教育情報化最前線

滋賀県彦根市教育委員会 学習意欲が湧き立つ
“新しいコンピュータ教室”を アクティブラーニング教室化やコンピュータのハイスペック化で充実した学習空間へ

滋賀県彦根市教育委員会は、令和5年4月に学校ICT推進課が中心となり従来のコンピュータ教室のICT環境を一新し、本格的な「アクティブラーニング教室」を整備しました。一連の整備の背景とねらい、今後の展望について、学校ICT推進課の島野 友宏 主査にお話を伺いました。(2023年7月取材)

島野 友宏主査

滋賀県彦根市教育委員会 学校ICT推進課

1人1台端末を前提に、新たなコンピュータ教室の在り方を検討

彦根市は琵琶湖東北部の中核都市であり、江戸時代には彦根藩35万石の城下町として栄え、国宝5城の一つとして知られる彦根城をはじめ、中世から近世にかけての貴重な歴史遺産が今なお数多く存在しています。現在の人口は約11万人、小学校17校と中学校全7校に約9,000人の児童生徒が学んでいます。

GIGAスクール構想に伴う1人1台端末の整備は令和2年度中に完了し、令和3年4月より本格的な活用を進めています。これに併せて学校ICT推進課を新設し、市内の小・中学校におけるICTの環境整備や活用推進に関わるすべての業務を担っています。

1人1台端末の整備が完了した後、令和4年度末には小学校4校および中学校全7校のコンピュータ教室の各種設備のリース期限が迫っており、1人1台端末が整備された環境を前提とした、「新たなコンピュータ教室の在り方」を検討する必要がありました。

当市においても「1人1台端末が整備されたのだから、コンピュータ教室は不要なのでは」という意見はありましたし、ほかの自治体ではすでに廃止したという事例も見聞きしていました。そこで、市内全学校のコンピュータ教室の使用頻度を調査したところ、小学校と中学校では明確に異なる結果となりました。やはり、技術科で使用頻度が高くなる中学校では、すべての学校で「週に1~2日」以上の活用がされている一方、小学校では「月に2~3日程度」以下という学校が全体の4分の3を占めました。

それならば、中学校ではコンピュータ教室を残し、使われていない小学校では廃止すればいいのかといえば、そうではありません。すでに高等学校では「情報I」が必修化され、大学入学共通テストでも出題科目に設定されるなど、情報教育の重要性は増しています。それは、未来の社会を生きる子どもたちにとって欠かせない資質・能力と位置づけられているということです。

しかし、現在配備されている1人1台端末は、コンピュータとしてのスペックは非常に低いため、できることに限りがあります。ですから、1人1台端末をICT活用の入口として、より発展的にICTを活用した取り組みができる環境が必要だと考えました。また同時に、1人1台端末をより良く活用するための環境にできないかとも考えました。

予算の組み替えにより「アクティブラーニング教室」を整備

『彦根市教育行政方針』では「学ぶ力の向上」と「非認知能力の育成」を軸として、学校を「協働で学びを広げ・深める場」と位置づけています。「ICT活用による多様な指導・支援の充実」が、それらの基盤となります。こうした方針を踏まえて、創造的な発想で課題を解決する人材を育成するために「この場所に何を整備するのか」ではなく「この場所で何ができるようにするのか」を考えました。そして、小学校は1人1台端末をより活用できる多目的教室とし、中学校は『彦根市教育行政方針』では「学ぶ力の向上」と「非認知能力の育成」を軸として、学校を「協働で学びを広げ・深める場」と位置づけています。「ICT活用による多様な指導・支援の充実」が、それらの基盤となります。こうした方針を踏まえて、創造的な発想で課題を解決する人材を育成するために「この場所に何を整備するのか」ではなく「この場所で何ができるようにするのか」を考えました。そして、小学校は1人1台端末をより活用できる多目的教室とし、中学校は1人1台端末では困難な高度な活用ができる教室とする方針を定め、コンピュータ教室ではなく「アクティブラーニング教室」と位置づけて整備を行うことを決めました。

とはいえ、潤沢な予算があるわけではありませんので、基本的にコンピュータ教室の設備更新の範囲内に収められるようにしました。そのため、本当に必要なものは何かを見極めて、従来のコンピュータ教室から残すものとなくすもの、新たに追加するものを厳選しました。その上で、どのような活動が想定されるのかを具体的に考えて選定。最終的に整備したものはのとおりです。

小学校 共通 中学校
  • 自由にレイアウトできる机
  • 机にも椅子にもなるスツール
  • 壁面ホワイトボード
  • 電子黒板機能付きプロジェクタ
  • グループ学習用ホワイトボード
  • 電子黒板
  • 高性能ワークステーション
    (小学校10台、中学校40台)
  • 教育用ドローン
  • 3Dプリンタ
  • オンライン配信設備
  • プログラミング教材
  • 組み合わせデスク
  • ゲーミングチェア

アクティブラーニング教室の主な整備内容

次回更新までの5年間、十分に活用できるスペックが必須条件

例えば小学校では、40台あったコンピュータを10台まで減らし、その代わりに自由にレイアウトできる可動式の机と、作業机としても椅子・踏み台としても使えるスツールを導入しました。また、教室の前後にプロジェクタを配置したり、グループごとに使える可動式のホワイトボードを複数用意したり、子どもたちが教室の中で自由に動きながら発想を広げて活動できるように配慮しました写真1

