教育情報化最前線

北九州市教育委員会 子どもたちが自ら考え、
ICTを活用できるようになるために 指導主事が全校を訪問し、すべての先生にICT活用研修を実施

 北九州市では、2020年度に「GIGAスクール構想」の実現に向けた環境整備事業に伴い、児童生徒1人1台となる約70,000台のタブレット端末を整備しました。2019年度より中学校60校に指導主事を派遣して全教員を対象とした訪問研修を実施。今後、小学校127校でも同様の研修を行うことで、ICT活用の推進に注力しています。ICT環境整備の背景や指導主事派遣のねらいについて、北九州市教育委員会の石川秀一指導主事にお話を伺いました。

石川 秀一

北九州市教育委員会指導部 指導第一課 指導主事

「ICTを使うこと」ではなく「ICTで何を為すのか」が大事

北九州市では昨年度(2019年度)、市内の中学校60校を対象に、生徒5人に1台となるようタブレット端末を整備しました。これは、グループで行う協働的な学習活動においてICTを活用したいという考えからです。

例えば、グループで意見交流などを行う際、自分の考えを言葉で表現するだけでは、聞く側がきちんと理解できなかったり、意図を的確にくみ取れなかったりします。そのため、タブレット端末を整備する以前は、小さなホワイトボードに自分の考えを書き込んで、それを見せ合ったり、黒板に掲示したりすることで意見交流に役立ててきました。考えを可視化して伝えることで得られる情報が増え、活発な意見交流が行われます。

ただ、ホワイトボードを使った取り組みの場合、「相手意識」が乏しくなる傾向がありました。ホワイトボードを黒板に並べて提示すると、子どもたちは個々の意見を読むというよりも、全体を眺める形になりがちです。そのため、「ほかの子どもが読むことを考慮して表現する」という意識になりにくいのだと思います。

その点、タブレット端末なら一人ひとりの意見を手元の端末で見られます。その結果、考えをまとめるときにも「読む人(相手)」の存在を意識するようになり、「どうすれば考えが伝わるのか」と表現を工夫するように変化してきました。

新しい学習指導要領に示されている「情報活用能力」を育成する上で、自ら発信する力をつけていくためには、日常的にこうした取り組みを繰り返すことが重要だと考えています。先行してタブレット端末を導入しているリーディング校の授業においても、タブレット端末を中心にして生徒たちが頭を寄せ合い、盛んに意見交流している場面が、たくさん見て取れました。

しかし、これまではタブレット端末の台数がグループに1台程度と限られていたため、自然とICTが得意な生徒ばかりが端末を操作するようになり、情報活用能力に格差が生じるかもしれないという課題はありました。

ICTを使って何を為すのかを考え、道具として有効活用できるように

そのような中、2019年12月に文部科学省より「GIGAスクール構想」の実現に向けた環境整備が打ち出され、児童生徒1人1台の学習者用端末の整備にかかる費用などを補助する補正予算が組まれました。当市では現在、約70,000台のWindowsタブレット端末(特別支援学校及び特別支援学級にはiPad)の整備を進めています。いくつかの選択肢がある中でWindowsを選択したのは、先生方に一から新しいOSの操作を覚えてもらうのではなく、できる限りすぐに活用に入っていただきたかったことと、Wi-Fi環境の有無に左右されないようにオフライン環境でも使えることを重視したからです。

この整備によって、すべての子どもたちが等しくタブレット端末を活用できる環境が整います。グループでの活用において、ほかの子が端末を操作している様子を見ているだけだった子も、自分で端末を操作して、調べものをしたり、意見を発表したりできるようになることは、大きな前進だと思っています。

なぜなら、当市では子どもたち自身が「必要に応じて自主的にICTが活用できる」ことをめざしているからです。つまり、「ICTを使いましょう」と促されてタブレット端末を使うのではなく、子どもたちが自ら「ICTを使った方がいい」と考えて端末を活用できるようになることが大切だということです。

これからの高度情報化社会と呼ばれる未来を生きる子どもたちに、「時代を切り拓く力」をつけていくことが、当市の目標でもあります。そのために「ICTが使えるようになること」ではなく、「ICTを使って何を為すのか」を考えて、鉛筆や消しゴム、定規などと同じようにICTを一つの「道具」として有効に活用できることが大事です。そのために、まずはタブレット端末等のICTを、自ら操作して使う場面が日常的になければなりません。

