授業でのICT活用

何のためにタブレット端末を整備するのか

兵庫県三木市立小学校、中学校教諭、三木市立教育センター 指導主事、所長を経て、平成26年4月より現職。平成26年度文部科学大臣表彰 視聴覚教育・情報教育功労者を受賞。

各地の自治体、学校で進むタブレット端末整備。梶本 佳照・環太平洋大学教授は、教育委員会で教育の情報化に取り組まれた経験から、目的や効果検証が曖昧なまま進んでいるタブレット端末整備に警鐘を鳴らされています。タブレット端末の整備の課題とアドバイスを伺いました。

そこに「願い」はあったのか

総務省「フューチャースクール推進事業」など、実証研究校でのタブレット端末などの活用研究をきっかけに、この数年で各地の自治体、学校でタブレット端末の導入が進みました。

しかし、これらの整備に教員の「願い」があったのでしょうか。「ノートPCを授業で使っているけれども、もっと便利に使えないか」という思いや課題があって、新たにタブレット端末が導入されたのではなく、新しいICT機器が市場に出てきて「なにやら授業で使えそうだ」という安易な考えで整備・導入が進んでいるようにも思います。

そして、タブレット端末とセットで語られるのが「協働学習」です。この「協働学習=タブレット端末」とも取れるような繋がりを私は今一つ、理解できません。これまで模造紙やホワイトボードなどを使って協働学習にずっと取り組んできていて、学習効果もあった。そのような中で「児童生徒が協働している状況をより把握しやすくしたい」「学びの履歴を蓄積したい」という教員の願いがあった上でタブレット端末が導入されるならば納得できる話です。

しかし、協働学習という言葉自体、タブレット端末が出てくるまではあまり使われていませんでしたし、従来の話し合い活動などとどのように違うのかと思います。突然出てきた話題性のあるキーワードに左右されることなく、「何のためにタブレット端末を整備するのか」を考える必要があります。

協働学習に取り組めば、21世紀型能力は身につくのか

「21世紀型能力」といった新しいキーワードも注目されています。私たちは、「日本の児童生徒は21世紀型能力が弱い」と聞くと、まるで今の教育手法が全くだめであるような危機感を抱きます。しかし、本当に児童生徒の21世紀型能力は弱いのか。そして、協働学習に取り組めば、そのような課題を解決できるのか。その関係性や繋がりが十分に検証されていないように思います。

21世紀型能力というと、コミュニケーション・共感・表現力の育成が挙げられます。児童生徒が将来、協働して創造的な仕事を進める上で、プレゼンテーション能力をはじめ、コミュニケーション能力の育成が重要であるということは理解できます。

しかし、児童生徒の中には、人と接するコミュニケーションに大きなストレスに感じる子もいます。1人でじっくりと考えたい子、じっくりと本を読みたい子もいるわけです。そこにすべての児童生徒が人と上手にコミュニケーションを取り、スムーズにプレゼンテーションを行える力をつけなければならないと教員が思い込んでしまうと、児童生徒は非常にストレスを感じ、授業が、学校が苦痛な場所になってしまうのではないでしょうか。

コミュニケーション能力の育成も大事なことですが、1人ひとりの個性を大事にするには、教員がバランスを取っていかなければならないと思います。

「改革」ではなく「改善」の積み重ねを

近年、教育に関して「イノベーション」や「改革」というキーワードが用いられることがあります。例えば、タブレット端末の導入をきっかけに、従来の「教員主導」の一斉指導から協働学習で言われるような「学習者主体」の新しい授業スタイルへの「改革」でしょうか。

しかし、各自治体の抱える諸問題の解決や各学校の教育目標の達成に対して、その「改革」が本当に有効なアプローチなのか。そして、タブレット端末が有効なツールなのか、十分な検証がなされているのかが気になります。これまで学校が取り組んでいなかったことを、新たなICT機器の導入をきっかけにして急激に押し進めることは、実証研究校でもない全国の学校には非常に難しいことです。テクノロジープッシュのICT整備・活用がうまくいかないことは、これまでを振り返ってみても明らかなことだと思います。

