教育情報化最前線

豊田市全教員の力を結集し、一人1台端末を十分に生かせる環境を 5年間の取組の成果を踏まえ、新たな課題へ向かうために

愛知県豊田市は、「GIGAスクール構想」の実現に向けた環境整備事業により、2020年8月にモデル校で児童生徒一人1台のiPadを導入。さらに、10月より市内各校にも順次整備を進めています。同市が2016年より実施してきた「豊田市学校教育情報化プラン」および策定中の次期情報化プラン、それらを具体的に推進するための取組について、豊田市教育委員会の大村 斎人指導主事にお話を伺いました。

大村 斎人

豊田市教育委員会 指導主事

「豊田市学校教育情報化プラン」の成果と今後の課題

写真1授業に必要なICT機器をまとめてセットにした「ICTカート」

豊田市は、愛知県北中部に位置する人口約42万人の中核市です。2005年の市町村合併によって愛知県下で最も広い面積を有する市となり、北部は岐阜県や長野県に隣接しています。市内には、小学校75校、中学校28校、特別支援学校1校の計104校があり、約36,000名の子どもたちが学んでいます。

2016年度に策定した現行の「豊田市学校教育情報化プラン」(以下、情報化プラン)が目指している授業スタイルは「考えを分かりやすく伝える」「仲間とともに、試行錯誤しながら学びを深める」という二つです。5か年計画で進めた整備では、電子黒板機能付きプロジェクタ、ノートPC、書画カメラ、ブルーレイ・DVD再生装置など、授業に必要なICT機器をセットにした「ICTカート」写真1を整備。さらに2018年8月に、コンピュータ教室の端末をタブレット一体型PCに置き換え、学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』を導入しました。

数値に表れる成果の背景にあるICT活用研修

この整備により、教員だけではなく子どもたちもICTを活用するように。例えば、[カメラ]で音楽や体育などの実技を子ども自身が撮影し、動画を見ながら意見を出し合ったり、相互評価したりすることで、撮影された子だけではなく撮影した子にも気づきが生まれるといった様子も見て取れました。

こうした取組の結果、当市の『第3次豊田市教育行政計画』における成果指標の一つ「ICT 機器を活用した授業時間」の変化を見ると、2016年度と比べ2019年度は、ICT機器を活用した授業時間数が小学校は75%増、中学校は25%増と、それぞれ大幅に増加しました。また、同じく成果指標としている「児童生徒がICTを活用して効果的に学習することができていると回答する学校の割合」についても、小・中学校ともに10ポイント以上増加しています。

このような数値として目に見える成果が出せた背景には、ICT 機器の活用研修に注力してきたことがあると考えています。2019年度には、教育センターで行う集合研修を合計20回開催し、のべ1,283名が受講しています。2016年度と比べると、3倍近い教員が受講したことになります。研修の取組について詳しくは後述しますが、大きな予算をかけてICT機器を整備した以上、各学校で十分に活用され、子どもたちのために役立ててもらいたいという思いで、研修の企画・運営に取り組んできました。

調査で見えた「次の課題」に対応する次期情報化プラン

一方で、ICT活用状況の詳細を見ると、次の課題も明確になってきました。授業の中で資料などを効果的に提示するといった活用は、さまざまな教科で実践されるようになってきたものの、子どもたちの意見を集約したり、話し合って考えをまとめたりするような協働的な学習や、習熟度に応じた個別学習などの場面では、まだ十分に取組が進んでいません。

これは、各学校に整備されたタブレット端末の台数に一因があると考えています。当市では、コンピュータ教室のデスクトップ型PCをタブレット一体型PCに置き換えて整備したため、平均すると児童生徒10人に1台程度の整備状況でした。当市の調査では、在籍する児童生徒数に対してタブレット端末数の比率が高くなる小規模校の子どもたちの方が、タブレット端末の活用効果を実感しているという結果が出ています。このことからも、2021年度から施行予定の次期情報化プランでは当初、児童生徒6人に1台となるような端末整備を計画していました。

