教育情報化最前線

長野県松本市教育委員会 ICT活用を手段に、授業改善に取り組む すべての教員が工夫して活用できる環境づくり

長野県松本市では、2021年4月より市内の小・中学校51校においてGIGAスクール構想による1人1台端末の運用を開始されました。小学校低学年(1~3年生)用としてiPadを、小学校高学年(4~6年生)および中学校全学年ではWindowsのタブレット端末を導入。学習用ツールについてもできる限り多くの選択肢を用意することで、先生方の授業改善に役立てたいという同市の取り組みについて、小川 文徳 指導主事にお話を伺いました。

小川 文徳

松本市教育委員会 教育部 学校教育課
学校支援センター 指導主事

ICTを特別なものと意識せず当たり前の道具にしたい

当市は、長野県のほぼ中央に位置し、上高地や北アルプスを擁する「岳都・松本」と呼ばれる山岳観光都市です。また、音楽祭『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に代表される「楽都・松本」としても知られるほか、日本最古の小学校の一つとされる旧開智学校の開校や旧制松本高等学校を誘致するなど、教育を重んずる文化芸術が息づく「学都・松本」でもあります。

現在は小学校29校と、中学校22校(いずれも分校を含む)を有し、約17,000名の児童生徒が学んでおり、地理的な理由から小・中併設で30名以下という小規模校と、800名を超える大規模校が混在する環境です。

GIGAスクール構想の実現に向けて、小学校1年生から中学校3年生まで、1人1台の端末を整備し、2021年4月から本格運用を開始しました。

具体的な整備内容をお話しすると、タブレット端末は児童生徒1人1台分に加え、学級担任の分を中心に教職員の端末も整備し、合計18,790台のタブレット端末(iPadが約1/3、Windows端末が約2/3)を導入。併せて、これまで非常に貧弱だったネットワーク環境を見直し、従来はセンター集約型だったインターネット接続環境を、各学校が光回線で直接インターネットに接続できるように整備しました。そのほか、全教室に設置する充電保管庫なども整備しました。

これらはあくまでも「新しい文房具」の一つと捉え「当たり前のものを、当たり前のように使える」ようになっていきたいと考えています。極端に言えば「ICT教育」や「情報教育」という言葉が使われているうちは、ICTを特別なものだと捉えている表れだと思っています。

iPadとWindows端末を導入した理由は、まず小学校低学年のうちはICTに慣れ親しむためにもできる限り扱いやすいものが良いという考えがベースにあります。しかし、それ以降は高校や大学、社会においてはWindows端末が汎用機として使われていることを意識しています。もちろん、先生方の多くが使い慣れたOSであるという点も理由の一つです。

確かに、OSが異なる端末が存在するということは、活用のためのマニュアルも2種類必要となるなど、教育委員会としての負担は大きくなります。しかし「新しい文房具」として定着させていくためにも、先生の選択肢を増やし、子どもたちにもさまざまなOSに触れさせていくことが、大きな意味を持つと考えています。

また「Google Workspace(G Suite)」や「Zoom」「Microsoft Teams」など無料で利用できるサービスや、有料のドリルアプリがきちんと使用できるように、教育委員会で児童生徒、職員の全員の個々のアカウントを作成。子どもたちの手元にはそれが1枚のカードにまとめられ、だれもが、どのサービスもきちんと使える環境を整えています。手間暇はかかりますが、避けられない作業と考え丁寧に整備を進めてきました。

ICTの活用はあくまでも手段で、
われわれが取り組むべきは授業改善です

選択肢から自分に合ったものを選び、工夫して使ってもらう

端末にしても、ソフトウェアやクラウドサービスにしても、教育委員会としてはできるだけ多くの選択肢を用意したいと考えています。冒頭でも申し上げたように、当市では児童生徒が数十名という小規模校も、800名を超える大規模校もあります。また、先生方のICTに関するスキルも、機器活用の方法も1人ひとり異なります。

