授業でのICT活用

デジタル教科書と学習者用端末(中橋雄 武蔵大学 教授)

「デジタル教科書」の定義、「デジタル教科書」開発の現状と今後、「デジタル教科書」を考えるための観点、実践事例の分析を通じてわかってきていることなどについて述べる。

1.はじめに

近年、学習者用の「デジタル教科書」のあり方に関する議論が盛んに行われている。具体的に何をどこまで実現するツールとして「デジタル教科書」を設計すればよいのか、正解はひとつではない。

「デジタル教科書」は、ハードウェア、コンテンツを含むソフトウェア、そして社会的な制度が一体となって成立する。そのため様々な業界の人々が協力して、議論を重ね、作り上げていく必要がある。

だとするならば、「デジタル教科書」のあり方に関する議論を行うための前提となる情報を整理しておくことが重要であろう。本稿は、そのような学習者用の「デジタル教科書」のあり方について議論するための前提となる情報を共有しようとするものである。

2.「デジタル教科書」の定義

まずは、わが国における「デジタル教科書」の定義、概念枠組みを共有しておこう。文部科学省が発行した「教育の情報化ビジョン」の中では、「デジタル教科書」を以下のように定義している。

いわゆるデジタル教科書は、「デジタル機器や情報端末向けの教材のうち、既存の教科書の内容と、それを閲覧するためのソフトウェアに加え、編集、移動、追加、削除などの基本機能を備えるもの」であり、主に教員が電子黒板等により子どもたちに提示して指導するためのデジタル教科書(以下「指導者用デジタル教科書」という。)と、主に子どもたちが個々の情報端末で学習するためのデジタル教科書(以下「学習者用デジタル教科書」という。)に大別される。現在、教科書発行者から発行されているのは、いずれも指導者用デジタル教科書である。また、これは教科書に準拠しているものの、法令上は、教科書とは別の教材に位置付けられる。

この文書によって、現段階で「デジタル教科書」は、紙の教科書に準拠した「教材」という位置付けにあることがわかる。また、「指導者用デジタル教科書」と「学習者用デジタル教科書」の2つが異なるものとして区別されている。

さらに、「教育の情報化ビジョン」の中では、求められる「学習者用デジタル教科書」の姿を規定するような説明が掲載されている。その要件となっている箇所を抜き出し、箇条書きで以下に示す。

  • 子どもたち一人一人の学習ニーズに柔軟に対応できること
  • 学習履歴の把握・共有等を可能とすること
  • 音声の再生、動画、拡大等の機能が使えること
  • インターネットの活用ができること
  • 教員と子どもたち又は子どもたち同士の間の双方向性のある授業が実現できること
  • ネットワークを介した書き込みの共有ができること
  • 教員による子どもたちの学習履歴の把握ができること
  • 子どもたちの理解度に応じた演習ができること
  • 家庭・地域における自学自習ができること

こうした要件は、「子どもたち一人一人の能力や特性に応じた学び、子どもたち同士が教え合い学び合う協働的な学びを創造していくために」ということや「単に紙媒体の教科書の内容がそのまま表されるだけではなく」という前置きに続いて記述されている。内容は「紙媒体の教科書」を受け継ぎつつ、紙ではできないことができるようになる点に「学習者用デジタル教科書」の意義を読み取ることができる。

3.「学習者用デジタル教科書」開発の現状

「指導者用デジタル教科書」は、教科書会社や教科にもよるが、学校向けに販売されている。一方、「学習者用デジタル教科書」は、現段階で文部科学省「学びのイノベーション事業」の一環で実験的に開発が進められており、一般には流通していない。

開発中の「学習者用デジタル教科書」は、学習者1人1台情報端末を実現している総務省「フューチャースクール推進事業」実証校(小学校10校と中学校・特別支援学校10校の計20校)の学習者用端末(タブレットPC)での活用・検証が行われている。

教育家庭新聞(2012)によれば、「フューチャースクール推進事業」実証校以外でも、1人1台体制で活用できる学校が希望すれば、これらの「学習者用デジタル教科書」を活用できるように準備が進められている。現存するものの教科・学年・単元数は、次の通りである。

小学校国語4・5学年 2単元・3社 小学校理科5・6学年 4単元・5社
小学校算数4・5学年 4単元・3社 中学校国語1・2学年 4単元・4社
外国語活動5・6学年 4単元・1社 中学校数学1・2学年 4単元・4社
小学校社会5・6学年 4単元・4社 外国語(英語)1・2学年 4単元・3社