「教育改革」と良く言われますが、教育は連続しているものです。全く新しくするという考え方には無理があります。なだらかに、「改善」に「改善」を重ねていくということを前提として、これからの教育を考えなければなりません。

教員のタブレット端末活用から始める

先生が授業をしやすくなる

児童生徒ではなく、まずは教員がタブレット端末を使って授業をすることから始めるべきだと思います。タブレット端末を活用することで「以前よりも授業がしやすくなった」「よりわかる授業ができた」と教員が実感すること、そこをスタートにするべきです。

タブレット端末は、従来のノートPCと比べて、コンパクトで持ち運びが容易であり、起動が速く、タッチで直感的に操作できます。カメラ機能も搭載しており、教材提示装置やデジタルカメラなど、これまで教員が利用してきたICT機器の機能が備わっています。デジタルコンテンツの再生やインターネットの検索も行えます。その便利さを入口にしたい。

さらに、教員の提示用コンテンツは、指導者用デジタル教科書などをはじめ、動画や静止画教材が充実してきています。これまでノートPCとプロジェクタ、電子黒板での利用を想定して開発されてきた多数のコンテンツは、操作性などもこなれてきており、これらはタブレット端末での活用も十分期待できます。

一方、児童生徒が使うコンテンツは、「学習者用デジタル教科書」などのように、これから研究開発されていく段階です。児童生徒が教科学習で使うコンテンツの内容や操作性が充実してこなれてくるのは、まだまだ多くの時間と研究を要するでしょう。

よく言われることですが、コンピュータは「箱」にすぎません。利用できるソフトが充実していなければ役に立ちませんし、使う人(教員)のスキルによって効果も変わります。それはタブレット端末になっても同じです。また、個人が趣味で使っているタブレット端末やソフトがどれだけ使いやすくても、それがそのまま授業で有効に機能するわけではないことも理解しておく必要があると思います。

教員の多忙感を解消するためにICTを使う

「電子ホワイトボード」のような調べた情報を集めたり、まとめたりできる「協働学習用ソフト」がいくつか登場してきており、協働学習でのタブレット端末活用のために導入されています。

しかし、調べてまとめて伝え合うような、探究的な学習活動が毎日行われるわけではありませんし、そのような学習活動を成立させるには、教員が事前に児童生徒が調べるための教材を検討し準備しなければなりません。その準備が週に1コマ程度ならば可能だと思いますが、例えば2コマに1回の割合で行われるとすれば、教員の準備がとても間に合いません。教員の多忙感を解消するためのICTが、かえって教員を多忙にしてしまっては本末転倒です。さらに「反転授業」なども話題になっていますが、これらの問題に加えて、多様な家庭環境がある中で簡単には進まないのではと思います。

「費用対効果」はどうでしょうか。仮に、児童生徒用のタブレット端末を整備した場合、週にどの程度の頻度で活用されるでしょうか。コストを考えると一日6時間のうち半分の3時間、3教科くらいで最低限活用する必要があると思います。ただ、教科指導で十分に利用できる教材コンテンツが整っていない現段階において、どの程度の稼働が期待できるでしょうか。結果、週に数回の授業で使われる程度の活用であった場合、「導入して効果があった」といえるでしょうか。

教員1人1台、児童生徒1人1台、グループに1台などさまざまに導入・活用の形態はありますが、「誰の」「何のための」整備なのか。目的の明確化が最適な環境整備につながると思います。

PC教室で基本的な活用スキルを指導する

現行の小学校学習指導要領総則には、「各教科等の指導に当たっては,児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ,コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作や情報モラルを身に付け,適切に活用できるようにするための学習活動を充実するとともに,…」と書かれています。従って、児童生徒に基本的なICT活用スキルを身に付けさせなければなりません。それには普通教室でグループ1台のタブレット端末ではなく、児童生徒1人1台の環境が整ったコンピュータ教室の環境で指導する必要があります。