その上で「ICTは、どの場面に有効なのか」を考える力をつけていく必要があります。例えば、紙に1本の直線をひくときに、フリーハンドでひこうとして何度も失敗しながら時間をかけてひくよりも、定規を使ってさっとひいた方が、より早く、より奇麗な直線が描けます。線をひくことは学びではなく、あくまで作業の一つなので、そこに労力を割くのではなく、学びの本分に向き合うことが重要です。この例と同様に、ICTについても日頃から「使った方がいい」のか「使わなくてもいい」のかを子どもたち自身が選び取って、学びに向かう姿勢を育んでいきたいと考えています。

ですから当市では、45分ないしは50分の授業で、始めから終わりまでずっとタブレット端末を使うような授業は想定していません。これまで行ってきた授業をより良くするために、適した場面でICTを組み合わせて活用していくことに主眼を置いています。

中学校60校に指導主事が訪問して、すべての先生方に研修を実施

資料1指導案に「場面」と「効果」が記入できるようにひな形を改定

授業の中で、どうやって効果的にICTを活用するのかを考えるとき、先生方に求めるのは、「先生自身がICTを駆使するため」のスキルではなく、「恐れずに子どもたちに使わせるため」のスキルだと思います。このスキルを先生方にお伝えするために、当市では、昨年度、市内の中学校60校に指導主事が訪問して、すべての先生方に直接レクチャーする研修を行いました。本年度は、小学校に対しても訪問による研修を実施し、年度内にすべての小学校が終了する予定です写真1。なお訪問研修は、タブレット端末の使い方を教えようとするのではなく、一緒に授業づくりを行いながら先生を支援するイメージで行っています。

写真1指導主事が全学校を訪問してICT活用の研修を実施

まず指導案のひな形を改定し、「どの場面でICTを使うのか」と、そのことによって「どんな学習効果を期待するのか」が記載できるようにしました資料1。もちろん業務改善の一環ですので、従来に比べるとひな形自体は簡素化したのですが、「場面」と「効果」を明確にすることが最も大事だと考えて、この項目を加えました。

この改定によって、研修で訪問した指導主事も「先生方が、どう使いたいと考えているのか」が把握できるようになり、「この場面では、むしろ板書の方が良くないでしょうか」「この場面では、こんな使い方ができますよ」といった具体的な助言ができるようになりました。

私どもが知る限り、全学校を訪問して、すべての先生を対象にICT活用研修を行っている自治体は多くないと思います。しかし当市では、全教員が研修を受けて、一度はICT活用を体感してもらうことにこだわりました。初めは、先生方の中にはICTに苦手意識を持っている方もいることを予想していましたが、導入当初不安を抱えていたベテランの先生も活用後は、率先して「私でも、できるのよ」と授業されている様子に手応えを感じるとともに、教育委員会としてもICT活用推進に自信が持てました。

もちろんその分、指導主事が外出する時間が多くなり、例えば「ICT活用のための手引き」のような資料類の作成に、あまり時間が取れないという状況はあります。しかし、いくら資料がそろっていても、1人ひとりにICT活用に向かう意識がなければ資料は読まれません。まずは、すべての先生方の意識を高め、その上でどう活用すればよいか悩まれている先生を個別に支援することに注力したいと考えています。

併せて、来年度は、各学校の情報担当の先生方を対象とした集合研修も予定しています。また、初任者研修や3年次、6年次などのミドルリーダーを対象にした研修の中にも、ICTの活用を推進するための研修を盛り込むことを予定しています。このように、すべての先生を対象にした取り組みと、ICT活用の推進リーダーとなる人材を育成する取り組みを両輪として、子どもたちにとってより良いICT活用ができるよう、先生方をサポートしていきたいと思います。

考えの「表出」と「共有」が効果的に行える仕組み

児童生徒1人1台のタブレット端末の整備に伴い、個別最適化された学習を支援するAIドリルを導入したほか、学習指導要領がめざす「主体的・対話的で深い学び」を実践するための学習用ツールとして『SKYMENU Cloud』も整備しました。

当市では、10年以上前から各校のコンピュータ教室に『SKYMENU Pro』を導入して活用してきたのですが、タブレット端末で活用できる『SKYMENU Cloud』も同様に、子どもたちの動機づけから、発問に対する答えまでをワンパッケージで完結できる点を高く評価しています。こうしたツールがなければ、タブレット端末を使っても効果的な学習活動につなげていくことは難しいと思います。

図1編集内容がリアルタイムに反映される[グループワーク]
編集内容がリアルタイムに反映される[グループワーク]