4.「学習者用デジタル教科書」開発の今後

このように一定程度は「学習者用デジタル教科書」の定義・要件が示され、プロトタイプの開発が進んでいる状況にある。しかし、現在、開発されている「学習者用デジタル教科書」は、あくまでも実験的なものであり、今後それに実装される新しい要件が加わる可能性は否定できない。どのようなことができると教育の質を高めることにつながるのか、一人一人が考え、議論を重ねていく必要があるだろう。

また、単に上記のような機能が実装されても、それだけで教育の質が高まるとは限らない。例えば、学習履歴の把握について、単に学習者の利用ログデータだけがあっても、学習支援に活かされるようなかたちで教師に提供されなければ、指導に活かされることはない。これまでの教育課題を解決するためには、実用に耐えうる機能として実装されなければ意味がない。

仮に実装された機能を教師が使わなかったとするならば、「そもそも必要のない機能」なのか「必要だけれど使いにくいから使わない機能」なのか、その見極めを慎重に行わなければならない。そのため、開発と形成的な評価を繰り返していくという前提で「デジタル教科書」の開発を進めて行く必要があるだろう。

5.「デジタル教科書」について考える観点

「学習者用デジタル教科書」を開発する上で、多様な立場の人々の協力と議論が不可欠であるということを先に述べた。では、どのようなアプローチでの議論が必要になるのか、その観点をいくつか示したい。

(1)ハードウェアの開発

近年、ペンタブレット機能が組み込まれたタブレット型端末や指でタッチして操作するスレート型端末、クラウドコンピューティングを前提とした端末など、様々なコンセプトの機器が登場している。

こうした技術に可能性を感じる一方で、「デジタル教科書」に最適化されたハードウェアの決定版となり得る機器に私自身はまだ出会ったことがない。

そのため、「デジタル教科書」に最適化されたハードウェアの開発に関して議論を重ねる必要がある。

(2)ソフトウェアの開発

教育実践に活用するためのソフトウェアは、学習理論の研究成果に基づき多様化しているといえる。

例えば、従来からあるCAIのように個別に学習を進め、学習履歴も記録されるドリル型のソフトは健在である。また、文字、静止画、動画、音声などの情報を統合的に扱って、インタラクティブ性をもたせたマルチメディア教材も数多く生み出されている。さらに、学習を豊かなものにするために、ネットワークを介して議論したり、知を共有したりして、共同作業ができるソフトウェアも充実してきている。

このように学習に活用できるソフトウェアは多様化している。そこで、どのようなソフトウェアが、「デジタル教科書」に実装されるべきなのか。あるいは、それとは切り離して存在させるべきなのか。ソフトウェアの開発に関わる議論を重ねる必要がある。

(3)学力観の転換あるいは拡張

これからの社会で求められる力のひとつには、複雑化する社会において、異質な他者と、協働的に課題解決する能力がある。

そして、そうした課題解決に情報端末が有効活用できると考えられている。例えば、国際的な学力調査の動向、ATC21Sによる21世紀型スキル、新しい学習指導要領で求められる基礎基本の確実な定着に加えて重視されている思考力・判断力・表現力などの育成などに、そのような方向性を見て取ることができる。

では、「デジタル教科書」が、このような学力観の転換・拡張にどう寄与できるのか。紙の教科書の内容を踏襲していくだけで対応できる問題なのか、議論を重ねる必要がある。

(4)国家的な成長戦略

情報通信の整備・活用することによる経済効果、あるいは、知的生産的な活動によって国際競争力を高める効果などを期待し、国家的な成長戦略の一環として教育現場にICTを導入する動きがある。そうした観点から、「デジタル教科書」導入の必要性を主張する人も少なくない。

経済と教育の政策は切り離して考えなければならない部分もあるが、この点も環境整備を伴う政策を進めていく際の争点にはなり得る。

そのため、「デジタル教科書」に関わる政府の施策はどうあるべきか、議論を重ねる必要がある。

(5)教科書に関わる業界の動向

デジタル技術を利用した「電子書籍」の一般化に向けた動きが様々な業界・団体によって加速している。

これまで「書籍」・「冊子」に類するものとして存在していた「教科書」に関わる業界・団体の動向にも注目が集まっている。

では、「デジタル教科書」を考えるにあたり、例えば、教科書検定制度はどうあるべきか。教科書・情報通信・ソフトウェアに関わる企業はどういった技術の標準化を考えていくべきか、議論を重ねる必要がある。

