教育情報化最前線

ICT活用研究北九州市立大里柳小学校 ボトムアップによって広げる
日常の中でのICT活用 教員一人一人の経験や視点を生かす「メンタリングOJT」の取組み

北九州市立大里柳小学校では、「GIGAスクール構想」の実現に向けた環境整備事業により、2020年度に児童1人1台のタブレット端末が整備されました。導入から現在まで、どのようにタブレット端末が活用されているのか。活用推進の取組みの状況や、将来に向けた展望などを松中 保明 校長、廣政 良尚 教諭、小栁 優紀 教諭、三木 育海 教諭に伺いました。

北九州市立大里柳
小学校

松中 保明 校長

北九州市立大里柳
小学校

廣政 良尚 教諭

北九州市立大里柳
小学校

小栁 優紀 教諭

北九州市立大里柳
小学校

三木 育海 教諭

「メンタリングOJT」を通じた人材育成と業務改善を両立する取組み

図1年次や受け持ち学年の異なる教員がチームに

本校は、北九州市からICT活用推進モデル校等の指定を受けた学校ではありませんが、これまでもICTを活用した取組みを行いたいと考え、限られた予算の中でどうすれば本校が目指す取組みに近付くだろうかと検討を続けてきました。ですから、本校はいわゆる先進校とは違う標準的な学校の一つだといえます。

2019年末、文部科学省よりGIGAスクール構想の実現に向けたICT環境整備の方針が打ち出され、児童1人1台のタブレット端末が整備されることになりました。本校では、この整備事業を機会と捉えており、2020年度から本格実施が始まった学習指導要領が目指す「主体的・対話的で深い学び」の実現にとっても欠かせない環境だと考えています。

2020年度に、タブレット端末が導入された当初の子どもたちの反応は「早く使ってみたい!」という期待に胸を膨らませた声が大半でした。一方、教員は期待と不安が半々という感じがあったと思います。「この場面で、こう使えば効果的なのでは」「こうしてみると、子どもたちが興味や関心を持つんじゃないか」など意欲的に取り組もうとする様子が見られた一方で「低学年の子には、パスワードを入力することも難しいのではないか」「操作説明が伝わらないときに、どう指導すればよいのか」といった不安を感じる教員がいたことも確かです。

こうした状況の中で、2020年度の主題研究として始めた「メンタリングOJT(以下、OJT)」の取組みは、非常に効果的だったと感じています。これは、あえて年次や受け持つ学年が異なる3~4名の教員たちを1つのチームとして行う教員研修の取組みです図1。一般的に「メンタリング」というのは、メンター(指導者)がメンティー(被育成者)に対して、指示や指導をするのではなく助言や対話によって働きかけ、本人の気付きを促して自発的・自律的な成長を促す人材育成の手法を指します。本校においては経験豊富なベテラン教員をメンターとし、若年次の教員がメンティーとなる固定的な関係ではなく、それぞれの経験と知識、視点を生かしながら、相互に高め合う関係となることを目指しています。また、本校で導入している北九州市型教科担任制システムの活用やコーチングの考え方を取り入れ、お互いに授業を見合ったり細かな相談をしたりして、そこから得たものを指導に生かすなどして、人材育成と業務改善を両立するように取り組んでいます。

いろいろなことに挑戦しよう
そして取り組みながら改善していこう

▲ [ポジショニング]を使い、一人一人の考え(立ち位置)をマーカで示し、学級全体で共有している様子

「まずはやってみよう」というスピード感を大切にする

本校では、子どもたちにとってよいと思うことなら、まずはやってみよう、いろいろなことに挑戦しよう、そして取り組みながら改善していこうと、職員たちに呼びかけています。それは、このOJTでも同じです。OJTでの意見を基に緻密に構築していくことは大事ですが、それだと動き出しが遅れてしまいます。スピード感を持って取り組んでいくには、実践を繰り返す中で作り上げていくことが大事です。もちろん、安全・安心を担保した上ではありますが、現在のコロナ禍の環境変化に対応するためにも「まずはやってみよう」という姿勢が重要だと考えています。