児童生徒のICT活用スキルについては、ようやく良い形で小・中・高等学校で積み上げができ始めたところだと感じています。しかし、タブレット端末整備の流れで、これらの積み上げが絶たれてしまうのではないかと危惧しています。

確かに、今や児童生徒は、スマートフォンを当たり前のように利用し、キーボード入力ではなく、フリック入力でテキストを入力しています。フリック入力もスキルと言えばスキルですが、彼らがやがて大人になり、仕事で求められるのはキーボード入力です。仕事をする上でベースとなる力が身についていないと、さまざまな場面で不利になります。

児童生徒にどのような力、スキルを身につけさせるべきなのか。文部科学省でその中身を具体的に決め、またカリキュラムを示していくべきだと思います。

教員は、授業の主体である

梶本佳照環太平洋大学教授教員は、授業の主体でなければなりません。授業を構成する主体として、その授業に責任を負っています。しかしながら、協働学習と言われている実践の中には、「グループごとに話し合いをして自分の意見を発言しているだけ」「グループの意見をまとめるときも特に視点なくまとめている」という光景を目にします。そのような活動を繰り返しても、そこに何の学びも生まれません。

教員も、十分な経験を積んでいないことから、どのように話し合いに介入したら良いのかがわからず、結果として子ども任せになっているのではないでしょうか。ファシリテートすることは難しいことですが、授業の主体はあくまで教員であり、授業の方向性をしっかりと持っていなければなりません。

一方で児童生徒には、グループで意見を交流し、模造紙やホワイトボードにグループの意見をまとめる、といった協働して課題を解決する経験を積み重ねる必要があります。

そのためには各学年・発達段階で身につけさせたい「話し合い」や「情報をまとめる」スキルなどをきちんと整理・具体化し、学校全体での取り組むことが必要です。

学校全体での段階的、継続的な取り組みがなければ、協働学習を成立させることは難しいと思います。

授業で資料を適切に提示できることが前提

実物投影機やプロジェクタの活用が広まってきていますが、タブレット端末の活用は、それらの機器を活用して授業で日常的にデジタルコンテンツを活用している教員でもなければうまくいかないでしょう。

特に、デジタルコンテンツの提示については、どのような資料を、どのように提示し、どのように発問すると効果的であるかがポイントになります。それは、ICT活用の有無ではなく、資料を提示して授業を行う力が教員に備わっているかどうかということです。ICTはあくまで拡大提示をしやすくしているにすぎません。

そのような力は「その資料はなくて良かったよ」「この資料より別の資料を映した方がわかりやすかったのではないか」などと周りの先生方から意見や指摘をもらうことを積み重ねて磨かれていく部分だと思います。

教員研修などで若手とベテランの教員を混合させてグループにすると、ベテランの先生は「この授業では、この教材を映してはダメ」と若手の教員に指導している様子が見られます。ベテランの教員はこれまでの経験から良し悪しがわかるわけです。そのようなノウハウをより一層共有する場や仕掛けが必要です。

一方で、ベテランの先生からは、「ICT機器の操作方法がわかりにくくて困る」というお話を伺います。これはICTがこなれていないことが原因です。この点は企業側にさらなる努力をお願いしたいところです。

ICT機器がベテランの教員にとってハードルが低く、ストレスなく使えるようになって初めて「便利だ」と認識され、活用が広がっていくと思います。

若手、ベテランでもっと話し合う場を

私たちは著名な先生方の講演を聴きにいくと、何かスーッとした気分になって満足してしまいます。しかし、得られた知見を、自分自身の授業に落とし込めなければ、資質・能力が向上したことにはなりません。授業に落とし込むためにどのようにしたら良いのか。校内研修などの機会を使って、教員同士がもっと話し合い、より具体的にしてほしいと思います。

そして、自分がどのような授業をしたいのか、児童生徒にどのような力を身につけさせたいのか、若手、ベテランで話し合える場がもっと必要です。つけたい力やねらいが明確になることで、ICTの使いどころや効果的な活用方法がさらに見えてくると思います。

(2015年2月掲載)