授業でのICT活用

教育情報化最前線

校務の効率化のために、いま何が必要か

政府が今年1月に発表した「IT新改革戦略」では、教育分野の具体的な整備目標として、2010年度までに「教員1人1台のコンピュータ整備」が盛り込まれた。
ポスト2005年の教育情報化の軸となる「1人1台PC」は、教育にどのような変化をもたらすのか、また校務の効率化や情報セキュリティの観点からどんな備えをしておくべきなのか。
学校現場の状況に詳しいメディア教育開発センター助教授の堀田龍也氏と、富山大学助教授の高橋純氏に話し合ってもらった。

堀田龍也

情報化の価値は「教育サービス」の充実

堀田 龍也(玉川大学 教職大学院 教授)

東京学芸大学教育学部卒、電気通信大学大学院修了。「現場と理論と政策をつなぐ」をモットーに実践研究、政策提案の場で活躍。『できる教師のデジタル仕事術』(共著・時事通信出版局)など著書多数。

高橋純

「効率化」というゴールを見据えた整備を

高橋 純(富山大学人間発達科学部 人間環境システム学科 准教授)

横浜国立大学教育学部卒、富山大学大学院修了。使いやすい教育用システムの開発やITを活用した効果的な授業実践に関する研究に従事。『映せばわかるプロジェクタ活用50の授業場面』(共著・高陵社書店)をこのほど刊行。

情報共有のイメージから「校務フロー」の改善へ

PC整備で生じる「義務」

「1人1台PC」の整備は「IT新改革戦略」のなかで文部科学省が力を入れている部分で、戦略の転換でもあります。これまでは子どもが使う学習用コンピュータの整備をメインにしてきたのに対し、今回初めて、教員にコンピュータを持たせることを明確にしました。

いままでの教員用コンピュータは学習指導向けに整備されてきましたが、今回は、「1人1台PC」の整備で校務の情報化を推進することが強調されています。ITによる校務の効率化と教育サービスの高度化により、子どもや保護者、地域の「顧客満足」を実現するという発想です。

学校の現状を見ると、全教員数の約27%分のコンピュータはすでに整備されており、半数以上の教員が個人のコンピュータを校務に使っているというデータもある。事実上は「1人1台」に近い状況になっています。

そうした現状のなかで「1人1台PC」が公的に整備されることにより、使わなければならないという義務や、使い方に対する強制力が生まれると思います。

特定の先生が職員室のコンピュータを占有したり、1人だけワープロ専用機を使っていたりするようなケースはなくなるはず。持っている人といない人が混在しているより、全員が同じコンピュータを使ったほうが業務を効率化できますし、セキュリティ対策も取りやすい。私物のコンピュータを使っている先生に対してはウイルス対策ソフトの導入を強制することもできませんから。

企業でも行政組織でも当たり前の仕事用コンピュータが、教員には与えられていなかったことが問題で、私物のコンピュータを持ち込んでいる先生を責めることはできませんね。しかし、私物のコンピュータを学校で使うということは、プライベートなファイルと校務データを1台で扱うということであり、セキュリティの面で危険が大きい。今後は私物をやめて、セキュリティが保たれた環境で校務を情報化、効率化していく。そのための体制づくりが、国の主導で本格的に始まったと捉えるべきです。

自治体によって予算確保の問題は出てくるでしょうが、整備されれば現場の先生は必ず使うだろうと私は見ています。むしろ、配備されたコンピュータより私物のほうが使いやすいといった状況にならないよう、導入するソフトも含め「コンピュータにどんな機能を持たせるか」ということまで考えた整備が求められる。短期間で最新のコンピュータ環境を提供してくれる学校向けの新たなサービスにも期待しているのですが。

「紙ベース」からITヘ

私が関わっているある小学校では4、5年前から、校務用のコンピュータを学校で配布しています。活用は進んでいますが、ハードの老朽化が大きな問題になっているんです。数年にわたって一定の台数を順次購入してきたので、導入年度によってOSや機種が異なり、効率的な活用やセキュリティの確保が難しくなっている。

「1人1台」の整備では、導入時に先々の保守管理や機器の更新のことまで考えた仕組みをつくっておくことが大事です。そういう意味でも、レンタルは常に新しい環境が確保できるという点で有効でしょう。

既存の学習指導用コンピュータとの連携やセキュリティに配慮したネットワーク構築も必要。自治体や学校がきちんとしたポリシーを持って取り組んでいかないと多くの問題が生じてきますね。だから「IT新改革戦略」でも、学校CIO(情報システム担当外部専門家)の配備が明記されているのです。

ハードの整備も管理も、学校の創意工夫や特定の先生の力に頼るような昔のやり方は通用しなくなっていますね。

活用面に話を移しましょう。校務の効率化に成功した学校では、学習指導や授業研究といった教師本来の業務に向ける時間を生み出せていますが、そのためには、ハード整備だけでなく、専門職らしい仕事ができる組織のリニューアルや、仕事の再配置が起こらなければならない。

その通りです。「1人1台PC+校内ネットワーク」の環境では、非同期な作業で、分散処理して協調することが可能です。CMS(コンテンツマネジメントシステム)のように、場所や時間を共有しなくても、各自が個別に作業をした結果がネットワーク上で統合され、協調作業として進む。こうした特性を生かした組織や「業務フロー」を確立していくべきです。