例えば、体育や音楽の実技の様子を動画として撮影すると、自分自身のことを客観的に認知する、いわゆる「メタ認知」に生かせます。しかし、それだけで終わらず、その動画を[発表ノート]に貼りつけて、ほかの子どもたちと共有したり、先生に提出したりすれば、そこから意見交流が生まれ、自分だけでは気づかなかった新たな発見につなげることもできます。

また、複数名でそれぞれに違う事柄を担当し、それらについて調べたことを持ち寄って意見交流するなかで、自分の考えを見つけていく「ジグソー法」を用いた学習活動がありますが、このときに[グループワーク]の機能を使えば、ほかの子が編集している内容がリアルタイムに共有できるようになり図1、より活発な話し合いができるようになります。

こうした使い方は、これまでのようにグループで1台のタブレット端末を使う活動でも活用されてきました。しかし、これから児童生徒1人1台の環境が整うことで、一人ひとりが自分の意見を記入して、学級全員で共有するといった使い方もできるようになり、より有効に活用されていくと思っています。

図2マーカで自分の考え(立ち位置)を示す[ポジショニング]
マーカで自分の考え(立ち位置)を示す[ポジショニング]

また、マーカを配置するだけで自分の考え(立ち位置)を示せる[ポジショニング]の機能は、意見交流のなかで考えが変わったときに何度でも配置し直すことができ、そのマーカの移動の軌跡を視覚的に見ることができます図2。道徳科などで、決まった答えがない問いかけに対して、どう考えるのかを表出して、その後の意見交流を通じて自分とは違った意見を聞くなかで、自分の考えがどう変わったのかを振り返る。こうした取り組みも「メタ認知」につながります。

こうした、「自分の考えの表出」と「ほかの子どもとの共有」が効果的に行える仕組みは、マジョリティ(多数派)に気おされてしまうことで、マイノリティ(少数派)が自分の考えを表出できないという問題の解決にも役立つと思っています。

当市は、国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」の理念に沿った取り組みを推進する「SDGs未来都市」および「自治体SDGsモデル事業」に選定されているのですが、ICTを活用した学習活動は、SDGsの理念にもある「誰一人取り残さない」教育を実現するという点においても、効果を発揮してくれるのではないかと期待しています。

活用方法や運用のあり方も、日々アップデートしていきたい

体育の実技(ダンス)の様子を動画撮影し、発表ノートに貼り付けて自分の特徴をまとめる
体育の実技(ダンス)の様子を動画撮影し、発表ノートに貼り付けて自分の特徴をまとめる

今回、児童生徒1人1台のタブレット端末を整備したことで、より日常的な学習活動でのICT活用が増えていくと思います。それだけに、より使いやすくなる細かな工夫も必要だと考えています。

以前、ある授業を見たときのことですが、狭い机の上にノートPCを開いたまま子どもたちが授業を受けていました。ノートPCを閉じてしまうと、次に使うときに再度パスワードの入力を求められるからです。使い方に合わせて設定しておけば、再ログインの必要はないのですが、その設定ができていなかったのです。普段は机の中にしまっておき、使うときにすぐに使ってまたしまう。こうした使い方ができるように、今回の整備では初めからそのように設定してあります。スペースの問題はあるものの、充電保管庫は必ず教室内に設置すると決めたことも含め「使いたいときに、すぐに使える道具」であってほしいという考えに基づいています。

ほんの小さなことではありますが、子どもたちにも先生方にも「使いやすい環境」を整えることには、これからも注力していきたいと思います。幸い、指導主事が訪問研修を行うようになったことで、「こういう使い方がしたい」「ここは改善できないか」といった、具体的な要望が寄せられるようになりました。これは非常に良い傾向だと感じており、まず、できることから着実に応えていきたいと考えています。

ICTの最大の特長は「アップデート」できることだと思います。今回整備した『SKYMENU Cloud』もクラウドサービスとして、適宜機能の追加や改善が行われると聞いていますし、学校における効果的な活用や、使いやすく環境を整える運用についても、日々アップデートしていきたいと思います。

当然のことですが、ICTは整備することが目的ではありません。それをうまく活用して、当市ならではの新たな授業スタイルを確立していくことが大事です。ですから、各学校で「いつ」「どこで」「どのように」活用していくのかを、しっかりと考えて取り組めるよう、サポートを続けたいと思います。

(2020年11月取材 / 2021年3月掲載)