授業でのICT活用

情報教育と学習者用端末(豊田充崇 和歌山大学教育学部 准教授)

学習者用端末は、デジタル教科書の活用に始まり教科の目標達成を意図した実践事例が多い。普通教室での1人1台の端末活用体制は、情報教育の再考や推進の好機だが、その目標の誤解と各種実践に至る阻害要因がクリアできていない状況にある。そこで、現状に即した情報教育推進のための3つの提案と今後の方向性についての展望を示したい。

1、誤解を払拭できていない「情報教育」の目標

情報教育の目標としては3つの観点(情報活用の実践力の育成、情報の科学的な理解、情報化社会に参画する態度の育成)が挙げられるが、これは平成2年(1990年)の「情報教育に関する手引き」(文部省)から20年以上経過した今も変更はない。

ただし、必ずしもこれらの目標が教育現場で正しく把握されているとは限らず、むしろ誤解されたまま放置されているケースが多い。

誤解の1点目は、1997年以降、小学校にコンピュータ室の整備が急速に進み、その多くは5~7年リースで更新されていくため、「新しいPC操作技術を習得していくこと」が情報教育の目的だと認識されていったことにある。確かに、小学校の学習指導要領には「教科指導を通して、情報手段に慣れ親しむ」とあるが、“慣れ親しむ”ことがどのレベルを指し示すかの明確な基準は存在しない。よって、週1時限・各クラスに割り当てられた「コンピュータ室の利用時間帯」に児童らがコンピュータ室でソフトウェアを触っていれば、当面の目的を達したこととなってしまっている。

誤解の2点目は、各種情報機器が、デジタルデータ(画像や映像)・デジタル教材の提示用途に優れていたために、視聴覚教育の一環として情報教育が位置づけられたことが挙げられる。校内分掌としても、視聴覚教育担当者と情報教育担当者との兼任が多く、その流れで「教科指導へのICT活用」が「情報教育」とみなされてしまう傾向が強かった。各校の「教育計画」冊子には、「情報教育」の頁に「電子黒板の利用促進・デジタル教材の効果的な活用」などが記載されることにもなっている。

確かに、「教育の情報化に関する手引き」(平成22年)には、情報教育と教科指導におけるICT活用の接点を示す図が示されたが、通常はその具体的な切り分けができず、「情報教育」と「教科指導へのICT活用」の混同を払拭するまでは至っていない。

更にもう1点加えると、ここ数年のケータイ問題への対応に迫られた学校や教育委員会が「情報モラル教育」を危険性周知やトラブルの予防・対策的な意味合いを色濃く前面に出して実施してきた経緯がある。つまり、情報モラル教育は、ケータイのトラブルを解消するため、ネットの怖さ・危険性を教えることが目的となり、少なくとも、予てから情報教育の目標に掲げられた「情報化社会に参画する態度の育成」という視点では位置づけられていない。学習指導要領に記述された「適切に活用する」という意味合いが薄いことが残念である。

以上のように、情報教育の目的は、長期に渡って誤解され続けてきたわけだが、昨今の「学習用端末」の導入に乗じて、今一度、改めて情報教育の目的をよりわかりやすく、具体的に教育現場に浸透させる必要性があるといえるだろう。コンピュータルーム集中配備型から、普通教室での個別利用への活用形態が変わる今が、情報教育の正しい認識を広める最後のチャンスかもしれない。

2、「情報教育」推進のための3つの方策

(1)情報教育を阻むハードルとその解消策

情報教育が進まない理由には、さまざまな要因があるが、私の所属する研究プロジェクトで検討した結論は、「①時間がかかる(現行カリキュラムでは児童生徒に主体的な学習活動時間が割けない)」「②情報を簡単に共有・発信する共通のシステムが無い」「③自由に且つ即教室で使える機器が不足している」の3つに集約された。

いずれも、現行の日本の状況では解決困難であると考えていたが、今年7月に訪問したシンガポールのフューチャースクール校は、この3つの問題を比較的少ない予算で完全に解消しており、まさに「フューチャー」という看板を掲げるに相応しい取り組みが実践されていた。

