研究会・セミナー

現実に立ち返ったICT活用の提案

高橋 純 富山大学准教授日本教育工学協会(会長 堀田 龍也 東北大学大学院教授)は、2015年10月9日(金)、10日(土)に、「第41回全日本教育工学研究協議会全国大会(JAET富山大会)」を「広げよう学びの世界 − Innovation & Challenge in Toyama −」をテーマに開催されます。同大会の事務局長の高橋 純 富山大学准教授にお話を伺いました。

知識の質や量を前提に、学びの質や深まりを重視

次期学習指導要領に向けて基礎的な資料を作ることを目的に開催された「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」では、「『児童生徒に育成すべき資質・能力』を明確化した上で、そのために各教科等でどのような教育目標・内容を扱うべきか。また資質・能力の育成の状況を適切に把握し、指導の改善を図るための学習評価はどうあるべきか、といった視点から見直すことが必要」と取りまとめられています。これは、従来の「何ができるようになったか」よりも、「知識として何を知ったか」が重視されていたことが課題であるとの指摘です。つまり、今後は汎用的な能力、コミュニケーション力、思考力などの高次な能力のより一層の育成を図っていくべきということです。

図1:諮問ではさらに、これらを受けて出された文部科学大臣の諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)【図1】」では、『主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)』などの指導の方法の充実が必要と示されました。

ここで気を付けて見ていただきたいのは、その記述の前に「『何を教えるか』という知識の質や量の改善は“もちろんのこと”」と書かれていることです。教える知識の質や量を改善しながら、さらに主体的・協働的に学ぶ「学びの質や深まり」が求められています。

JAET富山大会では、現実に立ち返ったICTの活用を提案したい

「21世紀型スキル」「キーコンピテンシー」「汎用的能力」「反転学習」「アクティブ・ラーニング」「タブレット端末活用」といったさまざまな取り組みを、学校で本当に実現できるでしょうか。学校の現実は、「学習規律」を整えたり、「知識・理解」を指導したりするだけでも、苦労がたえない状況だと思います。今秋に、富山で開催する『第41回全日本教育工学研究協議会全国大会(JAET富山大会)』では、こういった現実を踏まえたICT活用を提案したいと考えています。

「人はだんだん分かっていく」ということは、普遍的なことです。ICTを活用したとしても、人の能力そのものは急に向上したりしません。思考力、表現力などは、丁寧に繰り返し学習することで、ゆっくりと身に付くものです。そういった指導の重要な要素として、タブレット端末やICTの活用があるに過ぎません。従って、「本時で思考力が身に付いた」「本時で21世紀型能力が身に付いた」ということはありません。こういったことを前提に学習指導を考えるべきです。

そして、その育成には児童生徒の主体的な学習が必要ですし、その思考や表現の手段としてICTが役立ちます。つまり、日常的に継続してICTを活用することで、思考力などの高次な能力の育成につながります。1回の研究授業で良い授業をしても仕方ありません。1回で息切れせず、効果はわずかでも、息の長い「続けられる」実践が大切です。つまり、たまに食べるごちそうではなく、毎食のおいしい漬物のような実践をより大事にすべきだと思います。

まずは教員が「拡大提示」して授業を行えること

授業でのICT活用には取り組む順序があると思います。授業でのICT活用は大きく「教員による活用」と「児童生徒による活用」に分けられますが、教員によるICT活用の主な目的は、指示・説明・発問など、教員の教授行動の支援です。この活用のほとんどは「拡大提示」であり、ここでは情報量を限定して拡大提示するといった教員の見せ方の工夫やそのときの発問の内容が重要になります。

まずは教員が学習のねらいやその場面で伝えたいことを明確に持ち、「拡大提示」を活用して授業を行えるようになる。それから児童生徒のタブレット端末活用へと進むべきです。タブレット端末を活用した授業では、一層多くの「拡大提示」が行われています。そして教員がICTを使うことに慣れてくれば、急なトラブルにも落ち着いて対応できるようになります。それくらい教員のICT活用が日常化していれば、児童生徒にタブレット端末を持たせても、授業がしやすいと思います。