日常的に当たり前のものとして活用していくためには、多様性(ダイバーシティ)への対応が欠かせません。1人1台端末の環境は始まったばかりの黎明期であり、まだ確立したものはありません。だからこそ、先生方や子どもたちの自由な発想で活用してもらいたいと思っています。そのために教育委員会の負担が増えようとも、できる準備はすべてやりたいと考えました。

繰り返しになりますが、ICTの活用はあくまでも手段であり、われわれが取り組むべきは授業改善です。ですから、初めから「この使い方しかできません」と言って提供するのではなく、多くの選択肢の中から自分たちに合ったものを選び、工夫しながら使ってもらうことで、より良い活用を見いだしてもらいたいと思います。そういう点で、やりたいことがあるのであれば、できる限りのバックアップをする、今はその時期だと考えています。

先生方がめざす授業に合ったICTの活用ができるように

今、AIやDX、5Gなど先進的な技術に注目が集まっていますが、私どもは地に足がついた子どもたちの学びを一番大事にしたいと考えています。人を育てる取り組みは、温かな心のつながりを基礎とし人間関係構築と、個を尊重する丁寧な支援がなにより大切だと考えるからです。そのために必要だと思われる環境を優先して整えていきます。

当市では、Windows端末として『Sky安心GIGAタブレット』を採用しました。この商品には無償の『SKYMENU Cloud GIGAスクール版』が含まれていましたが、機能は一部に限られていました。しかし、先生方から「子どもたちの画面が見たい」「操作ロックは必要」「より踏み込んだ共有がしたい」といった要望が多数寄せられたことから、検証期間を設けて2023年度には正式にフル機能版に移行する予定です。

これは、長年コンピュータ教室で『SKYMENU Pro』を活用してきた先生方が多いことはもちろん、何よりも「子どもたちが学習活動で使うために作られたユーザインタフェース」であることが高く評価されていることの表れです。

各OSメーカーが提供する学習用ツールは、確かに魅力的で強力です。しかし、慣れていない先生や子どもたちが授業の中で活用するには、少しハードルが高い部分があります。しかし『SKYMENU』シリーズなら、先生方にもなじみがあり、子どもたちも細かい説明をしなくても使えます。この「すぐに使える」「安心して使える」ということが大きなアドバンテージになっていると思います。

ICTを使いこなしている先生は、それぞれのツールの良さを生かし、1回の授業の中で複数のツールを使い分けてピンポイントで活用し、充実した授業を行っています。そうした先生も、これからICTを活用していく先生も、自身のICTスキルとめざす授業の姿に合わせて、より良い学びにつなげてもらいたいと思っています。

子どもたちがさまざまな意見に触れ、
迷い、葛藤し、深く考えることが大切です

どんな活動をするかではなく、どんな学びにつながったか

今、小学校低学年の子どもたちも、iPadを使って写真や動画を撮影するといったことから日常的な活用を始めています。2学期以降は、持ち帰り学習にも取り組みたいと考えており「Google Workspace」や「Zoom」「Microsoft Teams」などから、それぞれの学校や先生が使いやすいものを選び活用を進めており、『SKYMENU Cloud』もこうしたツールの一つとして使われています。

よく使われているのが、ワークシートに記入した解答や意見を共有する場面です。子どもたちが紙のワークシートをカメラで撮影して提出写真1。先生は、提出されたものから複数を選び、大型提示装置で提示します写真2。各個人が書いたものを大きく映し出して、全体で共有するというシンプルな活用ですが、これはアナログでは実現できないことです。

写真1カメラでワークシートを撮影している様子
写真2提出された写真を大型提示装置で投影、全体で共有

ICTを、より発展的に活用した実践事例として、小学校6年生算数の「資料の調べ方」の授業があります。紙飛行機大会の代表選手を選ぶため、AさんとBさんが12回ずつ試投した結果から、どちらを代表に選ぶべきかを考えるという取り組みです。

この正解のない問題に対して、子どもたちは前の時間までに勉強した平均値や中央値、最頻値、最大値、最小値などから比較方法を選び、その結果に基づいて自分の意見をまとめていきます。

