教育情報化最前線
柳川市教育委員会

Windows 11によりICT活用のさらなる進展を。学校長の「気づき」から取り組むICT改革。 校長会でのNEXT GIGA導入検証を通じ、ICT活用の意識改革を推進

福岡県柳川市では、2019年から取り組んできた第1期GIGAスクール構想で利活用が進んだ1人1台端末環境に生じるさまざまな課題を解決すべく、文部科学省が提唱するICT環境の更新・進化をめざす「NEXT GIGA」へのファーストステップとして、2024年6月に開かれた市内の小・中学校校長が集う校長会を舞台に、新規端末の実用性やシステム構築などの導入検証を実施しました。
第1期の取り組みの振り返りから、校長会を検証の場として選んだねらいや検証結果を踏まえた今後の展望などについて、柳川市教育委員会の新谷 裕幸 指導主事と中村 学 学校教育首席指導官にお話を伺いました。(2024年6月取材)

新谷 裕幸

柳川市教育委員会
学校教育課
指導主事 ICT アドバイザー

中村 学

柳川市教育委員会
教育指導室
学校教育首席指導官

第1期のGIGAスクール構想から、児童生徒の将来を見据えてWindowsを採用

柳川市は福岡県の南部に位置し、四季を愛でる「水郷柳川」として知られています。市内には網目のように掘割が張り巡らされ、江戸時代の美しい城下町の風情が残ります。また、市出身の国民的詩人 北原 白秋の詩情を育んだ風景が国の名勝に指定されており、川下りや歴史探訪などを楽しめます。現在の人口は約62,000人、小学校19校と中学校6校で約4,600人の児童生徒が学んでいます。

柳川市で2021年にスタートした「GIGAスクール構想」の際は、文部科学省から3OS(Windows、Chrome OS、iPadOS)の標準仕様が出てきた時点で、どのOSを採用するのかが一番大きな検討課題になりました。しかし、すでに柳川市のすべての小・中学校ではWindows上でSky株式会社の学習支援システムが稼働していましたし、文部科学省の仕様に準拠する端末の情報もSky株式会社から明示されていたので、その点では迷わずWindowsで進めるという流れになりました。また将来、児童生徒が大学に進学したり、社会人となったりする際にも使い続けられるOSとしてWindowsを選びました。

これは大学での話ですが、高等学校の情報教員や小学校の教員免許を取得する課程の学生が、Windowsの端末を持っていないケースが見受けられます。中には「Excelってなんですか?」という学生もいて、話を聞くと「中学、高校の授業で、あまりコンピュータ教室を使っていなかった」というのです。彼らは文字もフリック入力するので、句読点や改行の使い方もバラバラ。それをそのままプリントアウトし、レポートとして提出するのです。こうした現状からも、基本的なスキルとしてWindowsは使えるようになっておいてほしい、という思いを強く持っていました。

3年半の実運用を通じて具体化された課題と改善の方向性

第1期の導入から3年半ほど運用してきたなかで、やはりいくつか課題はありました。導入時は富士電機ITソリューションの協力もあり、ユーザIDの割り当てや端末のキッティングなどで苦労することはありませんでしたが、名簿の整備は自分たちで行いましたので、あらためて名簿の重要性を認識しました。

ICT化にあたり、柳川市では名簿表記に漢字の使用をやめて、すべてカタカナに置き換えました。同じ漢字でも読み方が違う、濁点のありなしなど、漢字のままだと間違いに気づけなかったり、一つひとつ確認に手間がかかったりしてしまうので、作業が大変になります。また、最近では外国籍の児童生徒も在籍しているので、そういう点も配慮しました。

実運用が始まってからは、転出や転入をする児童生徒の設定変更や、故障端末への予備機の配付と設定など、セッティングに関する課題はありますが、教務のなかで特に改善要望が多いのがカメラ性能の向上です。Windows端末と電子黒板、学習支援ソフトウェア「SKYMENU Cloud」を使う環境では、写真や動画を活用する場面が多くあります。静止画であれば、ノートを撮影してもシャープペンシルの筆跡が薄くて判読しにくい、動画であれば体育の実技で違いが分かりづらいといった声があるのは確かです。

柳川市の情報活用能力の体系表では、小学校低学年の1つ目を「写真を撮影できること」としていることもあり、カメラを使用する場面は非常に多いです。学習成果として写真や動画を残すことも推奨していますので、柳川市はほかの市町と比べてもカメラを使う機会が多いと思いますので、端末の更新(NEXT GIGA)においては、この点を重視したいと考えています。

学校管理職のリーダーシップを改革につなげていくために

現在準備を進めているNEXT GIGAに向けた1人1台端末の更新でも、引き続きWindows端末の採用を検討しています。およそ3年半の運用で取り組んできた情報活用能力の育成の継続に加え、学習者用端末と教職員用端末の一元管理・運用を進めていくためです。

▲ NEXT GIGAを想定して準備されたWindows端末

域内全校の端末入れ替えにあたり、まずは「GIGA端末の活用率向上のための、より効率的な設定と運用管理の確立・検証」「求められている教育DXに向けたペーパーレス化と効率化」「15%整備が認められている予備機端末の有効活用」「施策の推進に向けて重要な学校の経営者たる校長との連携」という4つを大きなテーマとしました。