一方、中学校では従来の汎用型のコンピュータを、高性能GPUが搭載され高度な処理能力を持つワークステーションに置き換えて40台配置。椅子はすべて長時間でも疲れず、集中して作業に取り組めるゲーミングチェアを採用しました写真2。なお、小学校の10台のコンピュータも中学校と同じ高性能ワークステーションです。そのほか、小・中学校ともに教育用ドローンや3Dプリンタ、オンラインで映像配信ができる設備を整備しています。

写真1活動の内容に応じてレイアウトを自由に変更しながら、ICTを活用した学習に取り組める環境に
写真2高度な活動ができるよう40台の高性能ワークステーションを整備。より意欲的に、集中して活動に取り組めるような環境に

充実した整備内容に対して、一部では「ここまでのものが必要でしょうか?」といった声もありました。しかし「絶対に必要です」と言い切りました。今は、家庭に何らかのICT端末があることが一般的になっています。だからこそ、特に動画編集や高精細な3Dグラフィックスの描画なども「アクティブラーニング教室ならできる」という環境にすることが大切だと考えました。

そのためコンピュータは、5年先の更新時まで十分に活用できるスペックであることが必須条件です。日進月歩のICT機器は、わずか数年で陳腐化することもあります。しかし、今回整備した高性能ワークステーションは5年後もある程度ハイレベルなコンピュータとして活用できると考えています。

1人1台端末を用いて日常的にICTが活用され始めた今だからこそ、小学校においては、ICTを一つの道具として自由な発想で活用できる環境を整える。中学校においては、タブレット端末はもちろん家庭のICT環境も超える、より高度なICT活用の機会をつくる。それらを公教育が提供することに、大きな意味があると考えています。

学習意欲が湧き立つようなICT環境をめざす

そういう意味で、今回のアクティブラーニング教室の整備では「子どもたちがワクワクするようなICT環境」をめざしました。かつてのコンピュータ教室がそうであったように、この種のワクワク感は、前向きに学習に取り組む意欲につながります。実際に、整備完了後のアクティブラーニング教室を初めて目の当たりにした子どもたちは、一様に驚きの声を上げ、その後の学習活動に集中して取り組む姿が見て取れました。

これは一例ですが、中学校では「Minecraft: Education Edition(教育版マインクラフト / 以下、マインクラフト)」を使ったeスポーツの活動にも取り組みたいと考えており、東中学校では研究指定校として、既存のコンピュータ部にeスポーツ部門を新設して取り組んでいます。

今後は、その活動を発展させて全国大会出場をめざせないかと考えています。この研究には企業の専門家にご協力いただき、どんなコンセプトで進めていくのが良いかを検討する最初の段階からレクチャーを受けて、その都度オンライン会議などで具体的な取り組みに対するアドバイスをいただきながら活動しており、さまざまな変化の兆しが現れています。

ともすると、個々の活動が中心になりがちなコンピュータ部でしたが「マインクラフト」を使った活動では、役割分担を決めたり、お互いに指示や助言を交わして作業を進めたりと、より部活動らしい様子が見られるようになりました。

先述のとおり、今回整備したワークステーションには高性能なGPUが搭載されていて、精細な3Dグラフィックスの描画も難なく処理できるので、積極的にアクティブラーニング教室を活用して活動していると話してくれました。

ソフトウェアも詳細に検討し、
本当に必要なものだけを整備しました。

40台のコンピュータを活用するために『SKYMENU Pro』が必要

写真3中学校では『SKYMENU Pro』を導入。主に制御や運用支援に活用している

中学校の40台の学習者機と教員機には『SKYMENU Pro』を導入しています写真3。もちろん、課題の[配付]や[回収]、[画面提示]など、授業中に活用する機能も活用していますが、[電源ON / OFF]や環境の復元、メンテナンス作業の効率化など、コンピュータの制御や運用支援に関する機能を特に重宝しています。これらの機能がなければ、40台の学習者機を使った授業や運用管理が成り立たないと言っても過言ではないため、当初から『SKYMENU Pro』は必須のソフトウェアだと考えていました。また、『SKYMENU Pro』の[復元]を使えば、コンピュータの環境復元も行えるので、当市の使い方であれば、この機能を活用して十分な運用ができると見込みを立てました。

このように、ソフトウェアに関しても詳細に検討し、本当に必要だと言えるものに絞って整備することで全体の予算を抑えています。ICTに限らず既存設備の更新では、ともすると前回の整備を踏襲し、同様のものを継続して採用することが多くなりがちです。しかし、当市では実際にどのように使われているのかを掘り下げて、不要なものは外し、必要なものは継続するという「選択と集中」の観点で徹底的に精査しました。

教員と協力し、新たなICT活用を実現するための努力は惜しまない

今回整備対象外だった小学校13校にも、コンピュータ教室の設備更新のタイミングで同様のアクティブラーニング教室を整備します。同時に教員のスキルアップや実践事例の共有などを推し進めていく必要があると感じています。昨年度は環境整備に注力しましたが、今年度からは活用推進に力を入れていきたいと思います。

当市のICT環境は、決して当たり前のものではないと自負しているからこそ、本当に活用される教室にしていかなくてはなりません。まださまざまな課題があり、学校では困りごとも少なくないのが実情ですが、教育委員会も教員と一緒に、新たなICT活用の在り方を模索しながら前に進んでいきたいと考えています。そのための努力を惜しまず、協力していきたいと思います。

(2023年10月掲載)