教育情報化最前線

端末持ち帰りへの道筋兵庫県三木市教育委員会 保護者の理解と協力が実現の鍵 活用イメージビデオの作成や保護者説明会を開催

兵庫県三木市は、令和2年2月から令和3年3月にかけて市内の小中学校に児童生徒1人1台のタブレット端末を順次整備し、本年度(令和3年度)より本格的に活用を開始しました。各校への配備を進めながらさまざまな準備を行い、子どもたちが迷いなくICTを活用できるよう土台づくりに注力してきた同市の取り組みについて、三木市立教育センターの橋本 泰一 所長と武田 庸助 主査にお話を伺いました。

橋本 泰一 所長兼指導主事

三木市教育委員会 教育振興部 教育センター

武田 庸助 主査兼指導主事

三木市教育委員会 教育振興部 教育センター

学校や家庭での利用場面を映像化し、保護者とも認識を共有

当市では、平成30年度のコンピュータ教室のリプレースを機に、市内の小学校16校、中学校8校、特別支援学校1校に1,160台のタブレット端末を整備しました。これは児童生徒4~5人に1台に相当します。しかし台数の制約もあり、活用の場面はまだ一部に限られていたことは否めませんでした。その後、「GIGAスクール構想の実現に向けたICT環境整備事業」によって、児童生徒1人1台および教員に必要な4,669台を追加整備。同時に校内外のネットワークも見直しました。

児童生徒1人1台という、これまでとはまったく異なるICT環境を整えることになり、学校への配備が始まるまでに課題を洗い出し、さまざまな準備に注力することに。そこで強く意識したのが「自宅への端末の持ち帰り」です。学校管理外の環境でタブレット端末を利用することになるため、保護者の理解と協力が欠かせません。また、教員や子どもたち自身にも「何が、どう変わるのか」を共有する必要があると考えました。

そこで、市内の中学校の教員と子どもたちの協力を得て、イメージビデオを制作。朝、タブレット端末を鞄に入れて登校し、充電保管庫にセットし、授業の中で活用し、夕方には再び自宅へ持ち帰って家庭学習で活用するといったように、1日の生活場面で、学習用のタブレット端末がどのように関わってくるのかを表現しました写真1。大きな変化を前にしたときは関係者との認識の共有が非常に大事になりますが、イメージを文書で説明するには限界があるため、具体的な活用場面を見てもらうことが一番だと思います。なお、このビデオはYouTubeで限定公開し、市内の保護者がいつでも見られるようにしました。

写真1イメージビデオを制作し、端末活用の具体的なイメージを共有

教員や保護者への具体的かつ丁寧な説明を心掛けた

その後、教員用、児童生徒用、保護者用のガイドラインを策定。併せて、タブレット端末を活用する上で「子どもたちは、何ができなければいけないか」をまとめた『学年別ICTスキル一覧表 三木市版』表1を、教員たちに配付しました。

表1学年別ICTスキル一覧表 三木市版(一部抜粋)

例えば、タブレット端末を利用するにはログイン操作が必須です。つまり、小学校1年生であっても英数字のパスワードが入力できなければ、タブレット端末を利用することができません。さらに、大文字と小文字の入力も区別できることも必要です。また、バッテリーの残量が分からなくては、いつ充電しなければいけないかが判断できません。

このように、タブレット端末を活用するために必要となる操作スキルを学年別に整理しました。教員は「小学校1年生でも、ここまで必要なのか」と驚いていました。必要なスキルを整理することで、どのように指導すべきかを考えるきっかけとしてもらえたと思います。

保護者とも認識の共有を図る必要があります。イメージビデオは、あくまで全体像を掴んでもらうためのツールですので、タブレット端末の利点や留意点を詳細にお伝えするために、保護者説明会を行いました。学校への配備が始まる前の令和2年の2~3月に中学校保護者向けに3回、小学校保護者向けに5回の合計8回実施しました。保護者からは「もし端末が故障したときの費用負担は?」といった質問が多数寄せられました。

当市が整備した、Sky株式会社の「Sky安心GIGAタブレット」に付帯する物損保証に市の負担で加入したことにより、水ぬれや落下などによる故障は保証されること、自然災害についても一部を除き保証対象となることなど、具体例を挙げてご説明したことで、安心感を持っていただけた様子でした。事前に保証内容を細かく確認して、その場で的確に回答できたことが功を奏したと思います。

使わせないことだけが現実的な対策ではない

また「YouTubeの閲覧は制限されていますか?」という質問も多かったです。当市では、Webフィルタリングも設定していますが、YouTubeについては制限をかけていません。すでに、インターネットは子どもたちの生活の中に深く関わっています。仮に学校では閲覧が制限されていたとしても、さまざまな機会にそれらを利用しています。

それならば「問題が起きるリスクがあるから使わせない」のではなく「自分の意志で正しく使えるようになってもらいたい」と考え、保護者にも丁寧にご説明しました。

実運用が始まってからの例ですが、クラスの全員が参加するチャットルーム内で、放課後の遊びをどうするかという話を始めた子がいました。そのとき、教員から「それは、みんなが参加しているこの場所で話すことかな?」と問いかけることで、パブリックとプライベートを意識するきっかけとなったというのです。

このように、当市では様々なことに制限をかけて「使わせないこと」で問題を避けるのではなく、「適切に使える」ようになるための指導につなげていきたいと考えています。もちろん、すべての制限をなくし自由に使ってよいということではありません。例に挙げたチャットについても、子どもたち同士の個人間のチャットの使用は制限しています。

どこまで自由に使わせるかについては、さまざまな考え方やご意見があることは承知していますし、実情を見極めて適宜見直すことも必要だと考えています。また保護者には、自宅での学習に利用できる端末などがあれば、学習用のタブレット端末の持ち帰りは強制ではないとお伝えしており、個々の状況に応じて学校と保護者で検討いただけるようにしています。

