教育情報化最前線

対談児童生徒1人1台時代に向けた教員研修 活用の基盤を固めるための研修と体制の構築を 全員が“ステップ1”へ進むために、“ステップ0”から始める

小学校は2020年度、中学校は2021年度から学習指導要領が全面実施となります。今回の改訂が目指す理念を実現するためには、教育課程全体を通した教科横断的な視点を入れて教育活動を改善すること、そして「主体的、対話的で深い学び」の実現を目指す授業改善の必要性が示されています。教育現場は、まさに「パラダイムシフト」が求められています。
そうした悩ましい状況の中で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による学校の長期臨時休業や「GIGAスクール構想」の前倒しによる児童生徒1人1台環境の実現などが重なり、学校は混乱しています。そうしたなかで、教育センターに1人1台のタブレット端末をいち早く導入して「GIGAスクール構想」を見据えた教員研修を展開されている 鳥取県教育センター教育企画研修課 岩﨑 有朋 係長にお話を伺います。

有朋

鳥取県教育センター
教育企画研修課係長

聞き手

佐藤 幸江

放送大学客員教授

5つの研修をいち早くスタート。1人1台活用に備える

岩﨑先生は、2019年度まで中学校でタブレット端末を活用した授業実践をされていましたが、2020年度からは鳥取県教育センターの教育企画研修課係長として、「GIGAスクール構想」の実現に向けてさまざま研修を企画、運営されていると伺っています。鳥取県教育センターの取り組みをお聞かせください。

当教育センターでは、次の5つの研修を展開しています 図1。今日は、各校の情報化について推進力を高める「校長研修 教頭研修」「情報化推進リーダー研修」「次期リーダー育成研修」と、各校に1人1台端末を持ち込んでGIGAスクール環境を体験していただく「学校訪問型研修」についてお話しします。

図1

校長研修 教頭研修

この研修では、GIGAスクール構想や情報活用能力について概要をお伝えし、学校CIOとして求められる役割や情報化推進委員会の重要性をお話ししています。

また、少し前の資料になりますが、文部科学省の「『学校の情報化』に向けた管理職のアクション」チェックリストを参考に作成したチェックリストで自校の情報化の実態把握も行っていただいています。認識の甘い項目があれば、学校に持ち帰って副校長先生や教頭先生と相談して対策を検討いただくようにお願いしています。

情報化推進リーダー研修・次期リーダー育成研修

県内すべての校種、学校から情報化推進リーダーとして集まっていただき、GIGAスクール構想から始まり、授業が変わっていくことや当県の今後の方向性などをお話ししています。小・中・高の先導的な実践校の発表もあり、それらも参考にしてもらいながら校内研修の計画を立てるといった研修を展開しています。

それから今後、特に小、中学校で端末が導入されると、端末に関するさまざまな質問や手続きが情報化担当の教員1人に偏ってしまうことを危惧しています。情報化担当といってもICT活用に慣れている人とは限りません。 図2は、後ほどお話しする「学校訪問型研修」で、私がよく提示するスライドです。これらの項目を見れば、GIGAスクール構想に関わる対応を、情報化担当だけでも、管理職だけでも解決することが難しいことに気が付かれると思います。そして情報化担当の教員は、年度末に異動する可能性もあります。1人1台を持続的に運用するためには情報化担当を孤立させることなく、一緒にチームとして推進すること。つまり、各学校で「次期リーダー」を育成して、複数体制を構築することが重要です。

そこで、当教育センターでは今年度から「次期リーダー育成研修」を新たに立ち上げました。県内7か所で同じ内容の研修を7回開催し、チームで推進する体制づくりをサポートしています。

図2

GIGAスクール構想では、 図3のように学習者用1人1台環境が整うと「ステップ1~3」の学びへと変容するとされています。けれども、これまでの自治体、学校間のICT環境の格差を考えれば、すべての学校がすぐに「ステップ1」に踏み出すことは難しいと感じています。私は、「ステップ1」の前に「ステップ0」というべき準備段階があると考えています。それはまさに岩﨑先生が図2で示されたような内容で、まずはこれらの問題を先生方がチームで解決していくことが必要だと思います。

図3

出典:文部科学省「GIGA スクール構想の実現について」(令和2年3月19日)」
「ステップ0」の記述は佐藤による。

学校訪問型研修 (1人1台環境持ち込み)