6.実践からわかること

以上のような様々な議論の必要性を踏まえた上で考えなければならないことは、学校教育現場における教育実践と子どもたちの成長についてである。

そこで、具体的なイメージをもつために、文部科学省「学びのイノベーション事業」の一環で実験的に開発が進められている「学習者用デジタル教科書」を活用した実践事例を紹介したい。総務省「フューチャースクール推進事業」実証校である葛飾区立本田小学校で行われた実践事例である。

秋元 尚 教諭は、5年生・理科「メダカのたんじょう」の単元で「学習者用デジタル教科書」を活用した実践を行った。

まず導入では、「メダカは、たまごの中でどのように育ち生まれるのか?」と学習者に問いかけて予想させ、複数の意見を出させた。その上で、実際どうなのか確かめるために「学習者用デジタル教科書」で個々に確認させた。ここではボタンを押すと段階的にメダカの卵が成長していく写真と解説が表示される「学習者用デジタル教科書」のコンテンツが利用された。

写真1「デジタル教科書」を使った教師の説明次に教師は「メダカのオスとメスを体形のちがいから見分けよう」という学習のめあてを確認した。そして、「学習者用デジタル教科書」を電子黒板に提示してオスとメスを見分けるポイントについて説明した。背びれや尾びれの特徴について説明する際には、ペン機能で囲って注目させながら説明した。(写真1)

そして、見分け方を理解できたか確認する演習を行うために、再度「学習者用デジタル教科書」が活用された。教師は、10匹のメダカが写っている画像があるページを学習者に開かせた。そして、オスは青色、メスは赤色のペンで囲んでいくように指示を出した。

写真2 分割して複数の回答をモニタリング個別の演習に取り組んでいる最中、教師は机間指導を行っていた。フューチャースクール推進事業・東日本地域5校が利用しているシステムでは、電子黒板の画面を分割して複数の学習者の画面を表示させることができる。この機能を使って、教師は学習者の進捗状況をモニタリングすることができる。もし、理解できていない学習者がいれば、個別に指導を行うことによって理解を確実なものにできる。「学習者用デジタル教科書」を使う学習者用端末が、電子黒板と連動しているからこそできる活用法である。(写真2)

また、学習者の思考をモニタリングすることは、発表者を選定することにも役立つ。本実践においても全体で共有すると有益な考えを書いている学習者を指名して、その学習者の画面を電子黒板に転送提示し、発表させていた。

写真3 学習したことをワークシートに記入最後に、まとめとしてメダカのオスとメスを体形のちがいから見分けるポイントをワークシートに記入させた。(写真3)

以上のように、「学習者用のデジタル教科書」は、知識を得るデータベースとしての役割、演習を通じて思考する道具としての役割など、様々な役割を担っていた。また、これまでの教科書とノートのように、必要に応じて紙に記入する使い分けもなされていた。

このように実践の場面を確認していくと、「どのように授業をデザインし、活用するか」ということを想定して「学習者用デジタル教科書」を開発する重要性が明らかとなる。教師の発問、活動のための指示、ワークシートなどの準備と連動なくして「学習者用デジタル教科書」の利点を引き出すことはできない。

7.何のための「デジタル教科書」か

以上のように、「学習者用デジタル教科書」の未来を切り拓いていくためには、教師、企業、行政、研究機関など、様々な立場からの意見集約と協力、そして議論が必要である。しかし、「デジタル教科書」の導入に対して、業界団体の利害や経済効果に関することが優先されることは望ましくない。

やはり、様々な議論の中で最も重要視されるべきは教育現場に近いところでの声であってもらいたい。「学習者用デジタル教科書」と学習者用端末は、子どもの成長にとって意義があるから必要なのだという根本が揺らぐようなことがあってはならない。

【参考文献】

教育家庭新聞(2012)実証校向け「学習者用デジタル教科書」100校程度に配布.2012年7月5日
文部科学省(2011)教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1305484.htm
総務省(2010)フューチャースクール推進事業.
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/kyouiku_joho-ka/future_school.html

(学習情報研究2012年9月号から一部編集して掲載)
(2013年2月掲載)