学び」とも重なるものだと考えています。

しかし、学生がこれまで受けてきた算数、数学の授業の多くは暗記型で、「公式を覚え、それに数値を当てはめて唯一の正解を求めることが算数、数学だ」という算数・数学観のもとで実践された授業です。この算数・数学観を変えなければならないと思っています。それは、小学校から大学までに学生たちが受けた授業が、自分の授業づくりのベースになってしまうからです。教える側が誤った算数・数学観を持って教えると、その授業を受けた子どもたちが不幸になってしまいます。

大学の講義でも、これまで一斉指導、暗記型の算数の授業を中心に学んできた学生は、問題解決型の授業をたくさん経験してきた学生と比べて正しい算数・数学観を基にした授業のイメージを持ちにくく、理解が進みにくい傾向があります。大学のときにより豊かな算数・数学観を基にした問題解決型の授業を経験させることで、やがて彼女たちが教壇に立ったときに、その良い点も悪い点も把握した上で授業を行ってほしいと思っています。ICTやタブレット端末は問題解決型の授業や対話的な学びと相性が良いツールですから、豊かな算数・数学観を基にした授業づくりのきっかけになることを期待しています。

タブレット端末を追加整備。さらなる活用の広がりをめざす

今回のタブレット端末の整備目的は「より質の高い小学校教員の育成」にあります。ですから、算数科での活用にとどまらず、他教科、さらには教職課程がある他学部他学科でも活用されるよう、当学のFD委員会でその成果を共有して広めたいと考えています。

算数科では、すでにタブレット端末台数が不足しており、今年度中にタブレット端末を新たに10台追加して整備する予定です。今後学内での活用が広がることを考えると、それでも台数が足りなくなることが予想されます。

ですが、ICT環境整備には多大な予算が必要ですから、一朝一夕に進むものではありません。それでも、教職課程の学生の実態やニーズを把握すれば、ICT環境の充実が必要なのは明らかですし、平成29年6月に案が公表された教職課程コアカリキュラムでは、各教科の指導法の中で、“当該教科の特性に応じた情報通信機器及び教材の効果的な活用方法を理解し、授業設計に活用することができる”といった記述がなされています。教職課程におけるICT環境の充実は、今後より重要になると考えています。

※FD:Faculty Developmentの略。大学教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組。

学び続ける“学生”、そして学び続ける“教員”へ

中教審答申の中に「学び続ける教員」という言葉が書かれています。私たちはこの言葉をお題目にすることなく、学び続けなければなりません。そして私たち教職課程の大学教員には、教員をめざす学生たちにそのような資質・能力を育ませることが求められています。

教員になってから学ぶのではなく、学生のころからずっと学び続ける人。そして、豊かな算数・数学観を持って、算数、数学の面白さを子どもたちに語れる教員をめざしてほしいと思っています。ですから、今、タブレット端末や電子黒板などのICT活用をきっかけに算数、数学の教材研究、授業づくりに意欲的に取り組んでいる学生たちの姿を、とてもうれしく感じています。

(2017年7月取材 / 2017年10月掲載)