授業でのICT活用

安定した無線LAN環境で、タブレット端末の携帯性を生かす

埼玉県上尾市では、平成25年度に小学校のコンピュータ教室の端末をタブレット端末に置き換えて整備されており、タブレット端末の活用を推進されています。2015年9月からは、市内小学校2校において無線LAN環境におけるタブレット端末活用の研究に取り組まれ、今後のICT環境整備に向けて効果や課題を検証されています。同市の取り組みについて上尾市教育委員会 指導課 上野 明 課長、小高 達也 指導主事、教育総務課 加藤 滋之 副主幹に伺いました。

埼玉県上尾市教育委員会

上尾市のICT環境整備の現状

コンピュータ教室をタブレット端末で整備

上尾市では、平成25年度に小学校コンピュータ教室の端末をタブレット端末に切り替えています。教員にデスクトップ型PC1台とタブレット端末1台、児童生徒用のタブレット端末40台を整備。併せて、タブレット対応授業支援ソフトウェア『SKYMENU Class』を導入しています。

この整備は、全国の先進自治体の取り組みを受け、今後は普通教室における教科指導においてタブレット端末の活用が進むことを想定しています。

これまでのコンピュータ教室の整備では、児童生徒用コンピュータはデスクトップ型が主流であり、普通教室に持ち出して活用することはできませんでした。これを携帯性に優れたタブレット端末に置き換えることで、普通教室をはじめ、体育館など校内のあらゆる場所での授業に役立てたいという思いがこの整備の背景にあります。

市のセキュリティポリシーのため、無線LANが使用できない環境

しかし、当市では校内LANの整備が遅れている実情があります。現在、職員室とコンピュータ教室には有線LAN環境が構築されており市のネットワーク網と接続されていますが、普通教室を含めた校内LANが整備されているのは、3校のみです。

当市では、教育委員会と学校で独自のネットワーク網を持っておらず、市役所のネットワークを利用しています。そのため、市で定められたセキュリティポリシーに従う必要があり、無線LANによるネットワーク接続が許可されていません。現在は、コンピュータ教室に整備されたタブレット端末は、無線LANが利用できず有線LAN環境でのみ通信が行えるようになっています。

整備当初から、普通教室ではネットワーク環境が利用できないことが大きな課題だと感じていました。しかし、タブレット端末の持つ携帯性や、カメラが標準搭載されているといった機能性によって、従来とは異なるICT活用が実現できるという期待を込めて整備することにしました。

タブレット端末活用の研究

市内2校に無線LAN環境を構築し、活用研究へ

先生方は、体育館などで児童の運動の様子を撮影して振り返るなど、当初の予想以上に積極的にタブレット端末をコンピュータ教室から持ち出し、工夫しながら活用してくださっています。しかし、校内LANの利用ができない普通教室ではインターネットが使えないだけではなく、端末間でデータのやりとりができないため、先生から子どもたちに教材を配付したり子どもたち同士でデータを共有したりするといった、『SKYMENU Class』が持つ双方向性に富んだ機能が使うことができません。次第に「タブレット端末の携帯性が、十分に生かしきれていない」という点が、教育委員会と先生方の共通認識となっていきました。

ちょうどそのころ、民間企業の協力を得て無線LAN環境下におけるタブレット端末の活用研究を行う機会をいただきました。タブレット端末はすでに整備済みの物がありましたので、無線LANアクセスポイントをお借りして、2015年8月に富士見小学校、9月に中央小学校の2校に無線LAN環境を構築しました。市のセキュリティポリシーに従って校内だけで通信ができる限定されたネットワーク環境となりましたが、この環境を使ってどのような授業が行えるかを研究しています。

安定した無線LAN環境の下、『SKYMENU Class』の活用が進む

これまでは、無線LAN環境がなかったため電子黒板とタブレット端末を直接ケーブルで接続しなければ教材を提示できませんでした。今回、無線LAN環境を構築した2校の研究協力校では、『SKYMENU Class』の[投影]機能が使えるようになり、教室のどこからでも提示できるようになりました。この1点でも使い方が大きく変わり、タブレット端末の携帯性が生かされるようになったと言えます。

さらに、タブレット端末同士が通信できるようになったことで、複数のタブレット端末の画面を、並べて同時に表示して比較できる[比較表示]機能も使えるようになりました。1画面ずつ順番に見せるよりも、2画面や4画面を並べて同時に見せる方が、1人ひとりの考え方の「共通点や差異を見つける」といった取り組みがしやすくなるので、多くの授業で活用されています。

また、細かな内容を提示するときに、電子黒板などに表示するだけでは教室の後方の席から見にくい場合もありましたが、子どもたちの手元にあるタブレット端末に画面を転送することもできるようになりました。

このように教材や取り組みの「見せ方」だけを取り上げても、これまでとは大きく違いました。教材となるデータの配付についても、子どもたちの端末に[教材配付]機能で一斉に配付することができるので、時間短縮にもつながっています。

こうしたことはコンピュータ教室でも実現できたことですが、コンピュータ教室では座席が固定されてしまうので、自由に机を寄せて、画面を見せ合い、気付いたことを話し合うという取り組みは難しい環境です。1人ひとりに集中して活動に取り組ませたい場面ではコンピュータ教室で、活発に意見交流をさせたい場面では普通教室で、といったように目的に応じて使い分けることも大きなポイントだと思います。