先生は、子どもたちが決めた比較方法を見合えるようにしました。また、Excelを使って簡単に計算できるワークシートの保存場所を伝えました。子どもたちは、自分が決めた比較方法ですばやく計算し、結果を見てAさんとBさんのどちらが代表にふさわしいかを決めていきました。

ここでポイントになるのが[発表ノート]の[グループワーク]図1とマイページの[Webリンク]機能です。どの方法で考えようか迷っていた子どもも、瞬時に友だちの考えを確認でき、それを参考に自分の比較方法を決めることができました。また、自分が決めた比較方法だけでなく、別の比較方法でも考えることができる時間を生み出すことができました。

図1[グループワーク]でノートを共有。思考の途中過程を友だちと共有することで、違う視点を得て、思考を深められる
写真3[ポジショニング]で一人ひとりの意見を集約して共有する

同じ代表者を選んだ者同士のグループで意見交換をした後、子どもたちは[ポジショニング]を使って自分の考えを示します写真3

AさんかBさんの2択ではなく[ポジショニング]を使って子どもの考えを確認したのは「はっきりとは決め切れないけれど、どちらかといえばAさん」といった意見を可視化するためです。また、異なる意見の発表を聞いて、「やっぱりBさんにしよう」と意見を変えることもたやすくでき、さらにその変更の履歴も残ります。

授業において大切なのは「揺らぎ」です。

つまり「どんな活動ができたのか」ではなく、「どんな学びにつながったのか」を大切にしなければなりません。この授業では、平均値ではこういう見方ができる。中央値なら違った考えができる。さらに最大値や最小値を重視するという考え方もあるといったように、子どもたち自身がさまざまな意見に触れて、考えて、迷って、葛藤して、さらにより深く考えることができた、とても良い授業だったと思います。

特に、算数が得意ではなかった1人の子が、さまざまな意見を聞くことで、それぞれの代表値が意味するものを理解し、授業に対して前のめりになっていく様子が見て取れたことが印象的でした。

『SKYMENU Cloud』を活用した場面は、[発表ノート]に打ち込み、[グループワーク]を使って全員で共有したときと、自分の意見を[ポジショニング]で示したときだけで、基本的には紙のワークシートを使った活動が中心の授業でした。しかし、ICTをピンポイントで活用したことによって、意見を共有したり、自分の考えを示したりする活動が、一部の子どもに偏らずに行えたことは注目すべき点だと感じています。

どれだけアクティブに思考が働いているかを大事に

学力の保証や授業の充実は、学校が何を置いても取り組むべきことですが、その授業改善の方法を一方的に決めてしまうのではなく、可能な限り多くの選択肢を用意するというのが私たちの基本的な姿勢です。

「主体的・対話的で深い学び」というのは、それが最終目標かのように語られることもありますが、実際は中間地点であり、それを通じて子どもたちの資質・能力を育むことが目的と考えています。ICTを活用してより主体的に、より対話的に学ぶことも、資質・能力を身に付けるためにあるのだと思います。そのためには、表面的に活動に取り組んだり、話し合ったりするだけで終わるのではなく、どれだけアクティブに思考が働いているかに注目することが大事です。

『SKYMENU Cloud』には[ポジショニング]をはじめ、子どもたちの学びを支援するために作られた機能が多くあるので、これからも授業改善に役立ち、子どもたちの資質・能力の育成につながるような機能の充実に期待したいと思います。とはいえ、最新機能を使った目新しく派手な授業がしたいわけではありません。しっかりと地に足をつけ、子どもたちの将来に本当に役立つ授業をめざしたいと思っています。そして、子どもたちの学びにとってプラスになるなら「技術的に不可能」ということ以外は、どんなことにも取り組んで、先生方をサポートしていきたいと思っています。そして、いつかICTが特別なものではなくなり、いい意味で「ICT教育」という言葉が使われなくなる日をめざして、取り組みを続けてまいります。

(2021年8月取材 / 2021年11月掲載)