こうした配備開始前後の準備に加えて、コミュニケーションツールとして「Microsoft Teams(以下、Teams)」を使用することが決まった後には、夏季休業中に全校を回って教員向け研修を行うなど、本格的な運用が始まるまでに想定できる限りの準備を行いました。

授業の中では『SKYMENU Cloud』が使いやすい

令和3年3月には、市内小中特別支援学校25校のすべてにタブレット端末が配備でき、児童生徒1人1台端末の活用が本格的に始まり、初めから家庭にタブレット端末を持ち帰らせている学校もあります。当初、懸念していたタブレット端末の操作スキルについては、教員はさまざまに工夫して指導しています。例えば、ローマ字を習得する前の子どもたちにパスワードを入力させる際は、キーボードのひらがな表記を見ながら入力させていたりします。昨年度の早いうちから、教員と具体的に課題を共有していたからこそ、大きな混乱もなく運用が始められました。

ただ、現在はコロナ禍の状況により、いつ自宅でのオンライン授業に移行しなければならないかが予測できません。その状況から、教員には「まずはTeamsが使えるようになる」ことを優先して話してきました。しかし、授業の中では『SKYMENU Cloud』が使いやすいという声が多く聞かれます。例えば、[発表ノート]はペンで書き込めるので、キーボード操作ができない学年からでも活用でき、振り返りをまとめるときなどに重宝している図1。また、[画面一覧]はほかのソフトウェアを使用しているときでも、学習者機の画面が見られるので机間指導のきっかけが掴みやすい。学級活動で、一人一人の意見を確かめたいときに[ポジショニング]を使うと、白か黒かという二者択一ではなく中間の意見も拾い上げられ、途中で意見が変容する様子まで見て取れるといった声が、教員から寄せられています。

図1手書きで入力できるので、低学年から活用しやすい

1学期は積極的にICT活用を促進するよりも、「まずは、使えることをめざす」という段階でした。しかし、運用に向けた準備に注力してきたからこそ、今後の活用に向けた土台が固まりつつあるのではないかと感じています。

ICT活用の研修は、全教員が参加できる工夫が必要

そこで、夏季休業中のICT活用に関する教員研修を充実させ、情報担当の教員だけではなく、管理職を含めた全教員を対象として実施しました。当初は、ICT活用に積極的な教員と、そうではない教員に格差が生じないかを心配していましたが、比較的ICTが得意でない教員も多数参加し、学校長の積極的な参加も印象的でした。また、研修の様子はすべて録画し、全教員が閲覧できるようにTeamsで共有しています。

さらに、9月からはオンラインでのICT活用研修を毎週実施しています。毎回「オンライン会議中に投票機能を使うには」といった具体的なテーマを決め、30分以内に収まる内容にしています。このオンライン研修も録画データを全教員で共有しており、参加できなかった教員がいつでも見ることができるようにしています。特に、操作説明に関する研修の閲覧数が多いことからも、復習にも活用されていることがうかがえます。この研修は、現時点では11月まで継続して実施していく予定です。

これまでは、当市でも情報担当の教員を対象とした研修が一般的でした。しかし、児童生徒1人1台のタブレット端末が整備された今、すべての教員が効果的にICTを活用していくことが求められているからこそ、すべての教員が、見たいときに見られるように発信することがとても重要になっていると思います。

オンライン授業でも、できることは意外と多いと実感

8月の後半に緊急事態宣言が延長されるなか、夏季休業明けにオンライン授業を行うことが検討されていました。幸い、三木市ではオンライン授業をしなければならない事態は避けられましたが、今後のためにオンライン授業の予行演習を行った中学校があります。

短縮授業を行い、子どもたちにプリントを持たせて自宅に帰らせた後で、6時限目の授業をオンラインで行うという取組を、合計3日間行いました。この学校では、ほぼすべての教員が一度はオンライン授業を経験したそうです。

実際に取り組んでみると、対面授業とはまったく勝手が違い、さまざまな工夫が必要になると実感。例えば英語の授業では、デジタル教科書の音声が子どもたちの端末に届かず慌てたという話もありました。これはTeamsでコンピュータの音声を共有する設定ができていなかっただけなのですが、こうした細かな失敗は、実際に経験してみないことには洗い出せません。

しかし、全体を振り返って「思っていた以上に授業が進められた」という手応えを感じた教員が多かったようです。例えば、子どもたちに挙手させるのではなく、教員が答える子を指名する。そうすることで、余計な間が生じることもなく、子どもたちも緊張感を維持しやすくなるという発見もありました。オンライン授業と聞くと、できないことに着目されがちですが、意外とできることが多いと実感できたことは、とても大きな収穫だったのではないでしょうか。

予行演習の後に、ある教員から「Web会議システムでは、カメラで子どもたちの顔は見えるけど、手元が見えないので個別指導が難しい」という話を聞きました。このケースでは、紙で配付したプリントをPDF化して[発表ノート]の背景に取り込めば、子どもたちは[発表ノート]上でプリントに書き込みができます。そうすれば、カメラで子どもたちの顔を映しながら、[画面一覧]でプリントへの書き込みの様子を見て取れると伝えました。今後は、こうした工夫も共有していきたいと考えています。

今はまだ、子どもたちも、教員に「タブレット端末を使おう」と呼びかけられて使っている段階ではあります。しかし、準備や工夫を積み重ねていきながら、タブレット端末などのICTを「数ある学習道具の一つ」として捉えられるようにしていきたいです。そして子どもたち自身に、目的に応じて最適な選択ができる力を身につけさせたいと考えています。

(2021年10月取材 / 2022年1月掲載)