授業を見学された他校の先生方も、子どもたちが画面を見せ合いながら活発な意見交流をしている姿を見て「こうした取り組みを通じて、プレゼンテーション能力を身につけていけると感じた」と感想を寄せてくださいました。実際に授業を受けた子どもたちも、非常に楽しそうに取り組んでおり「画面を見て考えられるので、とてもわかりやすかった」と話してくれました。

教室でタブレット端末を使用する様子

実際に目で見て、触れて、初めて理解できるものがある

今回の取り組みは、私たちにとって大きなターニングポイントになり得ると感じました。近年、さまざまな場面で普通教室におけるタブレット端末を活用した授業について取り上げられているので、これまでも関連する情報を調べたり、どう取り組むべきか考えたりしてこられた先生は多いと思います。しかし、授業の様子を実際に目で見て、触れて、初めて実感を伴って理解できるものがあると思います。いずれは自分たちもこうした取り組みをするのだと、当市の先生方に具体的なイメージを描いていただけたことは大きかったと思います。先生方からも「自分たちの学校でも、ぜひこうした授業に取り組みたい」という声がいただけました。また、「自分たちも、まずは今あるコンピュータ教室のタブレット端末をもっと活用していき、ネットワーク環境が整えばすぐに活用できるようにしていきたい」という意見も寄せられました。

私どもも、環境整備に取り組む者として、無線LAN環境の構築にはどんな大変さがあるのか、注意すべき点はどこにあるのかを具体的に洗い出すことができました。また今後は、教育委員会と学校のネットワーク網の構築が欠かせないとあらためて実感できました。実現までには多少の困難もあるでしょうが、将来的に上尾市として、無線LAN環境でタブレット端末を活用した教育に取り組む意義についても十分に教育に取り組む効果に手応えを感じ、その意義についても再確認できたことで、必ず実現すると決意を新たにしました。

今後のICT環境整備に向けて

民間企業の知恵を積極的に取り入れて、新たな環境を作る

近年は、社会における情報通信のインフラの多くが無線化されはじめています。そのなかで、学校においても校内のどこでもICTが活用できる環境が必要になっていくことは当然なのかもしれません。こうした新たな環境を作り上げていく上では、これまでのように教育委員会や学校の中だけで考えるのではなく、民間企業が持つ専門的な知識やノウハウを取り入れていくことが、とても大きな意味を持つと感じました。

タブレット端末の活用のメリットだけでなく、課題や注意点がはっきりとわかったことは、今回の研究のもっとも大きな成果だったと言えます。あまり深く考えずにタブレット端末や無線LAN環境が整備されてしまっていたら、逆に大きな混乱を招いていたかもしれません。事を急いで整備を進めるのではなく、活用イメージを思い描きながら学校の先生方とメリットも課題も共有していき整備を進めていくことが、いかに大切なのかを再認識できたことで、今後の整備計画も具体的なものになっていくと思います。

ともあれ、タブレット端末の活用においては無線LANによる通信環境整備が鍵を握り、その安定した通信環境がなければタブレット端末の優位性は十分に活用できないことが、はっきりとした共通認識となりました。

いかに安定した環境を作れるかが、ICT活用の肝になる

教室でタブレット端末を使用する様子

今回、研究のために無線LAN環境を構築するにあたり、約半数のタブレット端末がネットワークに接続できないという現象が起きました。これは、機器の不具合が原因だったのですが、このような予期しない不具合や万が一の障害発生時のために、先生方にも知識やノウハウを習得してもらったり、情報共有を推進したりすることが必要だと感じました。もちろん、自分たちだけでは解決できない場合もあります。導入においてこの点は非常に重要で、価格面だけではなく機能や性能、サポートサービスの面も考慮にいれて、整備を進める必要があると強く感じました。

たとえ小さな不具合であっても、そこで授業が止まってしまうことがあれば大きな問題となります。いかに安定した環境を作れるかがICT環境整備の肝になると考えています。

どんなに素晴らしい道具も、使う人の能力を超えることはない

タブレット端末や無線LANといったICTはあくまでも道具の一つだということも、しっかり認識していくことが大切です。どんなに素晴らしい道具だとしても、道具は使う人の能力を超えることはありません。ですから、いかに先生方が使いやすい道具を選ぶのかも重要だと感じました。誰でも迷わずに使えるものであれば、活用やそれを通じた学習効果も自然と深まっていきます。

また、指導者である先生にも新たな指導のあり方を研究してもらうことが求められていくのだと思います。これまではICT活用教育の場面がコンピュータ教室に限られていましたが、これからは個々に持ち出して使えるので活用場面は大きく広がります。この道具を、どの場面で、どう使えば効果的なのか。タブレット端末の活用方法を学ぶ上でSky株式会社が発行している「タブレット端末活用実践事例集」がとても参考になっています。こうした資料を当市でも独自に作成して、当市に合った実践事例や活用方法を共有していくことができれば、さらに活用を広げていけるのではないかと考えています。

今回の、2校の研究協力校で取り組んだ授業は、今からでも各校のコンピュータ教室で行えます。校内ネットワークの構築など、将来のICT環境整備に向けて、先生方も現在の環境を再評価いただき、授業のちょっとした場面からでも使い始めていただきたいと願っています。その実践を通じて、実感の中から多くの発見を積み重ねていくことが、とても大切だと感じています。

(2015年11月取材 / 2016年2月掲載)