例えば出欠管理ソフトを導入するとき、紙の出席簿と同じ画面デザインでないと使えないという先生はまだ多い。それは、朝の会議後に教室へ行ってソフトを使って出席を取るという「紙ベース」の活用イメージを持っているからなのです。

しかし本当の効率化を考えると、欠席連絡の電話を受けた先生がその場でデータを入力し、その情報が瞬時に共有される仕組みでなければならない。本来はそのようにして業務フローが改善され仕事が整理されるのですが、学校ではまだ紙ベースの仕事のイメージが強く、情報化と言っても紙をコンピュータに置き換えるだけで終わってしまいがちです。企業の業務フローがITの導入で何年もかけて変わっていったように、校務も少しずつ変化していくのかもしれませんが。

教育情報化を支援する官・民連携の枠組みを

情報化は学校経営の課題

管理職のリーダーシップが求められますね。校務の情報化は学校経営上の課題であり、校長の経営方針と、教頭や教務主任など校務を司る人たちのビジョンで決まる。その部分が古いと、コンピュータが入ってきても効果は出ないでしょう。コンピュータを学校経営のツールとしてどう生かしていくか、管理職の「経営感覚」を養うような研修も必要になってくると思います。

その点では、「入力した瞬間に情報が共有できる」ことをイメージできることが1つのポイントだと思います。さらに、そういう環境を生かした業務フローに変えられるかどうか。例えばメッセンジャーソフトを普段のコミュニケーションに使ったり、デジタル写真や簡単な教材をサーバーに蓄積し共有したりする校内ネットワークの日常的な活用のなかで情報共有のイメージを掴むことが、仕事のフローを変える力になると思います。

コンピュータを校務に使えることと、業務改善に使えることは別の問題です。「このファイルは共有スペースに置いて、期限までに見てもらえるようにメールを出しておいたほうがいいな」といったことがピンとくることが大切。ネットワーク前提で仕事をするセンスが重要だし、管理職にはそのセンスを生かした経営才覚が求められます。

しかし「ピンときすぎる」のも問題です。例えば、グループウェアを入れたらすべてが解決すると考えたりすることです。校務の情報化はゴールではなく、その先の業務改善、効率化という視点で活用していかなければなりません。

その部分でも管理職のリーダーシップが必要でしょう。「1人1台PC」が入ったらこう仕事をする、こういうふうに情報を共有するといったルールをつくることが重要です。

課題は管理負担の軽減

コンピュータの台数が増えて校務の情報化が進むと情報漏洩の危険から個人情報を守ることがいっそう大切になるので、セキュアな環境を保障する必要があります。例えば、どの場所でログオンしてもコンピュータが自分用の環境になるとか、校務分掌によって画面に表示される情報が変わるなど、学校の実情に合ったセキュリティと学校全体のIT活用を支援するソフトウェアなどが求められます。

情報保護対策の基本は、サーバーで情報を一括管理しローカルには保存しないことと、「誰が、いつ、何を使ったか」を記録すること。つまり、セキュアな環境は強力な保守管理の仕組みの下で生まれる。だからこそいま言われたIT活用支援ソフトウェアが有効なのです。

ログオンしたときに個人のフォルダがデスクトップに表示されサーバー上に確実に保存できる機能や、ユーザーごとの細かい利用状況に関するログを収集する機能、各端末の状態をリアルタイムで確認したり、リモートで操作したりできる機能を活用することで、ネットワークの使いやすさを高めながら、セキュアな環境をつくることができます。

教育は個人情報なしには成り立ちません。情報を守るのは当然ですが、人ではなくシステムが確実に管理してくれる環境をつくることが大切ですね。授業をベースに学校をセキュアに維持するシステムはすでに開発されていますから、そうした技術を生かして、校務の情報化に対応できるシステムにも期待したいですね。

こうしたセキュリティ対策も含めた維持管理の仕組みづくりは今後の課題でしょう。いろんな学校の事例を見ていると、IT導入時にハードウェアの分しか予算が見積もられていないケースがいまだにありますが、その後の活用を支援するソフトの費用や設定費も不可欠なのです。

メンテナンスはもちろん大事ですが、当初から壊れにくくセキュアな環境で導入することのほうがより重要ですし、セキュアな環境を維持するための管理業務までも現場の先生に任せるのは無理がある。導入後の活用まで見据えたネットワーク設計や、運用管理をトータルに支援するツールの重要性にももっと目を向けるべきです。

コンピュータやネットワークの保守管理は教員の仕事ではないし、台数が増えてネットワークが複雑化している現状では、教員の校務分掌では耐えられないのは明らかです。学校の情報セキュリティを守るためにも、現場の負担を軽減する支援ソフトの導入や、専門スタッフが各学校を定期的に支援する体制が必要でしょう。

セキュリティ対策として学校のネットワーク利用に一定のルールを課す代わりに、維持管理の手間の軽減に手を尽くしてあげるということですね。これまで苦労してきた情報担当の先生方が管理の手間から解放され、本来の仕事に集中できるような環境を実現してほしいと思います。

まさに「教師本来の業務」のための時間を生み出すことが校務効率化の目標なのですから、先生の負担を軽減しながら、「1人1台PC」のメリットを実感できる環境を提供していくことが大切です。さらにその先に、学校という組織が子どもたちや保護者、地域へのサービスを充実させるという教育の情報化の価値が見えてくるのではないでしょうか。

(協力:日本教育新聞社)