「GIGAスクール構想」の実現に向けた環境整備への対応

そんな中、2019年12月に文部科学省より「GIGAスクール構想」の実現に向けた環境整備が打ち出され、児童生徒一人1 台の学習者用端末の整備にかかる費用などを補助する補正予算が組まれました。端末台数を増やしたいと考えていた当市にとって、願ってもない政策です。その反面、これまでの延長線上ではない、新たな取組が求められているということでもあります。

次期情報化プランでは、当市として目指す子どもの姿を「つなげる子ども」というキーワードで示し図1、多くの情報を取捨選択する中で、これからの自分の姿や将来の夢を考え、自分のことだけではなく仲間や家庭、地域、世界へと思いをはせられるよう、子どもたちの視野を広げていきたいと考えています。そして、目指す授業スタイルを図2のように定義し、次の課題である「協働学習」や「個別学習」の取組に注力することを明確にしました。この中で、タブレット端末は「文房具」であり「参考書」であり「思考基地」であると位置づけました。

図1目指す子どもの姿(案)
図2次期学校教育の情報化プランで目指す授業スタイル(案)

こうした観点に基づいて、教育委員会内に設置した端末選定委員会で今回整備する端末を検討した結果、小学校低学年から使用することや端末の動作の安定性などを考慮し、学習者用端末としてiPadを採用しました。

WindowsでもiPadでも変わらない操作性

iPadの整備に伴い、学習用ツールとして『SKYMENU Cloud』も導入することを決定しました。これは、これまで『SKYMENU Class』を活用してきた取組の継続を重視したことをはじめ、次の課題である協働学習等の充実に不可欠なソフトウェアだと考えたからです。

当市がiPadを採用した理由の一つに、学習活動に活用できる無料アプリが充実していることが挙げられます。しかし、個別のアプリをそれぞれ単体で使うのではなく、統一された仕組みの中で教材や作品が扱えて、個人フォルダに学習の成果を蓄積していきながら、子どもたちの学びを支えられるソフトウェアでなければ、本当の意味でタブレット端末を活用することは難しいと考えています。

写真2英語でのスピーチの動画を見て相互評価している様子

例えば、先行してiPadを導入したモデル校の豊田市立旭中学校では、英語のスピーチを動画で撮影した上で[発表ノート]に貼りつけ、他の子がそれを見て星形スタンプを貼りつけて評価し合うといった取組を行っています写真2。また、このときの動画を学びの記録として[個人フォルダ]に残しておき、後日あらためて見て比較するということも可能です。

9月の導入からわずか1 か月ほどで、こうした実践ができるのは、使い慣れたWindowsの『SKYMENU Class』とiPadのブラウザ上で動作する『SKYMENU Cloud』の操作性に、ほぼ違いがないからです。操作説明に授業の時間を割かず、すぐに学習活動に取り組めるのはとても重要なポイントだと思います。

ただ、従来の『SKYMENU Class』は思考ツールが充実していて、各学校の教員からも非常に好評でしたが、残念ながら現在(2020年10月時点)の『SKYMENU Cloud』には、これらの機能はまだ実装されていません。Sky株式会社にも当市の強い要望として伝えており、できる限り早い時期に機能を提供したいという前向きな回答を受けています。機能が追加されれば、すぐにでも使えるのがクラウドサービスの良さですので、追加されしだい活用していきたいと考えています。

臨時休業中に動画を作成したことが教員の新たな資産に

臨時休業中の4月、5月には市内全教員の協力のもと、小学1年生から中学3年生までの単元ごとに10分から15分程度の学習動画を合計約800本作成し、教育センターが開設したチャンネル「あさから学ぼう」で公開しました。教員にとって動画作成はほとんど初めてのチャレンジでしたが、各校の教員がチームを組み、ICTを効果的に活用し、さまざまな工夫を施した充実した動画を作成していただけました。学校再開後、これらの動画を作成した経験から、ICT機器を活用した授業時間が、前年を大幅に上回りました。さらに、自作動画の活用による学習効果の高さが実感できたという声が多数寄せられました。