まずは、「③自由に且つ即教室で使える機器の不足」に対しては、個人用PCを家庭で購入させて、スクールバッグに入れて児童に持参させることで解消していた。②の情報共有・発信システムについては、学校独自のコミュニティサイトを構築し、子どもたちにIDを発行して授業や家庭での学習での活用を促していた。

そして、①の時間不足については、1時限分で終了する短時間の「情報活用・共有・発信型の授業」を研究し実践していた。しかも、個人用PCを利用する体制を見込み、家庭学習(宿題)とも連動させていたし、情報共有サイトを利用して、発表時間の短縮や学習履歴の蓄積も図られていた。

つまり、この一見すると関連性が無さそうな①~③の阻害要因は、いずれも関係性が強く、むしろ情報教育の推進は、この3つの阻害要因の解消によってなされる可能性が高いともいえる。よって、以下ではこの3点に絞って、より詳細に考えてみたい。

(2)短時間で情報活用できる授業構成の必要性

先に述べた①「情報教育に取り組む時間が無い」という問題の背景には、課題設定・調べる・まとめる・伝えるといった一連の学習活動に長時間を費やさなければならないといったイメージがあることは確かである。特に国内では「総合的な学習の時間」が実施された際に、「環境・国際理解・福祉健康・情報」の4分野が例示的に示されたために、情報教育は「総合」で長期にわたって取り組むといったイメージが定着してしまった。

訪問したシンガポールの学校では、授業開始時に以下の指示が出され1時限(45分)で終了したが、このような形式の授業が数多く実践されている。

この授業では、課題と手順を提示し、決められた時間・条件でその課題を達成することが求められたが、操作方法は示されていない。スライドの内容や構成もペアで考えるために、多様な形式でスライドが作られていた。ペアでの学習形態も、一人が調べ、もう一人がスライドを作成する場合もあれば、2人で別個のサイトをリサーチして情報を合わせるなど、それぞれ話し合いで決めた方法で、分担して学習を展開していた。

指導者側は、どういうまとめ方がいいのか、情報の引用などにも触れながら、扱っている情報の内容面を重視して指導を行っており、個人用PCが完全に文具ツールとしての地位を得ていたといえる。また、短時間に全員の意見が集約され、各自のコメントをもとにして、対面での意見交流も実施される様子は、全員が授業に参加している感覚が持てたといえる。

この授業の手法(課題提示・リサーチ・まとめ・発信)は、他の国語や外国語、算数や社会でも利用されており、個人PCが、調べる・表現する・意見を交流するツールとして、定着している様子がうかがえた。

しかしながら、こういった「学習者用端末」によって効率化された授業や、紙媒体が存せず、時間・条件がかなり厳格に予め設定されているような授業は日本ではあまり好まれない傾向にある。ただし、短時間で一定の成果が見えるといった点やこの手法があらゆる課題解決の場面で有効であることは否めないため、今後、国内の教育事情に合わせて研究されていく価値がある事例と考えられる。

(3)主体的な情報活用のためのコミュニティシステム

リクルート進学総研(2012.7)によれば、高校生のスマートフォン所有率は4割弱で前年比大幅増となっており、コミュニティサイト(SNS)利用者は8割近くにものぼるという結果が報告されている。注目するのは、ゲームサイトから派生したSNSではなくて、Twitterのような大人も利用するサービスを使う生徒も半数に達しているということだ。先日、私が訪問した中学校では「LINE」という短文メッセージや感情イラストを簡便にやりとりできるサービスを利用している中学生も多いということで、確実に低年齢層化していることがうかがえる。

いずれにせよ、こういったSNSを学校教育で活用することは、多くの児童生徒との親和性が高いといえるし、今後、年齢が上がるにつれて利用する確率が非常に高くなるために、学校教育の中で「適切な利用・学習への有効活用」を図る価値は大きいといえる。

シンガポールで訪問した小学校では、「学校用SNS(校内ブログシステムと呼んでいた)」を独自に構築し、スクールIDを子どもたちに与えて活用していた。このシステムが、校内の情報共有や学習履歴の蓄積の場となっており、校内に向けて個人が表現・発信の場を持つことにもなっている。このシステムを日常的に正しく活用できれば、それだけで「情報モラル教育」の目標は達成されているともいえる。これらは、まさに、学習者用端末の存在があるからこその成果ではないかと考えられる。