先日、富士電機ITソリューションとSky株式会社の協力を受け、小・中学校の校長が集まる校長会で、NEXT GIGAを想定した設定と運用管理で準備を行い、NEXT GIGA端末を用いてペーパーレス化するという実証実験を行いました。具体的には、学校長25名に教育委員会の参加者を加えた計55台のLenovo社製300w(Windows 11 Pro Education)を用意。資料共有には「Teams for Education」(以下、Teams)を活用しました。またシステム環境の設計、事前準備および当日の運用においては「Windows Autopilot」を利用してゼロタッチキッティング。さらに「Microsoft Intune」と『SKYSEA Client View M1 Cloud Edition』を組み合わせて環境を構築しました。

▲ SKYSEA Client View M1 Cloud Edition管理画面
▲ Microsoft Intune 管理センター画面

学校長の中でTeamsの使用経験がある人は2割程度で、ほとんどの方が初めて使ったと聞いています。今回の実施検証では、いくつかの重要なねらいがありました。中でも、学校長にICTを活用した会議の在り方を体感してもらい、価値を認識してもらうことを重視しました。結果として、Teamsのレクチャーを受けながら、ファイルをダウンロードしたり、質問を挙げられていたりと、積極的に活用されている様子が見られました。

校長会終了後に「小学校だけでTeamsのグループを作ります」という声もあり、今では各学校長から情報発信が行われており、研究授業の見学や役立ちそうなセミナーの案内などが随時発信されています。まだ活発に活用されているのは一部ではありますが、着実に広げていきたいと考えています。

ねらいの2つ目は、校長会で示した「働き方改革」を学校に持ち帰ってもらうことです。今回の校長会は、ペーパーレス化によって教育委員会の職員の準備作業が大きく効率化されました。この成果を踏まえて「うちの学校ではいつ始めるんですか」と声を挙げていただくために、学校長に最初に体験してもらいました。

すでにペーパーレスで職員会議を行っている学校はあります。それが実現できた背景には学校長の高い意識があります。やはり学校管理職が、環境変化に対して日頃からアンテナを張り、新しい取り組みに価値を感じているかどうかがカギを握ります。もし若い教職員から「Teamsで各委員会のグループを作りたい」という提案があっても、管理職がその価値を理解していなければ背中を押すことができません。その意味で今回の校長会は、横並びで一斉に体験が得られるよい機会になったと考えています。

▲ Teamsを使ってペーパーレスで進行された会議
▲ レクチャーを受けながら、Windows端末で共有資料を閲覧

3つ目のねらいは、教育委員会事務局に教育現場の実態と変化を知ってもらうことです。事務局はどうしても教育現場との距離が遠くなりがちです。特に文書処理では、印刷、とじ合わせ、押印、回覧といった作業に手が取られてしまいます。これを電子化して軽減できないかと考え、産学官で取り組む方法を探っています。今回の校長会などの取り組みを通じて、事務局でもペーパーレスによる効率化の実感が得られれば、改革の後押しになるのではないかと期待しています。

このように、いくつかのねらいを持って行った校長会での実施検証でしたが、改革に向けたはじめの一歩としては、十分な手ごたえが感じられました。課題であった端末性能も、スペックの向上やOSの進化により解消され、活用の幅が広がりそうですし、キッティングから設定、運用までのひと通りが問題なく実施できたことで、端末整備のイメージが具体化されました。端末の運用管理についても、柳川市では一部で『SKYSEA Client View』を使用しているので、これからも検証していきたいと考えています。

産学官の連携でNEXT GIGAのその先まで挑戦と価値創出を続けていく

今後に向けては、教職員がこれまで以上に積極的に活用できるようWindows端末の使用環境を改善していきたいと思います。これまで柳川市では、児童生徒には1人1IDを付与していましたが、教職員は共用IDを使用していたこともあり、タブレット端末の活用においても児童生徒が中心とならざるを得ませんでした。今後は教職員にも1人1IDを付与します。また、NEXT GIGAの1人1台端末の更新において15%まで認められている予備機についても、有効活用できるよう研修会に参加する教員に貸与するといった使い方も考えています。研修会でもペーパーレス化やクラウドを使った資料共有などが進みますので、教職員が対応しやすいよう準備していきます。

ICT技術は日進月歩であり、学校・教育機関のICT環境も大きく変化しています。GIGAスクール構想も第2期を迎えた今、「Microsoft 365」のような統合型プラットフォームで動かせるシステムが安価に利用できるようにもなっています。一方で、個人のコンピュータ体験はいまだに「WindowsのPCにOfficeソフトウェアがついているか」「アプリケーションのバージョン違いでもファイルが扱えるか」というところにいます。その意識を大きく変えるような体験を、産学官の協働によって実現したいというのが、NEXT GIGAに向けた最も強い思いです。

児童生徒は、タブレット端末を持ち帰って家庭学習で活用できるのですが、GIGAスクール構想の第1期に行った調査では、柳川市内の各家庭のWi-Fi設置率は7割程度で、教育委員会からモバイルWi-Fi100台を貸し出していましたが、それでも足りないという状況でした。しかしある学校では、学区内の家庭Wi-Fi設置率が100%になったということで貸与していたモバイルWi-Fiを返却。保護者からは「子どもが学校で借りてきたWi-Fiでしか、端末をインターネットにつなげない状況を見て、家にWi-Fiを入れる決心がついた」と言われたそうです。これは子どもの学習環境の改善だけではなく、家庭の暮らし全体に影響を与える変化です。自治体が進める教育DXの価値が地域・家庭に伝わり、その体験がまた教育現場の理解の促進に寄与する。とても良い循環を生み出せる力として、産学官の連携の大切さを深く実感します。

(2024年6月掲載)