また、Sky株式会社のインストラクターの協力を得て『SKYMENU』シリーズの操作を習得するための講習動画を作成し、豊田市教材データベース「POTETO」に掲載しています。また、本年(2020年)は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、集合研修の開催が難しくなりました。そこで、タブレット端末の基本的な操作をeラーニングコンテンツとして配信した結果、約2,500名の教員が熱心に受講してくださいました。オンデマンドの動画などであれば、自分の都合のよいタイミングに繰り返し視聴できるので、とても理解しやすいと好評です。また、受講対象以外の教員も自主的に視聴し操作を覚える機会となるので、教育委員会が実施する集合研修で操作説明に時間を費やすことなく、授業に即した具体的な実践例などに集中してお伝えできるようになります。

▲ 豊田市教材データベース「POTETO(ぽてと)」トップページ

また、児童生徒一人1台端末の活用に向けて、初歩的な操作が分からず活用につまずいてしまうことがないよう、すべての教員が第一歩を踏み出すための「学習用タブレット活用マニュアル」写真3:中を作成。タブレット端末の活用の目的や、導入直後の最初の3日間に行うべきこと、活用のヒントなどを盛り込みました。

児童生徒一人1台端末の環境が整うことになり、学校からは研修の要請が急増しました。「タブレット端末をどう活用すればいいか、何が変わるのかを教えてほしい」という声に、前向きに活用していこうという教員の意識の高まりを感じています。

このように、当市の多くの教員がICT活用指導力向上のため、いつも熱心に研修等に取り組んでいただけていることに、頭が下がる思いでいっぱいです。

写真3独自の活用マニュアル(左:使い方ハンドブック 中:活用マニュアル 右:運用ガイドブック<保護者用>)

何のために、何ができるようになるための研修なのか

さらに、Web会議システムを使ったオンライン研修も実施しました。教頭や教務主任等が参加し、遠方の学校でも参加しやすいと大変好評でした。こうしたオンライン研修や動画等の活用は、今後も続けていきたいと考えています。

11月現在、教育センターで行う集合研修も再開しています。これまでも集合研修では授業を想定し、先生役、子ども役に分かれて行ってきました。例えば、まずは模造紙と紙の付箋を使ったKJ法に取り組んでから、その後に『SKYMENU Class』を活用して同じことをやってみるといった内容です。このように、体験によって教員一人ひとりに効果を実感してもらう集合研修は、今後も継続して取り組んでいきたいと思います。

Sky株式会社のインストラクターは、当市の要望を受けて研修の目的を共有し、講習内容にも工夫を加えるなど、積極的に協力してくれていますので、常に「何ができるようになるための研修なのか」を明確にしながら、集合研修とオンライン研修、動画やeラーニングコンテンツの活用などを上手に組み合わせて、新たな研修のあり方を確立していきたいと思います。

新たな変化を前向きに捉え、子どもたちのための環境づくりを

児童生徒一人1台端末の環境が整うことで生じる、新たな課題もあります。特に約36,000名にものぼる児童生徒のアカウント管理、年度更新は大きな課題です。現在は、各学校における運用上の負担をいかに軽減するかを検討しているところです。

また、タブレット端末本体の適切な取り扱い、情報モラルや情報セキュリティなどについては、これまで以上に踏み込んで理解を促進する必要があると感じています。すべての児童生徒がタブレット端末を使う状況では、子どもたちだけが取り扱い方を理解すればいいのではなく、保護者のご理解とご協力が大切になります。当市では、児童生徒向けに「学習用タブレット使い方ハンドブック」写真3:左を配付したほか、保護者向けにも「豊田市 学習用タブレット運用ガイドブック<保護者用>」写真3:右を作成して啓発に取り組んでいます。

新しい学習指導要領の本格実施が始まり、新たな整備も進むなかで、学校のICT環境は大きく変わろうとしています。運用が始まれば、想定外のさまざまな課題が浮き彫りになるかもしれません。しかし、この変化を前向きに捉えながら、子どもたちの学びに役立つ環境づくりに取り組んでいきたいと思います。

写真4学校からの要請を受けた訪問研修

(2020年10月取材 / 2021年1月掲載)