6月にChromebookを80台、モバイルルーターを20台、教育センターに導入し、希望する学校に持ち込んで研修をしています。一足早く1人1台環境を体験してもらい、これからの授業へのビジョンを持つことをねらっています。この研修で使った端末はそのまま貸し出し、1週間程度活用していただくことも行っています。

図4

実は、この研修にはもう1つねらいがあります。それは、校内での教え合える関係を構築するということです。研修で一度学んでも、しばらくすれば忘れてしまいます。また、ICT活用が苦手な人にとっては、ちょっとしたトラブルが活用への意欲を下げてしまいます。そんなちょっと困ったときに「ごめん、ちょっと教えて」とすぐに質問できる関係性があるのとないのとでは、その後の活用に大きな差が出ます。ですから、全校職員で研修をしますが、 図4のようなスライドを冒頭でまずお示しして、基本的に研修講師の私は困っている人がいても私はあまり関わらないようにしています。困った人は手を挙げてもらいますが、「あそこで手を挙げている先生がいますので、周りの先生お手伝いお願いします」と依頼しています。そうやって校内の教員同士で誰が教えてくれるのか、誰が苦手で何に困っているのかを互いに知ることが、研修後の活用につながると考えています。

岩﨑先生は、研修の中で「詳しい人に聞く」「教え合う」といったこれからの授業づくりの基盤となる大切なことを伝えられているのだと感じました。

はい。私は、ICT活用を広げる際の鍵は「安心」にあると考えています。「お互いさまだよ」と言える雰囲気づくりが大切で、佐藤先生の言葉をお借りするならば、このような人的なことも「ステップ0」に含まれると思います。

そうですね。人的な「ステップ0」についてさらに言えば、「組織づくり」も大切だと思いました。若い情報担当の先生を教務主任や研究主任の先生がしっかりとバックアップしてほしいなと思います。本当にやるべきことが山積していますね。

子どもたちに少しずつ学びを託していく。
そのとき、先生は教室のどこにいて何をしますか?

ステップ0からステップ1、そしてその先へ進むために

GIGAスクール構想では、活用の最初の一歩となる「ステップ1」を「“すぐにでも”“どの教科でも”“誰でも”活かせる1人1台端末」としています。すべての先生方が「ステップ1」をクリアするために、どのような研修をされていますか。

図5

学校訪問型研修では、 図5のようなスライドを紹介しています。これから子どもが1人1台端末を持つと、子どもが自分のノートを撮影して、それをプロジェクタに投影して、自分で説明するようになります。今まで先生がしていたことを、子どもたちがするようになる。そうしたときに先生は、教室のどこにいて、何をしているべきなのか。子どもたちに少しずつ学びを託していくとともに、私たち教員に求められる新しい役割について考えていただきたいとお話しています。

また、各発達段階で身につけさせたい情報活用能力についてもお伝えしています。例えば、低学年は 図6のように、写真を撮って、選んで、友だちと話し合う。中学年では、タイピングやインターネット検索で調べ、自分なりに情報をまとめること。高学年では、調べた情報を分類したり、組み合わせたりして伝えるといったように発達段階に応じた指導をお願いしています。ただ、これは数年後の話ですから、今の5、6年生もまずは低学年の内容から始める必要があります。

図6

それから研修では「5分間で学校のお勧めの景色を撮ってきてください」とお題を出して、実際に先生方に活動してもらっています。何枚か撮影した中で、「これだ」という写真を1枚選んでもらい、それを隣の人と紹介し合い、コメントを送り合います。ひととおり体験してもらった後に、 図7を示しながら、これらの活動の中に学習の基盤となる「資質・能力」がすべて含まれていること、何気ない活動の中に教員の意図をきちんと組み込むことで資質・能力を鍛えられることを説明しています。

実際に体験していただくと、端末で撮って対話するといったことが簡単にできることをご理解いただけます。まずは研修で、先生方が笑顔で取り組まれたことを最初の1歩にしてほしいと思います。

図7

教科の学びだけではなく、情報活用能力の育成も目指して、授業をデザインする必要があるということですね。情報活用能力については、 図6のような資料がありましたが、今後どのように各学校に提示する予定ですか。

今、 図6でお示ししたような内容をまとめ「とっとりICT活用ハンドブック」を作成する予定です。ハンドブックを参考にして、各学校の実態に応じて取り組んでいただきたいと考えています。

教員用端末ですべての児童生徒の画面を
リアルタイムに把握したい。

先生方の要望を吸い上げ、アフターGIGAの環境整備を

GIGAスクール構想が終わればICT環境整備が終わりということではなくて、活用が進むにつれて必要なものや環境が生まれると思います。どのように見通されていますか?