この方針によって、若年次教員が積極的にICTを活用した授業を実践することができ、その授業を見たベテラン教員も「こういう取組みに生かせるのか」といった気付きとなって「次に、この学年を受け持ったときにやってみよう」という前向きな声があがるようになっています。このように、トップダウンによってICT活用を推進するのではなく、教員間の交流が深まることで生まれるボトムアップによって活用を広げることを意識してきました。

ただし、OJTの枠組みがあるだけでは、有効に機能させることができないのも事実です。本校では、原則として月1回はOJTに取り組むことを決めました。しかし、何かを削減しなければその時間は作れません。そこで、職員会議を月1回に精選し、そのほかの水曜日の放課後はフリータイムにすると決めました。この時間を活用して、チームごとにOJTを開催する日時と場所を決め、職員室内のホワイトボードに書き込んで、それぞれに主体性を発揮して開催しています。

OJTでは、どのチームもテーブルを囲み、ざっくばらんに日頃の出来事を話し合ったり、指導案検討会をしたり、ICT活用のアイデアを話し合ったりしています。初年度なので、あまり形式張らず自由な雰囲気で行うようにすることで、率直な意見交換ができるように心掛けています。2年目となる2021年度には、ICT活用など軸になるテーマを決めてディスカッションすればもっと議論が深まり、OJTが活性化していくのではないかと考えています。

若年次教員のアイデアとベテラン教員の経験がそれぞれ生かせる

図2途中でマーカを移動させた軌跡が確認できる

2~4年次などの教員歴が浅い教員も、どんどんICTを取り入れた授業を行っていきたいという意欲を持って、柔らかな発想で取り組んでいます。ですから、OJTを活用したり職員研修や終礼などの場で取組みの様子を紹介したりしながら、興味を持ってまずは1度、実践してもらいたいと考えているところです。その一方で、板書やノートづくり、基本的な学習規律といった部分は、経験豊富なベテラン教員から若年次教員に伝えたり、相談に乗ったりする場面が多く生まれています。

例えば、4年生の道徳科の学習において、授業の初めに「正直さ」について、子どもたちがどのように考えているかを尋ね、授業を通じてどのような変容があるのかを見取るという授業実践がありました。

この実践では、『SKYMENU Cloud』の[ポジショニング]で、4象限マトリクスを用意し、子どもたちがマーカを配置して自分の現在(学習の初め)の考えを示し、学習の中で考えが変われば、いつでもマーカを移動させていいということにしました。『SKYMENU Cloud』を活用すれば、子どもたちがマーカを移動させた軌跡がすべて記録され、後から一人一人の考えの変容を視覚的に確認することができます図2

このとき、マトリクスの横軸を「正直に生きることは大切だと思う」とし、縦軸を「正直に生きていることができている」と設定していたのですが、授業実践前のOJTで、縦軸は授業の中では変化しないのではないかという意見が出ました。その場では、どのように設定すべきか新たな考えは出ませんでしたが、実践後の振り返りで、縦軸を「人のため⇔自分のため」としてはどうだろうという助言がありました。この助言によって今後は、より深く「正直さ」について考えを深める意見交流ができるのではないかと思います。

この実践を通じて、ポジショニングというフレームワークを最大限生かすためにも、発問の内容や質を高めることがとても重要だということが分かりました。この例のように、OJTでは若年次教員のアイデアと、その効果を高めるベテラン教員の経験や知識を、それぞれに生かしながら授業改善に取り組んでいく事例が数多くあります。

日常的な小さな取組みが、次のよりよい活用につながる

こうしたOJTによる成果は、ICT活用に限らず「OJTシート」「授業実践シート」にまとめ、職員室内に掲示して全教員で共有しています。また、タブレット端末の活用など先進的な授業実践については、終礼などの場を活用して周知しており、興味を持った教員が授業実践者に質問や相談をするなど、学年や教科の枠を超えた学びが広がっています。

そのほか、より日常的な『SKYMENU Cloud』の活用も増えています。例えば、子どもたちがPowerPointなどを使って発表資料を作成するという活動をしたときも、完成した成果物は『SKYMENU Cloud』の[教材・作品]を通じて提出させています。こうすることで、子どもごとに仕分けて保存されるので、教員は、誰が、いつ提出したものかがひと目で分かります。さらに、提出されたファイルを教員が自分のコンピュータにダウンロードしたときも、ファイル名に子どもの名前が付与されるので、非常に管理しやすいのです。煩雑になりがちな成果物の収集や管理に余計な手間が掛からない分、子どもたち一人一人の成果を評価することに時間を使えるようになりました。