一斉 ⇔ グループ、ペア、個別

図2:授業形態総務省「フューチャースクール推進事業」等での実践事例からICT活用”場面“を抽出し、分類を行いました【図2】。その結果、もっとも回数の多かったICT活用は、教員や児童生徒が拡大提示を行う「一斉」の場面でした。一方で、「グループ」や「ペア」でのタブレット端末活用は、報告されたすべての実践で行われているものの、回数は多くありませんでした。つまり、「一斉」→「グループ」→「一斉」といったように、「一斉」を起点にさまざまな学習形態を行き来しながら授業が展開されていることがわかりました。

一方、「児童生徒のICT活用」の目的は、「調べる・集める」「まとめる・つくる」「伝える・共有する」の3つに加え、「ドリル」に分類できました。前者の3つは、学習指導要領解説「総合的な学習の時間編」でいう探究的な学習活動のプロセスとほぼ一致しているといえます。

児童生徒のタブレット端末活用となると、教材を一斉に配付して、タブレット端末で書き込ませて、発表させる、といった授業の流れを想定しがちですが、まずは活用法を焦点化し、「情報の収集」の段階でどのように使ったらいいのか、「整理・分析」の段階ではどのように使ったらいいのか、と考え、子どもたちを鍛えていくとよいと思います。

「ラーニングゾーン」で繰り返し、児童生徒に力を付ける

学習においては、適度な難易度の課題を繰り返すことが大事です。「ラーニングゾーン」という考え方があります。簡単に解決できるレベル「コンフォートゾーン」では人はなかなか成長しません。ただし、難しすぎる状態「パニックゾーン」でも人は成長しません。「ラーニングゾーン」と呼ばれる、一生懸命考えれば解決できる問題に取り組ませることで、人は成長できます。ただし、子どもはすぐに学んでコンフォートな状態になってしまいますから、常に「ラーニングゾーン」になるように適切な課題を与えなければなりません。このような「ラーニングゾーン」を意識して、今後のICT活用を考えていくとよいと思います。

総合的な学習の時間では、「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」の各段階でICTを活用し、そのサイクルを繰り返していく。教科指導であれば、学習内容にもよりますが、「情報の収集」「整理・分析」などの各場面の一部でICTを使って繰り返し学習させて児童生徒に力を付けていくことも考えられるでしょう。

JAET富山大会を終えても、先生方のICT活用はずっと続きます。市内小中高等学校6校で公開授業を行いますが、1回限りの研究的な実践を披露するのではなく、「日常的にICT“も”活用して鍛えられた児童生徒の姿」をご覧いただきたいと考えています。そして、これからの先生方のICT活用実践を支える人的ネットワークを構築する機会にしたいと思います。

第41回 全日本教育工学研究協議会全国大会 富山大会

広げよう学びの世界

1日目 10月9日(金)

8:45~ ● 公開授業 各公開校
13:00~ ● 開会行事 富山県民会館
13:45~ ● 基調講演

「広げよう学びの世界」

- Innovation & Challenge in Toyama -

山西 潤一(富山大学・教授)

14:45~ ● シンポジウム

「学びの世界を広げるICT活用」

-本日のReflectionと今後の展開-

コーディネーター:高橋 純(富山大学・准教授)ほか

2日目 10月10日(土)

8:45~ ● 研究発表 富山県民会館
13:45~ ● 「学びの世界を広げるワークショップ」
  • ・デジタル教科書を活かした授業づくり
  • ・電子黒板を活かした授業づくり
  • ・タブレット端末を活かした授業づくり
  • ・情報教育を目的とした授業づくり
  • ・学校情報化認定を受けよう など
15:30~ ● 講演

「学びの世界を広げるICTへの期待」

堀田 龍也(東北大学大学院・教授

16:00~ ● 閉会行事

(2015年7月掲載)