誰もが日常的に活用するSNSをもはや避けては通れないのであれば、有効活用する場面やその特性を理解する場が必要である。だからこそ、SNSの教育利用を早期から推進し、「情報教育」の目標の1つである「情報化社会に参画する態度の育成」として、SNSを有効利用することが挙げられる。

私は、学校教育向けSNSの必要性から、2011年7月から、「学校教育向け・児童用SNS=きっずコミュねっと」※1を実験的に運営しているが、教科指導・学級経営・学校間交流ともに成果を上げつつある。

ただし、学校側の「積極的にネットでコミュニケーションをさせる」という活動への懸念事項は多く、公的機関が運営する安全かつ無料で利用できるコミュニティシステムの登場が待たれる。

(4)「学校備品貸与」から「個人持ち(文具化)」へ

これまでの国内の「学習者用端末1人1台体制」を基本とした事業は、全て学校備品としての学習者用端末を児童生徒へ貸し出すという形式で行ない、ICT支援員も常駐しているのが一般的である。

しかし、特別な事業でもない限り、一般校でこの体制を敷くことはできない。

その対応策の可能性があるとすれば、シンガポールのフューチャースクール校のように、学習者用端末を「高機能・多用途な文具」という扱いとして、家庭で準備して持参するという形態をとることだろう(小学校3年生以上。1、2年生は教室内のタブレットPCを使う)。ここでは、安価なスクール仕様PCの購入を推奨しているが、一定のスペックを満たせば、それ以外のPCを購入して持参することも可能としている。児童らのマイPCには、シールや装飾などが施され各機に個性が出ていた。

いくつかの授業を参観したが、個別学習の際に解法のヒントを得るためのコンテンツプレイヤー的な使い方、語学力向上のためのツール、意見を集約・交流するための協働的な学習ツール、調べるツール、思考を具現化するツールなど、バラエティに富んだ用途で活用されていた。ある授業で児童が「先生、PC忘れました。」というと「隣に見せてもらいなさい。隣の子は、一緒に使わせてやって・・・。」というように、完全に絵具や書道セットの扱いであった。

学校が最も労力を割くのは、せっかく購入したこれらのPCを活かすべく、学力向上や情報活用能力の育成に有効的に活用するカリキュラムを用意し、家庭内にもその成果を見える形で届けることにある。

高機能かつ多用途な文具ではあるが、それを個人持ちとすることで、メンテナンスや個人情報の管理等を含めて自分でそして家庭内で管理する必要性が生じる。それ自体が、日々情報活用能力を高めることにも役立っているといえるだろう。

3、「学力」としての「情報活用能力」へ

幸いにも「学習者用端末」が積極的に活用され、情報活用能力の育成に追い風となる事業が1つある。それは、文部科学省が本年度末から「情報活用能力調査」※2を実施することだ。いわば、情報活用能力の「全国学力・学習状況調査」(学テ)である。

昨今の「教育の情報化」の分野は、「教科指導におけるICT活用」にシフトしていた中では、画期的な事業であるともいえる。情報活用能力が、一定の数値として示される(この問題に何%の児童生徒が回答できるか)ことで、これまで捉えづらかった情報活用能力が、計測できる「学力」として認識される好機となるはずだ。また、その能力向上のために、従来型授業をどう工夫すればいいのか、または新しい授業(教科や分野、領域の新設も含めて)の検討に移行していくのかという点でも、今後の動向が注目される。

なお、この情報活用能力調査の実施形式は、ペーパーではなくて、実際にPCを操作しながら行われるため、知識だけではなく操作能力や実践的力量も問われることとなる。そういった点でも、「学習者用端末」活用の方向性もこの事業の実施状況や結果によって定まってくる可能性があるといえるだろう。

  1. ※1「きっずコミュねっと」
      当サイトは、平成22~24年度科学研究費補助金 基盤研究(B)(No.22330248)『情報モラル教育のための教科指導モデルおよび 子ども用ネットワークの開発に関する研究』(代表 豊田充崇)による。
  2. ※2「情報活用能力調査に関する協力者会議」 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/kaigi/index.htm

(学習情報研究 2012年9月号から一部編集して掲載)
(2012年12月掲載)