また、プリント課題に取り組ませたときも、タブレット端末のカメラで撮影した上で[発表ノート]に貼り付けて提出させています。[発表ノート]であれば、ほかの子どもたちにそのまま共有することができるからです。これまでは、意見交流の相手が特定の友達に限られてしまうことが多かったのですが、全員で共有できるようになったことで、これまでは交流がなかった子の意見も目にするようになり、自分の意見と比較したり、共通点を探したりという交流が、より活発に行えるようになりました。

先ほど授業実践の例として紹介した[ポジショニング]は、自分の意見を示す場面以外にも活用されています。例えば予習型の宿題を出したとき、一人一人の取組みの状況を確認することにも使っています。「むずかしかった⇔かんたんだった」という軸にマーカを配置した上で、「ここまではできたけど、これはできなかった」といったコメントも入力できるので、それを見ることで重点的に取り組むべきところが分かり、子どもの実態や理解度に即した授業ができるようになります。同様に[ポジショニング]を使って、朝礼の際に「今日の元気度」を尋ねたという例もあります。友達には知られたくない体調や気持ちの変化などを教員が把握することで、より丁寧な対応ができると感じています。様々な活用例がありますが、これらに共通するのは「まずはやってみよう」という姿勢だと思います。決して高度な取組みを行っているわけではありません。冒頭にも申しましたとおり、本校は標準的な学校の一つです。だからこそ、子どもたちにとってよいと思ったことに対して、何ができるかを前向きに考えて、小さなことからすぐに取り組む。それが、次のよりよい活用につながっていくと思っています。

▲ 自分が感じたこと、考えたことを[発表ノート]に記入すれば、ほかの子どもとの共有も可能に
▲ 体育の実技(ボルダリング)の様子を動画で撮影し、それを見ながらポイントを見つける活動

将来を見据えることで、ICTが有効なツールとして活用できる

現在、文部科学省では「令和の日本型学校教育」に関する協議がされており、教育の個別化、個性化、協働化を目指すことが示されています。今回のGIGAスクール構想の実現に向けた環境整備等を契機として、教育の可能性が広がる一方、授業でタブレット端末を使わなければならないという意識が先立ってしまうことが懸念されます。また、保護者の皆様の中には「授業でどんな活用がされるのか」という期待と同時に「故障時の費用やネットトラブル」などへの不安を感じている方もいらっしゃると思います。いずれにせよ、令和の時代に求められる学校の役割は何かという根本的な課題に直面せざるを得ないと、本校では考えています。

今後は、インターネットを通じた登校とリアルの登校のハイブリッド型なども推進されるかもしれません。また、2020年春の緊急事態宣言発出に伴う臨時休業時のように「学びを止めない」ための取組みだけではなく、通常の教育活動においても「学校で指導すること」と「家庭で取り組むこと」の新たな形を研究する必要があると考えています。例えば、発達の段階に応じて、家庭学習や地域で調べたことを持ち寄り、学校で友達と協議して新たな課題を見いだして取り組む。こうした課題解決のサイクルを子どもたち自身が回すことなど、ICTの活用には大きな可能性が秘められています。さらに、ICTの日常的な活用による授業改善や、学習履歴(スタディ・ログ)などの教育データを活用した個別最適な学びの充実など、研究すべきことは非常に多くあります。

本校では導入されたばかりですので、今はまだ、そこまで踏み込んだ活用はできていません。しかし、本校の職員は、子どもにとってよいことなら「まずはやってみよう」と積極的に取り組む職員集団です。将来的にはこうした取組みが求められていくことを意識しながら、少しずつ完成形に近付けていくことが大事だと思っています。

学習指導要領が目指す「主体的・対話的で深い学び」の具現化に向けて、ICTは非常に有効なツールとなります。「令和の日本型学校教育」の柱となる個別最適な学びと協働的な学びの実現に向けて、さらにその先の未来を見据えながら、ICTが学校教育の基盤的・発展的なツールとして必要不可欠であることを全職員が共有し、今後も確かな準備と研究を推進していきたいと思います。

(2021年1月取材 / 2021年5月掲載)