今後、当県で広く利用していくGoogle for Educationは、全網羅的に機能を備えています。けれども1人1台の活用が進むにつれて、より授業に踏み込んだシステムが必要になると感じています。特に強く必要性を感じるのは、これまでの授業支援システムであったような「教員用端末ですべての児童生徒の画面をリアルタイムに把握する仕組み」です。1人1台で児童生徒がさまざまに考えを表現するようになると、この要望がより明確になると思います。ぜひ各教育委員会では各学校の先生の要望を吸い上げて、必要な整備をしていってほしいと思います。

教育委員会と学校で風通しを良くして、うまくつながることができると良いですね。1人1台の授業のためには、教員用タブレット端末や拡大提示するためのプロジェクタなどの機器整備も必要だと思いますが、鳥取県の整備状況はいかがですか。

自治体によって整備はさまざまです。十分なスペックを備えた教員用端末やプロジェクタなどの提示用機器が整備されないという地域もあります。またクラウドのシステム活用にあたって、児童生徒の個人情報保護に関する承諾を保護者からどのように取得するのかといったことの検討も求められています。行政側の検討課題もまだ多くあります。

活用が進むにつれて、もう一度「ステップ0」として考えるべきことは出てきそうですね。

使っていくと、さまざまな課題が見えてきます。出てきた課題は、委員会を組織したり、管理職を巻き込んだりして解決する必要があります。けれども、自校だけでは解決できない問題も多く発生すると思います。そうしたときは、ぜひ中学校区で集まって、課題や工夫を共有すると良いと思います。例えば中学校区で情報教育委員会を設置すれることで、小学校卒業段階でのキーボード入力スキルなどの情報活用能力の育成、情報モラル指導などの連携が容易になります。今後は、情報の分野における小中連携がますます重要になります。

これまで自己表現ができなかった子どもたちが
前に出てきて、伸びる子が大勢出てくる。

各校の実態に応じた目標を設定し、教え合い、協力する関係を作る

やらなければならないことがたくさんありますが、まず学校で取り組むべきことを一つあげるとすれば何でしょうか。

例えばですが、「タブレット端末とプロジェクタを接続して、写真に書き込みしながら説明できる」といった目標を一つ決めて、それに対して全員で取り組むことだと思います。学校の実態に合わせて目標を設定し、お互いに教え合い、協力する関係を作ることを意識して進めてほしいですね。

それから1人1台の端末は、子どもたちの道具です。子どもたちに「どのように学習に活用できそうか」と聞いてみるのも良いと思います。きっと大人よりも面白いアイデアをたくさん持っています。ICTスキルにたけた児童生徒を教員研修に呼んで、活用方法を教えてもらうという取り組みも面白いと思います。ICT活用が得意な子は絶対にいます。普段目立たなかった子がキラリと光るような場面がたくさん生まれると思います。

岩﨑先生は1人1台端末の活用に向けて、さまざまな研修の企画、運営や1人1台端末を学校に持ち込んだ訪問型研修、さらにはハンドブック作りなど、非常に精力的に取り組まれています。その原動力は、どこにありますか?

これまで実現が困難とされていた1人1台環境が、今回のGIGAスクール構想によって一気に実現します。このような整備は今後二度とないと思っています。だからこそ、ここで児童生徒1人1台を活用した教育を軌道に乗せなければ、日本の教育は世界からの遅れを取り戻せなくなるのではないかという危機感を持っています。

そして、1人1台端末の活用は支援が必要な子どもにとって、大きなチャンスになり得ると考えています。これまで自己表現ができなかった子どもたちが前に出てくるようになって、伸びる子が大勢出てくる。今までとは違う子どもたちが活躍することで、ひいては社会全体が変わっていくのではないかという期待感も持っています。

だからこそ、われわれ大人の、教員の好む、好まないで1人1台端末の活用の有無を決めてしまわないでほしいのです。子どもたちのために1人1台を有効に活用したい。そのための先生への研修や支援をこれからも続けたいと思っています。

今までは一斉授業で頭の回転が速くてすぐに手を挙げられる子や、すぐにまとめられる子ばかりが授業で活躍していました。1人1台環境になると、今までとは違う子が活躍して、キラリと光る場面がたくさん出てくると思います。新しい学びの姿が実現するように、これからも取り組んでいただきたいなと思います。本日は、ありがとうございました。

(2020年10月取材 / 2020年12月掲載)